毒獣
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:美杉亮輔
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月17日〜01月22日
リプレイ公開日:2005年01月24日
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●オープニング
じっとりとした銀灰色の霧が立ちこめる中、男は湿地にたまったとろりとした水に手を浸した。
その手にこびりついた、半乾きの赤黒い液体が水にとける。先ほど殺した商人の血だ。
ナイフで喉をえぐるだけ。商人は悲鳴すらあげえず息絶えた。
男にとっては簡単な仕事だ。金で膨らんだ商人の財布は、今は男の懐の中にあった。
これで当分酒と女には不自由しないだろう。
男はサメのような笑みをもらした。その時――
ガサリ。
音がした。
はじかれたように振り向いた男は、からみつくような霧を透かし見た。が、葦の間には何者もの影は見えず、ただ寂とした薄闇があるのみ。
空耳か――
男の頬を苦笑の翳がよぎろうとした――
ガサリ。
再び聞こえた物音に、男はビクリと身をすくめた。
どこだ――
男は音の正体を求めて視線を走らせた。そして――
男の眼はある一点で制止した。2メートルほど離れた水溜りの中だ。
濃い緑色の泥水の中に、それはいた。
物音を発した主の正体を見とめ、男の口から太い息がもれた。安堵の吐息だ。
次いで、男はギリッと歯を噛んだ。怖気をもよおした己自身に対する怒りである。その怒りはすぐに物音の主に転嫁された。
男は懐から得物をとり出すと、鏡のように磨かれた刃をぞろりと舐めあげた。
商人の喉をバターのように切り裂いたナイフ。柄に彫刻がほどこしてある男のお気に入りの代物だ。
「脅かしやがって。もう悪さはできねえように切り刻んでやるぜ」
男が腕をふりかぶった。その刹那――
空を疾った液体が男の眼を射た。
「なっ!」
苦鳴をあげると、男は両の眼をおさえた。
何が起こったのか分からない。ただ、火箸を当てられたような灼熱の苦痛が男を襲っていた。
「な、なにしやがった、てめえ――」
膨れあがる苦痛に視力を奪われながらも、男は敵を求めてナイフを閃かせた。湿原に、ナイフがむなしく空を裂く音だけが響く。
その男めがけて――再び液体が空を疾った。今度はわめき散らす男の口の中に。
溶けた鉄を流しこまれたような激痛が男の体をつらぬいた。
たまらず――男の口から、人とは思えぬ呻きがほとばしり出た。耳をふさぎたくなるようなおぞましい叫びだ。
苦悶しつつも、男は歩きだした。火であぶられるような逃走本能のみにつき動かされた行動だが――激痛が男の足を襲った。
「くあっ」
喘ぎとともに、男は地に倒れた。苦い泥水が、口だけでなく鼻腔にも流れこんでくる。
半狂乱になりつつも、男の手はナイフを探った。倒れた拍子にナイフを取り落としていたのだ。が――
さらなる激痛が男の指を襲った。彼の右手の指三本が消失していることに、男が気づきえたか、どうか――
殺到する黒影が、男の体をおおいつくした。濃度を増しはじめた霧の中に、男の悲鳴だけが響いていた。
「――何人かが行方知れずの間は、自警団も鷹揚にかまえていたようだがね。その湿原の立ち入りを禁ずれば騒動がおさまると」
ギルドの男は、依頼書を前におしやりながら続けた。
「が、結果は惨憺たるものになった。立ち入りを禁じた数日後、湿原の近くの農家で死体が発見された。獣に噛み裂かれた死体が――どうやら、その何物かは、猟場を広げたようだ」
自警団はどうしたのだ――冒険者の質問に、ギルドの男はかぶりを振った。
「だめだね、彼らは。一度湿原の探索を行ったようだが、その時にも死人が出た」
それで臆病風に吹かれたってわけか――冒険者の溜息に、ギルドの男は苦笑で報いた。
「しょせんはボランティア。無理はしないさ。やはり自分の命が惜しいものだ」
云うと、ギルドの男は依頼書を指でたたき、
「どうだ、頼めるかね」
と、問うた。
●リプレイ本文
じっとりとからみつく銀灰色の霧に濡れながら、獣は飢えていた。あらたな狩りをするべきだと本能が告げている。
獲物はいた。
二本足で立つ生き物だ。図体は大きいが、その生き物には爪も無く、牙もない。また、容易く食らえるだろう‥‥
その時、気配を感じて獣は空を仰いだ。
何か飛んでいる。鳥か? いや、もっと大きいもの‥‥
獣は本能的な危険を感じて、霧の底深く、身をひそめた。
雪のような白い髪を翻らせ、紅玉を溶かしたような瞳の少女が風を追い越した。
少女――セリルヴィス・シュテルヴァルグ(ea0558)がまたがった箒はさらに速度を増し、霧の海を切り裂きつつ――
「どうでした?」
煌く銀の髪に陶磁のような白い肌――月の女神のような麗艶なメイリア・インフェルノ(eb0276)が、ふうわりと箒から飛びおりた少女に問うた。
セリルヴィスは、女神にしては胸の大きいメイリアをちらりと見ると、黙したまま首を振った。湿原の偵察飛行による成果はないという意味だ。
「こちらも同じです」
