聖なる鐘が鳴る時

■ショートシナリオ


担当:美杉亮輔

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:02月24日〜03月01日

リプレイ公開日:2005年03月04日

●オープニング

「ここまで来れば大丈夫だろう」
 云って、ハンスは足をとめた。
「そうね」
 頷いて微笑んだのは、連れの美しい娘だ。名をキンバリーという。
 二人が足をとめたのは峠の頂き付近であった。見下ろせば、今抜け出て来た街を眺めることができる。
「疲れただろう。少し休もうか」
「いいえ。わたしのことなら心配はいらないわ。追っ手がかかるかも知れない。急ぎましょう」
 キンバリーに促され、旅装の二人は再び歩き始めた。
「――本当に、良いのかい?」
 ややあって、ハンスが口を開いた。
「えっ、何が?」
「いや、このまま僕と一緒に行って‥‥僕は貧しい。それほど蓄えがあるわけじゃない。きっと君に苦労させるだろう。街に残りさえすれば、君は豊かな生活を送ることができる‥‥」
 ハンスの唇を指でおさえ、キンバリーが言葉をとめた。
「ハンス、怒るわよ」
 わざと口をとがらせて、しかしすぐにキンバリーはにっこりすると、
「貴方と一緒なのよ。良いに決まってるじゃない」
 云った。
 その時――
「――キンバリーもなかなかやるね。婚約者がいるのに、もう浮気かい?」
 嘲る声とともに、木陰から人影が現れた。狐に似た容貌の優男だ。
「ガレット・ゲーツ!」
 キンバリーの口から悲鳴に似た声がもれた。
 ガレットと呼ばれた男は、
「逃げることができると思ったのかい?」
 口の端をキュウと吊り上げると、云った。
「――逃げるなんて‥‥貴方には、関係ないわ」
「関係ないはずがなかろう。僕達は婚約しているのだから」
「それは父が勝手に決めたこと。わたしが愛しているのはハンスよ」
 叫ぶキンバリーに、ガレットは嘲笑で報いた。
「君が誰を愛そうとかまわぬ。僕のものになりさえすればね――貧乏人をたぶらかす事までは大目に見てあげるが、これは少々やり過ぎだ」
 キンバリーを舐めるように見つめてから、ガレットは手を上げた。それが合図であったか――屈強な男達が姿を見せた。
「僕の婚約者をかどわかそうとした不届き者を懲らしめてやってくれ。――ああ、くれぐれもフォレスト家の淑女には傷をつけぬように。式がひかえているのでね」
 薄笑いを浮かべつつ、ガレットが云った。
「やめて! ハンスに乱暴しないで!」
 叫ぶキンバリーを、男達の一人が掴みとめた。刃で切れ込みを入れたような眼をした男だ。名をクレーという。
 軽く掴まれているようで、キンバリーは身動きができなくなった。そして――
 残りの男達がハンスに殺到した。無数の拳と蹴りがハンスを襲う。その様を眺めるガレットの笑みがさらに深くなり、峠にキンパリーの絶叫がこだました。

「――荒事に慣れた男達なのだろう。急所は外していたようだ。すでにハンスは動けるようになっているらしい」
 あらましを話し終えると、冒険者ギルドの男は喉を潤すため、カップの紅茶を口に含んだ。
「キンバリーはその後、軟禁状態になっているという。‥‥いや、外出はできるようだが、厳重に監視されているらしい」
 それで、どうしろというのだ――問う声に、ギルドの男は応えた。
「キンバリーとハンスの愛を成就させること。四日後に執り行われる結婚式が終わるまでに、だ」

●今回の参加者

 ea1854 獅子王 凱(40歳・♂・志士・ジャイアント・ジャパン)
 ea3231 レイ・アウリオン(29歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea4879 ムネー・モシュネー(22歳・♀・クレリック・ドワーフ・イスパニア王国)
 ea7216 奇天烈斎 頃助(46歳・♂・志士・ジャイアント・ジャパン)
 ea7842 マリー・プラウム(21歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 eb0610 フレドリクス・マクシムス(30歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb0911 クラウス・ウィンコール(29歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 eb1055 ヴィクトリア・フォン(62歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

