なぜ彼らに頼まなかったのか
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:美杉亮輔
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 52 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月03日〜02月08日
リプレイ公開日:2005年02月08日
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●オープニング
まだ太陽は出ているのに‥‥
灼熱の悔恨に焼かれながら、ウィリアムは走っていた。
もつれあうように走っているのは犬の顔に鱗のはえた体躯をもつ、ひどく冒神的な魔物――コボルトだ。
手に得物をもちつつ、コボルトは先ほどからウィリアムと共に走りつづけている。武器があり、多勢であるのに、なぜコボルトはウィリアムを襲えないのか――
襲えないのではない。襲わないのだ。
あえて獲物を追いつめ、獲物を嬲ることをコボルトたちは楽しんでいるのだった。
そうと知りつつ、ウィリアムは走りつづけざるを得ない。なんとなれば――彼は命よりも大切なものを抱いていたからだ。
と――
突然斬撃がきた。追いかけっこに飽きたコボルトの一撃だ。
背に刃をうけ、しかし鞄を胸に抱いたままウィリアムは前のめりに倒れた。
そのウィリアムに別のコボルトが刃を打ち下ろした。苦鳴をもらすウィリアムの様が面白いのか、さらに別の一匹がウィリアムを足蹴にした。そして、さらに別の一匹が‥‥
幾許かの後、血まみれになったウィリアムが地に転がっていた。が、それでも彼は鞄を抱きしめていた。
もはや意識のないウィリアムの腕を蹴りつけて離し、コボルトは鞄を奪い盗った。汚らしい手を突っ込み、中をまさぐる。
ややあって、コボルトは翡翠の色をした液体の入った瓶を取り出した。
蓋に紐のついたそれを、コボルトはしばらく眺めていたが、やがて興味をなくしたのか、首にかけてぶら下げた。
「――命には別状はなかったが、しばらくは安静が必要だということだ」
冒険者ギルドの男は依頼書をおしやると、続けた。
「しかし、彼は大切なものを奪われた」
何なのだ、それは――冒険者の問いに、ギルドの男は答えた。
「薬だ」
ざわり、と冒険者の間に動揺の波が伝わった。ギルドの男は続けた。
「彼には幼い妹さんがいるそうだ。薬はその妹さんのためのもので、ウィリアムという若者は給金を貯めて、やっとそれを買い求めたのだという――」
ギルドの男は依頼書に落していた視線を上げた。
「彼はうわ言を云っているそうだ。ふたつのことを――ひとつは妹さんのこと。そして、もうひとつは」
言葉を切ると、ギルドの男は冒険者たちを見渡した。
「なぜ彼らに――冒険者に頼まなかったのか、と」
静かな声でギルドの男は告げた。
「どうだ。冒険者の力を見せてやってはくれまいか」
●リプレイ本文
「お兄ちゃん‥‥」
医師であるベルトは不安を覚え始めていた。眼前の若者達――彼が呼んだ冒険者達のことである。
会ってみれば二十歳そこそこの若者ばかり。中には娘までがまじっている。
筋骨隆々とした逞しい男達を想像していただけに、彼の落胆は著しかった。
その時――
「命懸けで薬を守ろうとした根性は立派だが‥‥」
皮肉な声がした。声の主は金髪碧眼の、一人だけ年かさであるレオン・クライブ(ea9513)だ。
「怪我人に、そんなことを」
気色ばんだベルトが詰め寄ろうとし、しかし彼は言葉を飲みこんだ。レオンの眼を見たからである。
レオンの眼にあるもの――それは真摯な怒りの色であった。
「命と引き換えに守った薬を受け取らされる妹の気持ちがどんなものかは想像しておくべきだ。まあ何にせよ、冒険者が頼りになる存在だという事は証明してみせるさ」
レオンが云った。
頷いたのは高貴な気品すら漂わせている怜悧な美貌の娘だ。名を霞遙(ea9462)という。
「相手は犬鬼、ですか。それ程怖い相手ではありませんね。妹さんの薬の件さえなければ。まぁ、それでも何とかしますけど」
さらりと云ってのける遙に、
何なのだ、この若者達は‥‥
惑乱したベルトは、庭で遊ぶのほほんとした娘に眼をむけて、瞠目した。
マヤ・オ・リン(eb0432)と名乗った可憐な娘。
今、彼女は庭の木立にむかって五つのナイフを放っている。その五本全てが、狙い過たず、最初に縫いとめた一枚の落葉に突き立っているのだ。
