落花そうそう

■ショートシナリオ


担当:美杉亮輔

対応レベル:1〜4lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 0 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月20日〜03月25日

リプレイ公開日:2005年03月28日

●オープニング

 春の夜。
 まだ初春とはいえ、吹く風には冬の名残が色濃く――舞う粉雪に、闇空は白くけぶっていた。しんとした世界には音もない。
 その幽玄の世界を、ティアは身じろぎもせず見つめていた。虚ろな目には光はなく、ただ人形のように。
 その蒼い横顔から視線を外し、そっとクエスは溜息をついた。

 数日前――
 ティアは所用を済ませ、家路を急いでいた。すでに街は黄昏の色に染まり、冷たくなりはじめた風は夜の近いことを感じさせた。
 ――お父さん、きっとお腹をすかせて待ってるわ。
 くすりとティアは微笑んだ。今朝の父とのやりとりを思い出したのだ。
 朝食を急がせ、身支度を整えさせた父を送り出す際、ティアはこぼした。
 ほんとに一人じゃ何もできないんだから。私が結婚した後はどうするの?
 それに対する父の憎まれ口はこうだ。
 やっと静かになる。
 と、民家の途絶えた小道にさしかかったとき、ティアは足をとめた。前方に人影を見とめた故だ。身なりからして貴族だろう。
 ティアは道を譲るため、脇にどいた。
 その前を歩き過ぎる影は四つ。彼らの視線を感じ、ティアは目をそらした。
 刹那――
 のびた手が、ティアの腕つかんだ。あっと息をのむ彼女の口を別の手がふさぐ。
 からみついた幾つもの手がティアを抱きかかえ、廃屋へと引きずり込んだ。手馴れた手口だった。
「今日の獲物は上物だな」
 投げ出したティアを見下ろし、一人がニンマリ笑った。
「い、いいのかよ、こんなことして」
 問う一人に、別の一人が嘲笑を返した。
「いつものことだから心配するな。ヤッてしまえば、女は口外しない。たとえバレたとしても、平民づれの云うことなど‥‥」
 その言葉に得心したのか、その者の顔にもただれた笑みが浮かんだ。すると、たまらなくなった一人がティアに手をのばした。
「嫌っ!」
 反射的にその手を振り払い、ティアは這うようにして後ずさった。が、別の手が彼女の足をつかむ。もがく彼女の足をさらに別の手がおさえた。
「や、やめて――」
 泪で叫ぶティアを見下ろす八つの眼は、どれも喜悦に濡れ光っている。ティアの憐れさに嗜虐心がとろとろと燃え上がっているのであろう。
「どけ――」
 ゆらりと近寄る一人が剣を抜き払った。疾る銀光は大気に亀裂を刻みつけ――ティアの衣服が二つに裂けた。
 そして――
 一斉に獣共が襲いかかった。

「――ティアはすでに一度自殺を図っている」
 硬い声で、冒険者ギルドの男が告げた。ハッと息を引く者達に、彼は続けた。
「オリバー――ティアの婚約者の名だ。その若者と、一ヶ月後にティアは結婚式を挙げることになっていた」
 ギルドの男の握り締めた手が白く、震えた。

●今回の参加者

 ea0502 レオナ・ホワイト(22歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea0729 オルテンシア・ロペス(35歳・♀・ジプシー・人間・イスパニア王国)
 ea7440 フェアレティ・スカイハート(33歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea8761 ローランド・ユーク(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9934 風霧 芽衣武(47歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb0835 ロゼッタ・メイリー(23歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb1155 チェルシー・ファリュウ(25歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 eb1293 山本 修一郎(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 ガサリ。
 小さな音をたてて、影が蕾をつけ始めた樹を見上げた。
 藪の中に潜む者の名はローランド・ユーク(ea8761)。コナン流の達人である。
 その彼の獲物は――小鳥であった。
 市場を駆けずり廻って買い求めたが無駄骨に終わり、それならばと、捕獲の為に森に分け入ったのであるが‥‥。
 楽をしたい――常々そう念じてきた彼が、今、全精根を込めて、一羽の小鳥を求めている。たった一人の娘のために。

