餓剣

■ショートシナリオ&プロモート


担当:美杉亮輔

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月08日〜02月13日

リプレイ公開日:2005年02月15日

●オープニング

 ふたつの影が対峙していた。
 ひとつは、頬にすり傷をこしらえた勝気そうな少年。対するは五十年配ほどの初老の男だ。
「――来い」
 初老の男の声に誘いこまれるように少年が動いた。手の木剣が唸る。
 カキッ!乾いた音をたてて、少年の木剣がはじかれた。はじいたのは初老の男が手にもつ木剣だ。
「踏み込みがあまい!」
「はい!」
 初老の男の叱咤に大きな声で応えると、少年は額の汗をぬぐった。
 ある光をうかべて、彼の目は眼前の初老の男にむけられている。
 ある光――憧れだ。
 いつか、僕も‥‥
 少年は再び木剣をかまえた。彼自身気づいてはいなかったが、少年は、初老の男と亡くなった父の姿を重ね合わせていたのかも知れぬ。
 と、その時――
「カールスを使う奴がいると聞いたが、おまえか」
 声がした。振りむいた初老の男の眼前に立つ九つの影。
 埃にまみれた衣服にぶら下げた剣――身なりからして傭兵くずれというところか。荒んだ寒風のような気をたちのぼらせた男たちだった。
「街のガキに剣を教え、糧を得ているらしいな」
 中央に立つ頬に傷のある男が云った。おそらく集団のリーダーだろう。ぬき身の刃のような男だ。
「――べつに剣を教えて糧を得ているというわけではないが――わたしに、何の用だ?」
 初老の男の問いに、頬傷の男は口をゆがめた。
「俺たちも、この街で剣を教えようと思ってな」
「――勝手にすればいい。わたしには関係のないことだ」
「ところが、そうはいかねえんだよなぁ」
 頬傷の男がうす笑いをうかべた。
「ひとつの街に、ふたつの剣。それはまずいんだよ」
 云うなり、頬傷の男の腰から光芒が噴出した。疾る光は大気に亀裂をきざみ、初老の男に――
 鋼の相打つ澄んだ音が響き、ふたつの刃が噛みあった。頬傷の男の斬撃を、初老の男の剣が抜きあわせたのである。
 それが合図ででもあったかのように、わらわらと残る八人が初老の男めがけて殺到した。が――
 初老の男と八人の男たちとの技量の差は歴然としていた。繰り出される八つの刃はことごとく弾かれ、かわされる。時たま、合いの手のように初老の男の剣が男たちの体を打った。
「――退がれ! お前たちでは歯がたたぬ!」
 仲間の男たちの不甲斐なさにしびれをきらしたか、頬傷の男が進み出た。再び対峙する二人の剣士。
「お遊びは、そろそろ終わりにさせてもらうぞ」
 鞘に刃をおさめたまま、頬傷の男が身を低くした。対する初老の男は剣をふりあげ――上段のかまえだ。
 二人の間に、目に見えぬ殺気の波がしぶき、うずまいた。と――
 頬傷の男が鯉口をきった。
 刹那――
 飛来した一本の槍が、初老の男の背をつらぬいた。
「ひ、卑怯!」
 うめく初老の男はガクリと膝をおった。その口からはたらたらと鮮血が滴りおちている。その様を眺める頬傷の男がサメのように笑った。その傍らには仮面のごとき無表情な巨漢――伏兵の槍の投擲者が立っている。
「剣など、しょせんは人殺しの業よ。人殺しに卑怯もくそもないわ」
 云って、頬傷の男は、初老の男を無造作に斬りさげた。

「ヨハンと云うそうだ」
 殺された初老の剣士の名を、冒険者ギルドの男が告げた。
「そのあと、街に住みついたその男たちは好き放題やっているらしい。飲み食いして代金を払わないのは云うに及ばず、街の娘たちまで‥‥」
 深沈たる面持ちで、ギルドの男は依頼書を押しやった。
「依頼はマーサという娘。ヨハンに剣を教えてもらっていた少年――レクトの姉だ」