戦慄すら覚えて、ベルトは振りかえった。その眼前でアイスブルーの瞳の若者――ゼタル・マグスレード(ea1798)が口を開いた。
「妹御を想う兄の気持ち、無念のうちに床に臥したその想いは、僕達が引き継ごう」
その瞬間、ベルトは確信した。この若者たちなら何とかしてくれると。
その彼の背をたたくような、溌剌とした声が響いた。
「さてさて、生まれて初めての依頼だよ。うん、気張って行こう。ふぁいと、おー!」
小柄のため美少女としか見えないバラの娘――ヨミ・ゴルトシュタイン(eb0858)であった。
山にさしかかったところで、冒険者たちは足をとめた。街で聞き集めたコボルトの目撃地点までは後わずかな距離だ。
「さあ、とりかかろうか」
楽しいことでも始めるかのようなライル・フォレスト(ea9027)の一言で、一行は準備を始めた。
女と見まがうばかりの美青年――セレス・ハイゼンベルク(ea5884)は囮役となるべく、盾を背のマントで隠し、剣を布で包みだした。同じく囮役のライルは、鼻歌まじりに古着やボロ布を詰め、荷物を大きく見せかけている。コボルトを誘き寄せるためだ。
その様子が気になったのか、蒼みをおびた涼風のような美しい娘――アストレア・ワイズ(eb0710)が歩み寄ってきた。
「明るい方なんですね」
アストレアが云った。
「無駄に元気いいのが取り得、てね」
荷物作りを続けつつ、ライルが応えた。
「おかしいかい?」
「いいえ――」
慌ててかぶりを振り、アストレアは続けた。
「ハーフエルフで、あなたのように明るい方は初めてなので‥‥」
「俺は過去を捨てたからな」
荷物に視線を落としたまま、ライルが云った。そして、
「親父とお袋が愛し合って、俺が生まれた。それだけのことさ」
ライルはアストレアに顔をむけた。悪戯っ子のような笑顔。が、彼の歩んできた道は、その笑顔のような陽のあたる道程ではなかったはずだ。
「‥‥あなたは強い人なんですね。私はいつまでも過去にとらわれて――」
表情を曇らせるアストレアに、再びライルは悪戯っ子のような微笑を返した。
「いいじゃんか、それでも――捨ててはならない、大切な過去があって良いと思うぜ」
ライルが云い、ただアストレアは頷いた。
蒼穹は高く、木立の間には小鳥の囀りが響く。長閑な山中である。
その山道を、三人の旅人が足を運んでいた。
一人は布で巻いた棒状の物を肩にかつぎ、一人は無手でローブを目深にかぶっている。のこる一人は荷物を大事そうに抱え、怯えた様子で周囲を見まわしていた。
云うまでもなくレオンをふくめた囮役の三人だ。
その彼らの背後――五十メートルほど離れた木陰沿いに、残る五人は後をつけていた。
「うまく引っかかってくれるでしょうか」
心配そうに口を開いたマヤに、ヨミが応えを返した。
「大丈夫だよ。ライルが様になってるから――あっ!」
突然ヨミが手をあげた。その指差す先――セレスたち三人の前を塞ぐように、犬の貌もつ冒神的な魔物が茂みをわけて現出した。
コボルトを前にし、セレスとライルは目配せをかわした。
それを合図に、すぃーとレオンが斜め後方にさがる。薬をもつコボルト確認のための時間稼ぎをするセレス達――その彼らを、いざという時雷撃で支援するためだ。
そのレオンの動きを見とどけた後、セレスが叫びをあげた。
「わー、恐いよー、たすけてー」
棒読みである。
「キャー、キャー」
抑揚のない悲鳴をレオンもあげる。
囮役の様子を眺める五つの影のうちの一つから、舌打ちがもれた。ゼタルである。
「――バカがっ」
冷静沈着な彼には珍しく、ギリッと歯を噛むと、
「何だ、あの演技は? あの様では、いくらコボルトと云えど、騙されるはずが――」
――コボルト達が、喜悦の咆哮をあげて襲いかかった――
「騙されるのかよっ!」
じりじりと後退するセレス達。
怯えたふりはしていても、その眼はぬかりなくウィリアムが奪われた陶器の薬瓶を探している。
突然ライルが懐に手を入れ、インクを取りだした。一匹の戦い慣れていそうな――身ごなしというものがあればだが――コボルトの首に紐でぶら下がった瓶を見とめたからだ。
彼はそのコボルトめがけ、インクを投げつけ――
それが合図だった。
「光よ、地を穿つ雷神の叫びよ! 我が槍穂となりて彼の者を討ち果たせ!」
高速で紡がれたレオンの呪に応え、風精は雷へと身をかえ、殺到するコボルトを撃った。注意深く瓶もつコボルトを避けて。
そのレオンに迫るゴボルトの一匹が血しぶきあげてのけぞった。血刃をふりかざすのは――セレスだ。
「仲間を守れないようでは、騎士の名に恥じるからな」
血笑をうかべるセレス。そのふるう刃は、千変万化の戦場の剣、レオン流!
