【ジューンブライド】箱根の嫁取り

■ショートシナリオ


担当:三ノ字俊介

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月27日〜07月04日

リプレイ公開日:2006年07月01日

●オープニング

●今昔江戸物語
 江戸開闢(かいびゃく)から21年。関東と呼ばれる、本州中央にある平地帯の治安は、かつてに比べ恐ろしいほど良くなった。
 その多くは、『関東王』源徳家康の覇力によるものである。この21年間の間に、彼は関東の豪族達を傘下に置き、磐石に近い国礎を作り上げた。絢爛たる江戸城は、豪奢さでは藤豊秀吉のそれに劣るというが、当代最新の築城技術で建設されており、まさに難攻不落。江戸のシンボルとして江戸の中心にそびえたっている。こうなるともう、源徳が恐れるものは後顧の憂いとなる奥州藤原軍団ぐらいしかない。
 だが、国が大きくなると組織も大きくなる。大きくなった組織は必ずと言っていいほど腐敗し、そして膿を抱え込むことになる。そしてそれは、より弱い部分――弱者である庶民を汚染することになるのだ。
 政治の腐敗は、何をどうやっても避けられない。綺麗な政治などというものが幻想だ。権力の快楽に溺れ、汚れてゆく聖人など掃いて捨てるほどいる。むしろそういう人物ほど、堕ちたときは激しい。
 政治家の器量というものは、つまりいかに上手に汚れるか、ということでもあるのだ。
 源徳の抱える侍集団が江戸の表の顔なら、『冒険者ギルド』はその裏の顔である。そこはある意味、江戸の持つ負債が吹きだまるこってりとした坩堝(るつぼ)であり、多くは『冒険』という麻薬のような刺激にとり憑かれた性格破綻者の集まる場所である。
 だが、何事にも汚れ役という存在はなくてはならない。些銭と名誉に命を張る『冒険者』という存在。彼らなくして、社会の運営は成り立たないのだ。
 それを束ねるのが、『冒険者ギルド』という組織である。
 冒険者ギルドの役目は、仕事引き受けの窓口、仕事の斡旋、報酬の支払い、報告書の開示などが主に挙げられる。大きな仕事や疑わしい仕事は独自の諜報機関を用いて裏を取り、怪しい仕事は撥(は)ねるのだ。
 基本的に、咎を受けるような仕事は引き受けない。仇討ちの助勢を行うことはあるが、暗殺などの依頼は原則として受けないのが不文律である。報酬の支払いは確実なので、冒険者としても安心して仕事を受けられるというものだ。

「早速だけど、話を聞いてもらえるかしら」
 と、艶やかな口調で言いキセルをくゆらせたのは、冒険者ギルドの女番頭である。
 女番頭はキセルを吸いつけ、ひと息吐いた。紫煙が空気に溶けてゆく。
「依頼人はイギリスのさる貴族さま。依頼内容は、箱根から花嫁を引き取ってくること。その貴族様が箱根で女中さんを見初めて、これを渡して江戸の月道まで連れてきて欲しいっていうのよ」
 と女番頭が言うと、箔押しの小物ケースを取り出し中を見せた。中身は銀ないしプラチナの指輪だった。
「その女中さんは、このことを知っているんですか?」
「知らないみたい。驚かせて、ほろっとさせて欲しいそうよ」
 タン!
 女番頭が、キセルで火箱を叩いた。火球が、灰の中に転がる。
「その女中さんは、貴族への嫁入りにちょっと臆病になっているみたい。まあ、嫁入りに不安を感じない女性は少ないわ。でも良い縁談のはずよ。きっちりまとめてあげてちょうだい」

●今回の参加者

 ea0340 ルーティ・フィルファニア(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb3532 アレーナ・オレアリス(35歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb5202 ミーシャ(32歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 eb5330 シュイ(33歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●リプレイ本文