●今回の参加者

 ea1854 獅子王 凱(40歳・♂・志士・ジャイアント・ジャパン)
 ea6159 サクラ・キドウ(25歳・♀・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea9311 エルマ・リジア(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9553 フローリア・ゲルゼ(31歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb0606 キッシュ・カーラネーミ(32歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb0610 フレドリクス・マクシムス(30歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb0867 フェミリア・オーウェン(26歳・♀・ナイト・エルフ・フランク王国)
 eb0988 ナーシェ・ルベド(36歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

「何をしているの――」
 寝室のドアを開けたマーサは、レクトが剣を取り出していのを見て顔色を変えた。
「ヨハンさんの仇をとるつもりね」
「そうさ。俺はあいつらを弊す」
 姉を押しのけ、飛び出そうとするレクト。その眼前で、ドアが開いた。
 野良犬の目をした男が立っている。ならず者の一人だ。
 目ざとくマーサを見つけた男は制止するレクトを殴り飛ばすと、彼女に襲いかかった。下卑た笑みを浮かべ、彼女の衣服を引き裂きにかかる。
 刹那――
「ウインドスラッシュ!」
 怒号とともに疾る見えざる刃が男の背を撃った。
 苦鳴をもらし、振りかえった男は見た。外の暗がりの中ですら艶やかに輝いて見える美しい女を。
「いるのよねぇ、どこにでも。こういう美学のカケラもない、力ずくで全部がどうにでもなると思ってるダサい男。因果応報、ってありがたーい言葉を、身体でレクチャーしてあげるわ」
 凄艶な笑みをうかべる美女――キッシュ・カーラネーミ(eb0606)の全身が蒼い燐光につつまれた。

 事のあらましをマーサが語り終えると、背を向けた者がいる。濡れたような銀髪の優しげな娘――エルマ・リジア(ea9311)である。
「‥‥酷い」
 つぶやくエルマの目がうっすらと赤光を放ち出している。抑え切れぬ憤怒が彼女の狂化を誘発したのだ。
「彼らには、罪を犯せばそれに見合った罰が必ず与えられるということを、思い知らせねばなりませんね」
 必死に狂化を抑えつつ、エルマが声を押し出した。
 それを受けて、口を開いた者がいる。巨漢の志士、獅子王凱(ea1854)だ。
「彼奴らは、まだ拙者達のことを知らぬ。今のうちに仕掛けた方が良いでござろうな」
「ならば何組かに別れて、敵の手足をもぎ取っておきましょう」
 物騒なことをさらり云ってのけたのは、紅玉をとかしたような髪の美少女だ。名をサクラ・キドウ(ea6159)という。
「では、まず残りの七人ですね」
 口を開いたのは、先ほどウインドスラッシュを放ったナーシェ・ルベド(eb0988)。すでにならず者の一人を撃ったとは思えぬおっとりとした娘である。
 その時――
 もたれていた壁から身を離し、外に足を運ぼうとする者があった。氷の精を想わせる美女――フローリア・ゲルゼ(ea9553)である。
「待ってください。まだ組分けが‥‥」
 ドアのノブに手をかけたフローリアを、フェミリア・オーウェン(eb0867)――豊満な身に冷たい鋼をまとった女騎士が呼びとめた。八人の冒険者の中では、唯一彼女だけがイギリスとゲルマンの言葉を操れた。
「策には従う。けれど方法は任せてもらうわ」
 ドアを開きかけて、フローリアが云った。容貌と同じく、氷雪の語調だ。
「しかし、一人では――」
「仲間など‥‥心配しなくても逃がす気なんてないわ。ならず者を消す‥‥それ以上の事はする必要はないし、する気もない」
 蒼く凍てついた視線を投げると、氷の女神は闇の中に身をとけこませていった。
「好きにやらせておけばいい」
 ややあって冷淡ともいえる声がした。
「それよりも――」
 云って、声の主――フレドリクス・マクシムス(eb0610)はレクトに目をむけた。
「仇討ちするのはお前の勝手だが、お前の力量でそれが出来るのか? 自分の力量も分からずに無謀に突っかかっていって殺されようがそれはお前の自由だが、その時はそんな奴を教えていたお前の師匠も、その程度の奴だったと云う事だ。それでも良ければ好きにするんだな」
 云い捨てると、マクシムスもまた戸外へ姿を消した。
 その後姿を見送って、再び凱が口を開いた。
「拙者達がおぬしの仇をうつでござる」
 レクトに云った。
「でも‥‥」
 なおも云いつのろうとするレクトに、サクラが溜息をついた。
「出来れば事が終わるまで待っていてもらいたかったのですけど、一人にしておいた方が危ないみたいですね」
「ならば――」
 フェミリアがレクトの目を見つめ、
「子供が見るような物ではありません。それでも行きますか?」
 問いかけた。
 レクトはよく光る目でフェミリアを見返すと、大きく頷いた。と、その肩に柔らかで暖かい手がおかれた。
「復讐は、甘美な毒です。あなたがそれで強くなったとしても、心や刃を確実に曇らせてしまいます。そのことを、あなたのお姉さんは悲しむでしょう。この依頼をギルドへ出したのは、お姉さんです。この意味が、わかりますね?」
 手の主――エルマが云った。

