下町の英雄たち 2――ジャパン・箱根
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■ショートシナリオ
担当:三ノ字俊介
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:10人
サポート参加人数:5人
冒険期間:06月20日〜06月25日
リプレイ公開日:2006年06月20日
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●オープニング
●箱根における冒険者
箱根はその地勢学上、西国からの防衛の要衝となる。
天下の嶮(けん)と呼ばれる箱根山を中心に、関所、陣、城砦が作られ、『駅』と呼ばれる飛脚や早馬を利用した情報伝達手段も確立した。現在の箱根駅伝はその名残である。
神聖暦980年ごろ、源徳家康によって東海道が整備されると、湯本から須雲川沿いに元箱根へいたる道が開かれ、湯坂道にかわる本道となった。最近になって小田原から8里、三島から8里の芦ノ湖岸に箱根宿が開設され、元箱根にあった箱根関が宿の東に移転。道筋には杉並木と石畳がととのえられた。箱根神社への参詣も活況をとりもどし、元箱根は門前町として発展した。
一方、芦之湯と早川沿いの湯本、塔之沢、堂ヶ島、宮ノ下、底倉、木賀は箱根七湯の名で知られるようになり、湯治場として賑わっている。とくに湯本は、唯一東海道沿いにあるため繁栄し、一夜泊まりの客は小田原宿や箱根宿をしのぐほどである。
その箱根は、小田原藩11万5千石の支配地で、東海と関東を隔てる境界にもなっている。源徳家康の支配地の、西端というわけだ。
藩主は、2代目大久保忠吉(おおくぼ・ただよし)。若干24歳ながらよく箱根を治める、賢主であった。
箱根そのものは小田原藩の直轄地であり、その運営は藩主大久保忠義が直々に行っている。だからといって、侍の領地運営にありがちな馬鹿みたいに厳格な統治ではなく、例えるならすごしやすい程度に適度に散らかった、自分の居室のようなものだ。わりと小器用に清濁併せ呑み、武士にとっても町民にとってもそれなりに居心地の良い場所になっている。
実際、景気もかなり良く、仕事も数多くあり、『箱根で三日も働けばどこの藩に行く駕籠代も工面できる』などという評判も立つほどだ。そして実際、その通りなのだ。
無論、多くの人が居れば揉め事も多い。深刻なことなら役人が、瑣末なことなら地回りたちがそれを解決してくれるが、『暴力専門の何でも屋』という職能が求められる場合はそのどちらも対処できない場合がある。たとえば、鬼種を始めとする怪物系の揉め事である。それ以外にも、愚直な役人や縦割り社会の地回りたちでは絶対に解決できないような、知能系の問題になると『彼ら』の出番となることが多い。
『彼ら』――すなわち『冒険者』である。
江戸では、社会の底辺のさらに底辺に属する性格破綻者の集団と見られがち(ヒデェ)な冒険者ではあるが、箱根ではわりと立派な部類に入る職業として認知されている。宿場と街道の安全を確保しているのは間違いなく多くの冒険者諸賢であり、惣菜の材料調達から夫婦喧嘩の仲裁まで、冒険者の仕事は実に多岐にわたりそして尽きない。
だからこそではあるが、冒険者に来る依頼は「本当にどうにもならんのか?」と言いたくなるぐらい厄介なものもある。しかしそれで尻尾を巻くようでは、そもそも冒険者などやっていられない。
そして今日も、やっかいな依頼がやってくる。
「今回の依頼は、猿退治よ」
そう言ってキセルをくゆらせたのは、冒険者ギルドの女番頭、“緋牡丹お京”こと、烏丸京子(からすま・きょうこ)である。漆を流したような黒髪が艶やかしい妙齢の女性で、背中には二つ名の由来となる牡丹の彫り物があるという話だ。
京子がキセルを吸いつけ、ひと息吐いた。紫煙が空気に溶けてゆく。
「温泉と言えば猿。まあ猿が入る温泉は珍しく無いんだけど、そこに白翁猿(サスカッチ)が混じっているとなると話は別よね。白翁猿は人間を温泉から追い出して、温泉生活を満喫しているらしいわ。湯本の温泉組合も難儀していて、それであたしたち冒険者に声がかかったってわけ」
タン!
