狂獣の日
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:美杉亮輔
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月29日〜02月03日
リプレイ公開日:2005年02月02日
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●オープニング
狂った獣が哭く。ひしりあげるような声で。
しかし、彼女たちはそのことを知らない――
森の中に馬車がとまっていた。街道からそれた廃屋の前である。
水を求めて立ち寄ったものだが、そこには井戸すらなかった。
「水がないんじゃ、しょうがないわね」
シルヴィは諦めて、妹のジェシカと弟のアンソニーを呼び戻した。が、まだ幼い弟たちは廃屋の中で遊びまわることに夢中だ。
シルヴィは溜息をつくと、馬車にむかった。
「ごめんね。タム。喉が乾いたでしょうけど、水がないの」
云って、シルヴィは老馬の頬を撫でた。それから馬車の中に入り、出発の準備を整えはじめた。
シルヴィの口から、我知らず鼻歌がもれる。
やっとおじいちゃんに会えるんだ。
シルヴィは唯一の肉親である祖父のことを想った。
事故で両親‥をなくしてからシルヴィはひとりで弟たちを養ってきた。そのシルヴィの元に、ある日、訪ねてきた者がいた。
――おじいさんが君たちを探している。
その使いの者が告げた。
この旅は、その祖父に会いに行くためのものであったのだ。
どれくらい時間がたった頃か。突然馬車が揺れた。
「どうしたの、タム?」
驚いて馬車から飛び出そうとして、シルヴィはドアにかけた手をとめた。外に一匹の黒い犬を見とめたからだ。
犬は鼻に皺を寄せ、剥いた黄色い牙の間からだらだらと涎を滴らせている。眼は腐った魚のように白かった。
その犬の様子に云い知れぬ恐怖を感じたシルヴィは、窓から御車台を覗き、息をひいた。
膝から崩折れたタムの首筋に一匹の犬がくらいついている。いや、一匹だけではない。数匹の犬がタムの全身に牙を食いこませていた。
すでに絶命しているのか、タムはピクリとも動かない。先ほどの揺れはタムの断末魔だったろだろう。
その時、シルヴィの脳裏をよぎったものがある。山に入る前に街で聞いた噂だ。
――狂犬病に冒された犬が見つかった。もしかすると、その他にも病に冒された犬がいるかも知れない。
刹那、愕然としてシルヴィは息をひいた。アンソニーたちを廃屋に残したままだ!
「ジェシカ、アンソニー! 出てきちゃだめ! 絶対ドアを開けちゃだめよ!」
我知らず、シルヴィは絶叫していた。
その声が届いたか届かぬか――ドアが薄く開いた。そうと知り、シルヴィは再び絶叫した。
「だめ、開いちゃ!」
内容より、その声の真剣さに恐れたか、慌ててドアが閉められた。
間一髪!
