●リプレイ本文
●戦乱の地へ
「まあ、俺達が大汗かかずとも、パーシ・ヴァルやトリスタン・トリストラムが大働きをしてくれるはずだ」
豪壮な騎士団を前に、破天荒な訓示が響く。それは――
ガウェインの騎士団である。
くすり、と。
妖精にも似た可憐な少女が微笑った。銀の髪の下の蒼い瞳は月夜の渚のように美しい――エルマ・リジア(ea9311)である。
「知人から聞いていましたが‥‥無謀を無謀と感じさせないお人ですね」
やや呆れた様子だが、そういうエルマは可愛い顔に似つかわしくないほどの手練れである。
「無謀ですか〜」
ユイス・アーヴァイン(ea3179)は可笑しくてたまらぬようだ。
「卿が聞いたら、きっと怒りますよ〜。ご本人は無謀とは思ってらっしゃらないようですから」
それはそれで問題なのだが。しかし、そのことがユイスには楽しくてたまらぬ快事らしい。
「ああ見えてわりと良く考えていらっしゃるようですしね」
噂では。付け加えたアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)であるが、弁護ははなはだ心元ない。
「そういうお方だ」
静かな声音をあげたものは、年嵩の凛とした女騎士である。名をユイス・イリュシオン(ea9356)。彼女は続けた。
「表面上は常の如く掴み所のない方だが、本当の胸の内はさぞや辛いだろう、実の親子なのだからな」
「敵になったとはいえお母様はお母様。心に思う所があるのでしょう。会わなければという卿のお気持ちは分かります」
白百合の如き緋芽佐祐李(ea7197)は頷いた。
親を想う子の心に貴賎はなく、それは尊いものだ。守らなければならぬ。だからこそ、彼女はここにいる。
「私情が公に悪用されぬ様、気丈に振舞っておられるのだろうな」
イリュシオンは気遣わしげに眼を伏せた。
「まあ‥‥」
欠伸を噛み殺しつつ、ユージィン・ヴァルクロイツ(ea4939)は口を開いた。
「僕はガウェイン卿には敬意を表するよ。権力中枢に近しい場所にいながら、取り込まれずにいるのは難しいからね」
そして皮肉に笑う。
彼はそも、此度の戦争すらが茶番であり、戯曲であると見てとっている。
聖杯探索に端を発したオクスフォードの乱。その端緒となった肝心の聖杯は、果たして人に幸せをもたらしうるものなのか。
答えは否だ。
人知を超えたものは、見つからないほうが平和である。人の欲には果てがなく、その欲がまた新たな争乱を呼ぶ。
ほら、世界は余計に乱れてる。
ユージィンの笑みがさらに深くなった。
「結局のところ、聖杯なんてないほうがいいんだ」
「そうかも知れません。でも‥‥」
尊いものを捧げ持つように。胸の前で手を合わせたリオーレ・アズィーズ(ea0980)は視線を投げた。弟を見るような優しさ、そして誇らしさに満ちた彼女の眼差しの先で、ガウェインは見送りのサクラ・キドウと相対している。
「無事に‥戻ってきてください」
「どうした? 今日はやけにしおらしいな」
おどけてみせるガウェインだが、サクラに笑みはない。真顔のままでガウェインの手にスターサンドボトルを預け、甲にくちづけした。
「私の想いがガウェイン卿を守りますように‥‥」
「サクラ‥‥」
ガウェインはグッとスターサンドボトルを握り締めた。何より強く。それはサクラの想いであるが故に。
「心配はいらぬ。お前の想いに護られたこの俺が弊れることなど、ない」
「私はただ、あの方を守りたいのです」
リオーレは深い微笑を浮かべた。
●美騎士
ガウェインと彼が選んだ騎士の力はさすがに凄まじく――
激戦とはいえ、あっというまに橋を守るオクスフォード軍を鎮圧し、ガウェインは橋頭堡を築いた。
「太陽の騎士と畏れられるのも、あながちデマじゃなかったんですね〜」
アーヴァインの軽口に、冒険者達が苦笑をもらした時だ。騎士に案内され、三つの人影が現れた。一人は騎士である。
暗雲から零れる陽の光にその騎士の姿が明瞭になり――世界は息をのんだ。その超絶の美しさに。
「よお」
ガウェインは破顔した。
「トリスタン」
呼んだ。
刹那、冒険者の身に戦慄にも震えがはしる。
トリスタン! これがトリスタン・トリストラム!
