スネークアイ
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:美杉亮輔
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 52 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月16日〜02月21日
リプレイ公開日:2005年02月24日
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●オープニング
むせかえるような紫煙の中、初老の男は血走った眼を、対面の男の手元にむけた。
五つのカード。トランプと呼ばれる貴族の遊び道具だ。
うっすらと浮いた脂汗をぬぐおうともせず、初老の男ははぐびりと唾を飲みこんだ後、手にした自分の五つのカードを表にして、置いた。震える口元にかすかな笑みをうかべて。
それに対して――
対面の男はカードに目を向けたままだ。
それを己の勝ちと判断し、初老の男がチップに手を伸ばそうとし――チップをつかむ初老の男の手が、別の手によっておさえられた。対面の男の手だ。
「な、何を――」
ギリッと睨みつける初老の男の眼前で、対面の男が静かに手のカードをテーブルにおいた。
曝された五つのカード。
刹那、初老の男の眼が張り裂けんばかりに見開かれた。次いで、がくりと力なく肩を落とす。
「残念でしたね、フィードさん」
対面の男が蛇に似た目をニンマリさせた。秘密の賭博場のオーナー、ダーレスである。
「まあ勝負は時の運。こんなこともありますよ」
ぬめりとした声で云うと、ダーレスは初老の男――フィードの前におかれた証書をとりあげた。
「ま、待ってくれ。も、もう一勝負‥‥」
「冗談じゃありませんよ」
腕にすがりつくフィードの手をうるさそうに払いながら、
「ここに、貴方の財産を譲るという契約書がある。いくら勝負がしたくとも、もう貴方が賭けられるものは何もないんですよ。それとも――」
ダーレスは口の端をキュッと吊り上げた。
「奥さんか娘さんでも賭けますか?」
その言葉に、突っ伏していたフィードの顔が上がった。
「――待ってくれ」
呼びとめる声に、ダーレスは振りかえった。
「おや、フィードさん」
相手の顔を見とめて、ダーレスは口元をゆるめた。
「まだ、いらしたんですか」
その問いかけが聞こえないのか、フィードはダーレスにすがりついた。
「頼む。私はどうなってもかまわぬ。しかし、妻や娘だけは――」
彼の言葉が終わらぬうちに、ダーレスはフィードの手を振り払った。
「何をバカな――」
吐き捨てるダーレスの面からは愛想の良い笑みはぬけ落ちいていた。ただ蛇のような目に刃のような光をゆらめかせて――
「もうアンタに用はない。さっさと失せるんだな」
「くそっ!」
ダーレスの言葉に激昂したか、フィードは懐からナイフを取り出した。護身用に持っていたものだろう。が――
稲妻のような銀光が疾り、フィードの手からナイフがはねとんだ。のみならず、返す刃はフィードの頬を切り裂く。
「アンタのようなバカな輩から身を守るため、このような芸を身につけたんですよ」
抜きはらった剣に口を近づけ、ダーレスは紅い舌でゾロリと刃を舐め上げた。
「――勝負に負け、妻と娘は連れ去られたという。表向きはメイドとして他家に行ったということになってはいるがね」
翌日、首を吊ったフィード氏の亡骸が見つかった――沈痛な面持ちで、冒険者ギルドの男が告げた。
「が、死ぬ前に、フィード氏は手元に残ったわずかな金をかきあつめ、ここ――冒険者ギルドに送って寄越した。ひとつの文を付けて」
テーブルの上の紙――送られてきたフィード氏の文を前におしやりながら、ギルドの男は続けた。
「妻と娘を救い出してもらいたい。文にはそうあった――賭けにうつつをぬかしたフィード氏にも非があることは確かだ。いかにイカサマと云えどもね。しかし、秘密の賭博場のオーナーであるダーレスという男、実にあくどい奴なのも確かな話なのだ」
