【忍犬育成☆】鍛えるは、ふる萌えの彼女

■ショートシナリオ


担当:深空月さゆる

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 39 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月22日〜09月30日

リプレイ公開日:2009年09月30日

●オープニング

 ここ暫く、ジ・アース同様このアトランティスでもカオスの勢力の拡大に伴い、その結果起きた数多くのカオス絡みの事件があった。‥‥それを思い返し、受付嬢は息をついた。勿論未だにきな臭い土地は確かに存在し、平和になったとはまだまだ到底言えないけれど、少しずつ落ち着いてきている土地もある。この変化は喜ばしい事だ。
「(あの人達はどうしているかなぁ)」
 受付嬢は―――報告書を読むという形ではあったけれど―――その戦いを見届けた、子爵領の一件に関わった人々を思った。便りはないのは元気な証拠というし、そのうち落ち着いたらふいに顔を出してくれるような事も、あるかもしれない。

 窓から差しこむ光も真夏のような強さはなく、鳥の囀りなど聴くと、ちょっと心がほこほこと温かくなったりする。一時期はこんな風に食事をゆっくりとる事もできなかった訳だし、今後普通の依頼も少しずつ増えていく事だろう、受付嬢はそんな予感を胸に、ランチ休憩から戻ってきた。
 壁に掛かる依頼も、平和的な物が多い。それを見ている冒険者達、特に今すぐカウンターに来る者はいない様子なので今までの書類の整理や、諸々雑務をこなしていると。入口からのっそりと入ってきた人相の悪い大男が目に入った。
「こんにちは」
「どうも」
 褐色の肌、短く刈った黒い短髪、いかつい体型の男、荷物を抱えたその人物はきょろとあたりを見渡した。後ろには犬が付いてきている。受付嬢はにこやかな笑顔を向けた。
「ようこそ冒険者ギルドへ。ご依頼、でよろしかったでしょうか。こちらで承りますよ」
「ああ、頼みたい事がある。ここは犬猫を捜すような事から、魔物退治までどんな依頼でも出せるって聞いたものでな。事件や依頼の内容の大小は問わない。そういう認識で間違ってないか」
「はい。ここは様々な依頼が舞い込んでくる場所ですから。それでは本日はどのような事をご依頼に」
「‥‥こいつを、女にしてやってほしい。強い女にだ」
「は」
 男が手にした、大きめの薄汚れたカゴ―――その蓋をあけ、中から出したのは【小さな生き物】だった。フローラの目が点になる。

 ぷるぷるぷるぷる。

 えっと、あの。犬ですよね。
 震えている犬が受付嬢をおどおどと見上げて来ていた。ギルドのカウンターの上にちょこんと乗っているのは、体重10キロは確実にないだろう、つぶらな瞳をした少し赤味がかった毛色の、犬‥‥。柴犬という名の犬種だろうか‥‥真っ直ぐ立てず、膝が曲がり。体がずっと震えている。
 受付嬢の目がてんになる。

