邪恋

■ショートシナリオ


担当:美杉亮輔

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:03月05日〜03月10日

リプレイ公開日:2005年03月15日

●オープニング

 欲望に濡れた眼を上げ、そいつは哭いた。
 わしのものだ――
 陽の光のような金色の髪も、木の実のような赤い唇も何もかも‥‥
 どうしようもない愛しさは、やがて激しい飢えとなって、そいつを衝き動かした。

 黄昏の光の中、湖から続く小道をアリスとエリックは歩いていた。
 冷たい風が時折吹いたが、つないだ手のぬくもりに、二人の胸の内は温かかった。
 と、アリスが足をとめた。
「どうしたんだい?」
 問うエリックに、かぶりをふってアリスは応えた。
「いえ、何でもないわ」
 微笑をうかべると、存在を確かめるように、アリスは強くエリックの手を握った。

 やがて二人はアリスの自宅に――
 帰りついた時には、すでに薄蒼い夕闇が迫りつつあった。
「おやすみなさい」
 くちづけを交した後、まだ名残惜しげにつないでいた手をようやく離し、アリスは自宅のドアを開けた。夕食を済ませ、彼女が自室に入ったのは、エリックと別れて二時間ほど経った頃だ。
 着替えの途中、ふと、アリスは動きをとめた。
 また、あの感じ――
 彼女は異様な気配をとらえていた。
 エリックとのデートの帰り道に感じたのと同じ不快感。針の先のようなもので、わずかに触れられているような感覚。
 そう、これは、誰かに見られているような‥‥
 ハッとしてアリスは窓に目をやった。そこに――
 そいつは、いた。
 屋根に掴まっているのか、逆さまになった顔が宙に浮いている。人に似た顔だ。しかし、決してそいつは人ではなかった。
 そして――
 血の坩堝のように紅く光る眼をカッと見開き、そいつは確かにニンマリと笑った。邪な心根が滲んだおぞましき笑みだ。
 そこまでがアリスの限界だった。
 彼女の口を割って悲鳴がほとばしりでた。

「――ジョージというらしい」
 アリスを襲った者の名を、冒険者ギルドの男は口にした。
「しかし、人ではない――」
 云うと、ギルドの男は白い毛を依頼書の上においた。
 白猿だ――ギルドの男は続けた。
「昔、アリスの父――デュポア氏は子供の白猿を飼っていた。幼かったアリスと兄弟のように育てていたということだ。その時に、何度かデュポア氏が口にした言葉がある」
 ――大きくなったら結婚させてやる。
「たわいのない冗談だったのだろう――」
 ギルドの男は溜息をついた。
「が、白猿は冗談とは思わなかった。知らぬうちに姿を消していたものらしいが、今、そいつが戻ってきた――アリスを奪うために」

●今回の参加者

 ea0945 神城 降魔(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1854 獅子王 凱(40歳・♂・志士・ジャイアント・ジャパン)
 ea1886 アイン・エクセルス(28歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea3994 崔 煉華(29歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea9311 エルマ・リジア(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb1029 鴛鴦 竜輝(43歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb1248 ラシェル・カルセドニー(21歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 eb1380 ユスティーナ・シェイキィ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

ラス・バゼット(ea5795)/ クーラント・シェイキィ(ea9821

●リプレイ本文

 唇を噛んで、エルフの青年は空を見上げた。
「あのバカ‥‥」
 顔をしかめ、つぶやく。そしてまた、彼は苛立ちながら、歩き出した。

 同じ頃、アリスは恐怖に身を震わせていた。
 今の彼女は、自分を攫った者がジョージであると気づいている。が――
 眼前のジョージは、かつての友達ではなかった。姉のごとく慕ってくれた無垢な目。それが今は情欲に濡れて――

