シア
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■ショートシナリオ
担当:美杉亮輔
対応レベル:2〜6lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月15日〜06月20日
リプレイ公開日:2005年06月26日
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●オープニング
「すごいっ!」
ドサリと倒れた羆に目を丸くし、パチパチと少年が手を打ち鳴らした。
「たいしたことではない」
それでも薄い微笑を口辺にはきながら、男は羆の首に刺さった斧を抜き取った。
「そのうちラロアにも教えねばならぬな」
男の言葉に、ラロアと呼ばれた少年は眼を輝かせて頷いた。
と――
男の動きがとまった。ゆっくりと振り返った男の前に、するりと影が現出した。どうやら木立に隠れていたものらしい。
「よく気づいたな」
影が笑った。よく見れば、細面の十五、六歳の少年だ。
ほっと男は息を吐き出した。
「なんだ、お前は?」
男が問うた。
が、少年は応える素振りもなく、じっとラロアに――いや、その特徴的な耳に視線を注いでいる。
「その子、貰っていくよ」
「なにっ!」
呻き、一歩踏み出しかけて、男の動きが凍結した。吹きつける氷風のような殺気にうたれたためだ。
慌てて振り向いた男は見た。彼の背後に佇む二つの影を。
一人は眼の細い、のほほんとした若者で、樹に背をもたせかけている。もう一人は獣を思わせる獰猛な顔つきの若者だ。
「――お、お前ら、何モンだ!? ラロアをどうしようというんだ!」
「聞いてなかったのかよ。そのガキを貰っていくって云ってんだろ」
踏み出したかけた獰猛な顔つきの若者の面前を、光流がかすめて過ぎた。
「‥‥おっ」
声をもらして、獰猛な顔つきの若者は、己の頬に流れた糸のような血を指で拭った。
「‥‥やりやがったな」
ギラリ、と――
血の坩堝のような眼を、獰猛な顔つきの少年は上げた。
異様な気配に、少女は足をとめた。
むっとする臭気が漂っている。濃い血臭だ。
手にした木の実をそっと下ろし、少女はそろそろと進みはじめた。
「!」
惨状を見とめ、少女は息をひいた。が、その眼は油断なく周囲の様子を探っている。
「おじさん!」
何者の気配もないことを確認して後、少女は身を隠していた藪から飛び出した。どろりとした血溜まりの中に倒れた、大柄の男の元に駆け寄る。
男は胴を一薙ぎされていた。傷跡から、相手が恐ろしい手練の持ち主だと知れる。
「誰が、こんなことを‥‥」
ひび割れた声をもらし、少女が男に手を伸ばした。
と――
まるで熱いものにでも触れたかのように、その手が宙でびくりととまった。
「くっ」
唇を噛むと、少女は手を引いた。代わりに、さらに大きな声で呼びかける。おじさん、おじさんと――
やがて――
「‥‥お、お前か」
男がうっすらと眼を開けた。
「や、やられた。三人に‥‥」
ゴース、イーバン、ケイン――男が三人の名を告げた。
「その三人が、いったい何故‥‥」
その時になって、ようやく少女は顔見知りの少年の姿が見当たらないことに気づいた。
「‥‥ラ、ラロアは、ラロアはどこ?」
「ラ、ラロアは‥‥」
一度咳き込んでから、男は続けた。
「奴らにさらわれた」
「何をしている?」
声に、少女は手をとめた。
少女が手を伸ばしていたのは、部屋の片隅に置かれた木の箱である。わずかに覗いた隙間から棒状のものが見えていた。
「それをどうするつもりじゃ?」
再び問う声に、少女が振り返った。部屋の入り口に、白髪白髭の老人が立っている。
「長、わたしは‥‥」
「ラロアを救いにいくつもりか?」
「‥‥」
少女がこっくりと頷いた。
「ペンスのおじさんが亡くなる前に云い残しました。ラロアを引き渡す為に潜んでいると、三人が相談していたことを――」
少女が告げたのは、ある森の名であった。
「馬鹿な」
老人――村の長は溜息をもらした。