 酒場の中に悲鳴が響いた。
 ならず者につかまり、体をまさぐられている女給があげたものだ。と――
「性質の悪い野良犬だな」
 声がした。
 水をうったような静寂の中、ならず者は女給を放し、声の主である黒髪の若者に歩み寄っていった。
「貴様か。今、野良犬と云ったのは」
「ならば、どうする?」
 平然と問い返す若者に激昂したか、ならず者が拳を叩き込んだ。
 が――
 崩折れたのはならず者の方だ。
 迫る拳をかわしざま、黒髪の若者がならず者の腹に手刀を突き入れたと見とめ得た者がいたか、どうか。
「人の棲む街に野良犬の居場所など無い事を教えてやろう」
 云って、黒髪の若者――マクシムスは倒れかかるならず者を引きずり起こした。

 仲間と別れて、二人のならず者が路地裏を走っていた。彼らを見かけるなり、逃げるように走り去った娘二人を追っているのだ。
 と、ならず者達の足がとまった。行き止まりの塀の前で佇む二人の娘を見とめた故だ。
「一人は小娘だが、小便臭いのさえ我慢すれば楽しめるぜ」
 獣欲に目を血走らせ、ならず者達が殺到した。
 が――
 一人のならず者が昏倒した。紅髪の美少女を押し倒そうとした方だ。
 それに気がつき、もう一人の娘を押し倒していたならず者が身を起こした。
「な、何をしやがった?」
「あなた達のような人には手加減なんてしませんよ」
 応えの代わりに吐き捨てる美少女――サクラに惑乱したか、ならず者が踊りかかろうとし――
 彼の足が止った。
 いや、止ったのではない。凍結しているのだ。
 蒼い氷風が渦巻くにつれ、次第に氷柱が彼の体をのみこんでいく。
 蒼い燐光に包まれた美女――エルマの幽玄の姿が、彼の見た最後の光景であった。