「か、可愛いわんちゃんですね‥‥」
 他にかける言葉が見つからない。その声にびっくう! と体を震わせ、カウンターの上をうろうろうろつき回り尻尾をこころなしか、へにゃっとさせた。
「‥‥」
「雌、名はジナだ。忍犬の子だ。俺はとある村で農夫をやってるもんだが、その村の近くの森にはゴブリンが住んでてな。森の奥には小さな山があるんだがそこからたまに降りてくるもんで俺達も困ってんだ。村の大多数は農夫でな、ゴブリンと戦えるような屈強な奴等は、俺を含めて数人しかいやしねぇ。村を護る為には、自衛が必要、ってわけで一年くらい前から忍犬ってのを飼い始めたんだ。とある旅の人‥‥冒険者っつったな、その人にこの犬種を勧められてな。優れたペットは時にモンスターをもしのぐ力を持つって」
「は、はい確かに」
 男は思い切り口をへの字に曲げた。
「‥‥母親は確かに立派な忍犬だったが、娘は気弱でいけねぇ。最初は明るくて元気な子犬だったんだが、村の者達が懸命にしつけようとしたらいつのまにかこんなに臆病になっちまった。参ったぜ」
「(しつけ失敗したんじゃないのそれ!)」
 潤んでいる目が全てを物語っていると彼女は確信した。勿論言えないけれど。
「ちなみに母親はこうだ」
 男が口笛を吹くと、後ろにいた犬がひらりと弧を描き、カウンターへ舞い降りた。よく見ると小さな小刀を咥えている。それは青色のほっかむりをした柴犬。左目に爪で引っかかれたような傷跡があり、貫禄がある。なんとも―――
 強そうなわんこだった。
「‥‥!!!」
「こいつはゴブリンを退治できる強ぇ女だ。冒険者の人らは、色んなペットをしつけて戦いに連れていくっていうじゃねえか。うまく鍛え上げる方法も知ってるんじゃないかと思ってよ、こうして来た訳だ」
 ぼんとお尻を叩くと、二歩程前に出てジナはへにゃ‥‥と腰をおろしてしまった。いったい何をされたらこうなるんだ? とぶわっと涙が出てきそうになる衝動を堪えながら、フローラは言葉を紡いだ。
「あなたや村の方々には鍛え方に関しては口を出さないでいただいて、とにかく全てを冒険者の方に一任するということでよろしいですか」
「ああ、構わんよ。‥‥最近山にゴブリンが増えてきた感があってな。そちらの方の退治も、せっかく強い冒険者さんが集まってくれるならお願いしてぇな。強い方達と一緒なら、ジナも安心してデビューさせられるってもんだ」
 依頼主は、今恐ろしい事を言った。ふるふるしている柴犬は、案外賢く主の考えを薄々察しているのかもしれない。
「は、あの、デビュー、ですか」
「ああ。こいつはもう一歳だ、そろそろ忍犬として働いてもらわなくちゃな。‥‥働かざる者食うべからずってのが俺の家での家訓でな」
 はは、と笑う男に愛想笑いを返しながら、受付嬢はこの自然界にほうり出したら真っ先に淘汰されそうな犬に激しく同情した。生きてくだけでも大変そうなのに、ゴブリンを仕留められるような強い強い忍犬に育て上げる――――。
 引き受けてくれる冒険者を募集しなくては、だがとても可哀そうでそんなことができないと思う人もいるのではと思う。しかし放置すればその村で、ジナは肩身もせまく一生ぷるぷるして生きていくことになるのだ。
 それは否。断じて否。―――彼女は強くなる以外、道はないのだ。‥‥たぶん。

 依頼主が帰った後、フローラは意を決し作成した依頼書を読み返し、魔物退治の方が簡単な依頼かもしれないなぁ、とぼんやり思った。


●今回の参加者

 ea1856 美芳野 ひなた(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb3114 忌野 貞子(27歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec4427 土御門 焔(38歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec4666 水無月 茜(25歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 ec5159 村雨 紫狼(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 ec5649 レラ(20歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)

●リプレイ本文

●ジナという犬
「まったく‥‥忌々しいアイツや子爵が倒れたってのに、ラスとデートする暇もないじゃない」
 と忌野貞子(eb3114)は以前関わった宿敵と、長く続いた戦いを思い出していた。あの可愛い子犬ちゃん‥‥もとい少年は元気でやっているだろうか? 何はともあれ今回は本物の子犬ちゃんが相手である。色々制限がかかりそうな事を考えていると察知されて怯えられてしまうので注意が必要だ。
 六名の冒険者は件の村へと向かい、到着後早々依頼主に村外れにテントを張って寝起きし、そこで訓練を行う事を告げると。そこに居合わせた村人達に激励された。悪い人達ではないのだろうが、皆何だか豪快というか何というか。
「まずはジナさんの心を解きほぐすことから始めますか」
 六人の中で子犬は土御門焔(ec4427)に一番に懐いてくれそうな片鱗を見せた。恐らく彼女から犬の匂いがするからだろう。抱っこを試みたら彼女の腕の中で大人しくしている。やはり、その、多少ぷるぷるしてはいたが。
『お初にお目にかかります。土御門焔と申します。よろしくお願いします』
 彼女が月魔法テレパシーを用い思念での対話を試みる。まずは心を開いてもらう事から‥‥と考えていた焔に投げかけられたのは、直球な問い。
『‥‥何を、始めるの?』
 焔は少し悩んだが信頼してもらうには、嘘も隠しごともよろしくないだろう。カウンセリングの知識を生かし、ジナをいきなり怯えさせないような言い方でこれからすること、最終的にすることに関して多少かしつつ説明を試みたが、ジナからの声が途絶えた。
「ジナさん?」
 腕の中の子犬が目を逸らしているのに一筋の汗を流す焔。ジナの思考が停止したようだ。