「ペンスのやられ様――剣のことなど知らぬ儂でも、敵が恐るべき手練れであることが分かる。それも三人‥‥お前であっても容易くはゆくまい」
それに、と長は続けた。
「お前は修羅の道を捨てたのではなかったか。また牙をむいてどうするのじゃ」
「しかし‥‥」
少女はがくりと膝を折ると、地に突っ伏した。
「ペンスのおじさんもラロアも、こんなわたしに親切にしてくれました。わたしにできる恩返しといえば――」
「ならぬ! ようやく日の光の下を歩めるようになったのだ。自ら血に染まることはない」
長は沈鬱な眼を伏せた。
村の者は少女の過去を知らぬ。憐れな少女のため、それは伏せねばならぬ秘事なのだ。
「しかし、このままではラロアが――」
少女が必死の眼を上げた。が、彼女自身にしても、どのようにすれば良いのか判断はつかない。
その時――
「――ある」
水を浴びたような面持ちで、少女が呟いた。
「このイギリスでたった一つ、頼るべきところが――」
入り口のドアをくぐった少女に気づいて、冒険者ギルドの男は眼を細めた。
黒髪の、まだ幼さの残る顔立ち。体格も、それといって目立つところはない。
が――
全く音をたてぬ歩の進め方は、とても若年のものとは思えぬ手練を感じさせた。冒険者ならいさ知らず――
「依頼かね」
ギルドの男の問いに、伏目がちに少女が頷いた。身につけた手練に似合わぬ、どこかおどおどとした態度だ。
「さらわれた少年を救ってもらいたい」
「少年の救出か‥‥よかろう。で――」
君の名は? ――羊皮紙を取り出しつつ、ギルドの男がさらに問うた。それに応えて、少女が伏せていた眼を上げる。
「――シア」
「シ‥‥ア?」
繰り返すギルドの男を、少女は射抜くような眼で見つめ返した。
「そう。わたしは、人狼のシア」
●リプレイ本文
その少女は、うっそりと、独り立っていた。
恐怖を、内にも外にも抱えながら‥‥
●再会
「無事で良かった‥‥あれからずっと心配だったんだ」
声に、シアが伏せていた眼を上げた。
彼女の眼前には陽気なハーフエルフの若者が一人。その名がライル・フォレスト(ea9027)であることをシアは知っている。同時に、ライルが彼女の仲間の墓標をたててくれたことも――
わずかにシアの表情が動いた。
と、問いたい事があると、別の声がした。振り向いたシアは、自分よりもわずかに年嵩の、凛とした生真面目な面立ちの女騎士の姿を見とめた。
「ラロア殿を助けたいか? 真実をラロア殿が知ってしまった可能性があってもか?」
女騎士――アルトリア・シュトルハイム(eb1272)が問うた。
「わたしは‥‥」
シアが言葉を途切れさせた。が、すぐに頷くと、
「ラロアを助ける為に来た。わたしも連れていってほしい」
力強い声音で応えた。
その言葉に、冒険者達は顔を見合せた。
ラロアを助けたいというシアの気持ちは分かる。が、それは同時に修羅に踏み込む道でもある。牙を棄てた少女に、再び乱刃舞う巷を歩ませたくはない。
その迷いを断ち切るようにパチリと指の音が響いた。
「君の過去に何があったか俺は知らんが、よく考えて行動することだ」
ポツリと呟くエリック・シアラー(eb1715)の語調は、至極淡々としたものだ。
生きるという事は、現実を受け入れ闘うという事である。その強さが彼女にはあるし、今後も必要なものだという事をエリックは知っている。
その事を知るもう一人――妖精と見紛うばかりに愛らしい少年、リン・ティニア(ea2593)が口を開いた。
「‥‥僕は、この依頼のさいごまでを、シアさん自身に見届けてもらいたい、そう思う」
だってシアさんはラロアさんをたすけたいって思ってた。それが大切なんだ。
「俺はかまわんぞ。シアが仕事中に狙われると厄介だからな」
あっさりとレインフォルス・フォルナード(ea7641)が頷いた。口調は冷然たるものだが、冷静な彼はシアの身を案じている。敵の狙いが那辺にあるか分からない以上、シアの危険の可能性を少しでも低くしなければならない。
その時、一人の冒険者が足を踏み出した。氷の仮面の如き相貌の志士。神城降魔(ea0945)である。