「ジョージってやっぱりサスカッチなの? それならうちの兄貴が戦った時の話を聞いたことあるよ〜」
 儚なげな容貌とは似合わぬ元気の良い声をあげ、エルフの少女は眼を輝かせた。月の光を織りあげたような長い銀の髪よりもむしろ、ぬけるような白い肌そのものが月の精のような――ユスティーナ・シェイキィ(eb1380)である。
「森に棲み、群れで行動し、粗末だが道具を使う知恵がある――厄介ですね」
 まっすぐな眼を伏せて、アイン・エクセルス(ea1886)がつぶやいた。兄から伝え聞いたサスカッチの特徴を、シェイキィが説明し終わった後のことだ。
 が、屈託のない声が反駁した。華国の武道家、崔煉華(ea3994)である。
「確かに地の利は向こう。それでも私達にも手段は有る筈だよ。アリスさんは樹上には住めないし、猟師さんが猟の時使う岩場とか洞窟とか‥‥居場所はそういうトコ有力かな」
 大きな身振り手振りを加えて説明する。と、可憐なエルフの少女が口を開いた。
「とりあえず、街の住民の方から情報収集してみましょう」
 旅装束でありながら、見事なまでの着こなしで。髪に飾った一輪の花があまりにも鮮やかな――彼女の名はラシェル・カルセドニー(eb1248)という。
 すると、エルマ・リジア(ea9311)も頷いた。
「そうですね。近辺で大きな白猿を見た人がいないかを、まず聞きこみましょう。人を攫える程に大きく、さらに群れのリーダーともなれば、猟師の方がどなたか覚えておられるかもしれません」
 事件の事は内緒だよ――付け足す煉華に、エルマはフードですら隠せぬほどの秀麗な微笑を返した。

「この森に連れ去られた訳ですね」
 眼前に広がる鬱蒼たる森は緑というより、むしろ黒に近い。アインが慨嘆した。
 が、傍らに立つ若者の表情に乱れはない。神城降魔(ea0945)。捨て身の新陰流の極意を身につけた若者であった。
「感慨に浸っている場合じゃないぜ」
 焦燥にかられた声がした。八人の中にあっては年かさの鴛鴦竜輝(eb1029)が発したものだ。それに同意するのも同年輩の巨漢である。
「兄者の云う通りでござる。着いて来ると申されるエリック殿を、何とか説き伏せはしたものの、あの様子では何をしでかすか分からないでござるよ」
 云うと、然りと頷く竜輝の手を巨漢――獅子王凱(ea1854)はがっちりと握った。
「兄者! 依頼が一緒にできて嬉しいでござるよ。拙者まだまだ未熟ですが兄者と一緒で心強いでござるよ!」
 巌のような顔をゴリッと緩める。
 竜輝もまた凱の手を握り返した。
「今回は初めて一緒の依頼だな。よろしく頼むぞ、兄弟!」
 竜輝と凱――生まれた国は違えど、義兄弟の契りを交した二人であった。