が、その冒険者の戦きをよそに、ガウェインは無遠慮にトリスタンの背を叩いた。
「暇そうにしているところを見ると、上手くやったようだな」
「まだ分からん。だが、上手くいくだろう」
「そうか。まあ貴様のことだ。ぬかりはあるまい」
そのとき、トリスタンの視線に促されて、残る二人のうち、一人が進み出て口上を述べた。内容はトリスタンが目論む非戦闘区域についてのことだ。どうやら敵味方区別なく武装解除した者は迎え入れるつもりらしい。武装する者は円卓の騎士であっても容赦しないというものだ。
さすがに騎士達がざわついた。
しかし当のガウェインはどこ吹く風といった風情である。ただ眼を細め、周囲を見渡した。
「あの美しく平和だったオクスフォードも、メレアガンスの為にとんだことになったものだな」
嘆くが如く。
が、トリスタンに応えはない。沈思した彼に、ガウェインは問うた。
「どうした?」
「‥‥メレアガンスは、王妃を戦いから遠ざけようとしたのではないだろうか」
ガウェインの眼がわずかに見開かれた。唐突な話に、さすがの彼も虚をつかれた様子である。
やや逡巡の後、トリスタンは声を落とした。
「奴は、王妃に懸想していたのではないかと思っている」
「なるほど。それで、とけた」
息をひく冒険者の前で、ガウェインは肯首した。
なにが、とはトリスタンは問わぬ。代わりに、彼は静かな声で呼びかけた。
「ガウェインよ」
「なんだ?」
「‥‥あまり無茶はするな」
「貴様もな」
どちらが先に差し出したのか。二人の戦友はしっかりと手を握り合い――トリスタンが踵を返した。
去り行く三つの影が遠くなって後、ゆっくりとガウェインは掌を開いた。そこには羊皮紙の切れ端。
「心憎い奴‥‥女が放っておかぬはずだな」
「――それは?」
我に返ったルース・エヴァンジェリス(ea7981)は、ガウェインの手中に眼をとめた。
「トリスタンが調べた逃走に利用できそうな経路だ」
「ほお」
ルースの口から感嘆の声がもれた。
どうやらガウェインの思惑に気づいていた円卓の騎士がいたらしい。しかしながら、なんという粋な計らいか。
「それでは私達も動くとしましょうか」
「その前に」
佐祐李が進み出た。
「ガウェイン卿、お願いしていたものはお持ちいただけましたか?」
「おお」
待っていたといわんばかりに、ガウェインは懐からいそいそと数枚の羊皮紙を取り出した。
「ものは父の城にあるため、さすがにすぐには手にいれることはかなわなかった。代わりに」
ガウェインが佐祐李に羊皮紙を差し出した。描かれたものを一目見て、彼女は小首を傾げる。
「――これは?」
「熊だ」
「いや、ゴブリンですよ〜」
覗き込んでいたユージィンとアーヴァインが絵の正体についての推測を述べた。が、いえいえとエルマが白い首を振る。
「それはスフィンクスです」
「違いますよ。これはデビルですよ、ね」
最後に断定したアレクセイの前で、ガウェインはぶるぶると口を振るわせ――