「一つ訊きたい‥‥復讐したいか?」
レインフォルスに劣らぬひやりとする声音で、彼は問うた。
復讐は新たな復讐を生む。シアに負の感情を抱かせたまま、修羅の同行を許す訳にはいかないのだ。
そして――
シアは、ただ無言で首を振った。その仕草と眼に、迷いは見受けられない。
「ならば良し。共に行こう。シアの助力は必要だ」
「しかし、気持ちだけなら足手まといだぜ」
口を開いたのは、たった一人椅子にふんぞり返っていたローランド・ユーク(ea8761)だ。
その顔を見とめ、さすがのシアの面にも細波のような感情が揺れた。
なぜなら――
ローランドはシアを庇った仲間の人狼を殺した相手であった。そしてシアを逃がしてくれた‥‥云わば、ローランドはシアを殺し、生かせた張本人でもあるのだ。
「あなたは‥‥」
シアは、本来の少女の顔で眼を伏せた。その身に届くローランドの声音は、微笑を含んでいる。
「自分に出来る事があると思うなら、好きにしな。だが猫の手なら借りるまでもねぇ」
「!」
シアが顔を上げた。その眼は少女のそれではなく、狼の如く蒼く煌いている。
と、そのシアの肩に手がおかれた。硬い、そして暖かい戦士の手だ。
「あの夜、貴女に彼が云った事‥‥覚えているわよね?」
振り向いたシアの眼を、ルース・エヴァンジェリス(ea7981)の真摯な瞳が見返している。ルースはローランドにちらりと眼差しを送ってから、続けた。
「逃げろ――」
静かな、そして胸に刻み込む強さを込めてルースが告げた。
それは単に目前の危機から逃げるという事を指すのではない。シア自身が身を沈めた闇の組織から逃れる事をも意味するのだ。
「彼が最期に伝えた言葉を無駄にはして欲しくないのよ、だから――」
ルースはシアの肩においた手に力をこめた。
「共に来るなとは云わない。ラロアという子は貴女自身でもあるのでしょうから。ただ‥冷静でいなさい。でないと、体張ってでも貴女を止めるってのが山と居るんだから。ここには、ね」
最後にポンと肩を叩いたルースを、シアが見上げた。そのシアの眼が潤んでいる。彼女自身何故だか分からないけれど‥‥。
お姉ちゃんって、こんな感じなのかな‥‥
ふと、シアは思った。
そのシアを、今はやや離れて降魔はじっと見つめている。
彼の面は相変わらず冷ややかなものであるが、その胸に揺れるのはシアが送っていた平穏な生活に対する安堵であり、そしてその暮しに再び暗い翳りを落す謎の敵に対する怒りの炎である。
「戦いの道を捨ててくれていたか‥‥よかった」
ふともらした彼の呟きに、アルトリアがふむと肯首した。
「なに、心配はいりませんよ。最後には皆で笑える‥‥物語の終わりは、いつもハッピーエンドです」
●潜入
「最低でも4名‥潜伏時に野営具が使用可能な場所となると範囲は割りと絞られてくるわね」
森の入り口からルースは地面に眼を転じた。
彼女は今、小枝の先で地面に絵図面を描いている。街の者から聞き出した森近辺の簡単な地図だ。
「あと‥連中の目的からも、合流する面子は恐らく街の方からやってくる。なら受け渡しの為にも街に近い位置に居る可能性が大きいわ」
ルースの説に、冒険者達は肯首した。
「さすがに周到な読みだな」
彼女とは何度か依頼をこなした経験のあるローランドが賞賛した。さすがに面映いのか、わずかに頬をゆるめるとルースは続けた。
「だから街と逆方向から探索する方が、此方を捕捉され辛いと思うわ」
むっとする草いきれの中――
藪がわずかに動いた。
いや、藪ではない。泥と草で全身に偽装を施したライルだ。
「居場所の見当は?」
ライルの問いに、彼のわずか後ろを足音を忍ばせて進んでいたエリックが頭を振り、スクロールを閉じた。バイプレーションセンサーには反応がなかったという意味だ。
「そう簡単には見つからんさ」
「だね‥‥」
頷くと、ライルはニッと見返した。
「でもエリックさんはいつも裏方の危険な仕事をこなしてくれるんで、助かるよ」
「はっ。依頼が成功に終わるなら、どうでも良いのさ、そんなことは――」