 *

 ‥‥ぷるぷるぷる。
 手を伸ばそうとすると後ろに下がる。尻尾は完全に垂れ下がり、人と目を合わすなんて事は無理、断じて無理。ゴブリンと最終的には軽く戦うというのを知った事で(勿論自分達が共に行くから大丈夫だという事は繰り返し焔が伝えた)、腰が引けたらしい。しかし、この様子。余程今まで恐ろしい目に‥‥と皆同情し物悲しい気持ちになったが、一人ほんとに泣いてる冒険者がいた。美芳野ひなた(ea1856)である。
「うう‥‥ジナちゃん。他人と思えません〜〜(号泣)」
 ひなたは皆が忘れがちであるが実は忍者だ。性格的に本来は料理であるとか家事をせっせとやる方が向いているし、戦いも好きな方ではないし、苦手だ。だから思い切り感情移入をしてしまったようだ。友人の貞子と水無月茜(ec4666)は其々言葉をかけつつ慰め励ましている。彼女みたいな子犬ねぇ、と呆れ半分貞子なんかは密かに考えてはいたけれど。
「うーん‥‥結局さ、無理に押し付けすぎじゃね。犬子だってさ、元々は素質あんだし。やっぱ心の問題だよなぁ」
 村雨紫狼(ec5159)が深い同情を込めて言った。出逢ったばかりの皆でも察しがつく事が村人達になぜ判らないのか。
「芸能界でも、二世タレントさんの中には過度の期待がプレッシャーになる方もいます。せっかくの才能もダメにしちゃう事って、良くあるんですよ」
「だよなぁ、そういうのってあるよな」
 演歌歌手としてチキュウで活動していた茜の言葉には重みがある。同じく天界人の紫狼も同意。良くある話だ。それを跳ねのけ強く生きていけるか、ジナの心にかかっているのだが。
「まずはわんこちゃんの自信を取り戻す事が大切ですね!」
 そう皆が話している間、ジナの傍に座りこみおいでおいで、と優しく声をかけている冒険者レラ(ec5649)の姿があった。彼女はまだ駆け出し冒険者の域で、実戦を少しずつ積んでいきたいという思いはあれど最近冒険者ギルドで都合よく邪鬼退治だのそういった依頼が出てこないというのもあり。子犬の訓練+自分の実戦も積めるんじゃないか? といった理由で依頼に参加したのだった。実力を試すにはいい機会だ。それに。
「ジナ、おいらもまだそんなに強くないんだ。一緒に頑張ろう!」
 くう、と小さく犬は鳴き。じりじり後ずさり。
「きゃー駄目です!」
「と、とりあえず暫くは離れていてもらったほうが」
 ひなたと焔が声を上げ。皆も慌てて熊を押しとどめようと動き出す。
「ああ、だよね?! 言ったんだけどなあ。駄目だよキムンカムイー! さっきの場所にいてっていっただろ?」
 キムンカムイ、体重●●●の黄金の毛なみを持つ、派手な外見の熊―――。
 住み家に置いてくるべきだったかもしれない。温厚な性格らしいが、威圧感が凄まじすぎる。ジナが腰を抜かしてしまったのを先程目の当たりにしたレラは、再び皆が寝起きするテントから少し離れた場所に熊を連れていき、ちょくちょく様子を見に行くことを皆に約束した。まだ完全に言うことを聞いてくれる域には達していない様子だから、そういった配慮も必要になる。
「何だかネガティブになりそうなので、気持ちを切り替えましょう!」
 泣いていても仕方ない、この一件、放置すればどこかに売り払われてしまうかもしれないし。実はその方が幸せかもしれないが。


●特訓
 ひなたが善意で持参した日数分、人数分の食材をロバから下ろす。テントは彼女と紫狼が持参した物を使うことになっており設置は皆で協力し合いすぐに完了した。二つの片方はお風呂場代わりに使うとのことで、もう片方は女の子専用である。テントは四人用だが、一人定員オーバーでもギリギリ使う事は出来るだろう。ちなみに唯一の男性の紫狼は、テントの外で見張り番を買って出た。
 焔がテレパシーで、自分達がジナにきつくあたるつもりはないこと、最初から無茶なことをさせるつもりのないこと、少しずつでもいいから自分達に無理なく慣れていってほしいことを願った。優しい物言いや皆の自分に対する接し方で少しジナも落ち着いた様子だ。
 紫狼の案でまずは棒を投げて取ってくる、取ってきたら思い切り褒める、といったことを繰り返した。
「うふふふ〜〜〜怖くないわよぉ、ククク‥‥ククク〜〜」
 つんつん頬をつつき、撫でたり。仕草は優しいのに‥‥。プルプルを越してかたかたしてきた時には、茜がすかさず友人のフォローを行った。皆いい人達で怖くない♪ 怖くないったら怖くない♪ そんな感じの唄を即興で。ひとまずジナは落ち着いた。
 連れてきたペットの恐山(注・猫)と対決したら負けちゃいそうな腑抜けぶりに、貞子は一応けしかけるのは自重しておいた。二匹がスパークリングが出来るようになるのはいつになるだろうか。
「さぁご飯ですよー!」
 秋の味覚を堪能して、周りはそう自然が豊かで。空気も爽やかで清々しいことこの上ない。
 さて。頃合いを見て、焔が傍らに控えている凛々しい立ち振る舞いが眩しい、忍犬の『秋霜』にテレパシーで語りかける。
『ジナさんを貴方の様な立派な忍犬にしたいのですが、どのように鍛えればいいか教えてくれませんか』
 と思念で尋ねて、胡乱な眼で見上げられた。またも汗を流す焔。テレパシーを使用するまでもなく無理だと言いたげだという事が解る。
 長い沈黙の後、秋霜は主人に教えた。
 先輩の忍犬が言ったのは。ジナが忍犬としての血を引くなら、いざ本当に身に危険が迫ると察知すれば誰に教えられる訳でもなく相手に向かっていける筈、というのである。
 鍛えるのは難しい。普通の鍛え方では、ジナのヘタレぶりを直すことはできないだろう、というのが先輩犬の見解だった。
 焔はそれを皆に伝えた。