京子が、キセルで火箱を叩いた。火球が、灰の中に転がる。
「依頼内容は、温泉を占拠している猿を『なんとか』すること。目的は『温泉宿が営業出来るようにすること』だから、手段は任せるわ。いい、びびったら負けよ? 目をあわせたら、絶対に逸らさないこと。要注意ね」
●リプレイ本文
下町の英雄たち 2――ジャパン・箱根
●猿! 猿! 猿!
猿は頭が良く物覚えも良いので、猿回しのような芸才を見せることがある。
が、多くの猿は田畑を荒らす害獣であり、昔から人間と猿の知恵比べは行われてきた。この軋轢はかなーり根深く、結局農民は対決姿勢を見せなければならない、ということになる。かかし代りに猿の死体をぶら下げたりするのは、実は結構ある話だ。
が、一方的に猿を責めるのはお門違いというものだろう。結局互いに融通し合い、なんとかやってゆくしか無いのだ。双方とも自然の中に生きる生き物である以上、互いに譲るべきところは譲らなければならない。
が、白翁猿はちょっと違う。
西洋でサスカッチと呼ばれるこの大型の猿は、好戦的で時折人間を襲う。鬼種と同等かそれ以上の害獣と見られているのだ。こんな物騒な化け物が温泉に出たら、その温泉は使用不可能になる。ケガを癒しに温泉に来てケガをさせられては、かなわないからだ。
冒険者諸賢は今回の猿について少々調べてみたのだが、その規模は想像を通り越していた。1匹の白翁猿を筆頭に、普通の猿が30匹余。素早い彼らにまともに飛びかかられたら、ひっかき傷で囲碁が出来るだろう。
さて、ならば対策を練らねば、ということになるのだが‥‥。
●調査開始
「猿にやってもいい温泉?」
ドワーフのレンジャー、ラーフ・レムレス(eb0371)の問いに、温泉組合の担当者は怪訝な顔をした。
「猿は追い出す。しかしまた来られても困るじゃろう。じゃから猿に別の温泉をあてがい、そこに封じるわけじゃ」
なるほど、と温泉組合の担当者は得心のいった顔をした。
「では‥‥」
組合の担当者は、須雲川沿いの地図を出して温泉のわき出る場所を示した。
「この辺の川底から湯が湧いています。川沿いに石組みを組んで湯桶のようにしてあげれば、充分温泉として機能します。こういう温泉は旅人が自分で作って入るものですが、その一つぐらい猿に明け渡してもいいでしょう」
*
猿に関する調査には、今回一番多くの人材が投入された。端から名前を列挙すると、くノ一の御陰桜(eb4757)。シフールのファイター、ロニー・ステュアート(eb1533)。チュプオンカミクルのイノンノ(eb5092)。カムイラメトルクのコンルレラ(eb5094)。ドワーフのナイト、オドゥノール・バローンフフ(eb5425)の5名である。オドゥノールは用心棒代わりと言っていいだろう。
さて、猿山と化した温泉は、こう言ってはナンだが平和そうに見えた。猿社会がきっちりできあがっていて、余所へ追い出すのには思わずためらいが出てしまう。
「数は32匹です。サスカッチは1匹。温泉と、湯屋の建物を一軒占拠してますね」
上空から偵察してきた、ロニーが言う。
「それは予想外よね」
桜が言った。彼女の予想では、猿はその住み処から温泉まで出張してくると思っていたのだ。罠を張るには、当然猿に移動してもらわねばならない。だがそれが出来ないとなると、方針を変更せざるを得なくなる。
「お猿さんと事を構えるのは、賛同できません」
イノンノが残念そうに言う。同じコロポックルのコンルレラも、状況の推移を見て不満を隠せなかった。
しかしそこで、コンルレラが何かを思いついたような顔をした。
「エサはどうしているんだろう? 猿だって何か食べなきゃならないよね」
「確かにそうでござる。猿もそれだけ居ると、食事の維持はさぞかし大変でござろう」
オドゥノールが格式張った口調で言う。つまり彼女が言いたいのは、兵站だ。温泉を飲んでも腹は膨れない。ならばエサ場がどこかにあるはずである。
*