イカサマ賭博で引きずりこみ、財産ばかりか、その妻や娘までも奪い去る。その女たちの消息が途絶えたのは異国に売り飛ばされているからだろう。
「が、問題が一つあるのだ。連れ去られた女達の行方が知れぬ。街を出る姿が目撃されていないところから、街のどこかに監禁されているのだと思うが‥‥」
それでは街から連れ出す時に奪還すれば良いのではないか。声の一つに、ギルドの男はかぶりを振った。
「それが何時かがわからぬ。ずっと街道を見張っているわけにもいくまい。また、もし万々が一、見逃してしまったらそれまでだ」
深沈たる目を依頼の文からあげて、ギルドの男は続けた。
「このような問題に、冒険者ギルドがかかわってよいものかどうかは分からぬ。が、そこに悲しむ者がいることは確かだ。また危険があることも」
●リプレイ本文
街外れの小屋の中に黄昏の光が差し込んでいた。
その黄金色の光に浮かびあがる八つの影。
「奥さん達は旦那さんの所有物って訳じゃ無いよっ。それを賭けの対象にするって所で間違ってる。外から見てどっちに理が有るかは正直分かんないけど、ぜーったいにっ、奥さん達を助け出して見せるんだからっ!」
怒りのこもった声をもらす者がいた。褐色の膚の大輪の花を思わせる娘――シャフルナーズ・ザグルール(ea7864)である。
大陸一の踊り子になる夢を追う彼女にとって、一人の娘の将来を踏みにじったダーレス達は許せぬ相手だ。
「そうだな」
頷いたのは、ローブから顔だけを露出させた若者だ。名をアルカーシャ・ファラン(ea9337)という。彼は続けた。
「イカサマ賭博にのめり込んで、財産ばかりか妻子まで賭けた挙げ句に身を滅ぼした氏には同情する気にもなれないが、連れ去られた家族に責はないからな」
ファランはギリッと歯を噛んだ。
彼の脳裡にはある娘の顔が浮かんでいた。彼の傷を勲章だと云った娘だ。
囚われの娘は、その娘と同じ年頃だろう。捨て置く訳にはいかなかった。
が、一人嘲笑を浮かべた者がいる。フレドリクス・マクシムス(eb0610)だ。
「賭博で身を持ち崩す、か。自業自得、同情の余地も無い話だな。しかし、報酬が用意されており依頼として成立しているからにはその辺はどうでも良い事だ。そして依頼を引き受けた以上は、解決する為に全力を尽くすまで。その妻と娘とやらは必ずや助け出して見せる」
冷然たる語調でマクシムスは云った。声音は氷のようだが、プロとしての誇りに満ちている。
「ならば気を引き締めてかからんとな」
応えを返したのは凛々しい女騎士――エレナ・アースエイム(ea0314)だ。黙々とレイピアに磨きをかけつつ、彼女は続けた。
「ダーレスは剣の手練れだと聞くし、多くの敵を相手にせねばならんのだからな」
「では‥‥」
刀を携えた巨漢が立ちあがった。
「今回はいっちょ‥‥気合入れてくかね」
云って、巨漢――狭堂宵夜(ea0933)はニヤリとした。獰猛な笑みだが、囚われの女達の事が心配でならぬ彼である。
その事に気づいているのか、苦笑を浮かべたハーエルフの若者――ライル・フォレスト(ea9027)が中央の朽ちかけたテーブルに歩み寄り、袋をドンと置いた。袋の口からは黄金色の輝きが覗いている。
悪戯を思いついた子供のように笑うと、
「仕掛けには、これがいろだろ」
云ってライルは、黙然と腕を組んだ銀狼を想起させる若者に向ってウインクした。
若者――シーリウス・フローライン(ea1922)は苦り切った顔を上げると、ぼそりとつぶやいた。
「正直、性に合わないが、合理的に考えた結果、この手段が最良か‥‥」
「ダーレスは切れ者のようだが、自分が騙されるとは想像しないはず。付け込む隙があるとすれば、そこだ」
シニカルな笑みを浮かべて、八番目の若者――クー・シェ(ea6653)が口を開いた。
北天の弧星を思わせる彼の瞳が、濃くなり始めた闇の中で蒼く光っていた。
紫煙と熱気が渦巻く中に、場違いな嬌声が響いている。
「すっごーい! ダーリンってば素敵っ☆」