【ジューンブライド】箱根の嫁取り

●封建君主制度の真実
 イギリスは封建社会である。
 いまさら何をと言うかも知れないが、この言葉の意味に隠れている魔物を、我々庶民は見逃しがちだ。
 封建社会は、『封』という領地財産を持つ特権階級、つまり『貴族』によって運営されている。つまり『平民』は貴族の『財産』であり、売り買い譲渡取得が可能な『物品』なのである。
 ゆえに、貴族と平民には軋轢などという言葉では言い表せない、深い溝がある。貴族社会は平民のコミュニティと違い、厳然たる『階級』があり『格』がある。自分たちを特別視し、それに矜持(きょうじ)を持ち権力を振りかざす。
 そして階級を守るためになら、手段を選ばず何でもする。
 華やかなおとぎ話の世界と現実の貴族社会は、あまりに違いすぎる。
「それを踏まえた上で、サー・ウェイブス・キンブリーの行動は、瞠目に値すると言って良いな」
 神聖ローマの神聖騎士、アレーナ・オレアリス(eb3532)が、真面目な口調で言った。
 今回集まった四名の冒険者、神聖騎士のアレーナとロシアのウィザード、ルーティ・フィルファニア(ea0340)、チュプオンカミクルのミーシャ(eb5202)、カムイラメトクのシュイ(eb5330)の中で、実感として貴族社会を理解しているのは、アレーナだけである。貴族の一員なのだから当然と言えるが、それゆえにサー・キンブリーの決意が伺えるのだ。

 サー・キンブリーの行おうとしていることは、ある意味貴族社会に対する挑戦である。

 階級社会が屹然として成り立っている現在、その階級を超えた恋愛は成立しない場合が多い。というより、99.99%成立しない。それは周囲の者も許さないし、家人から国王にまで祝福されることは無い。
 なぜか?
 封建社会は、『階級を守るために存在する制度』だからである。封建社会制度のもっとも特徴的なことは、『どんなバカ君主でも領土や地位財産を維持できること』にあるからだ。
 イギリスのアーサー王はかなりの賢主なのでそれほど問題になっていないが、例えば彼の息子が愚昧の極致に達する人物だったとしよう。当然政治は腐敗し国は荒れる。国を憂える者も多く出るだろうが、そう言う人物に決起されては困る。
 そのために、力のある者を『騎士道』や『宗教』で縛り付けるのが、封建君主制度なのだ。
 ゆえに、サー・キンブリーが『平民』で『宗教の違う』『外国人』の娘を娶(めと)るということが、いかに困難なことであろうか、諸君は想像出来るだろうか?
 アレーナは、立場的にはこの婚姻を止めなければならない。宗教と制度を守るために、ひいては教会のために為さねばならないことは、縁談を破談させることだ。実際今回の依頼を受けたことで、そのようなことをほのめかす手紙も彼女に来ている。
 が、冒険者としてはこの縁談を歓迎している。だからこの依頼を受けたのだ。いまさら臆する者など、ここにはいない。
「とりあえず、キンブリーさんに会ってみましょう」
 ルーティが、お気楽に言う。
 まずはサー・キンブリー本人に会うのが一番であろう。

●サー・ウェイブス・キンブリー
「わざわざ訪ねてもらって申し訳ない。ウェイブス・キンブリーだ。時間が無いので食事がてらで失礼する」
 サー・ウェイブス・キンブリーは、アイリッシュのような小男だった。といっても英国人規格の話しで、日本人では並大抵の体格である。豊かなひげを持つ鹿毛の男で、苦労人っぽい雰囲気がにじみ出ている。逆を言えば誠実な男で、交易業務を任せるには適任に見えた。
 が、商人は冒険をしないものである。
 サー・キンブリーのプロファイルを考えれば、今回のようなことをするとは思えない。しかし事実は、このような状況である。これはなかなか解せない。
「キンブリーさんは、どのようにおれいさんを見初めたのですか?」
 ルーティがキンブリーに問う。
「箱根に行ったときに、落馬してケガをしてね」
 鶏の香料酢漬とパン、ワインというあっさり系の食事をほおばりながら、キンブリーは言った。
「足を骨折したのだが、その時看病してくれたのがオレイだ。以来箱根に行くときは、必ず会いに行っている。私の気持ちは、充分伝えたつもりだ。誰がなんと言おうと、私は彼女を娶りたい。そのためならば、故郷や爵位を捨てることもいとわない。何、男一人で30年やってきたんだ。いまさら一人二人増えたって、なんとかしてみせるさ」
 ――おおおおおおおお。
 冒険者達から感嘆の声が上がった。貴族というのはお高くとまって、何でも人に命令したがるわがままな人種が多い。だがさすが新興イギリス王家、外交部門に『まともな人物』を派遣するあたり、人選の妙が行き届いている。
 人物に問題なしと見た冒険者たちは、キンブリーにあるものを用意させ、箱根へと向かった。