 そして、同じように蕾を見つめている者がいた。
 が、その目には春の息吹は映らず、ただ昏い。ティアである。
 その様子をそっと窺い、
「人一人の運命を翻弄したあいつらを、あたしは絶対許さない。彼女に笑顔を取り戻してあげたいし、幸せになってほしい」
 凛たる美少女――チェルシー・ファリュウ(eb1155)は唇を噛んだ。
 もしも自分を責めてるなら絶対に違う。あいつらが悪いんだ――その想いを叫びそうになり、チェルシーは必死になって己を抑えつけた。
 それが分かるのか、怜悧な女騎士――フェアレティ・スカイハート(ea7440)が口を開いた。
「騎士として、その者達は絶対に許せん‥‥が、ティア殿の心が安らかにあるのが第一だ。復讐をしたとて、彼女が幸せになるわけではあるまい」
 冷然たる語調だ。が、彼女の高貴な表情の裡に燃え盛るのは、憤怒の蒼い炎である。
「そうだね」
 流麗な面を暗鬱な色に沈ませた風霧芽衣武(ea9934)が溜息をついた。
「それに、あの痛ましい姿を見る肉親の気持ちは――」
 言葉を途切れさせた芽衣武にチェルシーが頷いた。
 重い沈黙が冒険者の上に降りかかる。
 ややあって、そのまといつくような空気を払拭するように山本修一郎(eb1293)が落ち着いた声音で呟いた。
「彼女を支えることができるのは彼だけだ‥‥しかし、事情を打ち明けて良かったものか」
「良いんじゃねえか」
 応えはドアの向こうからした。
 小鳥捕獲の為に、独り遅れていたユークだ。手にはボロボロになったマントを持っている。
「事情を知って、呑み込んで、それでも側に付いてるってぐらいの気概がねえと、あのお嬢さんを支えられっこねえ」
 その言葉に、妖艶な娘――オルテンシア・ロペス(ea0729)がふっと言葉をもらした。
「あの二人、大丈夫かしら」

 その二人――レオナ・ホワイト(ea0502)とロゼッタ・メイリー(eb0835)は今、一人の青年の前に立っていた。
 彼の名はオリバー。ティアの婚約者である。
「ば、ばかな――」
 眼前の麗艶な娘と可憐な美少女の話を聞き終え、オリバーは絶句した。それっきり二の句もつけない。
 ティアが乱暴された――その事実に思考がおいついていけないのだ。
「だから、ティアさんに会ってほしいの」
「ティアさんを救って」
 そのレオナとロゼッタの言葉も耳に入らないかのように、オリバーはただうろたえ――
「だ、だめだ。僕、は、できない――」
 蒼白な顔を振る。突きつけられた現実を拒否するかのように。
 と――
 レオナの繊手が閃き、オリバーの頬打つ音がはためいた。
「ティアさんを愛していたんじゃなかったの? だったら心の傷が吹き飛ぶくらい愛してあげるべきよ」
「彼女は、独り苦しんで、自ら命を絶とうしたんですよ」
 そのロゼッタの叱咤に、はっとオリバーは顔をあげた。