 二人の女を追っていった仲間と別れたならず者も、獲物を見つけていた。ローブをまとった美女だ。
 ならず者は剣を抜きはらうと、美女に近寄っていった。
「あんた達みたいなのを見てると嫌な連中を思い出しそうになるのよ」
 美女からもれた声に、ならず者の足が止った。いや、彼の足をとめたものは、面も向けられぬ美女の憎悪の視線だ。
「消えなさい」
 凍てついた宣告とともに、美女の指先から氷嵐が迸った。さらに紡がれる高速の呪によって新たな氷嵐が巻き起こる。
 幾許かの後、白い闇が消え去り、深くなった漆黒の闇の中で、美女――フローリアはガックリと膝をついた。
 右腕から鮮血が滴っている。断末魔のならず者が放った剣によって傷つけられたのだ。
 フローリアはポーションを口に含むと、歯を食いしばって立ちあがった。出血は止ったが、痛みが消え去った訳ではない。
 が、弱みを見せることはできなかった。己自身に対してさえも‥‥

「何者だ、貴様ら?」
 佇む鋼の美影身を見とめ、頬傷の男が問うた。
 ヨハンが住んでいた屋敷の前である。投げ込まれた文によって呼び出されたのであった。
「礼がなっていない者に名乗る名はありません」
 憤怒のこもった声で影――フェミリアが応えた。
「しゃらくさい」
 ニンマリすると、頬傷の男が抜刀した。同時に背後のならず者たちが殺到する。
 が――
 その前に立ちふさがった影二つ。フレドリクスとサクラ――共にふるうは乱世を斬る戦場の剣、レオン流!
 空を灼いて迫る三つの乱刃を紙一重でかわし、サクラは闘気のこもった刃を、フレドリクスは疾風と化した剣を、ならず者たちに叩きこんだ。

 木陰から身を離すと、巨漢が槍を持上げた。狙うは鋼をまとった女の背だ。
「そんなことだろうと思ったでござる」
 声に、弾かれたように槍持つ巨漢が振り返った。その眼前に佇む巨影――凱だ!
「拙者達の戦いを見ているでござる!」
 レクトに云い放ち、凱が剣を鞘走らせた。
 交差する白光!
 凱が片膝ついた。槍で肩を斬り裂かれたのだ。が、彼の刃は巨漢の胴を薙いでいる。
 苦悶しつつ、しかし巨漢はフェミリアめがけて槍を放ち――槍が空で砕け散り、巨漢の身も凍りついた。
 氷創の魔術師エルマの横で、碧光につつまれたナーシェが悲しげな目をしていた。

「どうやら助けは来ないみたいですね」
 云って、フェミリアが剣をふりかぶった。対する頬傷の男は身を低め、鞘に戻した刃の柄に手を当てている。
 夢想流――フェミリアは敵の剣脈を読んだ。
 剣は瞬速――剣理によれば居合の方が有利である。しかし――
 凄愴の殺気に吹きくるまれる二人の剣士の脳裡からは、その想いは消えている。
 刹那――
 二筋の銀光が交差し、澄んだ音を響かせた。
 フェミリアは斬り下げた姿勢で膝をつき、頬傷の男は剣を走らせた姿のまま凝固している。
 やがて――
 額からたらたらと血を滴らせ、頬傷の男がどうと弊れ伏した。その足元に氷片の如き物が突き刺さっている。折れ飛んだ頬傷の男の刃だ。
 太い息をつき、フェミリアが立ちあがった。

「今までこの町の人にした仕打ち、その仕返しを自らの身で受けなさい。あなた達には死すら勿体ないです」
 ならず者達を見下ろし、サクラがつぶやいた。すでに息のあるならず者達は、彼女の手によって街中に吊るされている。
 その時――
 剣をふりかざし、駆け寄ってくる者がいた。レクトだ。が――
 彼の前に凱が立ち塞がった。
「こんなことで手を汚すことはないでござる。本当に守りたい者、助けたい者のために力は使うでござるよ」
 岩のような顔をゴトリと笑わせて、凱が云った。横でキッシュも艶然と微笑んでいる。
「君には守らなきゃいけない人が、傍にいるでしょ? 今よりもっと強くなって、イイ男になりなさい」
 彼女の言葉に、レクトが振りかえった。そこに姉が立っていた。
「これからはあなたが剣を極めて弟子を作る番です」
 云って、ナーシェがレクトの背を押した。