鬼の哭く谷
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:美杉亮輔
対応レベル:1〜3lv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月24日〜01月29日
リプレイ公開日:2005年02月01日
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●オープニング
昏倒させたゴブリンの傍らを、幾つかの影が疾りぬけた。
洞穴の中を音もなく、猫族の身ごなしで。
影がたどりついたのは横穴のひとつである。じっとりと湿った空気の中に、別の香りが溶けていた。
「ここだ」
見張りをのこし、影が横穴にすべりこんだ。
そこに――
少女はいた。縄でくくられ、無造作にころがされている。
影は近づくと、すばやく少女の口を手でふさいだ。気配に気づいた少女が声をあげそうになったからだ。
影は己の口に指をあて、静かにするように身振りで示した。
「――助けにきた」
ささやくと、影は少女の戒めをといた。
「歩けるか」
影が問うた。震えながら少女がうなずく。
「よし」
影は少女をともない、他の仲間とともに洞穴を戻り始めた。
キャメロットから二日ほど離れた山間の街。その街からとどけられた依頼の内容は――
バグベアやゴブリンの集団にさらわれた娘をとりかえしてほしい、というものであった。
早速旅だった冒険者は、娘の安全と敵の多勢であることを考慮し、潜入奪還の策をとった。そして――
「あれを渡れば、こちらのものだ」
森を抜け出たところで、冒険者のひとりが眼前の谷を差し示して云った。
幅は百メートル近くか。千尋と呼ぶにふさわしい谷に、ひとつの吊り橋がかかっていた。
谷を渡る唯一の方策である橋であるが、いつから架けられていたものか分からない。かなりガタがきている代物であった。冒険者が指し示したものは、それである。
「渡り終えてから橋を落す。そうすれば奴らは追って来られない」
云うと、冒険者は橋に足を踏み出した。
「先に行って、向こう側を確保する」
冒険者が綱をつかんだ。
その時、軋るような声がした。鬼の哭くような声――いや、声ではない。風だ。唸り、逆巻く風の音だ。
谷から吹き上げる風は絶えず流れを変えているようで、橋は大きく揺さぶられていた。
しがみつくようにしながら、冒険者が橋を渡り始めた。
永劫とも思える時がすぎて――
やがて、冒険者は橋を渡り終えた。茂みに身を隠し、周囲を索敵した冒険者は、仲間をうながすべく手を振った。
それを合図に、別の冒険者が橋を渡り始めた。
「急げ」
待機している冒険者に急かされ、またひとり――
何人目だろうか。囚われていた娘が渡ろうとした時だ。
いきなりのびた手が娘の肩をつかみ、引き戻した。あっと声をあげる娘は見た。眼前の橋が崩落する様を。
「危なかったな。渡っていたら、今頃は‥‥しかし」
冒険者は暗澹たる眼差しを吊り橋の残骸に向けた。
●リプレイ本文
「‥‥耳障りな風だな」
うずく頭をおさえるドワーフの騎士――ソウワ・サセン(ea6816)の無造作にのばされた白髪が、獅子の鬣のごとく翻った。
嬲っているのは鬼の哭き声――風だ。
身を切り裂く氷の刃のような風が、八人の冒険者と一人の少女をうちのめしていた。
「‥‥とんでもない所に取り残されたのう」
ローブをまとった金髪の老人――バーン・ヴィンシュト(ea6319)が深沈たる面持ちでつぶやいた。その傍らでは、黒髪黒瞳の優男――伊勢たまき(eb0429)が橋の残骸を調べている。
「古い物とはいえ、まだ大丈夫だと思ったんですけどね〜。かなりオークどもが手荒く使ったんでしょう」
云って、伊勢は少女に目をむけた。
「さらわれた時は、ここを通ってきたんですか?」
伊勢の問いに、少女はかぶりを振った。気を失っていたのでわからない――少女の応えである。
「‥‥崩れた物は仕方ないわ。むしろ、渡ってる最中に崩れなかっただけついてるのかも」
