邪顔
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:美杉亮輔
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月13日〜02月18日
リプレイ公開日:2005年02月20日
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●オープニング
男はほくそ笑むと、猿轡をかませた少女を納戸に放りこんだ。
後ろ手に縛ってあるので、猿轡を外す心配はないだろう。たとえ外したところで、助けを呼ぶ声が聞かれることはないのだが。
なぜなら――獲物の少ないこの山に入りこむ猟師は少ないはずだし、この季節に山菜をとりに来る物好きもいないだろうからだ。
ただ男が心配していたのは、耳障りな泣声を聞くことだけだった。
納戸ののドアに錠をおろすと、男は埃のつもったテーブルについた。酒をとりあげ、口に含む。強いアルコールが喉を焼き、胃の腑に流れていった。
安酒だが、酔うことだけはできる。
とにかく今日は祝杯が必要だった。前祝という奴だ。
ゼレクレール家。
娘のためなら大金をはたくだろう。やっと俺にも運がめぐってきた。
男は再びほくそ笑んだ。
ゼレクレールから金をせしめた後、娘を放置してずらかる。金さえ手にいれれば娘に用はなかった。
いや――ふと、男は思い返した。
娘は俺の顔を見ている。殺しておくか。
男は己のたてた計画の完璧さを祝い、己の未来を祝い、そして誘拐してきた娘のためにも祝った。
そのとき――
男は何者かの視線を感じた。糸のようなか細い、無機質なもの――
男は慌てて窓に眼をむけた。ややあって、男の口から太い息がもれる。
顔が見えたと思ったが――
男は窓に近寄り、外を眺めた。
個体であるかのような濃い闇。その他には何も見えぬ。
気のせいだったか‥‥
男はテーブルに戻ると、己の臆病さを嘲笑いつつ、再び酒盛りをはじめた。
幾許かの後、男は小屋を後にした。
かなり酔いのまわった足元は危うげだったが、男は上機嫌だった。男のよろめきにあわせて、ランタンの明かりもフラフラと揺れる。と――
突然、男の足がとまった。山道を下り終え、草地に出たところだ。
彼の目はランタンにまとわりつく影を見とめていた。
蛾?
ランタンにとまった掌の半分ほどの大きさのそれを見つめ、男は愕然とした。
蝶だ。
毒々しいほど鮮やかな、原色の蝶。
なぜか不快な気分をおぼえ、男はそれを振りはらった。
そのことあるを予期していたように蝶が飛び立つ。ランタンの弱々しい明かりに浮きあがった蝶の幽玄さよ。男の眼には、蝶が朧にかすんでさえ見えた。
刹那――
胸に鈍い痛みをおぼえて、男は咳こんだ。
なんだ?
突然の体調の急変に、男は戸惑った。
なにか嫌な予感がする――小動物並の生存本能が、彼の胸をしめつけた。
すると――男の背は、冷たい水の一滴を吹きつけられたような感覚をとらえた。はじかれたように振りかえる男。
背後の闇――そこに、なにか見える。
男はランタンをかかげ、闇を透かし見た。そして――
男は息をひいた。
彼が見たもの。それは――
顔だ。ランタンの光と闇がとけあう境の木立から、まるでこちらを覗きこんでいるかのように顔が見えている。
バカな‥‥
男はよろよろと後ずさった。
山を下りたとはいえ、こんなところに人がいるはずがない。それもこんな深夜にだ。
それに――
木立から覗く顔のなんたる不気味さか。無機質な、まるで死人と仮面のような‥‥
その時――
物音がした。
人の声というよりは、獣のものに似たような――
慌てて男は振りかえった。そして彼は見た。背後の木立から、こちらを覗き見るふたつの顔を!
