誰がために
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■ショートシナリオ
担当:美杉亮輔
対応レベル:2〜6lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:9人
サポート参加人数:1人
冒険期間:05月27日〜06月01日
リプレイ公開日:2005年06月06日
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●オープニング
風に舞い散る緑葉が二つに分かれた。
電光の迅さで抜きうたれた刃は大気に光の亀裂を刻み、さらなる落葉を切断する。瞬速無音の一閃だ。
恐るべき手練――しかし、刃の主の眼に会心の光はない。
精悍な若者の面にはいつもの溌剌とした輝きはなく、今は昏く翳っている。若者は力なく剣を鞘におさめた。
「いかがされました。顔色が冴えぬようですが――」
親しい侍従の声に、若者は溜息をもらした。
「気がのらぬ」
「珍しい事もあるものですね。卿が剣術に気がのらぬとは」
揶揄する侍従の言葉を聞き流し、若者は噴水の縁に腰を下ろした。
「――やはり、まだ気にしていらっしゃるようですね」
ややあって、侍従の口から沈痛な声がもれた。
「当たり前だ。俺のせいで、一人の少女が死んだのだ」
若者は唇を噛み締めた。
誰もが少女の死は彼のせいではないという。彼に責はないと。
が、この世でたった一人、彼を責めている者がいる。それは――彼自身だ。
彼は少女の死は己のせいだと思っている。それで理由は十分だった。
「もはや取り戻せる命ではないが、せめて仇をとらねばあの子の魂はうかばれぬ」
彼の脳裡をよぎる面影。怯え、泣き、笑い――それは偽りの姿であり、真の少女の姿は骸でしか知ることはないのだが――
「しかし――」
侍従が憂慮のこもった眼をあげた。
「仇をとるといって――どうされるつもりなのです? 敵の所在さえ知れぬというのに」
「方策はまだ分からん。が――」
立ちあがった若者は剣の柄にそっと手を添えた。蒼穹を仰ぎ見る眼には決然たる光がやどっている。
「この命を的にすれば、何とかなろう」
云って、若者は凄絶な笑みを浮かべた。
「内密の依頼だ」
冒険者ギルドの男のいつにない真剣な口調に、冒険者達は眉をひそめた。口を閉ざした彼等の耳に、押し殺したギルドの男の声が響く。
「口外してもらっては困る。良いか?」
念を押して後、再びギルドの男が口を開いた。
「依頼主はガウェイン卿だ」
「!」
息を飲む冒険者達。しんと静まり返ったギルドの中で、男の声が続く。
「先の聖杯探索の件は知っている者もいるだろう。そのおり、リタという少女がデビルの手にかかって果てた。ガウェイン卿を亡き者にする為だ」
ギルドの男が言葉を切った。咳きの音が、やけに大きく響く。
「そのリタの仇を、ガウェイン卿が討とうとしている。たった独り、命を賭して」
●リプレイ本文
朝靄はひんやりと、銀灰色に十の影をけぶらしている。
その彼等の眼前に、やがて朧に霞む騎影が一つ。
「ガウェイン卿!」
呼びかけられ、精悍な面立ちの若者が馬から飛び降りた。眼前に立つ獣耳ヘアバンドの美少女を見とめ、破顔する。
「サクラ・キドウ(ea6159)!」
刹那、美少女――サクラの手から銀光が疾った。その光流を追うように、さらにサクラの刃が唸る。
笑みを浮かべたまま、わずかに顔を動かしたのみでガウェインはダーツをかわした。しかし残る刃の一撃は避ける様子もなく――
ぴたり、と刃がガウェインの顔の寸前でとまった。
「サクラ、久方ぶりの挨拶としては手荒だな」
ニヤリとするガウェインの前で、サクラはほっと息をもらした。
「‥やっぱり歯が立ちませんね。まだまだ‥鍛錬が足りないみたいです‥私は」
ダーツのみならず、続く刃の一撃もガウェインならば容易くかわしてのけたとサクラは気づいている。恐るべきは、瞬時に相手の一撃に殺気がない事を見ぬいたガウェインの洞察力だ。のみならず、彼は、寸瞬手前で刃を止めえるか否かの技量すらも読んでいる
