怨霊の館――ジャパン・箱根

■ショートシナリオ


担当:三ノ字俊介

対応レベル:1〜4lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 56 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月17日〜08月25日

リプレイ公開日:2004年08月31日

●オープニング

 ジャパンの東国『江戸』。
 摂政源徳家康の統治する、実質の日本の主都である。政治色の強い都市で、帝の都(みやこ)である『京都』よりも精力的な都市だ。
 だがそんなことよりも、人々の関心はその日の生活に向いていた。なにぶん、人間は食わなくてはならない。平民の暮らしはあまり裕福とは言えず、毎日ちゃんとご飯を食べるのも大変だ。
 そして、化け物の襲撃はもっと深刻だった。

 江戸から西国のほうへ3日ほど。東海道の途中、温泉で有名な箱根宿の近くに、人から恐れられる西洋屋敷がある。そこはかつて、イギリスの貿易商人が遊興のために建てた館で、風光明媚な景勝地にあった。
 だが現在、その館は閉鎖され、地元の人たちからも忌み嫌われる負の名所になっている。それというのも、悪霊が出るからだ。比喩ではなく、人を呪い殺す本物の悪霊である。
「今回の依頼は、この館の悪霊退治よ」
 そう言ってキセルをくゆらせたのは、冒険者ギルドの女番頭、“緋牡丹お京”こと、烏丸京子(からすま・きょうこ)である。漆を流したような黒髪が艶やかしい妙齢の女性で、背中には二つ名の由来となる牡丹の彫り物があるという話だ。
 京子がキセルを吸いつけ、ひと息吐いた。紫煙が空気に溶けてゆく。
「館は2階層で、地下室もあるらしいわ。全部の部屋を見て回って、化け物が居たら退治すること。怨霊には魔法のかかった武器か銀の武器しか効かないって話だから、注意してね」
 そう言うと、京子は地図を出した。染みだらけで古い。
 それは、西洋建築物の図面だった。
「館の図面よ。ただ、この絵図には描いてないけど、秘密の通路とか隠し部屋があるらしいわ。宝物を見つけたらあなたたちのものよ。がんばってね」

【絵図面について】
 館は地上2階、地下1階の3階層で成ります。
A:入り口。ホールになっている。両脇と奥に扉(右B、左C、奥D)。左右から階段が降りている。2階に行ける(E)。
B:客室。絵が飾ってある。
C:ゲーム室。さまざまな遊具が置いてある。
D:下への階段。地下室(F)につながっている。
E:上への階段(H)。
F:地下室。かまどや調理器具がある。奥に扉(G)。
G:食料庫。行き止まり。
H:2Fホール。扉が3つある(I、J、K)。
I:執務室。書架がありテーブルがある。
J:寝室。ベッドがある。
K:子供部屋。女の子の部屋だったらしい。

●今回の参加者

 ea0240 王 笑猫(34歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea0548 闇目 幻十郎(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea1244 バズ・バジェット(35歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea1497 佐々木 慶子(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea3094 夜十字 信人(29歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea3891 山本 建一(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4445 鴨乃 鞠絵(21歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea5586 月桂冠 寒椿(34歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ea5708 クリス・ウェルロッド(31歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea5943 鬼子母神 豪(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

怨霊の館――ジャパン・箱根

●東海道の箱根
 箱根は、広くは箱根山一帯の地域を指す地名である。天下の嶮(けん)と呼ばれるように古くから交通の難所として知られており、その箱根の町は複式火山である箱根山の外輪山の内側を占めていて、西部にはカルデラ湖の芦ノ湖がある。湖の北端に発する早川は仙石原を北流したのち東に向きを変え、湯元で須雲川と合流する。箱根では早川沿いを中心に多くの温泉がわき、大涌谷や早雲地獄などでは、活発な噴気活動もみられる。東海道では唯一温泉のある景勝地で、観光資源にめぐまれ古くから観光業が盛んであった。
 ゆえに、そこに西洋人が保養地を作ることになったのも頷ける話である。都である京都からは約2週間ほど。往復の行程を考えて約1〜2ヶ月のバカンスと考えれば、おおむね良い保養になるだろう。幸い東海道は江戸の開町と同時に頻繁に整備されており、難所ではあっても交通の不便は無い。外交的な配慮からも、様々な意味でうってつけだ。
 のどかで平和な光景。それがこの『幽霊屋敷』にはあった。清浄な空気と心を洗うような風景の中で、そこだけよどんだ澱(おり)ように濁っている。庭は草ぼうぼうで西洋建築家をわざわざ呼んで作らせた屋敷は荒れ放題。ただ、遺棄された物体が物言わぬ『何か』の痕跡となってそこに集まっていた。
「う〜む‥‥明らかに何か出そうな館でござるな‥‥」
 滝のように汗を流しながらそう言ったのは、鬼子母神豪(ea5943)である。この汗の量はおそらく夏の暑さのせいだろう。多分。
「これは‥‥予想以上じゃん‥‥」
 王笑猫(ea0240)が、あっけらかんと言う。その威容というか、負のオーラに満ちた建物の雰囲気は、物理的圧迫感を感じるほどだ。