男の口から、女のような悲鳴がもれた。
「見つかった男の死体からは血が失われ、干からびていたという」
が、問題はこれからだ――云うと、冒険者ギルドの男は続けた。
「死体から脅迫状が見つかった。ゼレクレール家の娘――キャロルを誘拐したというものだ」
早速キャロルの捜索のための人員が募られたという。が、集まる者は誰もいない。
「血を失った死体が発見されたのだ。それも仕方なかろう。そこで――」
ギルドの男は依頼書をおしやった。
「キャロルの両親は冒険者に望みを託したのだ」
●リプレイ本文
優しげな女性が冒険者達の前に紅茶のカップとスコーンの盛られた皿をおいた。
心労でやつれた面差しが痛々しい。キャロルの母親、ジェーンである。
彼女に勧められて、雪を想わせる白髪の愛くるしい少女がスコーンに手をのばした。パラの僧兵、凍瞳院けると(eb0838)である。
口いっぱいにスコーンを頬張るけるとに微笑をもらすと、ジェーンが問うた。
「貴方、まだ幼そうに見えるけど‥‥幾つになるの?」
「十歳になるであります!」
頬を紅玉の色に染め、それでもけるとは元気良く応えた。
「十歳!」
絶句するジェーンの目から、はらはらと泪が零れ落ちた。そのジェーンの様子にうろたえ、慌ててけるとがペコリと頭を下げた。
「ご、ごめんなさいであります」
「君のせいじゃないさ」
哀しげな微笑を浮かべた男性がジェーンの肩に手をおき、口を開いた。キャロルの父、ゼレクレールである。
「キャロルは君と同じ十歳なんだ。だから‥‥」
言葉を途切れさせるゼレクレール。
それを見かねて、涼風の香りのする美しい娘――アストレア・ワイズ(eb0710)が口を開いた。
「お気持ちはお察しします。しかし今は――」
「そうでしたな」
頷くと、ゼレクレールは一枚の紙片をテーブルの上に広げた。
「いただいたシフール便の書簡にあったように、山小屋について調べておきました」
寒さに身を震わせて、キャロルは目を覚ました。
板の破れ目などから光が差し込んでいる。朝だ。
すでに時の感覚のなくなった彼女は、悪寒と気分の悪さに呻き声をあげた。
そのキャロルを、じっと見つめている顔があった。しかし、彼女はそのことを知らぬ――
「ここか‥‥」
つぶやくと、高貴な面立ちの女騎士――フェアレティ・スカイハート(ea7440)は周囲を見回した。山の麓の草原――誘拐犯の死体が発見された場所である。
すでに日は傾きかけていた。誘拐犯を屠った敵の情報を得るために刻を費やした故だ。
「何としてもキャロルさんを無事に救出せねばな」
独白するフェアレティは背後に気配を感じ、振り返った。
そこに、袈裟をまとった小男が一人。
確か名は、国定悪三太(ea1083)‥‥
どこか油断のならぬ雰囲気を漂わせた壮年の男を見返し、フェアレティは口を開いた。
「何か?」
「世界の正義を一人で守っている、ていう顔ですね」
国定が応えた。
その語調に嘲弄の響きを感得し、フェアレティは気色ばんだ。
「何か含むところがあるようだな」
「いやいや、そういうわけでは‥‥ただ、悪であれ正義であれ、思い詰めるとロクなことにならない。そう思いますので」
ふふ、と笑ってから思い起こしたように、
「そう云えば、集めた情報から思い当たったことがあります。敵は人面蝶ではないかと」
「蝶だと?」
不平の声をあげた者がいる。
燃えるような紅髪紅瞳の戦士。名をイサーク・サリナス(eb1114)という。彼は続けた。
「バカな。敵はバンパイアさ。あのヒラヒラ飛んでる蝶々なんぞに人を殺せるもんか」
「いえ」
イサークを遮って老女が声を発した。
慈愛の相は未だに美しさを失っていない――ルチア・ラウラ(eb0020)。白の聖魔導師である。
「あながち間違いとは云いきれませんよ。死体の状態などからそんなに大きくなく、なにか特殊な攻撃ができるモノが敵ではないかと思います。もしものことを考えると、口を覆う物を用意しておいた方が良いかと」
ルチアが云った。
するとイサークが大仰に頷いた。
「なるほどねぇ。蝶かぁ。やっぱり魔法使いが云うことは違うねぇ」
一人感心するイサークは、ルチアを憧憬の目で見返した。それに真顔を向けると、
「急ぎ、救出に参りましょう。事は一刻を争います」
ゆったりとした彼女には珍しく、やや焦燥のこもった声音でルチアは仲間を促した。
それに合わせたように立ちあがった影がある。小柄の、女と見まがうばかりの美少年の――いや、正確には美少女と云うべきか。なぜなら彼女は記憶を失っており、己のことを男だと思い込んでいるのだから――夜十字信人(ea9547)である。
「急ごうぜ、暗くなると本気でヤバイ」
その信人の言葉にちらりと視線を返し、しかしすぐに長槍の若者――シュヴェルヴァー・ヒューペリオン(ea1382)は冷徹な目を山に向けた。
「どちらにしろ、動くしかないか。当たり外れの前に、遭たらなければ意味がない」
抑揚のない声音で彼はつぶやいた。余人は知らず、機械じみた冷静さで状況を分析する彼は、依頼の困難さを痛感していた。
そのヒューペリオンの思いを知ってか知らずか、信人がぼそりとつぶやいた。
「さてと、めでたしめでたしで終わると良いがねぇ」
キャロルは這いずるにして身を起こすと、悪寒でふらつく体をドアにうちつけた。ドアはギシリと軋むが、ビクともしない。