一匹の犬がアンソニーたちを追うようにドアを掻きむしった。爪が木を削る音が、静かな木立の空気を揺らす。
冷たい汗に全身を濡らし、しかしシルヴィは安堵の吐息をもらした。とりあえず当面の危機は去った。が――
孤立した馬車と廃屋の間をはばむように立ち塞がる十匹足らずの狂った犬。その凶影を見つめるシルヴィの眼は、ただ絶望の色だけをやどしていた。
孫娘たちを探し出してほしい――
グリムベルと名乗る老人は云った。キャメロットの冒険者ギルドの中である。
「行方が知れなかった娘の忘れ形見――孫が行方不明になった。昨日にはここ、キャメロットに着いているはずなのだ。それが――」
一日経っても着かない――云って老人は肩を落とした。
「旅の者にも尋ねてみた。途中までは孫たちの馬車を見かけた者がいる。が、途中の街までだ。馬で旅している者も追い越した覚えはないという」
どこかで、災難に遭ったに違いない――老人は焦燥の色をうかべた目をあげた。そして――
「――くだらぬ身分違いなどという理由で、わしは娘の結婚を反対した。厳しく叱れば、娘は言うことをきく。しょせんはオママゴト――愚かなわしはそう考えたのじゃ。しかし娘は真剣じゃった。娘は駆け落ちし、行方知れずとなった。後悔したが、後の祭じゃ」
老人は自嘲した。
「探し出すのに十年以上もかかってしまった。と云っても、娘が逝ってしまった後じゃがの。しかし――」
喜色の光を目にともし、老人は続けた。
「娘は孫たちを残してくれていた。三人の孫じゃ。まだ見ぬ孫たちであるが、その子たちまで失っては、もはやわしは生きてぬけぬ‥‥」
自らの膝をつかむ老人の皺だらけの手が震えた。
「――杞憂であるかも知れぬ。じゃが、今度は後悔はしたくないのじゃ‥‥お願いする。孫を、孫たちを何卒‥‥」
すがるような目をむけられて、ギルドの男はうなずいた。
「‥‥で、お孫さんたちが最後に目撃されたところは?」
●リプレイ本文
「子供だけで旅をさせるなんて‥‥無事だといいけど」
つぶやきつつ、愛馬アリョーシカを疾らせているのは麗艶な、しかし同時に狼の精悍さをあわせもったアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)だ。
それに頷き、同じくローブの裾を翻らせて馬を疾らせているのは、皮鎧の上からもそれと分かる豊満な体躯の女騎士、フェミリア・オーウェン(eb0867)である。
二人は街での情報収集をすませ、先行している六人の仲間のもとにむかっている途中であった。その彼女たちの背を、じりじりと焦燥が灼いている。
――狂犬病におかされた犬が見つかった。他にも仲間がいるかもしれない。
ギリギリまでねばって、ようやく得た情報である。
子供たちのトラブルの原因が、その犬たちにあるのだとしたら‥‥
氷水をあびた思いで、彼女たちは騎上の人となったのである。
「弱きを守るのが私の使命です。子供達は必ず助けます」
己自身に云い聞かせるかのように、フェミリアがつぶやいた。
遠く、高く、時には静やかに――
魂をふるわせる笛の音が森の空気にとけていく。
「応えがありましたか?」
品のある可憐な顔をかしげて、少女――ロゼッタ・メイリー(eb0835)が笛の音の主――バーゼリオ・バレルスキー(eb0753)に問いかけた。
笛を口からはなすと、微笑みながらバーゼリオはかぶりをふった。未だサウンドワードは効果を発揮しえないという意味だ。
「子供達の事を考えるなら、あまり時間はかけられんのう‥‥出来るだけ急いだ方がよいじゃろう」
云って、黒髪黒瞳の美少女が身をおこした。幼い美貌をしてはいるが、十八になるくノ一、水琴亭花音(ea8311)である。
すでにフェミリアに荷物をあずけ、今は身軽だ。彼女は地面にのこる轍の跡を調べていたのであった。
同じく轍の跡を調べていたアイスブルーの瞳の若者も顔をあげた。名をフレドリクス・マクシムス(eb0610)という。
「街道上で馬車が乗り捨てられていないという事は、馬車に乗ったまま街道を逸れた事になる。山中で馬車で進める道などそうは無い筈だ」