甘えた声をあげると、異国の装束を纏った娘が、礼服のニヤケた青年にしなだれかかった。
何度目かの仕草であるが、その度に、露出度の高い娘の胸元から覗く乳房が形を変える。彼女目当てに、すでに人垣ができつつあった。
青年と娘――腑抜けた貴族と愛人を装い、賭博場に潜入したシーリウスとシャフルナーズである。
紹介がないとの理由で、入館の際に一悶着あったが、シーリウスの神聖騎士の立場を示す十字架のネックレスとクルスソード、そして何よりシャフルナーズの魅力が功を奏して入り込む事ができたのであった。
そして――
もう一人潜入に成功した者がある。クーだ。
音楽が聞きたいというシャフルナーズの口利きによるものだった。よほど彼女の商品価値は高いと見える。
「連戦連勝の紳士と美しい方の為に一曲」
道化師のものに似た笑みを浮かべると、クーは竪琴をかき鳴らし、英雄の詩を口ずさんだ。
魂を痺れさせる詩は、淀んだ空気を清風のように吹き散らしていく。が、その間も、クーの眼は油断無く周囲の様子を探っていた。
「たいしたものですね」
突如かかった声に、クーが視線を走らせた。蛇のものに似た眼の男がシーリウスに笑いかけている。
「オーナーのダーレスです。一度、お手合わせ願いたいですな」
「良いですよ。今宵の僕に勝てる者はいない」
笑み崩れた顔をダーレスに向けると、シーリウスはチップをかき集めた。蒼い瞳に刃の煌きを隠しつつ。
「うまく入り込んだようだな」
声がもれた。賭博場の入り口を見渡せる建物の陰からだ。黒装束を纏ったファランである。
その言葉に頷いたのはエレナだ。
「シャフルナーズがいて助かったな。しかし、没落した貴族の館が隠れ蓑とは‥‥」
「ダーレスという男、やはり切れ者のようだな」
云って、ファランは再び館の入り口に視線を戻した。
カードを曝すと、ダーレスが全てのチップを引き寄せた。
「そんなあ。頑張って、ダーリンっ!」
「うるさい!」
すがるシャフルナーズの手を払いのけると、シーリウスは血走った眼を上げた。
「もう一勝負だ」
「困りましたなぁ」
ダーレスは酒を口に含むと、薄く笑った。
「もうチップがありませんよ。何か賭けるものがあれば別ですがね」
云って、チラリとダーレスの視線が動いた。シャフルナーズの上に。
「‥‥よし」
ややあって、シーリウスが強張った笑みを返した。
「シャフルナーズを賭ける。文句はなかろう」
「そんな――」
息を飲んだシャフルナーズがシーリウスにしがみついた。
「酷いっ! あたしの事は遊びだったのっ!?」
「黙ってろ!」
眼に泪を滲ませるシャフルナーズを煩わしげに睨みつけると、シーリウスはダーレスに向き直った。
「さあ、チップは用意した。最後の勝負だ」
館の入り口から吐き出された人影は、よろよろと通りを歩き出すと、やがて建物の陰に消えた。
「――お疲れ」
ライルが人影――シーリウスの肩をポンと叩いた。
「上手くやったようだな」
宵夜の声に、シーリウスは顔をしかめた。
「――こんな真似は二度とご免だ」
「――いやいや」
別の、からかうような声が流れた。
クーだ。シーリウスからわずかに遅れて、館から出て来たのだった。
「名演だった。あれなら冒険者を廃業しても食っていけるぜ」
「フン」
舌打ちすると、シーリウスは用意してあった鎧を纏った。
「シャフルナーズは?」
ライルの問いに、クーは眼を伏せた。
「奥の部屋に連れ去られる前に、暫く辛抱してくれ、というテレパシーを送ったが‥‥」
その時――
夜の底を乾いた音が響いてきた。
慌てて身を隠す四人の眼前を、大きな木箱を二つ積んだ一台の馬車が通り過ぎて行く。馬車は賭博場の裏口にとまった。
「酒か何かの搬入だな」
木箱を館に運び入れる様子を眺めながら、宵夜がつぶやいた。
やがて――
作業を終えると、再び馬車が走り出した。遠くなりつつある馬車を見送り――しかしライルが突然物陰から飛び出した。
「どうした?」
問う宵夜に、ライルは走りながら応えを返した。
「あの馬車、木箱を三つ積んでいったぞ!」