「でも‥いずれはガウェイン卿を越えて見せます。ただ、力だけでなく‥心も‥」
「相変わらずだな、サクラ。それほどの器量をしているのだ。もっと愛嬌があれば、男が放っておかぬものを――」
むっと睨みつけるサクラに気づき、ガウェインは苦笑を浮かべた。
「怒るな、サクラ。しかし――」
ふっと笑みを消し、ガウェインが続ける。
「戦いとはな、必ずしも刃を交えるという事だけではない。そして美しさは、大きな一つの力であるのは確かなのだ」
真摯に見上げるサクラの視線が面映いのか、ガウェインは彼女の髪をさらにクシャクシャと――
「今は分からずとも良い。まあ、いずれ男を知ればお前も――」
サクラの全身から立ち上る殺気に気づき、慌ててガウェインが後退った。見知った顔を見つけ、助かったとばかりに強張った笑みを向ける。
「リオーレ・アズィーズ(ea0980)! それにセレナ・ザーン(ea9951)も!」
「ガウェイン様も――」
「相変わらずでございますね」
クスクスと笑い、麗しき娘達が礼を送った。
「お嬢様が気を使って、気晴らしにドレスタッドの海戦祭見物に送ってくれたのですが‥‥急いで戻ってきました。間に合ってよかったです」
微笑むリオーレに、ガウェインが頭を垂れた。
「すまぬ。また造作をかける」
「いいえ」
リオーレが頭を振った。
「私もリタ様の敵を討ちたかったのです。己を責めているのは、ガウェイン様だけではありません」
「そうです。リタ様の様な悲劇を繰り返すわけには参りません。デビルを逃さず討ち取りましょう」
セレナの励ましに、言葉もなく頷くガウェイン。その面を覆う、拭いようのない昏い翳に気がつき、リオーレがたまらず口を開いた。
「ガウェイン様、覚悟はわかります。でも‥‥死んではいけません。リタ様の危難は聖杯のため‥‥」
「そうかも知れぬ‥‥」
ガウェインは寂しげに笑った。
「しかしな‥‥リタは三歳であった。わずか三歳だぞ。生きておれば、楽しい事を知り、恋もして‥‥それを奴は踏みにじった。そして、それを俺は守る事ができなかったのだ」
「ガウェイン卿の心痛、理解した」
よく通る声をあげて、落ち着いた物腰の美しい女騎士が足を踏み出した。己の名誉の為などという理由ならば依頼を断ろうと思っていた――ユイス・イリュシオン(ea9356)である。
「まだ未熟なる腕だが、せめて卿の負担が軽くなるよう助力させて貰おう」
「――ということで、ガウェイン卿には策に従ってもらうわよ」
腰に手を当てて微笑むのは、褐色の肌に彫りの深い顔立ちの娘だ。
「円卓の騎士さんは無駄に責任感が強いねぇ。でも嫌いじゃないから、そういうの」
クスリと笑ってから、娘――アイーシャ・シャーヒーン(eb2286)は、仲間の一人であるバーゼリオ・バレルスキー(eb0753)の発案した策を披露する。
「キャメロットから二日ばかり離れた街へ貴重品護送をする、て事にしてもらうよ。もちろん嘘だけどねー。でも、これだと他人を巻き込む恐れは少ないし、一般人に化けてくるかも知れないデビルへの対策にもなるでしょ」
「『太陽の騎士がキャメロットを離れる』違和感を気取られない為の策は必要だから。知能の高い相手には尚更」
仰々しくない程度で充分、隠密行動と思わせるにはかえって都合が良いわ――もう一人の年嵩の女騎士、ルース・エヴァンジェリス(ea7981)の言葉に、ガウェインが肯首した。彼女の言葉は否やと云わせぬ重い響きがある。
と――
ガウェインの前に、リオーレが石版の欠片を差し出した。
「粘土でそれらしい石版の欠片を作り、ストーンで石化したものです。これを護衛しているフリで‥‥」
「さすがに、ぬかりないな」
満足げに頷くガウェインに、なおも問いたい事があったリオーレが口を開いた。
――例のデビルに髪の毛を抜かれていましたけど、カーズなどかけられてはいませんか?