マクシムスは云った。花音は同意の声をあげると、
「馬は道を行きながら落とし物をするからのう。だから街道から外れた方向に進む轍や馬糞は、何らかのトラブルに繋がっている場合が多い」
と、云った。
「とにかく――」
口を開いたのは涼風の精のごとき美しい娘だ。風のウィザード、アストレア・ワイズ(eb0710)である。彼女は続けた。
「お祖父さんに無事再会させてあげたいですね。今まで離れ離れだった分、これからは幸せになってほしい」
「努力――苦労は必ずむくわれますよ」
云って、微笑をかえしたのは――こちらは雪の精のごとき眩い美少女だ。エルマ・リジア(ea9311)という。
が――
「色々事情が有るみたいだが、俺に関係有る話でもない」
声がした。マクシムスだ。その瞳の色と同じく、冷然たる語調であった。
「――あなたには、肉親を失う悲しさがわからないみたいね。小さいロゼッタですら、子供たちのために断食しようとしたのに」
アストレアの口から怒りにくぐもった声がもれた。
すると、相変わらず微笑をうかべたままのバーゼリオが口を開いた。
「というところをみると、アストレア殿には過去に何かあったようですね」
口調は柔らかだが、声音に棘が含まれている。彼は続けた。
「しかし、自分は過去には興味はありません。そんなくだらぬものより未来の方が大切ですからね」
「その未来を救うために、私達は来たのですよ」
騎上よりの声に、六人が振りかえった。
声の主――アレクセイとフェミリアであった。
笛の音がした‥‥ような気がした。
が、そんなものは幻聴だ。
シルヴィはわずかに身じろぎすると、馬車の窓から外を覗いた。
犬はまだ、いる。数は同じだ。一匹の犬が息を喘がせ、倒れているのだが――病のせいとしか思えなかった。
もう何度目になるだろうか。シルヴィは廃屋の様子を窺った。
当初はずっと続いていたアンソニーたちの泣声も途絶えて久しい。もうとっくに食料はおろか、水すらなくなっているはずだ。
その時――
再び笛の音がした。今度こそ間違いなく。
誰か、近くにいる!
シルヴィは窓にすがりつくと、あらん限りの声を出そうとし――しかし、彼女の乾いて割れた唇からもれでたのは、老婆のようなしわがれた喘ぎだけだ。もはや絶叫をあげる余力すら残されていないのだった。
シルヴィの頬を滴が伝いおちた。
――まだ涙は流せるのに‥‥
そうシルヴィが思った時、衝撃が空気をふるわせた。
よろよろと身を起こしたシルヴィは見た。身の毛もよだつ光景を。
一匹の犬が廃屋のドアに頭を打ちつけている! すでに破れているだろう額から血を流しながら。
さらに一匹が――
シルヴィのふるえる手が、馬車のドアの取っ手をつかんだ。
このままだと、いずれ廃屋のドアは破られてしまうだろう。そうなれば幼い弟たちは犬たちの餌食だ。その前に――
シルヴィは取っ手にかけた手に力をこめた。
自分が囮になれば、犬たちを廃屋から引き離せるかも知れない。うまくすれば助けも‥‥
シルヴィがドアを開けようとした、その刹那――
「もし生きているなら、迎えにくるまで絶対出て来ないで!」
叫ぶ声がした。
はじかれたように窓に顔をおしつけたシルヴィは見た。風に吹かれる、騎上の二つの美影身を!
「さあ、こちらです。恐れぬなら付いてきなさい」
云って、銀髪の女騎士が馬首をかえした。
六人の仲間の姿が見えたところで、二騎がとまった。後には、二人を追う狂犬の群れが迫っている。
ここぞとばかり、先行していた一匹の犬が踊りかかろうとし――
「ギャン!」
顔面に手斧をめりこませ、犬が地にたたきつけられた。
「狂った犬が、狼に勝てると思うな!」
手斧の投擲者――アレクセイは馬上より飛び降り、抜刀しつつ、凄艶な笑みをうかべた。
そのアレクセイを庇うように立つ影ひとつ。
「この体、弱きを守る正義の盾なり! 私を倒さない限り、皆さんには手出しできませんよ」
云って、フェミリアが一気に犬を斬りさげた。唸る剣は一撃必殺のコナン流だ!