その時、苦鳴がした。
ライルだ。巧みな足さばきでコボルト達を翻弄していたが、群がるコボルトに抗しきれず、背後からの一撃を受けたのであった。
なんで傷ついた獲物をコボルトが見逃そう。
ライルめがけて犬貌の魔物が殺到し――二匹のコボルトが崩折れた。見えざる刃と白銀の光矢に撃たれたのだ。
撃てし者は、すなわち――
風術師ゼタルと月法師ヨミ!
「薬など、コボルトには過ぎたシロモノだ。返してもらうぞ」
冷然たる語調で宣するゼタルの横で、ヨミがニンマリと笑った。
「欲望の、走狗に宿る死人面。指して示すは月牙の矢ってね。ちゃっちゃと食らって、ちゃっちゃとおっ死ね、犬畜生ども〜」
美少女の両手からふくれあがった銀光は、さらなる罰をあたえるため、牙をむいた。
苦痛に顔をゆがめつつ、ライルが立ちあがろうとした。
が、ヨミ達も撃てぬ魔物が、彼の眼前に立ち塞がる。薬もつコボルトだ。
ライル達が攻撃できぬことを知ってか知らずか――余裕すら感じさせる動きで、コボルトはライルの頭蓋を砕くべく、剣をふりあげ――
刹那、流星が疾った。
よろめく眼前のコボルトに不審をおぼえ、見上げたライルの目はとらえた。コボルトの目に突き刺さっているナイフを!
「少しずつ弱らせるんです!」
マヤの叫びが響く。
その絶叫を斬らんとするかのように、再び剣をふりあげるコボルト。
と、その剣がとまった。眼前にうっそりと佇む美影身を見とめたからだ。が――
一瞬の躊躇の後、コボルトの剣は案山子のような東洋の娘を斬りさげ――彼の剣は空をうった。そして、振り下ろした勢いのままたたらを踏み、コボルトは地に転がった。すでに、すでにその首からは薬瓶が消失している。
もがくコボルト――その彼の剣もつ手を、ぎしりと踏みつけた者がいる。分身で幻惑し、薬を奪い取った遙――瞬速無音の忍びだ。
「残忍な行いは好きではありませんが、遠慮はしません」
声と共に横からのびた指先が、ゆらゆらと紫電をからませ、銃口のように倒れたままのコボルトの顔にむけられた。
「今まで、ずっと襲う側にいたのです。襲われる側の恐怖や苦痛も知るべきでしょう。あなたに、それが理解できるとは思えませんが」
アストレアの祈りをうけ、雷神が鉄槌をくだした。
去り行く八つの影。
その後姿を見送った後、ベルトはウィリアムのベッドに歩み寄った。傍らのベッドの上には、何人分かの依頼料と数本の剣。
「その方の治療代に充ててください」――云って剣をおしつけたマヤという娘。
ウィリアムに気遣わせまいと、あえて依頼料だけを受取っていったアストレア。彼女はなぜか、最初見た時よりは大人びて見えたが――
また依頼料そのものすら受取らず、ウィリアムへの見舞いとした陽気なライルという若者。
そしてもう一人、依頼料を受取らなかった者がいた。
「あれが‥‥あれが冒険者というものか」
ベルトは太い息をつくと、深い微笑をうかべた。
「もっと早く彼らに頼むべきだったな」
云って、ふとベルトはあることを思い出した。
「確か名をセレスといったな。依頼料を受取らなかった――最後に君に何か囁いていたようだが‥‥彼は、何と云ったのだ?」
ベルトが問うた。
ウィリアムはゆったりとした微笑をうかべ、窓に目をむけた。
「――ねえ、おにいちゃん」
呼びかけられて、ウィリアムは顔をあげた。窓からさしこむ春の陽を背に、少女が机にむかっている。
「セレスさんの綴りはこれでいいの?」
妹が綴っている手紙を覗きこみ、ウィリアムは大きく頷いた。その彼の胸の奥に、今日と同じ春の陽を想わせる若者の言葉がよぎった。
「妹さんが元気になったら、手紙をもらえるかな? それが俺にとっては一番の報酬だ」
彼は、そう告げたのだった。