狼の如く

■ショートシナリオ&プロモート


担当:美杉亮輔

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月13日〜01月18日

リプレイ公開日:2005年01月19日

●オープニング

 その少女は埃にまみれていた。
 どれほど駆けてきたものか、靴はほころび、全身には無数のすり傷。何度か転んだのだろう、膝には血が滲んでいた。
「助けてください」
 酒場に入ってくるなり、少女は近くで酒を飲んでいる男に懇願した。熊を想起させるごつい体格をした男だ。腰に剣を下げているところから見て傭兵というところか。
 男は酔眼をうす汚れた少女に向けると、
「何なんだ、おめーは?」
 と、問うた。
「ゴブリンが‥‥ゴブリンが村を襲ってきたんです。助けてください!」
「なに?」
 男の目にわずかに光がともった。餌の匂いを嗅ぎつけた野良犬の眼だ。
「ふん、ゴブリン退治か――まあいい。こちとら荒事が生業だ」
「ありがとうございます」
 少女の顔が安堵に輝いた。
「で、ゴブリンは何匹だ?」再び男が問うた。
「大きいのが一匹、小さいのが六、七匹」
 少女の応えを聞いて、男がわずかに眉をひそめた。
 いかに荒事に慣れた男にとっても、さすがに八匹ものゴブリンは手にあまる。おまけに中にはホブゴブリンまで混じっているのだ。
 が、男にとっては当面の懐の具合の方が問題だった。
「――いくら出す?」「えっ‥」男の問いに、少女は戸惑ったように眼を見開いた。
「‥‥い、いくらって、あの‥わたし、お金なんかもってません」
「なに!」
 一瞬の静寂の後、二人のやりとりを眺めていた客の笑い声と男の怒鳴り声が響き渡った。
「馬鹿野郎! 金もないのにゴブリン退治だと? ふざけるな!」
「でも――」口を開きかけた少女を男が突き飛ばした。
「うるせえ。さっさとうせやがれ。報酬もないのにお前の村を救おうなんていう間抜けは、ここには一人もいやしねえんだ」
 男は倒れた少女に向かって嘲笑を浴びせた。
 少女は涙で滲んだ目をあげ、
「だ、誰かお願いです。村を救ってください。村は貧しくて、男の人は出稼ぎに行って誰もいなくて‥ゴブリンは赤ん坊を盾に‥だから‥‥」
 言葉を失った少女に向ける客たちの視線は氷の矢のようだった。たまらず少女はその場に泣き崩れた。
 その少女に追い討ちをかけるようになおも男が、
「鬱陶しいガキだな」
 と、毒づいた。
「ここにいても無駄だぜ。さっきも云ったがな、てめえの頼みを引き受ける酔狂な野郎は、この世には一人もいやしねえ――」
「――おる」
 男をさえぎって声がした。そして、少女の肩にそっと手がおかれた。優しさが染み入ってくるような暖かい手だ。
 はじかれたように顔をあげた少女は見た。にっこりと微笑みかける一人の老婆を。
「おるぞ、娘さん。そなたの依頼を請け負う者が」
 老婆が云った。その言葉に、堰を切ったように少女の目から涙が溢れ出した。
「――くっ、バカが」
 先ほどの男が老婆に向って憫笑を投げた。
「ババア、いい加減なことを云うんじゃねえぞ。ただで命を張る奴がいるはずがねえ。もしいるってんなら、そいつの名を聞かせてもらおうじゃねえか」
「聞きたいか、その者の名を?」少女の肩から手を離し、老婆がゆっくりと立ち上がった。
「ならば教えよう。その者の名は、冒険者! おまえのような野良犬とは違う、狼の如く気高き者たちじゃ」
 高らかに云い放つと、老婆は酒場のマスターに目を向けた。
「キャメロットの冒険者ギルドに早文――シフール便を頼めるかの」

 キャメロット。冒険者ギルドの中――
 一つの手が伸び、新たに貼りつけられた依頼書を引き剥がした。そして、幾つかの影が冒険者ギルドをあとにした。
 かくして狼は立ち上がったのである。