 人の気配に、ベッドに腰掛けたティアは顔をあげた。
 眼前に佇む艶やかな影二つ。
「――貴方達は?」
「あたしはオルテンシア」
「芽衣武。あんたのお父さんの友人よ」
 名乗りをあげると、二人はティアの隣に腰をおろした。
「実はね、あんたに話したいことがあるの‥‥」
 とつとつとした口調で、オルテンシアは話し始めた。慎重に、ティアの心を包み込むように――
 ティアの仇を討つこと。勇気を持ってオリバーの気持ちを確かめて欲しいこと。彼女の話した内容だ。拙いが、それだけに想いのこもった言の葉。
 が――
 ティアは表情を強張らせると、子供のようにかぶりを振った。
「いやっ! オリバーには会えない! 彼に知られるくらいなら、今ここで死んだ方がいい!」
 泣き叫ぶティアの眼前に、一つの手が差し出された。その手のうちには小鳥が一羽。
「こいつの世話を頼めないか。周りの助けがなけりゃ生きていくこともできねえ。まだ飛べないんだからな。でもな、傷ついたから、飛べないから、死んだ方がいいなんて思わねえ。いつかは飛べるようになるかも知れねえ。いきていりゃ、いつかは良かったって思えることがあるかもしれねえ。悲しむ奴がいる者は、死んじゃいけねえんだよ」
 ユークはティアの手に、小鳥を預けた。小さな温もりが、ティアの掌の中で息づいている。
 嗚咽をもらすティアの身体を、ギュッと抱きしめた者がいる。刃の下に心をおく者――くノ一の芽衣武だ。
「ティア、あたしも同じ女だから、あんたの悲しみや苦しみは良く解るよ。今度の件で心に一生消えない傷が残っちまったね。でもね、今すぐ一生を終える事は無いんじゃないかい?」
 芽衣武は抱きしめる手に力を、想いをこめた。
「死んじまったら、あんたを想ってこの先一生悲しむ者がいるだろ? 今は悲しみに囚われているけど、愛という衣があんたを包んで、いつかきっと傷を癒してくれる筈さ。かくいうあたしも、昔はくノ一として好きでもない男と寝た事が何度もあってね。初めのうちは泣いたさ。女としての幸せはもうないと思ってね。でも、ある人が云ってくれた。過去も今も未来も、俺が全部受け止めてみせる、なんてね。今じゃ子供も産んで、人並みの幸せを手に入れた。話がズレちまったけど、ちょっとだけで良い、これっきりでも良い、彼に‥‥オリバーに会ってくれないかい?」
 語り終えた目衣武の腕の中で、固くなっていたティアの身体から力がぬけていく。まるで母親に抱かれているようで――溢れる泪と共に、ティアの心もほろほろとほどけていく。
 小さく頷くティアを確かめて、オルテンシアは立ちあがり、ドアを開けた。
 そこに立つオリバーを見とめて、再びティアの体が強張った。その手を、そっと小さな手が包み込む。チェルシーの暖かい手だ。
 ティア自身気づいてはいなかったが、様々な暖かさが、彼女の魂に力を与えていた。立ちあがる、踏み出す力を。
「ティア、話はこの人達から聞いた」
 ベッドから立ちあがったティアの前に、オリバーが立った。
「――婚約を、解消してくれないか」
 告げた。
 凍りつく全ての者の上に重く圧し掛かるのは、あまりにも残酷な現実。予想された事であるとはいえ――ティアの魂がはらはらと砕けていく様が見えるようで、愕然とする冒険者達には声もない。
 ティアは――二度と開くまいというかのように堅く目を閉じ、顔を仰のかせている。その目から流れ落ちる雫は際限なく――
 指が、ティアの泪を拭った。オリバーの指だ。
「――ティア。告げたいことはまだあるんだ」
 ティアの心そのものに話しかけるように、オリバーは続ける。
「あらためて結婚を申し込みたい。僕は、今のティアと結婚したいんだ」
 オリバーがティアを抱きしめた。
 暖かい抱擁のうちで、ティアの目からはさらなる泪が溢れる。しかし、それは先ほどの凍てついた蒼い泪ではない。雪解け水のような清らかなものだ。
「――でも、わたしは貴方にふさわしくないわ」
 ぽつりとティアがもらした。
 刹那、抑え切れぬ声があがった。チェルシーだ。
「ティアさんは幸せになる権利があるんだ! ならなきゃ駄目!」
 その言葉に頷くように、再びオリバーがティアを抱きしめた。

 煌く陽の中、静かに刻は流れ――
 一人ずつ姿を消して行く冒険者達。最後に、お二人が永遠に結ばれますようにという言葉とスターサンドボトルを残し、天使の如き少女が部屋をあとにした。
 そして――
 街に続く街道を八つの影がゆく。
「さて――女の敵は許すべからずってね」
 レオナの言葉に、不敵な笑みを浮かべた七つの影が頷いた。

