人狼狩り

■ショートシナリオ


担当:美杉亮輔

対応レベル:1〜4lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:04月13日〜04月19日

リプレイ公開日:2005年04月22日

●オープニング

 それは初春の長閑な午後。
 吹く風に、降り注ぐ陽の光に、萌え出る命の賛歌が煌き――
 村の入り口に立つ九つの影を見とめたのは、畑仕事を終えた老婆であった。
 めったに旅人などが訪れぬ村には珍しい来訪者だ。見知らぬ顔の訪ね人に、老婆は相好をくずし、声をかけようと――
 ザンッ!
 影のひとつが老婆を袈裟に斬り下げた。
 声もあげえず、老婆はくずおれている。かかしでも斬るような無造作な殺戮だ。
 影は刃をふるって血を払うと、懐から取り出した布を顔に巻きつけた。残りの八人もそれにならう。
「いくぞ」
 老婆を斬りすてた影の声に、一斉に七つの刃が鞘走った。疾る九つの影は何れも面は知れず。ただ鬼気のみをひいて――
 村の各所から絶叫があがった。
 悲鳴。
 苦悶の呻き。
 理不尽なる死の刃に対する怨嗟の叫びだ。
 そして血臭。息がつまるほどの濃い血の臭いが、ねっとりと村を圧していた。
 その阿鼻叫喚の巷を、老婆を斬り下げた影が歩んでいる。血刀を下げ、あらたな獲物を物色する様は妖鬼を思わせた。
 その時――
 がたり、と音がして、影が立ち止まった。
 ゆっくりと転じた影の視線の先に、震える少女が一人。恐怖に声すらあげえぬ少女は、すでに自失の状態だ。
 その少女に、影がゆっくりと歩み寄っていく。覆面から覗く眼には憐憫の色はなく、ただぞろりとした冷たい刃のような光だけをやどし――
 影が剣をあげた。少女の喉元めがけ、そろそろと刃を近づけていく。研ぎ澄まされた剣先はバターのように少女の喉を貫くだろう。
 が――
 刃は少女の喉の寸前でとまった。ゆっくりと刃をひく影の眼が、この時ニタリと笑ったようである。
 少女の脳裡に刻みつけるように、影がくぐもった声で、ゆっくりと告げた。
「覚えておけ。俺達は人狼狩り――人狼狩りの冒険者だ」

「人狼狩り――おそらく人狼の件に関係しているのだろう」
 冒険者ギルドの男はギリリッと歯を噛んだ。
 人狼――ハーフエルフの暗殺者達のことは記憶にあたらしい。が、人狼はすでに九人の冒険者によって潰されている。
「人狼狩りと名乗る者達の正体は分からぬ。また、その真意も。しかし、すでに二つの村が襲われた。このままには捨ておけぬ」
 ギルドの男は傍らに立つ少女に眼を転じた。まだあどけなさの残る幼い顔立ちに、不釣合いなほど昏い目をした少女――
「最初に襲われた村の、ただ一人の生き残りの少女――レティだ」

●今回の参加者

 ea0933 狭堂 宵夜(35歳・♂・浪人・ジャイアント・ジャパン)
 ea7174 フィアッセ・クリステラ(32歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7981 ルース・エヴァンジェリス(40歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 ea8761 ローランド・ユーク(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9356 ユイス・イリュシオン(46歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb0711 長寿院 文淳(32歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 eb0901 セラフィーナ・クラウディオス(25歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb1293 山本 修一郎(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

レムリィ・リセルナート(ea6870)/ イルゼ・トリスフェルン(eb1735

●リプレイ本文

 キャメロット。
 横殴りの雨は初春とはいえまだ冷たく、身体の芯までまで凍りつかせるほどであった。
 その中を二つの影――レムリィ・リセルナートとイルゼ・トリスフェルンは、身をしとどに濡らしながらも懸命に駆けている。その目的は「陰獣」の情報収集だ。
 たった一日では噂を入手できれば良い方だが‥‥
 ただ仲間と冒険者の誇りのため――彼女達は足を速めた。