「これは、俺が描いた母上の似顔絵だ!」
「もはや人相は当てにならない」
ひそひそと冒険者と小声でかわしあった後、ユージィンはガウェインに向き直った。
「お聞きしたいことが一つ。卿は母上殿はどう動くと読んでいらっしゃいますか」
「コソコソ逃げ回るのは趣味ではあるまい。かといって、堂々と歩き回るほど愚かではない」
「今ひとつ」
次に口を開いたアレクセイだ。
「モルゴース様の特徴をお聞きしたいです。それから」
先ほどの、とけた、とはどういう意味なのか。切れ長の眼を光らせ、アレクセイが問うた。
「あれか‥‥あれはメレアガンス反乱の真相よ。初心なメレアガンスであれば、手もなく母に操られたことだろうと思ってな」
女遊び達者な俺とは違って。笑うガウェインの背で、囁く声がする。ルースだ。
「相変わらず、笑顔の下の顔を隠すのがお上手で」
「ルー‥‥」
返すガウェインの応えを、ルースは遮った。
「だからこそ、卿の真意は敢えて問いませぬ。ただ‥‥自らお逢いになるまでは他の騎士殿に渡す訳にはいかないのでしょう?」
「私でよければ少しでも負担を預かりましょう。あとは卿の思うまま心置きなく‥‥」
もう一つの傍ら。小声で告げたのはイリュシオンだ。
ガウェインは苦笑とともに、二人の肩を抱いた。
「お前達にはかなわんな。‥‥助かる」
●淑女を求めて
リオーレは溜息をついて、血風吹き荒ぶオクスフォード城を見つめた。今まさにパーシ・ヴァル卿の攻勢が始まろうとしているのだが――容易に近づけない。身動きもとれない。
当然だ。ここは戦場であり、そこかしこで刃が撃ち合わされている修羅の巷であるのだから。ここまでリオーレ一人が来れたのも僥倖といっていい。
「見つかりましたか」
突如降った声に、リオーレは振り返った。セブンリーグブーツを装着した佐祐李がすいと物陰から姿を見せた。神出鬼没は彼女の得意技の一つである。
「いえ、さすがにこの有様では‥‥」
「他もおおよそここと同じ状態です」
佐祐李は偵察をすませた他の円卓の騎士軍の様子を語った。
「その様子では、まともに動けるかどうか‥‥」
リオーレの言葉に、やや疲れた顔色の佐祐李が頷いてみせる。刃を避けての捜索の困難さを、刃の下に心をおく彼女なればこそ知りぬいていた。
聖骸布をまとい、銀の短剣を懐中に忍ばせたユージィンは騎士には見えない。のほほんと薄笑いを浮かべているからじゃなく。
トリスタンの非戦闘地区。さすがに剣戟の響きはここからは遠い。
「いたかい?」
問われ、アレクセイは頭を振った。かきあげた天陽色の髪の下から覗く眼――狼の如く鋭いそれにも、さすがに焦りと疲労の色が濃い。
「卿から聞いた特徴と合致する方は一人も‥‥」
「御付きの者もいるはずなんだけどねぇ」
「やはり――」
ここにはいないのか。
唇を噛むと、アレクセイはガウェインから預かったクロスの紋章のついたネックレスを握り締めた。
ザンッ!