口を開いたのは上品そうな面立ちの美青年――いや、男装してはいるが、女性であるアストレア・ワイズ(eb0710)である。
「街で聞いてみたのですが‥でも駄目でした。遺体もすでに埋葬されていましたし。ただ‥」
アストレアは湿原の方に目をむけると、
「噛み傷を見た者から聞いた話から推察するに、敵の数は二、三匹ではきかないのではないかと」
つぶやくように云った。
「そうなると」
声がして、少年のような笑みをうかべた若者が歩み寄ってきた。
クロノス・エンフィード(ea7028)。神聖騎士だ。彼は続けた。
「やはり私のソードボンバーが決め手になりそうですね」
「これで、いいのか」
声に、四人は振りかえった。
禿頭の巨漢が立っていた。自警団のリーダー、ノルドである。
案内役ということだが、体のいいお目付け役だろう。ノルドは生肉の入った袋を掲げて見せた。
「ありがとうございます。これで敵をおびきよせられます」
メイリアが艶然と微笑み、云った。
その微笑から目をそらし、ノルドは吐き捨てるように云った。
「礼なんぞいらねえよ。長に云われて仕方なくやってるだけだからな。しかし、化け物退治の専門家と聞いていたから期待していれば、やってきたのは女子供ばかり。男と云えば女好きの東洋人に図体だけの奴」
ノルドはしかめた顔を片手腕立て伏せに勤しんでいる巨漢――ハイラーン・アズリード(ea8397)にむけた。
「おまけに」
ノルドは農家の屋根の上でのほほんとしている娘――マヤ・オ・リン(eb0432)をにらみつけるようにして続けた。
「あんな混血までまじってやがるとはな」
「臆病風に吹かれている者が偉そうに」
云って、侮蔑の色をうかべているノルドの眼前に立ち塞がった影がある。炎のウィザード――セリルヴィスだ。
「ハーフエルフが気に入らぬならば、貴殿が己がハーフエルフより優れていると証明したら如何だ。湿原の化物を退治すれば英雄だぞ?」
セリルヴィスの口の端に皮肉な笑みがきざまれた。見目は可憐だが、口調はナイフのように辛辣だ。さしものノルドが返す言葉を失った。
「――まあまあ。エサも手に入ったことですし、そろそろ準備を始めましょうか」
その場を取り繕うように明るく振舞うと、メイリアは女好きの東洋人――伊勢たまき(eb0429)を呼んだ。
「メイリアさん〜」
駆けつけてきた伊勢の目は、すでにハートの形になっているようだ。
「私たちは寝床の準備をします。伊勢さんはアーヴィングさんたちと周辺の下調べと鳴子の仕掛けをお願いしますね」
両の指を組み合わせるようにしてメイリアが頼んだ。その仕草のために、ただでさえ大きい胸が寄せられ、さらに豊満さを増す。
慌てて伊勢は鼻をおさえた。
「わがじまじだ」
鼻血をおさえつつ、伊勢はくだけそうになる腰をのばし、農家の周辺を調べている静謐な気をまといつかせた黒影――アーヴィング・ロクスリー(ea2710)に近寄って行った。
わずかな陽の残滓も消え、夜の暗さがうっすらと世界をつつみはじめ――
「どうしました?」
問われて、マヤは慌てて立ち止まり、見張りの相方であるメイリアを見返した。
「右手と右足が一緒に出てますよ」
メイリアに指摘されて、マヤの満面が真紅に染まった。
その様が可笑しかったのかクスクス笑うと、
「ローマ人だからって、ハーフエルフをとって食べたりしませんよ。だから恐がらないで」
メイリアが云った。
「あ‥うん」
うなずくと、マヤが子供のような笑みをうかべた。
そのマヤを抱き寄せ、ぼそりとメイリアはつぶやいた。
「ホントに食べちゃいたい」
今度こそマヤは凍りついた。
「今夜、来ますかね」
伊勢が問うた。
メイリアたちと交代し、外に出てかなり経った頃だ。刻を量るために灯した蝋燭もかなり小さくなっているに違いない。
「人が襲われてから数日。そろそろ動き始める頃です」
静かな声音でアーヴィングが応えた。
「しかし、また人を襲うかどうか」
「いや」
アーヴィングがかぶりを振った。
「奴らは最も弱い生き物――人の味を知った。必ず襲ってきますよ」
云って、アーヴィングが闇の奥に目をむけた。伊勢もまた。夜目の効く彼の視力をもってしても、夜の底を見通すことはかなわなかった。
見張り三組目であるセリルヴィスの慌てた声に、全員が目を覚ました。
「どうしたんですか?」
問うクロノスに、
「――ハイラーンとはぐれてしまった」
やや落ち着きをとりもどしたセリルヴィスが応えた。
「はぐれた?」
「ああ。気がついた時には姿が見えなくなっていた」
その応えに、クロノスが安堵の吐息をついた。
「ハイラーンさんなら大丈夫ですよ。もし敵と遭遇しても、そう簡単にやられる人じゃありません。それに――」
クロノスはいつもの微笑を取り戻して云った。
「こんなところで迷子になるはずがありません。すぐに帰ってきますよ」
次第に深くなる木立の中で、呆然と佇むハイラーンがぼそりとつぶやいた。
「ここはどこだ?」
「ペアがいないのはまずい。私たちがいきましょう」
アストレアの言葉に、クロノスが頷いて立ちあがった。その手はすでにレイピアを掴んでいる。
その時――
音がした。
風が窓をたたく音ではない。鳴子だ!