 かといって何もしないでいきなり森に連れて行って邪鬼退治に参加させるのは、さすがに皆無茶な、という思いもあり。忍犬の本能が蘇るまえにべしっとぶっ飛ばされてしまいそうであるからして。それを話し一応ひとまず出来ることはしてみると忍犬に焔が伝えると、特に止められはしなかった。主とその仲間達の好きなように、と思っているのかもしれない。
 時間が経ち、皆にもだいぶ馴れ始めてはいるものの。やはり戦闘となるとヘタレで、焔がファンタズムでゴブリンの映像を見せたときは硬直した。先輩忍犬の模範的な戦いぶりを目に映している筈なのに、果たして本当に見えているのだろうか疑問な感じだった。
 紫狼は引き続き棒を投げ拾って来させ、上手くできたときは大いに褒めて、じゃれ合ったりして遊んだ。ひなたは空いた時間はジナに触り、話しかけ、美味しいご飯で彼女の心を和ませつつ絆を深める事に貢献。レラは空いた時間紫狼に稽古をつけてもらいつつ、まだ強くない者同士という事で共感が芽生えたのかジナを励まし、一緒に頑張っているのだという姿をアピールした。
 貞子が計画した猫とスパークリングで強くなる作戦は、やはり成立しなかった。遊ぶ事なら自然にできるようになってきたのに、難しい限りである。時折ぺしゃっとなるジナは、茜が心をこめて歌で励ました。

 ひなたが作ってくれた旬の野菜をふんだんに使った料理は、一週間という長い間のキャンプ生活において皆を荒ませないのに一役買ってくれた。勿論近くに井戸があったことも、風呂を用意できたのも大きかったかもしれないが。何より皆和気あいあいとしていて、ジナに良いようにと考えて行動してくれたのも、ジナの為にも良かったのだろう。
 犬とは本当に好きになってくれる人、大切にしてくれる人はちゃんと判るものなのだ。
「負け犬のままじゃ嫌だろ? 明日は頑張れよ。もしどうしてもだめだったら、そん時の事はちゃんと考えてある」
 特訓最終日の夜、焚き火を囲んでいる面々、紫狼はジナに話しかけた。焔がテレパシーで紫狼の言いたい事、細かい部分まで伝えるべく尽力した。
「くぅん」
 ジナはちゃんと聞いているようだった。
「その時は、俺が有り金全部はたいて依頼人のおっさんに渡すから。そしたらジナは俺んとこの子になるんだ」
 笑いかけると、ジナは再びくぅんと鳴いた。ひなたは目を潤ませ、茜や焔、レラ等はもう何だか貰い泣きしそうな有様である。
「(正直‥‥紫狼さんに貰われたほうが、‥‥この子犬ちゃんにとっていいかもしれないわねェ‥‥)」
 クールに貞子あたりは思っていたが。
 夜は更け、明日の為に皆其々休んだ。