が、その前にバーゼリオの声が響いた。
「依頼は自己満足のためですか? なら、それも構いません。ただ卿が傷つけばイギリスに傷がつくのも忘れずにいてください」
冷然たる声音だ。が、そのうちに含まれている優しさ気づかぬガウェインではない。
「承知した」
「とは云っても、やはり無茶をなさるのでしょう。ならば、せめてこれを――」
セレナの差し出すポーションを、彼女の手ごと握り締め、はじめてガウェインは本来の曇りのない日輪の如き笑みを浮かべた。
「これにまさる盾はない」
ざわざわと――
すれ違う人の幾人かが囁き交し、視線を送る。
その先を行くのは――十の影だ。
「‥‥どうやら、あんたの仕掛けはうまくいっているようだねぇ」
悪戯っぽく笑って、ネイ・シルフィス(ea9089)は深海色の瞳を瞑ってみせた。頷くバーゼリオは、いつもと変わらぬ満面の笑みだ。
ガウェイン卿が重要品の移送任務を行っているらしい――バーゼリオが流した噂だが、それは燎原の火の如く、たちまち野に広まったようだ。
「この分だと‥デビルが‥嗅ぎつけるのは‥間違い‥ないね」
呟くと、夜光蝶黒妖(ea0163)が、市女笠の陰からひやりとする眼を馬の背の箱に向けた。
あらかじめ持ち手には、彼女によりシルバーアローの鏃部分が仕込まれている。普通にあけると刺さるという仕組みだ。フィラ・ボロゴースの磨いだ矢は、容易くデビルを切り裂くに違いない。
その他――箱にはロープが結びつけられている。一方の先がまきついているのはバーゼリオの腰だ。一般人に化けたデビルが箱を持ち去ろうとした場合、一人分の重量が増えて持ち去れないし、急に力がかかるのでバランスをくずすかも知れない――それを狙ったバーゼリオの策である。
と――
「誉れ高き騎士様――」
突如声が響いた。
か細いそれに、はじかれたように冒険者達が振り向く。走らせた視線の先に――花束を抱えた老婆が立っていた。
「これを――」
歩み寄る老婆の前に、すいと黒妖が立ちはだかった。
「‥俺‥人‥苦手だから‥あまり‥近づかないで‥」
老婆をとめると、黒妖がユイスに目配せした。頷くユイスの全身が淡く輝く。
ややあって――
ユイスが再び肯首した。 ホーリーフィールドを展開しおえたという合図である。
ということは――
「すまぬな」
花束を受取るべく、ガウェインが手を上げた。
刹那――背後から伸びた手が、老婆のそれを掴んだ。
「化けた次は、人を操るのね‥‥」
唇を噛むアイーシャは、老婆の手から刃を取り上げた。
ふっと――
ルースは眼を覚まし、身を起こした。
「どうしたんだい?」
問うネイに曖昧に返事を返し、ルースはランタンを掲げた。灯りが揺らめき、建物の隅を浮かび上がらせる。
どうや小動物や昆虫の類の姿はないようだ。
敵が何に化けるか分からない上に、ユイスその人に敵意を持っていない場合、ホーリーフィールドの威力が半減するのは、デビルに操られた老婆の件が証明している。用心に越した事はなかった。
そこは――
他の者を巻き込まぬ事を前提に、ルースが探し出してきた廃墟の中である。村から離れ、かつ森の近辺ではないという条件のもとに。
――卿の想いは彼にしか解らない。あの時共に無かった私に同じ気持ちを共有する事は、恐らく出来ない。それでも‥‥。騎士としての自尊心を推しきらなかった覚悟に応えるべく此処に居るのだから‥‥。
私に出来る事を確実に――ルースの覚悟である。
「――悪魔だけでなく、睡魔にも強いようだな」
肩を叩かれ、ルースは振り返った。
「ガウェイン卿!」
「少しは休め。お前が倒れたら、誰が皆をまとめるのだ?」
もう一度ルースの肩を叩いてから、カウェインは焚火の側に歩み寄って行った。
「ガウェイン卿、合言葉は?」
「なに? 俺は――」
ガウェインが当惑した眼をネイに向けた。
その前で、ネイはチッチッと指を振って見せる。
「お、おのれ‥‥」
苦笑を浮かべると、ガウェインはセレナが考案したという合言葉を思い浮かべた。
A:H(先頭を意味)かT(末尾を意味)を選択し、指定。
B:S(自分を意味)かP(相手を意味)を選択し、指定。
H&S→互いに、自分の名前の頭文字を云う。
T&S→互いに、自分の名前の末尾の文字を云う。
H&P→互いに、相手の名前の頭文字を云う。
T&P→互いに、相手の名前の末尾の文字を云う。
多少面倒だが、敵が敵なだけに、仕方ない方策だ。
合言葉を交し合うと、ガウェインは焚火の側に腰を下ろした。
「‥‥いつ、デビルは現れるのでしょうか」
サクラのもらした問いに、ユイスが薄く笑った。
「待ちかねているという顔つきだな」
「デビルを弊しても、リタが帰ってくるわけではありませんけど‥‥せめてあの子の魂が救われるなら‥‥」
その為に戦う――それがサクラなのだ。
「ねえ、聞きたいんだけど‥‥」
ふっと口を開いたネイに、ガウェインが眼を転じた。
「なんだ?」
「うーん、とね‥‥」
やや躊躇った後、決心したようにネイは切り出した。
「卿には、ハーフエルフは‥‥他とは違う存在に思うかい?」
真剣な、そして寂しげな眼差し。
対するガウェインの眼には過るのは憐憫に似た光だ。
「――」
ガウェインが口を開きかけた時、法螺貝が鳴った。
「何か‥いるよ」
黒妖の声に、外に走り出たアイーシャが慌てて視線を走らせる。
「どこ!? 姿が見えないよ!」
黒妖と違い、彼女は気配を感得する術に長けていない。視認に頼るしかないのだ。
刹那、一条の火線が疾った。
どこへ?