が、かまわずキャロルはドアに身を打ちつけた。闇に差し込んだ燭光にすがりつくように。
その時、メキリと音がした。
冒険者達は三班にわかれて、それぞれの定めたルートを捜索し始めていた。
ルートはアストレアとルチアが踏みしだかれた草の状態から選別したものだ。人質を野ざらしにしておくとは考え難い――フェアレティの考えに従い、第一目標は手近の小屋である。
「何か反応はあったかい」
信人の問いかけに、アストレアとけるとがかぶりを振った。ブレスセンサーにもデティクトライフフォースにもキャロルらしき反応がないという意味だ。
「しかし、もしもということがあります。やはり手を緩める訳には‥‥」
云って、しかしアストレアは憂慮の色を浮かべた瞳をけるとに向けた。先ほどからけるとが苦しそうに息をついている。
アストレアの視線に気づき、けるとは青ざめた顔に笑みを滲ませた。
「自分は大丈夫であります」
大きな声で応えたが、無理をしているのは明白だ。病の体に、連続使用の神聖魔法はこたえるに違いない。
同様に信人も荒い息をついている。冒険者といえど、彼女もまた十二歳の少女なのだ。が、
「そんな顔で見るな。女に心配される俺じゃない」
ムッとした顔をアストレアに向けた。
その時――
「反応が――」
小さく叫ぶけるとの指差す方に、はじかれたように信人達は目を向けた。
「俺が行く」
皆まで聞かず、信人が駆け出した。が――
十数歩走って、信人は足を止めた。木立からこちらを覗き込む不気味な顔を見とめた故だ。
「こんなところに‥‥人か?」
不審に思いつつも再び走り出した信人にむかって、顔がニンマリと笑ったように見えた。
「かなり日が傾いてきましたね」
心配げなルチアの言葉に頷くと、ヒューペリオンが口を開いた。
「誘拐されてから五日。気温の低下、欠食、捕縛による運動不全による体温の低下が予測される。かなり危険な状態だ」
「おいおい」
冷徹なヒューペリオンの語調に、呆れたように声をあげたのはイサークだ。
「嘘でもやる気が起こるような事が云えないのかよ。キャロルはゲームの駒じゃないんだぜ」
「すまぬ。そういうつもりは――」
云いかけたヒューペリオンの眼は、イサークにまとわりつく小さな影を見とめた。
それが蝶と知れるより早く、イサークが影を手で振り払った。
舞い散る燐粉に朧に霞むイサークと蝶。刹那――
呻きをあげて、イサークが膝をついた。
「どうした?」
駆け寄ろうとしたヒューペリオンは見た。自分達の周囲に、戯れるように飛ぶ数匹の美しい蝶を!
「うぜぇんだよ。蝶だか蛾だか知らんが、近付くんじゃねー!」
絶叫するイサークの腰から白光が噴出した。
必殺のコナン流の一撃だ。なんで蝶如きがたまろう。
次の瞬間、両断された蝶が枯葉の如く地に落ちた。が――
さらに苦鳴をあげて、イサークがのけぞった。舞う銀灰色の魔紛がイサークを包み込んでいた。
信人を挟むように、二つの死人のような顔が浮かんでいた。
いや、顔ではない。人面の模様をもった巨大な蝶だ。
それの口にゾロリと生えた鋸刃状の牙を見とめ、信人は二本のダガーをかまえた。
翼を広げた猛禽の姿にも似て――ふるうは二天一流!
前後から迫る人面蝶をかわしざま、信人はダガーを疾らせた。血煙をあげる二匹の蝶。
「やれやれ、今一戦闘ってのが好きになれんね。傭兵の台詞じゃないけどさ」
信人がニヤリとした。
その時――
「いた!」
アストレアが叫んだ。
「前方の木立の向こうに、けるとさんと同じくらいの大きさの――ああ!」
次の瞬間、さしも冷静な彼女も息をひいた。
「他にも、五十センチほどの存在が一つ――」
アストレアの叫びにはたかれたように、フェアレティと国定が駆け出した。
「見えるモノかっ!」
唸るヒューペリオンの長槍が、なおもイサークにまとわりつく蝶を斬り捨てた。
その間合いを利用し、毒粉を浴びることなく、次々と毒蝶を屠っていくヒューペリオン。さらにルチアの放つ聖なる衝撃と、駆けつけたアストレアの雷撃によって屍が築かれていった。
錠が撥ね飛び、キャロルが転がり出た。
痛みをこらえて身を起こしかけた彼女は見た。じっと自分を見下ろす不気味な顔を。
その口から覗く獣のような牙を見とめ、キャロルはくぐもった悲鳴をあげた。
刹那――
顔が苦悶に歪んだ――ようにキャロルには見えた。
ふうわりと離れる顔。それを追って疾る銀光は狙い過たず、人面の吸血蝶を両断した。
倒れたまま、顔だけ向けてキャロルは見た――邪を斬る女騎士と、黒い咆哮を放った東洋の黒法師を。
キャロルに応急手当を施し、次に信人はルチアのリカバーを受けさせた。甲斐々々しくキャロルを世話している様子は、まるで優しい姉だ。
その信人の腕に抱かれて、しかしキャロルは震えている。それが寒さによるものでないことは、彼女の焦点の合わぬ眼から見てとれた。
貴女のお父様から、貴女を救出するようにとの依頼を受けた者です――そのアストレアの言葉に、ようやくキャロルは深い眠りに落ちた。
「傷は癒せますが、心の傷は‥‥」
沈鬱な面持ちでつぶやくルチア。が、けるとは確信があるかのように微笑んだ。
「あんな美味しいスコーンが作れるお母さんがいるんです。大丈夫であります」
「当該目標の存在を確認。帰還する」
云って、ヒューペリオンはキャロルを抱き上げた。