●ゴブリン退治
 最終日。山へと約束通りゴブリン討伐に向かう事になった冒険者ら+ジナの後を。あろうことか、依頼人を含む腕に自信のある村人二人が皆の後を付いてくる事になった。皆に鍛えられた成果を確認しようというのである。
 いよいよ背水の陣。皆が案じている通り、また焔がテレパシーを使うまでもなくジナはぷるぷると怯えているようであった。
 梢に身を休める鳥の声、木立の間を行く皆を零れ入る光が照らし、一見のどかな道行きではあったがこれから起きることを考えると皆和んでピクニック気分でもいられない。ジナの周囲を忍者服を着たサチコちゃん――茜の連れている妖精だ――が飛び回っている。紫狼の嫁の二人の精霊もジナの周囲でふわふわ飛んでいて。まるで励ますような様子ではあるが‥‥。
 遠くから‥‥何か音が聞こえたように思えた。人のような人ではない生き者、凶暴な光を目に宿した邪鬼はじっと冒険者らを見ている。
 当然歴戦の勇士達は殺気を帯びた視線に気づく。まるで誘うように奴ら――どうやら三体はいるらしい――は森の奥へと逃げていく。皆は追いかけた。ジナは焔が抱えた。
 少しだけ開けた場所へと出た。飛んでくる弓矢を紫狼が剣でたたき落とす。貞子も高速詠唱ウォーターボムでゴブリンにダメージを与え、ひなたは影分身の術〜♪ と自分のすぐ傍にもう一人の自分を生み出して見せ、同じく矢を弾きちらりとジナへと視線をやった。
「(ほら、ひなただって戦いは苦手ですが、忍者を名乗れるんですから自信を持って下さい!)」
 言ってて微妙に自信を喪失しそうな感じではあったが‥‥。がっつぽーずで振り返ったひなたは絶句。ジナは硬直して恐らく失禁寸前といった有様だったのだ。嗚呼。
 レラがゴブリンに一生懸命武器を構えて向かっていくが。たかがゴブリン、されどゴブリン。思い切り剣を振り回され、ギリギリでよけたものの尻もちをつく。味方の危機に焔が高速詠唱のスリープでゴブリンを弱らせ、秋霜は果敢に飛び掛かりゴブリンにダメージを加えていく。その華麗な戦いぶりはお見事と言うほかない。
「ジナ! 頑張れ!」
「そうだよ、頑張るんだよー!」
 紫狼とレラの激励。一向に足がすくんで動けない。茜がジナを鼓舞するべくチキュウで言うところ70年代のアニソンを高らかに歌い始める。ジナの目に次第に闘志が芽生え始めた。そんなとき。脇の方からひゅんっと矢がい掛けられた。ゴブリンが鬱蒼と茂る草むらの影に隠れていたのだ! その矢はジナの体をかすめ、地面に突き刺さった。いつもだったらぷるぷるして頭を抱えて尻尾を丸めそうな犬は、爛爛とした目でゴブリンを見た。貞子がウォーターボムでゴブリンを攻撃、焔がスリープで眠らせ、崩れ落ちる相手を秋霜が攻撃する。その衝撃と痛みですぐさまゴブリンは目を覚ますが。その時ジナはわうっと吠え、駆け出した。
 
 え。吠える?

 皆目を見張り、口々に声援を送る。茜の歌にも力が入る。まるで全身から炎が噴き出すようにジナは走り、地を蹴って、ゴブリンの顔面目掛けて飛びかかり全力で体当たりをかました。
 わうっわうっわうっ。げしげしげし。どしゅっ。
 他の二体のゴブリンは紫狼がトドメを刺したが、一体だけはジナがかなりダメージを与え、トドメは秋霜が刺した。最後の一体とのバトルに、焔と秋霜の援護、貞子の水撃の援護、茜のアニソンが役に立ったのは言うまでもなく、しかしながらジナの頑張りは相当なものだった。
『おお‥‥!』
 皆の視線の先、そこには雄々しくすっくと立つ、忍犬の姿があった!


●さようなら、ふる萌えの彼女
「これは約束の報奨金だ。納めてくれ。いやぁ、さすが母親の血を引いているだけある。こいつはいい忍犬として村の役に立ってくれるだろう。一時はどうなるかと思ったけどな、本当に助かったぜ!」
 ははは!と豪快に笑う依頼人。目の周囲に傷つけられた爪の痕が勇ましいジナの母親が凛とした様子で控えており。そしてその脇にいるのは――。
『はぁ‥‥』
 いまや母親と醸し出す空気が一緒になった、ジナが。村人が安心した、と言いたげに笑い合っているのとは逆に、冒険者らは何だかどこか虚しい物を感じていた。
 茜のアニソン抜きでも、なんだか自信を付けてしまったのか。もうぷるぷる萌え萌えの彼女はそこにはいない。村から暫く離れた後、あんなのジナちゃんじゃないですよー! と騒いだメイド忍者の涙交じりの訴えに、皆一様に同感の意を示した。
 なぜか焔の秋霜だけが村を一度振り返り、頑張れ、と言いたげにこくりと頷いたのが印象的だった。またも汗を流す焔。
 かつてふる萌えだった彼女は立派な忍犬として、村の守護者として頑張っていくに違いない。