夜桜 翠漣(ea1749)/ レイリー・ロンド(ea3982)/ マナ・クレメンテ(ea4290

●リプレイ本文

「泣かないで」
 鈴のような声音に、キンバリーは泪に濡れた顔をあげた。
 愛くるしいシフールの美少女が覗き込んでいる。母が慰めにと雇った吟遊詩人だ。
 そしてもう一人。同じく母が雇った新しい使用人の若者も佇んでいる。
「そんなに泣いちゃ、花嫁さんが台無しよ」
 その少女の言葉に、キンバリーの眼からはさらに泪が溢れる。
「愛していない相手との結婚式なんて――」
 声を途切れさせ、面を伏せるキンバリーの肩に、少女はそっと手をおいた。
「なら、愛している人と結ばれるべきよ」
 少女とは思えぬ力強い言葉に、ハッとキンバリーは顔をあげた。それに、
「友達の夜桜翠漣が云ってた。そう思った、それだけで十分だって――ふふ、無理っていう顔つきね。でも、大丈夫」
 少女――マリー・プラウム(ea7842)は悪戯っ子のような微笑を浮かべ、続けた。
「だって、貴方には八人の守護天使がついてるんだから」
「そうだ」
 もう一つの声に、はじかれたようにキンバリーが振り向いた。その眼前で使用人の若者――守護天使の一人であるクラウス・ウィンコール(eb0911)が不敵な笑みを浮かべていた。

 フォレスト家の手前で馬車がとまり、狐に似た容貌の若者が顔を覗かせた。
「くれぐれもキンバリーから目を離すなよ。ハンスが邪魔なら、今度は始末して良いぞ」
 ニンマリするガレットの言葉に、クレーは昏い眼をして頷いた。

「ここか」
 神秘的な金茶色の瞳の若者が、小さな教会を見上げてつぶやいた。神聖騎士のレイ・アウリオン(ea3231)である。
 ――確かその近くに古くて小さいが教会があったな。
 マリーの友人、レイリー・ロンドに教えられた教会の前。彼の手にはロンドの紹介の文が握られている。 重いドアを開け、レイは教会の中に踏み入った。
 ――これから我等がすることは、戒律をおかすことになるやも知れぬ。しかし‥‥
 彼は戒律よりも大切なものを知っていた。
 礼拝中の神父を見つけると、レイは口を開いた。
「本当に愛し合う二人を救ってあげたいのです。ご迷惑はかけません、お力を貸して貰えませんか」
 凛たる声音に、神父はゆっくりと振りかえった。

 蒼穹は目に染みるほどに鮮やかで、雲一つなく――
 豪壮な教会は、いつになく賑やかであった。キンバリーとガレットの結婚式当日である。
 渦巻く人波の中、縫うように動き回り、周囲に視線を走らせている法衣の修道女がいた。ドワーフの少女――ムネー・モシュネー(ea4879)だ。
 奇天烈斎頃助(ea7216)と共に所属しているグループ・グランドクロス――その信仰による世界制覇を目指して彼女は暗躍していたのだが、最近は真実の愛と正義の為に日夜戦っている。そして今は、教会内部の様子を把握し、脱出経路と敵の配置を確認する為、修道女として潜り込んでいるのであった。
「全く‥‥こんな堅苦しい服装は苦手だ」
 礼服の胸元をしきりに気にするクラウスを見つけると、そっと微笑をもらし、マリーと調べた情報を告げる為、ムネーは外に向った。

 教会からわずかに離れた建物の陰に、二つの人影が潜んでいた。
 一つは礼服の上にマントを纏ったハンスであり、もう一つは黒狼の如き印象の――フレドリクス・マクシムス(eb0610)である。
「覚悟はできているのだろうな。恐らく、お前達が考える以上に困難な恋だぞ」
 問うマクシムスの声は冷淡そのものだ。
 が、頷くハンスの眼に迷いはない。痛々しい痣だらけの顔には決然たる色が滲んでいる。
 そうと知り、マクシムスは皮肉な笑みを口の端に刻むと共に、壁にもたせかけていた身を起こした。
「正直この手の、愛さえ有ればと云うのは好きじゃない。が、ガレットとか云う奴はもっと気にくわぬ。奴の思い通りにさせるのも面白くない、な」