突如、エリックが口を閉ざした。その眼が足もとの叢を見下ろしている。
「――罠だ」
「罠!?」
慌ててライルがエリックの足元に視線を転じた。
草が結ばれ、足をかけるような仕掛けが施されている。そして、そのすぐ近くに埋設された研ぎ澄まされた枝。先がどす黒く変色しているのは毒でも塗られているのかも知れない。
「シア達、大丈夫だろうな」
敵の容易ならざる事に想到し、ライルは憂慮に翳る眼をあげた。
葉擦れの音を殺し、静かに幾つかの影が動いている。
ふっと、その中の一人が口を開いた。
「敵を三人組のみと決めつけるのは拙くねえか。奴らが引き渡すはずの依頼主の介入も警戒しねえと」
「相手も私達が現れた理由は粗方想像の範疇でしょうし‥ラロアが盾に使われる懸念も念頭においておいた方がいいわ」
ローランドの懸念にかぶせ、ルースがさらに注意を喚起した。
と、突然リンがよろけた。何かに――糸のようなものに足をひっかけたとリンが思った刹那、ひゅと風を切る音がし、一瞬後リンはシアに突き飛ばされている。
「罠か!」
リンがいた地点に突き刺さった枝で作られた矢を見とめ、アルトリアが呻いた。
「気をつけろ、敵は近いぞ」
警告を発する降魔の足元で、ボーダーコリーが低い唸りをあげはじめた。同時にレインフォルスとローランドは蜘蛛の糸のようにからみつく殺気を感得している。
さらにゆっくりと進み始めた冒険者達の足が、やがて止まった。草地に張られたテントを見とめた故だ。
リンの身が白銀の光に包まれ、心話の波が離れたライルとエリックに飛ばされる。
その時、ボーダーコリーが毛を逆立てた。直後、樹上から舞い降りてきた黒影から白光が噴出する。
戛!
鋼の相打つ音を響かせ、辛くもローランドが刃を受けとめた。受けとめえたのはコナン流の達人なればこそだ。
「へっ、受けとめやがったかよ」
地に降り立つなり飛んで離れた獰猛な顔の若者――ゴースがニンマリした。その背後に、するりと二つの影が現れた。細い目の若者と細面の少年――イーバンとケインである。
「好き勝手やってくれたな。攻守所を変えるぜ。ここから先は俺達の番だ。陰獣狩りの始まりだぜ!」
すでに抜刀した刃を振りかざし、ローランドが叫んだ。
が、案に相違し、三人の若者の面を陰鬱な嘲笑が過った。
「陰獣? 何の事です」
「てっきりガキを取り戻しに来たと思ったんだがよ」
顔を見合わせるケインとイーバンは、すぐにシアに眼をつけた。
「ハーフエルフがいますね」
「黙って、よこしな」
足を踏み出しかけた彼等二人の前に、レインフォルスが立ちはだかった。
「貴様らの好きにはさせんよ」
不敵に笑い、彼は背を向けたまま、告げた。
「シア、お前がこれ以上血に汚れる必要はない」
「そうね」
ルースが抜刀した。光波を撥ね散らす刃の下で、しかしルースの満面は蒼白であった。
彼女は敵の身ごなしから、その技量の容易ならざる事を察している。余裕を持って対峙出来る相手ではない。
交される殺気に森の空気が硬質化し――
「参るぞっ!」
アルトリアの叫びと同時に、ルースの刃から衝撃波が迸った。
這い進むようにしてテントに近寄ったライルは、日本刀の切っ先でテントを切り裂き、内部に侵入した。
やや広めの内部には手足を縛られた少年が転がされている。ラロアに間違いなかろう。
「しっ!」
自らの口に指を当て黙らせると、ライルはラロアの戒めを解きはじめた。
「急げ」
外で警戒に当たるエリックが、小さな声で急かした。
血を滴らせ、ガクリとアルトリアが膝をついた。その顔めがけと、とどめとばかり刃を振り下ろそうとしたケインの前に炎が噴きあがる。
「くっ」
リンの幻とは知らず飛び退ったケインを追うように、再びアルトリアが立ちあがった。
「何時の日か、偉大なる騎士ガヴェインにまた会うまで倒れるわけにはいかぬのだっ」
絶叫をのせたアルトリアの一撃であるが、それは空しく地を穿つ。
一方――
レインフォルスはイーバンと対峙していた。
「俺の一撃、うけてみるか」
レインフォルスの刃が撥ねた。水流のごとく煌いた刃線は逃さずイーバンの胴に――