 夜――
 躍る。
 その妖しいまでの美しさは、華麗というよりも、むしろ魔性に近く――流れる視線は男達の心を蕩かせた。
 そして、幾許か後。
 酒場をあとにした妖艶な美女を四つの影が尾行ていた。炎に惹かれる蛾の如く。
 さらに――その後を追う影が二つ。
 街の娘に身をやつしたロゼッタとチェルシーだ。ロゼッタの愛くるしさは相変わらずだが、髪を下ろしたチェルシーはとても十五には思えぬほど大人びて見える。
 ティアの父、クエスに頼んだ貴族の情報収集――それを元に仕掛けた罠であるが、まんまと敵はかかったようだ。
 やがて、美女は人通りの絶えた暗い小道へとさしかかった。時々不安そうに周囲を見まわす様子が真に迫り、四つの影からくぐもった笑いがもれる。
 と、四つの影が動いた。手馴れた素早さで美女に襲いかかり、道をはずれた廃屋へと引きずり込む。
「今回は上物だな」
 床に投げ出した美女を見下ろし、四つの影の一つ――アクトが舌なめずりした。
「たっぷり可愛がってやる。覚悟しな」
 キースがニンマリと――その笑みが揺れた。何となれば――
 恐怖と絶望に震えているはずの女――獲物が艶然と笑っている。のみならず――
「覚悟するのは、そっちよ」
 告げると同時に、美女――オルテンシアの姿が忽然と消えうせた。
「なっ!」
 顔色をなくし、四人の貴族達は周囲を見まわした。獣欲で鈍っていた彼らの頭脳でも、自分達がただならぬ状況に陥りつつある事は理解できたようである。
 刹那――
 キースが刃を疾らせた。噛み合う刃は闇に火花を散らし、爽たる女騎士の姿を浮かびあがらせた。
「お主等の蛮行、しかと見届けた。断じて許すわけにはいかぬ」
「なんだ、貴様――」
 叫び、アクトとテッドが後ずさった。
 と、その背後のドアが開き――佇む影は二つ。
「下種が。覚悟はいいですか」
 山本の腰から白光が噴出した。
 反射的にひき抜かれた二つの刃。技量は同等。が――
 交差した後、地に立つ影は山本とチェルシーだ。
 太い息をついた二人は、それぞれに密やかなる助成者を見返した。祝福を与えてくれたロゼッタと、もう一人はムーンアローの発動者――
「乙女の心を傷つけし者に月色の天罰を」
 呟きは、白銀光の女神の口からもれた。
 そして――
 対峙する四つの影。
 ユークとベネディクト。
 フェアレティとキース。
 何れも剣の手練れであるが、ユークには動きはなく、フェアレティはすでに数合刃を撃ち合わせている。
 張り詰める空気は凄愴の気を帯び――流星のような矢が唸りを発した瞬間、四条の光芒が疾った。

「そこまで剣を使いながら、欲に走るとは愚かな‥‥お主等には、この剣を使う資格は無い!」
 芽衣武の矢を脚に受けたキースの手から剣を奪い取り、傷ついたフェアレティは哀しげに盾に剣を何度も何度も打ちつけ、遂に砕き折った。
 同じく横たわるベネディクトを見下ろし、ユークもまた呟いた。
「生まれた時から修羅の道を歩まざるをえねえ奴らがいて、一方で満ち足りた環境で腐っちまうどうしようもねえクズ共がいる。ったく人って奴は‥‥」
 肩を竦める彼の胸に去来するものは――かつて手にかけた白銀の髪の少年だ。
 と――
 楽しそうな声に、二人は振り返った。先に弊された二人の貴族が裸にむかれ、嬉々としたオルテンシア達に身体中の毛を剃られている。
 明日、街の者は面白い見世物を観る事ができるだろう。
「そこは切るとまずい」
 慌てて芽衣武をとめる、山本の声が響いた。