口を開いたのは怜悧な美貌のくノ一――霞遙(ea9462)だ。
「それより急がないと‥‥」
ハート型の目をしてすり寄ってくる伊勢を払いのけつつ、遙は今ぬけ出てきた森に目をむけた。少女が奪還されたことに気づき、バクベアたちが追って来るのも時間の問題だろう。
「とにかく手をうたねば‥‥渡った連中も手をこまねいたいるわけではなかろうが、いかんせん、この距離では‥‥」
谷に絶望的な視線をむけるサセンに、
「そう思い、架橋に使える樹木をファランさんと探してみたのですが‥‥」
云って、近づいて来た者がいる。
風にあおられつつも、流れる白銀の髪はあくまでも美しく――シャルディ・ラズネルグ(eb0299)。地のウィザードだ。
シャルディは同意を求めるかのように、フードを目深にかぶったアルカーシャ・ファラン(ea9337)に目をむけた。
同じ地のウィザードでありながらシャルディとは対照的なファラン――手袋をし、目だけを露出している、どこか薄闇のような気をまといつかせた若者はかぶりを振って応えにかえた。
「それじゃ、崖を降りるしかないですね」
事態とは裏腹に、やけに明るい声をあげたのは可憐な美少女――神楽絢(ea8406)である。
パラ族である彼女は、なるほど背丈は子供並だが、こう見えても十七歳の志士だ。
「そうだ」
冷徹な語調で雪の精のような白髪と白磁の膚の若者――ゼタル・マグスレード(ea1798)がうなずいた。
「兎に角、ミイラ取りがミイラでは話にならん。意地でも全員生還してみせるさ」
云って、ゼタルは少女に微笑みかけた。
「疲れたか? 君はゆっくり休んでいるといい‥‥心配するな。必ず無事に家に帰れるよう、皆で守る。受けた依頼は完遂する。僕たちの意地とプライドにかけてな」
「やはり、ここしかないか」
様々な角度で崖を検分した後、バーンが重い声でつぶやいた。
崖の降下ルート。
そのバーンの出した結論に、サセンが頷いた。
「ここなら潅木も多い。また途中に何箇所か磐棚もあるようだ」
「そうですね」
遙はロープを手近の樹にくくりつけると、崖下を覗きこんだ。
「それでは私が先行します」
言葉を残し、遙が猿のように身を躍らせた。忍びならではの身の軽さだ。
遙は岩肌の窪みなどを利用し、するすると降下していく。時には潅木にロープを結びつけ、時には苦無をハーケン代わりに打ちこんで――
「バーン老、急いでください」
シャルディの切迫した声にバーンが怒声を返した。
「遙以上に早くルートを確保できる者はおらぬ。焦らず待っておれい!」
「しかし、バーン老のフレイムエリベイションをかけてもらったフォレストラビリンスとはいえ、いつまでもつか‥‥」
つぶやくと、魔法詠唱と降下に備えて荷物運搬を頼んだサセンやバーンから視線をそらし、シャルディは暗澹たる目を森にむけた。
その肩に手をおいたのはファランだ。彼は云った。
「確かに油断はできん。奴らは人ではなく、鬼だからな」
「それに、ここは鬼の哭く谷だし」
茶化すように云ったのは神楽だ。
そのやり取りを聞いたいたゼタルが東洋の少女に苦笑を送ろうとし、しかし次の瞬間、彼の顔が強張った。
「ブレスセンサーが反応をとらえた。近いぞ!」
ゼタルの叫びに、伊勢が立ちあがった。
すでに日本刀をひっ掴んでいる彼の面からは、囚われていた少女に話しかけていたニヤけた優男ぶりは拭い去られている。
傍らで響く鳴弦は――神楽の短弓だ。
寂とした中に、次第に殺気が満ちていく。空気が硬質化し、風の音すら凍りついた。そして――
はりつめた空気を砕くかのように、奴らが来た。血に飢えた鬼どもが――
刹那、数匹のオークが紫電をまといつかせて弊れ伏した。ゼタルが仕掛けたライトニングトラップが発動したのだ。
が、オークたちは弊れた仲間には見向きもせず、冒険者めがけて殺到する。その数は八、九――いや、十数匹に及ぶだろう。
そのオークたちの眼前に――
轟!
燃えさかる紅蓮の魔炎壁が立ち塞がった。バーンのファイヤーウォールだ!