●今回の参加者

 ea6159 サクラ・キドウ(25歳・♀・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7440 フェアレティ・スカイハート(33歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea8745 アレクセイ・スフィエトロフ(25歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea8893 レックス・エウカリス(28歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ea9244 ピノ・ノワール(31歳・♂・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea9451 央 露蝶(25歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ea9515 コロス・ロフキシモ(32歳・♂・ファイター・ジャイアント・ロシア王国)
 ea9687 エクレール・ミストルティン(30歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

 酒場――笑い声や食器のふれあう音がいりまじった喧騒の片隅に、しんとした沈黙が落ちていた。
 助けを求めてきた少女と老婆である。そこに――
「お待ちかねの冒険者とやらはどうした? ずいぶん遅れているようだな」
 嘲る声がした。野良犬の目をした男だ。
「ここは、キャメロットからは遠い」
 その老婆の応えを男は嘲笑った。
「バカが! 遅れてるんじゃねえ。来ねえんだよ、誰も!」
「黙れ、下司が!」
 老婆が叱咤した。
 その老婆の言葉に、男の満面が怒りにどす黒く染まった。
「なんだと、婆あ!」
 叫びざま、男は老婆を殴打すべく拳をふりあげた。怒りに我を忘れてはいるが、さすがに滑らかな動きだ。
 その場にいる者すべてが、血反吐をはいて弊れる老婆の姿を幻視した。が――
 男の拳が何者かによってがっきと掴みとめられた。
 はじかれたように振りむいた男は見た――己の拳を掴みとめている紅い髪の美少女を!
「最低の男」
 冷然たる語調でつぶやくと、少女はもう一方の拳を男の首筋にたたきこんだ。
 誰が想像しえただろうか。ふれれば折れそうな可憐な少女が、荒事になれた男を一撃で昏倒させようとは――
 信じられぬものを見たように、酒場を静寂が圧した。その中を、フードを目深にかぶった若者が歩みをすすめていく。
 ――少女の前へ。
 呆然と見つめ返す少女の頭に、若者はそっと手をおいた。そして、彼は云った。
「嬢ちゃん、ここまでよく頑張って来たな。後は俺らできっと何とかすっから、心配しないで待ってな」
 その言葉と手のぬくもりに、大きく見開かれた少女の目から大粒の涙が溢れ出した。
「大丈夫。私たちが必ず助け出すから」
 若者の背後からも声がした。雌鹿を想起させる俊敏そうな娘だ。
 たまらず嗚咽をもらす少女は見た。涙でかすむ視界の中に佇む八つの戦士の姿を。
 ここに、狼は到来したのである。

 その村は灰色に沈んでいた。
 鈍色の雲は重く垂れこめ、日はまだ中天にあるはずなのに、薄暮のうす暗さが辺りをおおっている。
 そこに――
 ひびわれた悲鳴が響いた。そして獣のものに似た雄叫び。
 嗤っている。
 鼠を弄ぶ猫のごとく、鬼どもが村人をいたぶることを楽しんでいるのだ。