 まだ日輪は中天にあるはずなのに――森の中には薄闇が降りていた。木漏れ日だけが眩しい。
 その中を八人の冒険者は歩を進めていた。
 捜索を始めてからすでに二時間。猟師から得た情報をアインがチェックし、竜輝の五感と凱、ラシェルの知識によってアリスの所在を求めていたものだが、今のところ当たりはない。茂みは深く、すでに馬は使えなくなっている。
「ちょっと待って」
 一同を止めると、シェイキィが傍らの草花に顔を近づけた。
 何度目かのグリーンワードだ。これまでの質問により、すでに冒険者達は幾つかの情報を入手してはいるのだが‥‥
 燐光に包まれるシェイキィの背から視線を外し、アインは樹上に眼を上げた。白猿の奇襲に対する為だ。
 同じく、煉華もまた樹上や茂みに視線を走らせていた。動きながらも考えろ、小さい部分でも――翳りなど微塵も見えぬ彼女であるが、その脳裡では目まぐるしく思考錯誤が行われている。
 不意をうたれない努力――若年でありながら、命のやり取りの要諦を身につけた娘であった。
 と、シェイキィが顔をあげた。
「やっぱり、この先の洞窟みたいね」
 ジョージの所在という意味だ。
「ようやく見つけ出したみたいですね。しかし――」
 お父様、冗談が過ぎましたね――云いかけた言葉を、エルマはあやうく飲み込んだ。
 エルマの脳裡には、対面を済ませてきたデュポアの姿が過っている。やつれた容姿は当然だが、それよりも――
 傷ついた両の拳と額。きっと何かに叩きつけて己を責めたのだろう。元凶が己自身であったとはいえ、あまりにも憐れである。
「でも、アリスさん、羨ましいな」
 ぽそっとラシェルがもらした。愕然とする冒険者達を余所に、彼女は続ける。
「ジョージだけじゃなくて、エリックさんにまであんなに愛されて‥‥」
 うんうん、と頷いたのはシェイキィだ。
「だよねー。あたしも燃えるような恋がした〜い! ‥‥じゃなくて。やっぱ、人の恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られた方が良いよ。ましてや猿が横恋慕するなんて言語道断」
 今度はラシェルが頷いた。
「アリスさん自身の気持ちを考えない想い、一方的な感情で彼女を傷つけるような、そんな想いを放ってはおけません。アリスさんのお父さんの言葉を素直に受け取ってしまったジョージも哀れではありますが‥‥」
 そう云うと、ラシェルはシェイキィの手をとった。シェイキィもまた強く握り返す。
 恋に恋する乙女を怒らせる恐さを、他の冒険者達はまざまざと思い知らされた。
 その中――
 一人、煉華は想いに沈んでいた。
 曲がっちゃったのを直す手が無い。最初から無かった事にしちゃうのは人の都合なんだろけども。アリスさんのこれからにジョージの席が無いのなら‥‥私達に出来る事、も一つしか無いのだろか、やぱ――
 憐憫と正義――煉華の胸が煩悶に揺れた、その時――
 ガサリ。
 竜輝の優れた聴覚は異変を捉えていた。いや、それよりも――
 彼は熱風のような殺気を捉えている。人のもつ鋭利な刃のような気ではない。煮え立った欲望が剥き出しにされたような――
「来たぞ!」
 竜輝の叫びと、降魔の手から銀光が疾るのとが同時であった。
 流星と化したナイフは樹上に流れ――苦鳴は枝葉の中からした。
 ザンッ!
 それが合図となったか、枝葉を揺らし、幾つかの影が空に舞った。手に棍棒をもつ人に似たもの――白猿だ!
「兄者、拙者も少しは上達したでござるよ。見てくだされ!」
 敵の正体を見とめると同時に、凱の掌から見えざる刃が迸った。まだ空にある白猿は避けもならず、鈍い衝撃音ともに地に叩きつけられる。
 それに止めを刺すべく、凱が踊りかかろうとし――横から迫る棍棒に、彼は跳びずさった。
 それを追い、ぬっと白猿が迫る。人を凌ぐ獣の素早さだ。
 まだ剣の柄に手をかけたままの凱の顔面に、重い唸りをあげて棍棒が振り下ろされ――
 戛然!
 疾る脚が棍棒を蹴り飛ばした。変幻自在に踊る蹴りは、白猿の速さを凌駕し――
「派手に暴れるとするか! 凱、いくぞ!」
 白猿を文字通り蹴散らした魔蹴の主――竜輝は手を伸ばし、凱を引き起こした。