 少女が立ち尽くしている。青い瞳は小さく点となり、無機質だ。
 その前に、落ち着いた物腰の女性が立った。
 少女は一人生き残ったレティであり、女性は神聖騎士である。名をユイス・イリュシオン(ea9356)という。
 ユイスは制止するローランド・ユーク(ea8761)を抑えると、レティに歩み寄り、その細い身体を抱きしめた。自分がこれからいかに残酷な行いをしようとしているかを彼女は承知している。
 しかし――
 敵は私より剣の技術は上。躊躇なく人を斬れるのだから。ならばこそ、レティから得た情報は何にも増して貴重な戦力となる。
「‥‥辛い事を語らせてすまない」
 ユイスは抱きしめる手に力をこめた。
 やがて――
 ぽつり、とレティが言葉をもらした。それにつれて、ぽたり、と泪が一滴。そして、とめどない泪が溢れて――
 レティの前に、しなやかな肢体の娘が片膝ついた。フィアッセ・クリステラ(ea7174)。歌を愛するレンジャーだ。
「レティ‥‥私も両親をモンスターに目の前で殺されたことがあるから、レティの気持ちはわかるよ。私達が必ずレティの仇は討ってあげる」
 フィアッセは、まだしゃくりあげているレティの頭にそっと手をおいた。壊れ物を扱うように。
「だから‥‥できればその時には笑顔を見せて欲しいな」
「俺もお前さんと同じ境遇だ」
 同じく片膝ついたのは巨躯の浪人、狭堂宵夜(ea0933)だ。彼もまた、肉親をモンスターに殺害された過去を持つ。彼は続けた。
「生き残ったのは、運以外の何者でもねえ。でもな、だからこそ、この拾った命。他のみんなの分まで精一杯生きなきゃダメだ」
 語調は荒く、相貌も獰猛だ。が、その眼にたゆたう光は無限の優しさに満ちて――
 大きな声を上げると、レティがユイスにしがみついた。溢れる激情をどうしてよいのか分からないのだ。
 その時が来て――本当にレティに生きる力が戻るか、どうか。
 しかし、ユイスは抱きしめる腕に想いをこめた。
 そのレティを、じっとユークは見つめていた。脳裡を過るのは一人の少女の面影だ。
 昏い瞳‥‥シアの目、嬢ちゃんの目、全てを台無しにしちまったあの時の俺も同じ目をしていたか‥‥しかし、なぜ一人生きて帰す? なぜ人狼の名を出す?
 苦い想いとともに、薄墨のような疑問がユークの胸にわきおこった。
「前回かたをつけたと思ったら、また人狼を名乗る者が現れたの? しかもハーフエルフじゃなくて冒険者?」
 声に、ユークは振り返った。
 凛たる美しき娘が考えに沈んでいる。セラフィーナ・クラウディオス(eb0901)。彼女もまた人狼を潰した一人だ。
「人狼狩りって云っておいて関係ない人を殺してる。変な集団だね」
 フィアッセもまた疑問を口にした。それに応えたのは大胆不敵な女騎士である。
「村を襲った九名の人狼狩りに、人狼を狩った九名の冒険者‥‥嫌な符合よね」
 顎に手を当てたルース・エヴァンジェリス(ea7981)の眼に、次第に光が灯りだした。
「あのハーフの少年が云った『陰獣』という存在、逃亡したシアという少女、恐らく鍵はこの二つ。それに冒険者というキーワードが加われば、彼等の真の目的は人狼を弊した私達だと仮定出来るわよね」
「俺達、あるいはシアって嬢ちゃんの釣り出しが狙いか?」
 ユークが押し殺した声をもらした。
「そう。推測通りなら人狼を狩る九名の冒険者が餌。ならば、襲われた村人達は巻き添え‥‥こういうやり口は、嫌いだわ」
 血の滲むほど、ルースは唇を噛みしめた。
 冷酷非道――まさに情報にあった陰獣のやり口である。
「どちらにしても――」
 ややあって、女と見紛うばかりの美麗な侍――山本修一郎(eb1293)が口を開いた。
「これ以上の凶悪な行動をさせるわけにはいかないな」
 敵の容易ならざる事を承知していながら、落ち着き払った声音だ。
 その言葉に、ふむ、と頷いたのは、僧形の長寿院文淳(eb0711)である。
「一刻も早く成敗しなければなりませんね」
 待ち伏せも考慮に入れておく必要がある、と静かな声音で彼は付け加えた。
「さて、と‥‥」
 レティにニコリと微笑みかけてから、フィアッセが立ちあがった。
「鬼が出るか蛇が出るか」
 流れた彼女の呟きに、残る七人の猛き者達が眼を見交わす。
 待ちうけるのは修羅の九人。過酷なる戦場だ。
 が――
 俺は生きて帰る。
 ユークは独り、心に誓っていた。
 ‥‥じゃなきゃレティは誰を恨めばいい? 恨むことで生きる支えになる事もあるさ。
 ユークは凄愴たる笑みを浮かべた。