血飛沫が驟雨のように地をうち――
兵士を斬り捨てると、イリュシオンは慌ててエルマの姿を探し――ほっと息をついた。天使の如き少女は、悪魔のように兵士の一人を氷漬けにしていた。
「あー恐かった」
吐息をつくエルマに、どこがだ、と胸の内で呟いてから、イリュシオンはエルマの手を引き、物陰に飛び込んだ。
「さすがに橋の近くは危険だな」
船。それも小人数で利用できる小船。
モルゴース脱出の方策について同意見であった二人は、共に船着場を目指したのだが――刃をかわすに精一杯だ。殺気だったオクスフォード兵は騎士であるイリュシオンのみならず、エルマにまで刃を向けてくる。
「目立たぬ場所。――小船しかつけられぬ、街外れの船着場を探した方が良いかも知れぬな」
「もし荷に黒い布でもかけているなら、それが当たりかと」
「良いところに気がつく」
可愛い顔をして。端倪すべからざる娘だ。
合点すると、イリュシオンはエルマを庇いつつ、物陰から飛び出した。
混乱を好機とし行動を起こす。
ルースが発した問いに対するガウェインの答。それはなにより白き道を示してくれるはずだ。
故にルースは水路にいた。屋敷にまで通じているものを追って。
河に護られた地であることは、当然住まう者はそれを利用するはずである。逃亡に際しても。
此方の攻めが開始された後、替え玉を残した上で本人は護衛数名と共に逃亡する。ルースの見立てだ。
「ここにいたんですか〜」
ルースの眼前。
ふわりと地に降り立ったアーヴァインと、その手の箒に眼を向け、ルースはわずかに口元を歪めた。
「楽しそうだな」
「そうでもないんですよね〜」
アーヴァインは手を上げ、身をつつむ聖骸布をさらして見せた。
傷が幾つか。おそらく矢によるものだろう。
「高かったので掠っただけですみましたが、もう空には上がれませんね〜」
風が気持ち良かったんですけど〜。さすがに肩を落すアーヴァインに苦笑を送ろうとし。
いきなりルースは彼を建物におしつけた。
「な‥‥」
「しっ!」
アーヴァインを制し、ルースは眼で指し示した。
その示す先――視線を転じて、アーヴァインは息をひいた。
数名の男女が小船に乗り移ろうとしている。そして、その中の一人。年齢をはかることのできぬ不可思議で艶やかな黒衣の女性こそ――ガウェインの提示したモルゴースの特徴に合致してはいまいか。
逡巡している場合ではない。
ルースが飛び出し、アーヴァインの肩から鷹が飛び立った。
●邂逅
闇は、夜は――時として光よりも美しいのかも知れぬ。そう思わせるモルゴースの華麗さであった。
「ガウェイン様――」
一人で背負い込まないで。人は、一人では強くなれない。そのために私達が居るのです。貴方の剣として、そして心を護る盾として――
そう告げようとして、リオーレの喉は凍りついた。また他の冒険者達もそれぞれに問いたい事があろうはずなのに、誰も声を発するはおろか、口を開こうともせぬ。いや、できぬ。それほど圧倒的なモルゴースの迫力であった。
「母上」
一歩進み出たガウェインにむけて、モルゴースの口辺にすっと笑みがひかれた。
「あなたを待て、とルースという者の頼みを聞きましたが‥‥久しぶりね」
ちらりとモルゴースの視線が動いた。一人の女が何か囁いたようだ。冒険者の中の幾人かはその顔を見知っている。ガウェインを罠にかけようとしたアンジェラという女だ。
「ゆっくりと話をしたいところだけど、そうもいかないの。この辺りが潮時だから私は行くけど――どうガウェイン、あなたも来ない?」
「いや」
ニヤリとし、ガウェインは頭を振った。
「船は苦手です」
「相変わらず食えない男ね。‥‥まあ、良いわ。いずれ、必ず私の物にするから」
モルゴースが踵を返した。それを追おうとしたガウェインの手をルースが掴む。
「これを」
ルースが指輪を示した。はめられた宝石は虹を凝結したかのように煌いて。よく見ればその中に蝶の姿が刻まれいる。のみならず、その蝶がゆるりと羽ばたき――
刹那、一条の火線がガウェインめがけて疾った。避けもかわしもならぬ一撃であるが――イリュシオンの張った聖結界によりガウェインに届くことはない。
はじかれたように振り返った冒険者達は見た。魔性のふいごを持つデビルの姿を。それこそは二度までもガウェインを苦しめた――グザファン!
「ちいぃ! こんな時に!」
冒険者達が身構えた時、すでにモルゴースの姿は小船の中にあった。もはや追っても及ばず。それよりも――
ガウェインの腰から白光が噴いた。
「オクスフォードの闇を払うのが、どうやら俺達の仕事のようだな」
ギラリ。八対の眼が凄絶に光った。