――ガウェインへ!
一歩も動けぬ冒険者の只中に、茫乎として佇むガウェイン。その胸を貫くようにのびた炎は――空しく地を穿った。
「あそこだ!」
ゆらめき消えるガウェインの幻影の背後――会心の笑みを浮かべたバーゼリオが闇の一点を指差した。
火線の発射地点と思しき場所。そこに蠢くふいごを持つ魔性の影は、見忘れるはずのない――
「獲物に誘われて現れましたね‥。今回は逃がしません‥」
「デビル‥初めて‥見るな。‥可愛くないね‥」
サクラの眼がギラリと光り、黒妖が顔をしかめた。
直後、吹きつける炎をかわし、二人は飛んで離れた。
「‥お前なんかに‥倒されてやらないから‥」
「どけっ!」
黒妖をかすめて、ガウェインの刃が唸った。殺気のみを頼りに放った彼の一撃だが――何もない空間からしぶく黒血が狭霧となって消える。
「見えないデビル!?」
うめくアイーシャの傍らの大気を灼いて炎が迸る。見えぬデビルを切り裂いたガウェインの背に――
「!」
ガウェインの眼がカッと見開かれた。
炎に身をさらし、命を賭して彼を守る孤影がひとつ――
「依頼人を‥守るのは‥雇われた者の‥務めだからね‥」
「黒妖!」
叫ぶガウェインの前で、黒妖ががっくりと崩折れた。
そして――
はじかれたようにガウェインは右に眼を向けた。
頬を切り裂かれたサクラがオーラをやどした一撃を放ち――
口から血を滴らせたルースの手のニードルホイップが空を薙ぎ――
はたと、顔をねじらせたガウェインの左では――
手足から血を吹きながらも一歩も退かず、セレナがクリスタルソードを躍らせ、リオーレがグラビティーキャノンを放つ隙を狙っている。
背後では――
躍るように位置をかえつつ、バーゼリオが鳴弦の弓をかき鳴らして魔性を封じ、アイーシャが戦いの流れを読んでいる。
――この者達がいる限り、デビルなど恐るるに足らず。
ガウェインの眼に凱歌の光が揺れた時、ネイとユイスが飛び出した。そのひた疾る先には炎を操るデビルがいる。
轟!
瞬間、炎が噴き上り、燃え盛る壁をつくりあげた。
「あっ!」
咄嗟にユイスは足をとめた。が、ネイはとまるどころか、さらに勢いをつけて――
一瞬後、炎をまといつかせた豊満な影が転がり出た。
「くぅぅ‥逃がさないよ!」
ネイが身を起こした。デビルを睨みつけるその眼は、まだ死んではいない。
「あぶない!」
同じく炎の壁に飛び込もうとしたものの、見えぬデビルに身動きのとれぬセレナが叫んだ。それに快笑を返すネイの周囲を蒼い光流が渦巻いた。
高速詠唱――敵に致命の一撃を与える攻撃であるが、同時にそれは捨て身の技でもある。
刹那、炎と雷が交差した。
「‥‥逃がしちゃったねぇ」
ガウェインに抱き起こされ、ネイが薄く微笑んだ。すでポーションを口に含まされたネイの顔には生色が戻っている。
「お前の雷撃を受けて、奴もかなりの深手を負っている。一発どころか、二発も入れおって。それに――」
ガウェインが眼で示した先に、子供ほどの大きさの石像がある。全身毛に覆われた――透明化していた悪魔だ。
「逃がしはしません、絶対に!!」
手を振るリオーレに、ネイはニコリとした。
その頬にこびりついた血を拭い取り、ガウェインがネイを覗きこんだ。
「ネイよ」
「?」
眼を上げたネイの前に、ガウェインが指を――その先を濡らす血を示した。そして腕のかすり傷を。
「流したる血は共に真紅。リタの為に戦う俺とお前の、どこに違いがあるというのだ」
兄のように微笑むガウェインに、ネイはこっくりと頷き返した。なぜだか涙が溢れた。
「卿達の想いのためにも、あたし達冒険者は‥もっと強くなるよ!」
「これで、少しはリタ様も安らかに眠れるでしょうか‥‥」
「お前の想い、届かぬはずはないさ」
砕け散った悪魔を見下ろしたまま、ガウェインはリオーレにクリスタルソードを返した。
ややあって彼が見上げた天穹に、冒険者達も視線を転じる。
その時、鐘が鳴った。
どこかの村で鳴らされた教会の鐘の音だろう。ひそやかに流れるその響きは鎮魂の調べのようで。
問うことなかれ、
誰がためにと――
其は、
天に生まれた貴女の為に‥‥