「さすがにすぐには襲ってはこれまい。今のうちじゃ!」
叫ぶバーンは会心の笑みをうかべた。
少女を潅木に降ろし、続いてゼタル、ファランが磐棚に足を降ろした。直後――
少女の悲鳴が響いた。数個の落石を見とめたのだ。
「猛き疾き風の刃よ、我が敵を討て!」
叫ぶゼタルの手から放たれた風の牙が、ファランのサイコキネシスが岩を砕き、はじく。が、撃ち損なった岩が少女めがけて――
少女は目を開き、自分におおいかぶさっている若者――ファランを見返した。
かばってくれた――少女が気づいたのは、ややあってのことだ。
見ると、ファランの指先から血が滴っている。腕を怪我したのだ。
「――見せて」
少女はファランの腕をとった。ローブの袖がめくれ、ファランの腕――無数の傷跡が露出された。
「‥‥恐いか、これが」
一瞬ビクリと身をすくめた少女に翳のある笑みをむけて、ファランが問うた。
「‥‥ううん」
ややあって、少女はかぶりを振った。
「畑を耕していたおじいちゃんの手にもいっぱい傷があって‥‥これは勲章なんだって、云ってた」
ファランの手に包帯代わりのハンカチを巻きつけながら、少女は続けた。
「あなたの傷も勲章なんでしょ。わたしの時と同じように、誰かを守ってうけた」
黙したまま、ファランは少女の手元をじっと見つめていた。その眼の凍てついた光がほどけていくのを、ファラン自身ですら気づいてはいなかった。
炎の壁を突き破ってオークたちが飛び出してきた。業を煮やし、突撃をかけてきたのだ。
「‥‥鬼共め、追ってきおったか」
唇の端をつりあげ、荷物を足元に放ったサセンがハルバードをふりかざした。一気に振り下ろした刃から疾る咆哮は衝撃となってオークたちを薙ぎはらう。
「ぬしらの相手を、一々するのも、面倒で、なっ」
血笑をうかべるサセン。
が、血を滴らせながらも、なおもオークは立ちあがり、むかってくる。その群れの前に――
立ち塞がった影がある。刀の柄に手をかけ、姿勢を低くした獲物を狙う猫族のごとき――伊勢だ。
閃!
白光が煌いたとみるや、伊勢のもつ刃は鞘におさめられた。刹那、一匹のオークが血をしぶかせて弊れ伏す。驚くべし、神速の夢想流抜刀術!
さらなるオークの一撃にかすり傷を負いながらも、再び伊勢の刃が閃いた。血の花をさかせるオーク!
その伊勢の隙をつくように、一匹のオークが背後から襲いかかった。が――
苦鳴をあげ、オークがのけぞった。その眼を一本の矢がつらぬいている。神楽だ!
「絶対に死なないわよ!」
叫ぶ神楽の手から放たれる流星がオークを屠っていく。さらに参戦したサセンのハルバードが屍を築いた。
が、多勢に無勢――
神楽の矢は尽き、伊勢もサセンも軽傷とはいえ、満身創痍だ。
「行け、神楽、伊勢!」
降下地点を指差し、サセンが叫んだ。
「で、でも‥‥」
躊躇する神楽に、サセンはニヤリと笑って見せた。
「得物がナイフだけでは足手まといだ。それに、誰かが殿をせねばならぬ」
「しかし」
駄々っ子のような表情をうかべる神楽の肩を伊勢が掴んだ。
降下をはじめた神楽たちを背に、サセンは凄絶な笑みをうかべた。
襲い来るも鬼。
迎え撃つも鬼。
ようやく死に場所を得たか‥‥
殺到するオークたちにむかってサセンが刃を疾らせようとし――
緑色の獣がオークたちに襲いかかった。のびる蔦は鬼どもの手足や首を締め、樹木の枝葉は刃と化して鬼どもを切り裂く。
「大切な仲間を傷つけられる訳にはいきません。長居は無用ですよ」
緑の操術者――シャルディの声は春風の響きをもっていた。
途中で見つけた洞穴状の窪みと磐棚で、一行はビバークしていた。
傷を負った者はバーンのポーションによる手当てを受け、すでに眠りこんでいる。少女はサセンの寝袋とファランのテントを借り、寒さをしのいでいた。とうのサセンは毛布にくるまり、酒作りに興味があるという神楽と酒盛りの真っ最中だ。
夢うつつの中で、少女は明日のことを思った。
谷底までは、まだかなりの距離がある。降りたとしても、谷底に何があるがわからない。敵の追い討ちがあるかも知れない。
なにより――過酷な登攀が待っているのだ。
しかし――
不思議と少女に不安はなかった。彼らと一緒なら大丈夫。それは確信に近かった。
‥‥やがて、少女は安らかな眠りに落ちた。
そして、時がながれ――
「おばあちゃん、鬼の哭く谷ってあるでしょ。本当に鬼が哭いてるの?」
ふっくらとした優しげな老婦人にまとわりついていた孫の一人が聞いた。すると、別の一人が笑った。
「ばかだなぁ。あれは風の音なんだよ」
「いいや」
老婦人――祖母は二人の孫の頭を撫でながら、
「あれは昔、囚われた少女を助けるためにやってきた冒険者――勇者によって退治された鬼の哭く声なんだよ」
と、云った。
「嘘だね――じゃあ、その女の子は今、どうしてるの?」
唇をとがらせて孫が問い返した。
「その子か? その女の子はね――」
祖母は少女のような笑みをうかべた。