 新郎新婦の出迎えの為に人気のなくなった教会の裏。
「すまぬ、ちと道を聞きたい也」
 呼びかけられ、男が振りかえった。
 礼服を纏ってはいても、眼光の鋭さは常人のものではない。クレーの手下だ。
「何だ?」
 背後に佇む巨漢に怪訝な眼を向け、それでも足を踏み出す男。
「来るな――」
 慌てて巨漢が制止した。が、男がとまるはずもない。
 刹那――
 地から噴きあがる炎に男の全身が包まれた。
 黒焦げになった男を見下ろし、ファイヤートラップの発動者である巨漢――頃助は苦笑と共につぶやいた。
「だから来るなと云うた也」

「どこへ行く?」
 呼びとめられて、巨躯の青年が振りかえった。巌のような顔だが、どこか憎めぬ愛嬌がある相貌をしている。
「ああ、すまぬ」
 応えを返しざま、青年は刃を鞘走らせた。目にもとまらぬ斬撃だ。
「お前達のようなものに使う剣ではないでござるが、愛する者達を引き離すような輩は全力で倒すでござる!」
 返す刃は予想外の軌道を疾り、二合と交えず男の胴を薙いでいる。
「拙者の剣は我流――お前には見切れぬ」
 刃をおさめ、獅子王凱(ea1854)は、その名を想起させる獅子の如き獰猛な笑みを浮かべた。

「ママ!」
 母親を見つけて、少年が駆け出した。小さな体に、それなりの礼服を纏っている。
「氷の中にお人形さんがはいっているよ」
 眼を輝かせて、少年は母親のドレスを引っ張ったが、母親は取り合わぬ。
 その様を見つめるエルフの老女――ヴィクトリア・フォン(eb1055)はアイスコフィンで凍りつかせた見張りの男をコンコンと叩くき、ほくそ笑んだ。
「そのうち溶けるで大丈夫じゃろ」
 先ほどの少年と同じ、楽しい事を見つけた子供の眼をしたフォンは、晴れやかな蒼穹を見上げた。彼女の脳裡には見送ってくれた友人の顔がよぎっている。
 がんばれ。
 マナ・クレメンテ――矢を持てば無敵の射手の励ましであった。
「花嫁強奪――面白そうじゃ。ガレットという男もこれで懲りるじゃろうて。花嫁に逃げられた男のレッテルは、プライドが高ければ高いほど、大きな痛手じゃろうからのう。さて――」
 仕上げにかかろうかというつぶやきとともに、フォンの体を燐光が包み始めた。
 刹那――
 灼熱の殺気を感得し、フォンが振りかえった。その眼前に迫る刃。別の見張りの男が密かに接近していたのだ。
 さしも老練なウィザードの口からも、絶望の呻きがもれた。
 が――
 必殺の刃は、フォンの額の寸前でとまっている。
 恐る々々眼を開いたフォンは見た。見張りの男の首筋に手刀を突き刺しているマクシムスの姿を。
「これも仕事だ。悪く思うな」
 ぼそりとマクシムスがつぶやいた。

 教会の中が薄暗くなりつつあった。
 それがフォンのレインコントロールによるものと知り、マリーは竪琴を爪弾き始めた。荘厳な調べに歌をのせる。
 呪歌に眠りを誘われた者をよそに、新郎新婦を前にした神父は声を張り上げた。
「それでは、婚儀を――」
「異議あり!」
 神父の言葉を遮って、大音声が教会内にこだました。
 入り口に佇む四つの影。
 乱入者を見とめ、幾つかの人影が立ちあがった。クレー一党である。
 突然の騒動に、教会内は喧騒の坩堝と化した。その隙をつくように、花嫁に寄りそう影一つ。
「「茶番はこれまでだ。来るがいい花嫁よ。結婚式だ!」」
 キンバリーを導き、ムネーが退がり始めた。裏口へ――。
 が、そのことに気づいた者がいる。ガレットだ。
「待て、どこへ行――」
 追いすがろうとしたガレットの叫びが突如、途切れた。
「狐顔の優男になんかにキンバリーは渡さないんだから!」
 崩折れたガレットの上を飛び過ぎざま、マリーが愛くるしい顔をしかめ、舌を突き出した。その後を追うクラウスは、彼女の後ろ手にした歪んだ燭台を見とめ、苦笑とともに忠告した。
「それは置いてゆけ」