●箱根『網屋』
 箱根湯本『網屋』。おれいというのは、まだ16の少女であった。見かけに目立った華は無い。というより、見かけは平々凡々の女中である。
「サー・ウェイブス・キンブリーの使いで来ました」
 アレーナが、優雅に挨拶をした。改めて挨拶をされ、おれいが恐縮する。
「わざわざすいません‥‥」
 おれいはすっかり縮こまっている。一同は場所を変えて、おれいと面談することにした。多少でもリラックスさせて話しを引き出さないと、おれいの気持ちも確かめられない。
「何が心配なのですか?」
 コロポックルらしく、素朴かつ直球でミーシャが問いかける。
「お気持ちは嬉しいんですが‥‥うちは農民の出です。貴族さまの‥‥それも外国の貴族さまの家に嫁ぐなんて、恐れ多くて‥‥」
 ほぼ推定通りの答えを聞いて、冒険者たちは安堵した。「実はキンブリーが嫌い」とか言われたら、この話は無かったことになったであろう。
 が、これほど直球で根深い問題もなかなか無い。なぜならジャパンもがっちりとした封建社会制度が整備されていて、そしてジャパン人の特性として、それらの考え方が下々の者まで行き渡っているからだ。
 実のところ平民出身の武士(例えば長崎の藤豊氏などが噂されるが)などは掃いて捨てるほどジャパンに居るし、帯剣を許された平民――つまり浪人なども居る。意外と他国より融通の利くのが現在のジャパンである。おれいも国内の武士などが相手であれば、これほど難しい顔をすることは無かっただろう。
「つまり、外国に嫁ぐのが不安なんだ」
 シュイが言う。図星を突かれたのか、おれいがうつむいた。
 む〜〜〜〜〜〜。
 冒険者たちが、考える顔になる。結婚で責任を取るのは基本的に夫の役目だが、キンブリーがジャパン人になるのは不可能である。やるなら本当に故郷を捨ててもらうしかない。
 もちろん外国の要職に居た人物であるから、ジャパンでの仕官も不可能ではないだろう。しかしそれでは、イギリスとジャパンに軋轢を残すことになる。つまり、国際問題だ。
「やっぱりこれの出番でしょうか」
 ミーシャが封書を取り出した。それをシュイに渡す。
 シュイはそれの封を切ると、中の書簡を開いて読み始めた。

●恋文
 シュイが読んだのは、サー・ウェイブス・キンブリー直筆の恋文である。それも、かなり情熱的な部類に入る。読んでて、歯が雲の上まで浮かびそうなやつだ。
 情感たっぷり――と言うにはやや力量に欠けるが、それでも渾身の力を込めてシュイは読み上げた。周囲の者はむずがゆい感覚を我慢するのに必死だった。それだけキンブリーの恋文の出来がすごかったというのがある。
 シュイが恋文を読み終わると、おれいは涙を流していた。
「うち、心を決めました。ウェイブスさんのところに嫁ぎます」
 万感の思いで、おれいが言葉を吐きだした。

    *

 その後、おれいは無事にキンブリーの所へ嫁ぎ、イギリスで式を挙げたと聞く。貴族社会になじむには時間がかかるだろうが、良妻賢母は保証されたようなものだ。
 後、キンブリーから冒険者に礼の手紙が届く。その文面には二人が幸せにやっていることが書かれていた。
 万事、解決であった。

【おわり】