「やはり夜までは待てないようですね」
 村の入り口近くの木陰に身をひそめた八つの影のひとつから、どこか困難を楽しんでいるかのような声がもれた。
 白皙の青年――ピノ・ノワール(ea9244)である。
 うなずいたのは酒場で傭兵くずれの男を昏倒させた少女――サクラ・キドウ(ea6159)だ。
「では、仕掛けるか」
 云って立ちあがった影がある。二メートルを越す巨躯の持ち主だ。
 コロス・ロフキシモ(ea9515)。
 八人の中では唯一、殺伐とした気をまといつかせた男である。
 その時、背後からのびた手がコロスの肩をつかんだ。
 酒場で少女の頭に手をおいた若者だ。名をレックス・エウカリス(ea8893)という。炎の言の葉を読みとりしウィザードである。
「忘れるなよ。赤ん坊や村人を助ける為に俺たちは来たんだからな」
 念をおすレックスの手を、コロスは穢らわしげに振り払った。
「わかっている。それより」
 コロスはひとりの娘に氷の刃をひそませた目をむけた。酒場で少女を励ました娘――エクレール・ミストルティン(ea9687)に。
「見つかるようなへまはするなよ。混血種は信用できんからな」
 コロスが吐き捨てた。
 と、冷気をふきつけたような殺気が流れた。
 見えぬ一剣にはたかれたように振りむくコロスは、華国の衣服をまとった少女――央露蝶(ea9451)と相対した。尖った耳をしているところか見て、彼女もまたエクレールやレックスと同じく混血種――ハーフエルフなのだろう。
「今の言葉は聞き捨てなりませんね」
 可愛い顔と豊満な肢体にはそぐわぬ殺気を立ちのぼらせて、露蝶は右腕を持ち上げた。
 その右腕に巻きつけられた包帯を見とめ、
「十二形意拳、蛇毒手か」
 ニヤリとすると、コロスもまた巨大な戦斧を持ちあげた。
 刹那――ふたりの間に凄絶の殺気がうずまいた。
 と――
「やりたければ、依頼が終わってからにしてもらおう」
 はりつめた空気を斬り裂くように、秀麗な女騎士――フェアレティ・スカイハート(ea7440)が割って入った。
「――ふん」
 ややあって戦斧をおろし、フェアレティを一瞥するとコロスは木陰から持ち場にむかって滑り出して行った。その背を見送るフェアレティに、麗艶な娘――アレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)が声をかけた。
「フェアレティさんのおかげで、何とかおさまったみたいですね」
「いや――」
 フェレティはかぶりを振ると、
「私には騎士道がすべて。ただ、それだけだ」
 と、静かに応えた。

 小村の中でも大きい部類の建物――長老宅。
 部屋の隅に倒れている血まみれの老人の顔に、葡萄酒がぶちまけられた。
 かけたのは一匹のゴブリンだ。
 その様子がおかしかったのか、四匹のゴブリンが雄叫びをあげた。一際大きな体躯のゴブリンもまた。刃のような爪の生えた指で、赤ん坊を弄びながら。

 その建物の外――裏の壁に、三つの影がはりついていた。エクレール、ピノ、アレクセイの三人だ。
 少女から得た情報、そして一時間余りの見張りによって大まかな当たりをつけていたのだが――
「赤ん坊はこの中にいます」
 ピノのデティクトライフフォースの結果を、ふたりの仲間は暗澹たる面持ちで聞いた。
「待機している者たちにおびきだしてもらうしか手はないですね――エクレールさん、合図を!」

 鳥の鳴き声がした。
 合図の指笛だ。
「合図確認。行きます!」
 まずサクラが、続いて四つの影が一斉に待機の場所から飛び出して行った。

 村外れの家――二匹のゴブリンが乾肉を食い漁っていた。のみならず、ゴブリンは傍らで蹲っている老婆を責め苛むために爪をのばそうとし――
 一匹が血しぶきをあげて弊れ伏した。
「卑劣な輩よ」
 レックスの魔炎をやどした刃をふりかざし、フェアレティが吐き捨てた。
「お前は哭いてから死んでもらうぞ」

 五匹のゴブリンが長老宅から飛び出してきた。仲間の叫びに誘い出されたのだ。
 と、ゴブリンたちは建物の前に佇む四つの影を見とめた。一瞬怯みはしたものの、二人は小娘であることに気づき、ゴブリンたちは四つの影めざして殺到した。

 外の騒ぎに気づき、ホブゴブリンが手斧片手に立ちあがった。先ほどまで弄んでいた赤ん坊はテーブルの上に残したままだ。
 二、三歩進みかけて――異変を感じとり、ホブゴブリンが振り返った。
 その眼前に突きつけられる炎を模した刃をもつ者――おお、エクレールだ! 裏口から潜入し、隣の部屋で身をひそめていたのである。
「赤ん坊は返してもらいますよ」
 云って、アレクセイが赤ん坊を抱いたピノを促した。
「早く、外へ」
 うなずいて駆け出すピノを追い、手斧が唸りをあげて疾った。