「来たか‥ならば滅するのみ」
不敵な笑みをうかべるセリルヴィスを、しかしマヤが制した。
「うってでるのは待ってください。盗みに入ろうとして音を立てたなら、貴方様ならどうしますか。たたくのは、もっと誘きよせてからです」
瞬時に判断を下した冒険者たちは、息をころし、薄明かりの中に身をひそめた。その様を、ノルドは愕然として見つめていた。
――こいつら、昼間と全然違う‥
と、ノルドにむかって、背をむけたままアストレアが口をひらいた。
「私たちの戦いをよく見ていてください。そして理解するのです――次は、あなたが街を守らなければならないのですから」
「!」
ここに至り、ようやくノルドは眼前の七人がただ者でないことを理解した。
「もう魔物に殺される人を見るのは御免です。悲しい想いをするのは私ひとりで十分ですから」
アストレアが囁くように云った。その背に、ノルドが声をかけようとした。刹那――
ゴトリと音がした。農家の前だ。
目配せをかわすと、七人が外に飛び出した。
「いますよ、前!」
夜目の効く伊勢が叫んだ。彼の眼は迫りつつある犬ほどの大きさの影をとらえていた。
疾い!
心中に叫んだ伊勢めがけて、瞬速の影が躍り上がった。迎え撃つは神速の夢想流抜刀術!
空に血飛沫がとび、地に影――巨大な鼠が転がった。が――
呻いたのは伊勢の方だ。
「鼠ども、毒蛙を咥えている!」
「えっ!」
驚愕に声をあげたメイリアもまた、毒液を受け、膝をついた。
暗さと敵の疾さのため、クロノスのソードボンバーも威力を発揮し得ない。かろうじてアストレアのライトニングサンダーボルトが敵を屠っていく。
その時――
炎が立ちのぼり、周囲をオレンジ色に染め上げた。放擲されたランタンの油が燃え広がったのである。そして雨のように降りそそぐ矢が的確に巨鼠、そして毒蛙を仕留めていく。
ランタンを放擲した矢の射手は農家の屋根の上にいた。アーヴィングだ。
炎、そしてマヤの放つ石に追われるように、巨鼠どもは一方に集まり、逃走を図ろうとした。
なんでそれをクロノスが見逃そう。刃より放たれた真空の牙は闇を切り裂き、残る敵を薙ぎ払った。さらに――
「蓮の火蜥蜴。撃ち砕け焔。FlammeBombe──Exist(フラメボンベ エクシスト)!」
呪の詠唱が流れ、セリルヴィスの手が赤熱し――
轟!
止めとばかりに巨大な火球がふくれあがった。
静寂のもどった夜。
踊る炎に照らされたマヤがカクンと膝をついた。
「マヤ!」
呼ぶ声に、マヤが顔をあげた。その眼前に迫るダガーの刃。
放たれたものではない。ダガーを掴んだ手そのものが伸びているのだ。
メイリアさん、なぜ――
呆然とするマヤをかすめた刃は、彼女に飛びかかろうとする毒蛙をつらぬいた。
夜の底を、街にむかって一つの影が疾っていた。
唯一生き残った巨鼠である。
弱い獲物が豊富な石の森の中で、巨鼠は再び仲間を増やすつもりであったのだ。
その時、巨鼠は前方に気配を感じた。
しかし巨鼠はかまわず疾った。ここには弱い獲物しかいないはずだから。
が――
両断された巨鼠が地を転がった。斬ったのは――
ハイラーンだ!
「ここは‥どこだ?」
ハイラーンがつぶやいた。
翌朝。
薬で毒を消し去り、伊勢に保存食を分け与え、帰り支度を整えた冒険者の前に、街の長と自警団のメンバーが現れた。累々と転がる獣の死体にメンバーの誰もが驚嘆の声をあげる。が、ひとりの男がマヤに眼をとめた。
「なんでえ、化物が化物退治か」
男が嘲笑った。
「貴殿――」
気色ばんで踏み出すセリルヴィスの前に立ち塞がった影がある。ノルドだ。
「ハーフエルフが気にいらないなら、己がハーフエルフより優れていると証明することだ。今度は俺たちが街を守らなければならないんだからな」
ノルドは云った。