続く犬の攻撃を盾で防ぎつつ、さらに彼女は剣をふりかぶった。
一方――
バックパックを捨て飛び出そうとしたマクシムスをロゼッタが呼びとめた。
「幸運を」
白光につつまれた少女を、マクシムスは皮肉な目で見返した。
「俺まで祝福するのか?」
「そんな恐い顔をしてもダメですよ」
ロゼッタは天使のような笑みをあふれさせ、云った。
「背の高い人に、悪い人はいませんから」
「ふっ」
さしものマクシムスが苦笑をうかべた。そこに――
前衛の隙をついた犬が迫った。唸り声はない。仲間を呼ぶことを封じるために、アストレアがサイレンスを発動させたためだ。
とっさにロゼッタを突き飛ばすマクシムス。その首筋に、文字通りの毒牙がかかろうとし――
犬が地に転がり、前肢で目を掻きむしった。犬の目を灼いているのは――強いアルコールだ!
「酒に弱いのは、犬も同じようじゃの」
落ち着きはらった声をもらす花音は、さらなる一匹の牙を避けつつ、再び発泡酒を犬の目にあびせた。間合いと隙なし――あえて自負する陸奥流ならではの妙技だ。
「病魔を持った犬を逃走させるわけにはいきません。殲滅を!」
アストレアの叫びがこだました。それに応えるように、四つの影が猛き牙を閃かせた。
一際大きな衝撃音に、シルヴィは目を覚ました。安堵のために、気を失っていたものらしい。
ドアにすがりつくように身を起こし、外に目をむけて――シルヴィは愕然とした。
まだ、犬がいた。それも二匹。全部いなくなったわけではなかったのだ。
のみならず――
その犬達が、先ほどと同じように廃屋のドアを破ろうとしている!
すでにドアには亀裂がはしり、あと一撃でも衝撃をうければ砕け散ってしまうことは明白だ。このままでは――
発作的にシルヴィはドアを開けて、外に転がり出た。満足に動くこともできぬ少女――新たな獲物を、なんで犬が見逃そう。
一匹の犬が、殺戮の喜びに燃える目をむけた。そして――
犬がシルヴィに殺到し、残る一匹がドアに突っ込んだ――
二つのことが同時に起こった。疾り来たった雷がシルヴィに襲いかかろうとした犬を撃ち、廃屋のドアを凍てつかせた蒼い氷盾が犬をはじきとばしたのである。
ライトニングサンダーボルトとアイスコフィン!
さらに――
空を裂く流星――手裏剣が犬の首筋をつらぬいた。
身を横たえたまま、シルヴィは顔をあげた。
救われた――
ややあって、ようやく実感した安堵に、堰を切ったようにシルヴィの目から涙があふれだした。その彼女のかすむ視界の中を、八つの影――救い主達が歩み寄ってくる。
中の一人――白雪を想わせる美少女が微笑みながら云った。
「おなか、すいたでしょう」
夜――
麓の草地は、いくつかの篝火が焚かれ、昼間のような明るさだ。犬の再度の襲撃――廃屋にいた犬たちは、病魔の蔓延を防ぐために殲滅された――の恐れはあったが、極度に疲労した子供たちを休ませるため、ともかく山を降りての野営となったのである。
見張りの二人――マクシムスとロゼッタを残し、他の者たちは眠りについていた。エルマが用意した食事をとった子供たちも、馬車から形見の品を引き上げ、今は安らかな寝息をたてている。
最初は悪夢にうなされていたのだが――子供たちに安らぎをあたえたものは、笛の音であった。
吹奏の主、バーゼリオの想いが那辺にあるかは余人には窺い知る由もない。が、無明の闇より子供たちを救いだしたのはバーゼリオの――彼の笛の音であることは確かであった。
キャメロットからのびる街道を見つめ、老人はひたすら待ちつづけていた。
すでに五日目。
雪の日もあり、風がたたく日もあった。しかし老人は立ちつづけていた。そして――
暮色に染まりかけた地平から駆けてくる三つの影を見とめた時、老人は歓喜の涙を流し、感謝した。
神に――
娘に――
そして、夕陽を背に立つ、八つの雄々しい影に。