 廃墟は湖の近くにあった。もとは貴族の別荘であったものらしいが、今は朽ち果て、見る影もない。
 ギルドの情報にあった人狼狩りの潜伏場所だ。
「キナ臭ぇ、嘘臭ぇ、胡散臭ぇ‥‥だが、許しちゃおけねぇ」
 廃墟を見つめる影の一つ――宵夜が吐き捨てた。
 頷くルースの思いは同じ。
 次の襲撃だけは絶対に許さない‥‥
 憤怒の情とは別に、しかし彼女は冷静に状況を分析していた。ギルドから得た情報と現場を照らし合わせ、逃走経路や遮蔽物、潜伏可能な場所が有るか否か。
 同じく生け捕ることが出来れば何か聞き出せるかも知れない、と沈思していた文淳は、廃墟から視線を外すと眉をひそめた。
 おかしい‥‥
 その文淳の思いを読み取ったかのように山本が口を開いた。
「いやに静かだな」
 油断はならぬ――そう言外に戒めを込めた語調だ。
 その響きに、ユイスは何度目かの戦慄を覚えた。
 人狼の事はルース達から話を聞いている。シアという少女の事も。ならばこそ、その哀しき生き様を胸に刻み――
 彼女は刃持つ手の力に変えた。
 幾許か後。
 刻が、気魂が満ち――
「騙ったからには見せてやろうや‥‥真の『人狼狩り』の実力をな!」
 宵夜の叫びとともに、一斉に八つの影が地を蹴った。
 刹那、空を裂く音が響いた。直後、疾る銀光はルースの盾にはじかれている。
「屋根の上だ!」
 矢の射手を見とめた山本の叫びに、二条の流星が流れた。ほとんど同時に放たれたセラフィーナとフィアッセの矢だ。
 苦鳴とともに屋根から転げ落ちる矢の射手。その身が地に叩きつけられるより早く、八つの影は廃墟に駆けよっている。
 入り口のドアはすでに半壊の状態だ。一気に踏み込もうとして、ユイスは全員をとめた。手近の小石を拾い上げると、中に向かって放り投げる。
 瞬間――小石が微塵に砕け散った。
「バキュームフィールド! やはり罠か!」
 この事あるを予期していた文淳が呻いた。
「どうやら、お出ましのようだ」
 寂とした山本の声に、冒険者達は眼を上げた。廃墟の裏から現出する四つの影。全員が布で顔を覆い隠している。
「出てきたね。‥‥あなた達がどんな考えであんなことしたかは知らないし興味もないけど、その行動に対してそれ相応の償いはしてもらうよ」
 流れる動きで矢をつかえるフィアッセ。彼女の眼には、震えるレティの残像が灼きついている。容赦のない狙撃個所は、すなわち敵の致命の一点!
「てめぇらは、人狼のガキが云ってた『陰獣』なのかっ?」
 宵夜の問いに、報いる応えは陰惨たる含み笑いだ。
「混血のガキを狩ったくらいで、図にのるな。くたばるお前達が知る必要はない」
「――なんだと」
 ゆらり。
 凄絶なる殺気をゆらめかせて進み出た者がいる。ユークだ。
 抑え切れぬ怒りに、その眼がうっすらと血の色をおびはじめている。
「人狼は修羅だった。だがな、死んじまったモンを悪く云う奴は俺が許さなねぇ」
 抜刀しつつ、ユークが地を蹴った。
 シアの幸せの為に命を賭けた「あいつ」の最期の願い――一人も生きて帰す訳にはいかねぇ!
 すでに乱刃を舞わせている四つの凶影の前で、しかしユークは横に飛んだ。狙うは廃墟の壁だ。
 が――
「上!」
 ルースの叫びに、上げたユークの眼は見とめた。廃墟の窓から飛び出し、空に舞う四つの影を。