「痛いわね、引っ張らないでよ!」
喚くシャフルナーズを突き飛ばすと、男はドアを閉めた。鍵のかかる音が冷たく響く。
足音が遠ざかるのを待って、シャフルナーズは身を起こした。
明かりのない闇の部屋の片隅。そこに人の気配がする。
「フィードさんの奥さんとお嬢さん?」
シャフルナーズが問うと、人影から動揺の波が伝わってきた。どうやら当たりらしい。
「助けに来たの。今はあたしの指示に従って」
気配に向って囁くと、シャフルナーズは髪飾りに隠したナイフを手にとった。
「ここか?」
宵夜の問いに、ライルが頷いた。
街外れの古い屋敷の前である。倉庫代わりに使われているらしく、建物の外には荷箱が幾つも積まれてあった。
馬車を追ったライルが突き止めた監禁場所である。
「間違いない。シャフルナーズの応えがあった」
クーも同意する。
「まずは見張りだな」
マクシムスが物陰から歩み出した。千鳥足で倉庫の前に佇む男に近寄っていく。
「何だ、てめ――」
誰何の途中で、男が崩折れた。
マクシムスの手刀が男の鳩尾に突き刺さった――その刹那を見とめ得た者はエレナと宵夜のみだ。
「もたもたしていては中の女性達が危険だ、急ぐぞ!」
剣を抜き払うと、エレナは倉庫の内部に滑り込んでいった。
「物音がしなかったか?」
云って、酒を飲んでいた男達の一人が立ちあがった。が――
次の瞬間、棒のように男が倒れた。背後にぬうっと聳える巨影一つ。
「剣は不詳の器なれど、没義道斬るのが侠の剣ってな。往くぜッ!!」
巨影――宵夜が男達の只中に飛び込んだ。陸奥流――変幻自在の暗殺剣が閃いた。
「騒がしくなってきたわね」
シャフルナーズがつぶやいた時だ。
ドアが開いた。逆光の中に剣を携えた男が立っている。
咄嗟にシャフルナーズはナイフをかまえた。
が、男がゆっくりと崩折れた。
背後に立つ影――マクシムスを見とめ、シャフルナーズは口を尖らせた。
「遅刻よ」
真紅の酒を口に含み、ダーレスは満足げに笑った。
今夜は良い獲物が手に入った。あの異国の女なら高値で売れるだろう。
「――美味いか?」
声に、ダーレスは眼を上げた。
「誰だ?」
問うダーレスの声に、二つの人影が姿を見せた。エレナとマクシムスだ。
ダーレスはテーブルに立てかけたあった剣を手に取ると、立ちあがった。
「どうやら鼠が迷い込んだようだな。生きて帰れはせんぞ」
「手下はおネンネしてるぞ」
エレナ達の背後に佇む影から嘲弄の声がした。
その者の顔を見とめた時、さしものダーレスの顔が歪んだ。
「貴様、あの吟遊詩人!」
怒りが触発させたか、ダーレスが剣を抜き払った。その眼前にエレナが迫る。
「人をモノのように扱うヤツは大っ嫌いなんだよ!」
空に火花が散り、二つの影が飛んで離れた。
「やるな、小娘!」
叫ぶダーレスに、今度はマクシムスが肉薄する。
が――
澄んだ音が響き、マクシムスの剣が弾き飛ばされた。
「ばかめ!」
蛇の牙の如く、ダーレスの剣が疾った。
瞬間――
二つの影が交差した。剣は頬を抉り、手刀は鳩尾を貫いている。
やがて、ずるずるとダーレスが崩折れた。
「――助かったぜ」
頬に血の筋をひいたマクシムスは、背後に佇む念動力者――ファランに声をかけた。疾る刃の軌道が変わった事に、彼は気づいていた。
「あまり好きなタイプではないが、これでフィードも報われただろう」
無様に横たわるダーレスを見下ろし、エレナがつぶやいた」
「ま、新しい歌のネタにはなるね」
相変わらず皮肉な口調のクーの声が響いた。
街道を走る馬車の中でフィードの妻子を身を寄せ合っていた。
妻の実家に向う途中なのだが、二人の顔に悲しみの色はない。
大した足しになんねえけど。これから、頑張ってくれよな――そう云って、ぶっきらぼうに幾許かの金子を手渡してくれた巨漢を想い出し、二人は微笑を浮かべた。そして――
娘のポケットには宝物が一つ。負けないで、と書かれた小さな紙片が納められていた。
いつか、わたしもあの人達のように強くなれるかな。
ふと、娘は思った。