 ゴブリンたちの攻撃を、サクラと露蝶が舞を舞っているかのように避けていた。赤ん坊奪還のための陽動だ。
 その様を、盾でゴブリンを防ぎつつ見つめるコロスの胸に、ちらりと疑念がわいた。
 ――なぜ、こいつらは、こんなに懸命なのだ。
 急速にふくれあがる疑問に、殺しを生業とし、死を友としてきたコロスが、一瞬戦いの中で戦いを忘れた。
 天か地か――コロスともあろう男が、小石につまずき、よろめいた。なんでゴブリンが見逃そう。ゴブリン渾身の一撃が、コロスの顔面めがけて疾った。
 戛然!
 鋼と鋼が相打ったとしか思えぬ響きを発して、手斧がはじけとんだ。一瞬後、疾る炎がゴブリンを火だるまにする。
 手斧を手刀ではじきとばしたのは露蝶であり、炎をとばしたのはレックスであった。
「‥‥なぜ、助けた?」
 問うコロスに、
「仲間を助けるのに、理由なんていらないですよ。さあ、立って」
 云って、露蝶が手を差し出した。
 その手を不思議なものでも見るように凝視していたコロスの眼に、次第に光がともりはじめた。露蝶の手をつかんだ時、疑問の答がわかったような気が、コロスにはした。

 カッ!
 ホブゴフリンの手斧を、アレクセイのダガーが受けとめた。さらなる一撃をエクレールが防ぐ。
「今のうちに!」
 エクレールの絶叫に押されるように行きかけて、しかしピノは立ちどまった。
「いや――赤子を盾に取るとは卑怯な奴め。滅せよ!」
 叫びとともに、ピノの手から黒光が迸り、ホブゴブリンを撃った。のけぞる鬼の心臓を、二つの刃がつらぬいた。

「赤ん坊は助けましたよ」
 声が響いた。ピノの声だ。
 直後、ゴブリンたちは見た。
 眼前の三人――巨躯の男が鋼の戦斧を、まるで棒きれのように振りまわし、指で招くさまを。そして赤髪の娘の全身が一瞬薄紅色にきらめくのを。また、スルスルと包帯をほどきはじめた金色の髪の娘の眼が赤光を放ち、下郎どもがとつぶやくのを。
 魅入られたように襲いかかったゴブリンたち――
 果たして彼らは気づきえたか、どうか。鼠と侮っていた敵の正体が狼であることに。なぜなら――
 三合と刃をまじえることなく、五匹のゴブリンたちは地に這っていたからだ。
 
 少女に赤ん坊を手渡すと、冒険者たちは背を向けた。
「‥‥待って」
 追いすがろうとする少女に、アレクセイが苦笑をかえした。
「狼は‥人にしてみれば嫌われ者だから」
「でも」
 サクラが振りかえり、続けた。
「もし、また何か困ったことがあったら、ギルドの方に云って来て下さい。必ず助けてくれる冒険者がいるはずですから」
「‥‥あ、ありがとう」
 少女の応えは、嗚咽で途切れた。

 遠くなる八つの影を見送る少女は、ふと気配を感じて振り返った。
「去って行ったか」
 老婆がぼそりと云った。頷く少女は、やがて強い声で云った。
「わたし、絶対あの人たちを忘れない」
「そうじゃのう」
 老婆は満面に微笑を浮かべると、云った。
「そして語り継ぐのじゃ。美しき狼たちの物語を」

   THE END

 森の中――物語の主たちは清々しげに、あるいは半べそをかきながらつぶやいていた。
「御婆さんの云ったことを真実にすることが出来た。気持ちがいいものです」
 ピノである。
「ふにゅ‥赤ちゃん抱いてみたかったな〜」
 露蝶であった。