「その罪、自分の命で償いなさい」
 セラフィーナの瞳が瞬間、刃の光に煌いた。
 直後、苦鳴は三つあがった。フィアッセの同時射撃、そしてセラフィーナの放った矢に仕留められた空踊る敵のあげたものだ。
 残る一人の一撃は文淳の六尺棒ががっきと受け止めている。
「どいて!」
 ルースの叫びに、ユークがさらに飛びずさった。その空間を薙いで疾るのは、ルースの放つ衝撃波だ。
 さすがの四つの凶影がよろめいた。
 何でその隙を見逃そう。四つの凄影が颶風と化し、迫る。
「悲劇の輪、閉じさせるぞ」
 地を擦って疾るユイスの刃がさらに鋭さを増し、敵のそれをはねあげた。
 しぶく血煙の彼方で、美影身が呪を唱えつつあった敵を斬り下げている。奮うは無双の新陰流!
「これ以上好きにさせるわけにはいかぬ」
 山本の冷然たる声。
 それを背で聞きつつ、敵と刃を噛み合わせた宵夜がニンマリと笑った。獅子の如き獰猛な笑みだ。
「節操なく殺して回りやがって。獣同然に、死にな」
 刹那、宵夜の脚が唸った。一個の凶器と化した蹴りが、敵の腹に突き刺さる。変幻自在――陸奥流の一撃だ。
「ま、待て!」
 残る二人の敵が後ずさりつつ、慌てて剣を放り出した。震える声音には、すでに殺意の響きはない。
 刹那、矢が飛来した。最初に屠ったはずの矢の射手の断末魔の一撃だ。
 射線上にあるは――フィアッセ!
 さしもの冒険者達も咄嗟に動く事はかなわず、フィアッセ自身もかわす余力はない。が――
 疾り来たった影が、はっしとばかりに矢を叩き落した。
「――お前は!」
 影の正体を見とめたユークの口から、愕然たる呻きがもれた。
 彼の視線の先――佇む影は忘れもしない、人狼のシア! その彼女の面は彩るは――愴たるの殺気の翳だ。
 シアが動いた。
 風をまいて疾るはユークの元。対するユークは剣を振り上げ――
 シアの刃は、ユークの喉元でとまった。
「なぜ、斬らぬ」
「お前になら、殺されてやっても良いかなんて、な」
 ユークの応えに、はっとシアが眼を上げた。呆然としたその面が、やがて泣き笑いのような表情に歪む。人狼は、その時、ただの少女に戻っていた。
 と――
「やはり、ごろつきなどでは敵わぬか」
 声がした。
 はじかれたように振り向いた冒険者達は見た。陰の中に浮かぶ道化の面を。
「――何者だ」
 問う山本に、道化はくつくつと忍び笑った。
「陰獣が一人――確かに見届けたぞ。貴様達の腕の冴え」
「やはり私達が狙いだったようね」
 ルースはギリッと歯を噛んだ。そんな事の為に、こいつは一人の少女に地獄を見せたのか――
「くくく。人狼を潰した貴様ら。今は生かしておいてやるが、次はないぞ。そしてシア――」
 陰中に没しながら、道化面は呪詛の如き言葉を投げた。
「戻れば、よし。さもなくば、殺す」
 
 一陣の疾風が吹き渡り――
 闇の獣は消え去り、黒髪の少女もまた姿を消した。
 独り彼女の歩む先に何が待つか――冒険者には計り知れぬ。
 今はただ――
 殺された人達の魂の平穏を願い、矢の回収を済ませたセラフィーナは小さな花を手折った。
 蒼穹を見上げるフィアッセの胸に去来するものは――泣き顔しか見た事のない少女。
「レティの笑顔が戻るといいけどな」
 そっとフィアッセは囁いた。