「ハンス!」
 教会の前で待機していたハンスを見とめ、キンバリーは彼の胸に飛び込んだ。
 熱い抱擁とくちづけを交す二人。が、剣戟の響きはすぐそこまで迫っている。
「二人の幸せのためだよ、みんな後は任せたからね!」
 頃助達に声をかけると、マリーはキンバリーを促した。と、ハンスを呼びとめた者がいる。
 何かと思って振り向ハンスの目は、放物線を描く煌きをとらえた。慌てて受けとめたハンスの手の中で転がる小さな指輪。
「餞別だ」
 声は背を向けたままのマクシムスからした。
「ハンスさん。もう二度とキンバリーさんを離しちゃいけませんよ。俺みたいなガキが云うことじゃないかもしれませんが」
「もう少しだよ、頑張って、二人で愛を掴むの!」
 励ますクラウスとマリーに頷くと、キンバリーは刃もつ守護天使達に頭を下げた。万感の想いを込めて。
 遠ざかるハンス達の足音を聞きつつ、マクシムスはニヤリとした。
「派手に暴れてやるとしよう」
「人の恋路を邪魔する輩は馬に蹴られて痛い目にあうでござるよ!」
 剣を振りかざす凱の満面は、会心の笑みに彩られていた。

「ここだ」
 差し招く神聖騎士に駆け寄り、キンバリー達は息を整えた。
 同じく荒い息をつくムネーが急ぎ結婚の儀を宣する。追っ手がそこまで迫っていた。あまり時間はかけられぬ。
「愛する者達よ、いざ誓いを!」
 ムネーに促され、ハンスとキンバリーは口づけを交した。刹那――
 教会のドアが破られ、幾つかの人影が雪崩れこんできた。その眼前に立ち塞がったレイが掲げる剣は、ジーザスのクロスに似て――
「この二人は神への誓いを行った! それを邪魔するなら私が相手をする!」
 そのレイの叫びが消えぬうちに、追っ手の一人が漆黒の光に包まれて崩折れた。それが眼前の爽たる若者の仕業と気づき、追っ手の足がとまる。続く若者の言葉に、彼らは凍りついた。
「これは最終警告だ、次はこうは行かんぞ」
 が――
 一人、よろよろと歩み出てきた者がある。キンバリーの父親だ。
「認めぬぞ、このようなことは――」
 満面を怒りにどす黒く染めたキンバリーの父。その前にレイが立った。
「父親が望むのは、このか弱き我が娘の嘆き悲しむ姿か? 違うだろう。幸せになって欲しい、裕福な家に嫁げば苦労をせず済むと云った親御心もあったんじゃあないか? でも本当の幸せはいま目の前にあるんだ」
 静かに諭すレイの言葉に、父親の視線が動いた。ハンスと抱擁する娘へ。その幸せそうな笑顔へ――
「この二人は本当の愛を手に入れたの。幸せは二人で掴み育んで行くものでしょう。心配ならハンスに色々と教えてあげればいいよ。どうか二人を認めて貰えませんか? 貴方の娘を幸せな花嫁にする為にも」
 訴えるマリーに向けた父親の眼からは、怒りの色は抜け落ちていた。力なく垂れた彼の手を、妻のそれが優しく包む。いとおしむように。
 と――
「わしの方は良いとして、ゲーツ家の方は――」
 困惑する父親に、小悪魔めいた微笑を返したのはフォンだ。
「そっちは大丈夫じゃ。仲間に口の達者な者がおるからの。彼らの言辞に、ゲーツの者も否やとは云うまい」
 そのフォンの言葉が聞こえた訳ではなかろうが――クレー一味をたたきのめした凱、頃助、マクシムスは同時に大きなくしゃみの音を響かせた。
 その彼らの耳に、マリーの歌声が届く。旅立ちの二人の幸せを願う歌が。
 そして――
 聖なる鐘が鳴り響いた。