 悲鳴に、木々の枝葉を斬り払っていた降魔は振り返った。
 白猿の動きを封じる手段をこうじていた降魔であるが、今、彼の眼はラシェルに襲いかかる白猿の姿を捉えている。
 刹那、降魔の氷の瞳に蒼い炎が揺れた。
 疾風と化してラシェルまでの距離を数歩で詰める。繰り出す刃は剣影だけを残し、白猿を容赦なく薙ぎ払った。
 と――
 ギャン!
 苦鳴とともに、降魔の傍らに白猿が落下してきた。どうやら頭上の枝に潜んでいたものらしい。
「自分達の庭だからといって甘く見ないでくださいよ!」
 碧光放つ風使いの若者――アインは、涼風のような笑みを浮かべた。
 その時――
「どいてください!」
 響いたエルマの絶叫に、他の冒険者達は左右に飛んで離れた。続いて投げられた投網が逃走を図ろうとする白猿達の動きを封じる。
 蒼き魔導士ラス・バゼットより貸し与えられた投網――投擲者は煉華だ。
 そして――氷嵐の白き咆哮!
 エルマの放つアイスブリザードが白猿ごと森そのものを凍てつかせていく。冒険者達に傷を負わされていた白猿には抗する余力はなかった。
 が、消えゆく命の灯火を前に、エルマの目に凱歌の色はない。むしろ沈痛な翳りに覆われて――
「‥‥本当に、ごめんなさい」
 消え入りそうな声で、エルマはつぶやいた。

 洞窟の中――アリスの腕から噛みちぎった肉片を咀嚼すると、ジョージは血まみれの口をニンマリと歪めた。硬玉のような眼が、ジロリとアリスをねめつける。ジョージの想いは、強烈な飢えへと変貌していたのだった。
 さらに飢えを満たすべく、ジョージが拳を疾らせ――
 巖!
 繰り出されたジョージの拳を、煉華の鉄扇が受けとめていた。
 今、相対するジョージと煉華。狂猿に対するは戌の拳!
 次に繰り出された拳をかわし、煉華の暗器がジョージの眼を貫いた。
 絶叫をあげてのけぞるジョージの足元で影が爆発し、さらに――巨影が疾り、唸る刃が胴を薙ぐ。
「申し訳ないが、アリス殿の幸せのため――兄者! 今でござる!」
 凱の叫びに、おうと応える影がジョージと交差する。
「お前の気持ちが解らないではないが、アリス殿は貰い受ける」
 声は、瞬時に三撃をジョージに叩き込んだ竜輝の背からした。

 冷たい骸と化したジョージ。驚いたような顔から滴る血は、彼の泪のようで‥‥
 亡骸を見下ろす凱と煉華の胸に去来するものは――
「おぬしもまた被害者なのかもしれないでござるな」
 つぶやく凱の傍らで、煉華もまたそっと囁いた。
「‥‥せめて、普通にお猿だったら。居場所はきっと傍にあっただろに、ね」

「アリスさん、あたし達を恨むかなぁ」
 沈んだ顔のシェイキィは、ラシェルの応急手当を受けるアリスから眼をそらした。救う為とは云え、兄弟同然に育った者を手にかけたのだ。
 彼女にも兄がいる。心配性だが、優しい兄が‥‥
 でも二人に幸せになって欲しい、絶対に――
 独り大きく頷くと、大丈夫だからとラシェルが慰めるアリスに歩み寄って行った。
「これ――」
 震えのおさまらぬアリスの側にしゃがみ込むと、シェイキィは彼女の手にラブスプーンを握らせた。
「兄貴から預かってきたの。一人身だから使い道ないんだって。あたしも人の事云えないけどね〜」
 はぁ、どこかにいい人いないかな〜。
 溜息をついて立ちあがるシェイキィを追うアリスの眼が、微かに笑ったようだ。泪で濡れてはいても、確実に彼女は微笑むことができたのである。
 それを確かめ、
「貴女の帰りを、恋人が待っていますよ」
 アリスの肩に、エルマはそっと手をおいた。

 独り立ち去った竜輝に後事を託された凱は、ゆっくりと立ちあがった。ジョージの墓標の前である。
「今度は人間として生まれ変わるでござる」
 瞳の雫を隠すかのように、凱は大きな手を合わせた。

「ただいまー」
 元気よく響いた声に、喜色を浮かべた顔を慌てて引き締めると、何事も無かった風を装い、エルフの青年――クーラント・シェイキィは、妹を出迎える為に自室を後にした。
 少しお小言をくらわせてやろう――
 そう決心しながら。