空に火花を散らせ、刃が噛み合った。
そのイーバンの背に向かい、ここぞとばかりにルースが一気に間合いを詰める。が、その前にするりとケインが割りこんだ。
「あっ!」
咄嗟にルースがケインの刃を受けた。返すように繰り出す彼女のダガーは、不意を狙った一撃だ。
「くそっ」
頬から血飛沫を散らせ、ケインが飛び離れた。憤怒に歪む形相は悪鬼のそれと化している。
その時――
「ガキがっ!」
イーバンが叫び、地を蹴った。救出されたラロアの姿を見とめたのだ。
「拙い!」
誰が叫んだものか、一瞬冒険者達の注意がラロアに向いた。その隙を突くように、ゴースがシアめがけて躍りかかった。
「どけい!」
ゴースの刃が、両手を広げてシアを庇うリンの胸に疾った。と――
リンの背後から滑り出た影が、ゴースの腕を掴んで、とめた。
「なぜ――」
戸惑う少女の顔で問うシアに、リンは強張った、しかし確かな笑顔で応えた。
「だれかの血を見るのが怖いの。みんなが血を流すことがないように、がんばらなきゃって‥‥」
「そう。ならば――」
頷くシアの眼がギラリと光り、捻る手の先でゴースの身が反転した。
「わたしは、貴方の血が見たくない」
猿のように、イーバンが地を疾ってゆく。流星のように放たれるエリックの矢をかわしつつ。
「ええいっ!」
迎え撃つライルの刃が横殴りに払われた。が、イーバンの身は、剣風のさらに高みを舞っている。
「くたばれ!」
繰り出される刃は研ぎ澄まされた殺意と化して、ライルを襲った。もはや避けもかわしもならぬ殺気の圏内のライルの顔寸前で、横から突き出された刃が、イーバンのそれをがっきと受けとめた。
「ローランド!」
ライルの快哉を受けて、刃の主――ローランドが片目を瞑って見せた。
その時――
あっという悲鳴に似た絶叫が響き、はじかれたように振り向いたイーバンは見た。倒れたケインをかすめた炎の塊が、自分めがけて飛び来るのを。
咄嗟にイーバンが刃で払った。
瞬間、氷片のごとき煌きが飛んだ。砕き折れたイーバンの刃である。
「ちっ!」
折れた剣を投げ捨てると、イーバンは一気に数メートルの距離を飛び退った。
「覚えてろよ、貴様ら。混血のガキは諦めたわけじゃねえからな」
「待て」
叫び、追いかけんと足を踏み出しかけたライルを、ファイヤーバードの解けた降魔が抑えた。
「敵の加勢があるかも知れぬ。深追いは危険だ」
●帰還
「あの‥‥」
行きかけて、立ち止まったシアが振り返った。
「ありがとう。わたし――」
「いいんだ」
手をあげて制すると、エリックはシアの頬にかかる髪を払った。
「流した血、自分の業への罪悪感があるならきっと大丈夫だ」
結局は、人は人と関わり続けるしかない。そうすれば、そのうち何であれ結果が出るだろう。その結果は、きっと光り輝くものに違いない。
「じゃあ、行こうか」
ライルがシアとラロアを促した。のばしたシアの手を、おずおずとラロアが掴む。
「頼んだぞ、ライル」
「ああ」
ライルは頷いた。途中まで送っていくことになったのだが、道中話したい事はやまほどある。ラロアの力になること、シアには亡くなった三人の分まで幸せになって欲しい事‥‥
まだまだ頼りないけど、きっと強くなるから――
その想いのライルに手を引かれた幼き悲運の子供達の背を見送りつつ、ポツリとリンが呟いた。
「シアさんが人狼だってこと、ラロアさんにわかっちゃったかな?」
沈痛なリンの声音。が、その疑問に自ら応える彼女の声には、希望の光が含まれている。
「もしそうだったとしても、きっとふたりの関係はかわらないよね。過去はもう、変えることはできないし、忘れてはいけないけれど‥これから変わっていくことはできるから。今度こそ、シアさんがずっとしあわせでありますように、って願っても良いよね?」
「その道を歩め。たとえ険しいものだとしても、諦めずに」
応えの代わりに、降魔は、胸の内で、そっと囁いた。
が――
神ならぬ身の冒険者達は知らぬ。近い将来、リンの願い――そのささやかな想いが無残に踏みにじられる事を。