再調査の結果、猿は周囲の野山や近場の畑などから食料を調達しているらしいことが分かった。その範囲は結構広大で、問題の湯屋を中心に一里四方ぐらいに及ぶ。当然猿の数も、実数は倍ぐらいであることが予想できた。オドゥノールなどは、調査の途中でエサを探していた猿と一戦やらかす羽目になった。
「結局、白翁猿をなんとかするしか無いみたいね」
桜が言った。普通の猿は置いておいて、危険なサスカッチのみに焦点を絞るオプションしか、彼らは用意できなかったのである。
●罠作戦
偵察隊の情報を元に、温泉周囲に罠が張り巡らされた。竹を使用した打突系の罠で、死にはしないが触ると痛い目に遭うというものである。風魔隠(eb4673)などはさらにわさびなどの刺激物を配置し、『猿避け』の罠なども作った。
余談だが、隠は犬と馬を飼っており、忍犬と忍馬に育てるそうである。忍犬は聞いたことがあるが、忍馬とは何をもって言うのだろう。
罠製作の陣頭指揮を執ったのは、レンジャーのラーフである。オドゥノールはその罠を絵にして、他の者に配って説明した。お陰で、理解が早かった。
ティア・プレスコット(ea9564)とコンル(eb5071)は、ほとんど何もしなかった。コンルはサスカッチをおびき寄せる囮役を担うための休憩だったが、ティアはただの天然ぼけである。
かくて、猿の歓待準備は整った。
*
その日の晩から、温泉の周囲でバチンバチンという罠の作動する音と、猿の悲鳴が響いてきた。猿たちも馬鹿ではないから、昼間冒険者たちが何かしていた事は察していたが、何をしていたかまでは理解の範疇を超える。
猿たちは不安で殺気立ち、ボスのサスカッチもかなり機嫌が悪そうだった。
夜闇に紛れて猿山に接近したコンルは、そのサスカッチに向けて石を放った。コツン程度の当たりしかなかったが、コンルを発見したサスカッチは激怒し吠えた。
ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
「逃げっ!」
コンルは視線をわざと外して、サスカッチを誘った。サスカッチもしょせん猿。怒りに我を忘れてコンルを追ってきた。
バチンバチンバチンバチン!!
コンルの後ろで、立て続けに罠が作動する音が鳴る。コンルは避けているが、サスカッチはまともに罠に引っかかっている。
しかし、『普通の猿に痛い目を見せる程度の罠』では、サスカッチを阻止することは出来なかった。これは、冒険者たちの戦略の不明と言うしかない。
「うひゃあああ〜〜〜」
コンルが逃げる。が、そろそろサスカッチが迫ってきている。
しゅばっ!
刀身の光が、閃光のように弧を描いた。
ぶしゅ〜〜〜〜〜っ!
サスカッチが、胸から肩にかけて斬られ、血を吹き出していた。
「我々は全力を尽くした」
猪神乱雪(eb5421)が、刀を抜いて立っていた。
「もう相手は、怒りに我を忘れている。これ以上の手管は無用。斬り捨てるま‥‥あれ‥‥?」
サスカッチが、身を縮めて背中を向けている。乱雪をちらちらと伺い、情けなさそうな顔をしていた。
「白翁猿は、どうやら貴女をボスと認めたようですよ」
コンルレラが、刀を収めて言った。
多くの動物の場合、後頭部――首筋を相手に見せる、あるいは噛ませる行為は、相手の優位を認めたことになる。この場合、乱雪が白翁猿の背中にまたがり首筋を噛めば、儀式は終了だ。
が。
「ばっ、ばからしい! 帰る!!」
はなはだ不本意な態で、乱雪は言った。白翁猿に、『同類』に見られたのだ。
まあ、普通はムカツクだろう。
他の面々――特に穏健派だった者たちは、何かにやにやと笑っていた。
「じゃあ、お猿さんを新しい温泉に案内してあげましょう」
今回出番の無かったティアが、空気を読まずに言った。
●事件解決
少数の猿は残ったが、白翁猿を含む多くの猿が、ラーフの用意した須雲川の上流にある温泉に移動した。湯屋は再開され、冒険者達には再開成った温泉の一番浴が供された。
白翁猿は、のんびり向こうの温泉に浸かっている。
バチン!
「いてっ! 誰だこんなとこにこんなもの仕掛けたやつぁ!」
あ、忘れてた。
【おわり】