 今回、このいかにもな屋敷に派遣されてきたのは、以下の冒険者たち。

 華仙教大国出身。人間の武道家、王笑猫。
 金髪に青い瞳の華国人。右目を眼帯で隠しており、長髪をまげを結ったように束ねている。猫のように気まぐれで気分屋だがわりと勘が鋭く、物事の核心をずばっと突いたりすることもある。
 ジャパン出身。人間の忍者、闇目幻十郎(ea0548)。
 現実主義者で、少々の事では揺るがない巌のような人物。いつも眉間にしわを寄せているのは何事も考えすぎのような気もするが、いざというときの配慮は大事である。
 ビザンチン帝国出身。人間のウィザード、バズ・バジェット(ea1244)。
 後衛の要である、今回数少ない『幽霊に対して打撃を与える手段を持っている』人物。商売っ気が強く『仕事』と割り切る態度は見事だが、少々ナンパな気がある。
 ジャパン出身。人間の女志士、佐々木慶子(ea1497)。
 男装の麗人というのがぴったり来る女傑。口数も少なく女性層のファンは多そうだが実は家庭的な女性で、料理が好きでよく作っている。ただし味のほうは、まだまったく保証できない。
 ジャパン出身。人間の浪人、夜十字信人(ea3094)。
 排風な態度ととは裏腹に、かなり情に甘い丈夫(ますらお)。何もかも捨て去って現在に至るはずなのに、何かを捨てきれていないジレンマを、常に抱えている。今回は鴨乃鞠絵(ea4445)を守護するために立った。
 ジャパン出身。人間の志士、山本建一(ea3891)。
 今回、幽霊に打撃を与える手段を持っている者の一人。神皇から下賜された精霊魔法を操る志士で、上品な物腰が生まれを想像させるが本人は『志道』というものに思い悩む27歳である。
 ジャパン出身。人間のくノ一、鴨乃鞠絵。
 くすくす笑いが不気味以上に似合う謎めいた少女。その正体はくノ一(女忍者)なのだが身にまとった雰囲気とその口調が相まって得も言われぬ超然とした人物像を浮かび上がらせる。まだ10歳。
 ジャパン出身。人間の僧兵、月桂冠寒椿(ea5586)。
 『出身地や宗教、国境はどうあれ、無念ならば成仏させるのが坊主の役目じゃないか?』と今回の依頼参加を決めた快男児。しかし酒を飲むと涙を流す泣き上戸。その前に酒は坊主はいかんのではないかと突っ込みたい作者は3×歳。
 イギリス王国出身。人間のレンジャー、クリス・ウェルロッド(ea5708)。
 蜂蜜を流したような金髪にヒスイのような青い目。キザでニヒルでロマンチストと一通り揃っているフェミニストだが、一歩間違えるとアッシーメッシーミツグ君である。とりあえず鞠絵嬢に手玉に取られているみたいだ。
 ジャパン出身。人間の浪人、鬼子母神豪。
 自称流浪人(るろうに)。孤高を貫こうとするお人よしでよく人にだまされる。ついでにかなりのビビリ。人間やモンスター相手ならともかくも、幽霊には完全に腰が引けている。とりあえずそのガマの油のような脂汗をなんとかしたまえ。

 以上10名である。
 幽霊相手には、バズの<クリスタルソード>と健一の<ウオーターボム>のみが頼りという陣容だが、今回の目的は戦いでは無い。館の秘密を解明し、穏便に幽霊にあの世へお引取り願うことなのだ。戦うのは最後の手段である。『怨霊』に『家鳴り』が相手とあっては、建物そのものが『敵』と言って良い。相手の土俵では、負けは確実だ。

●歓迎:入り口
 扉は堅牢なオーク材で出来ていた。日本には自生していないのでわざわざ運んだのだろう。
「罠は‥‥無し、と」
 闇目幻十郎が扉を調べた。扉には厳重に鎖が巻かれていて、さらにごつい南京錠がかけられていた。幸い、依頼主から鍵は預かっている。鍵束の鍵の一つを試すと、ガチンという音がして錠は開いた。
 ぎぎぎぎぎぎぎぎぃ――。
 扉が、いかにもな音を立てて開く。
『帰れ!!』
 ごうっ!
 風が中から噴出したような感じがして、声が響いた。それは音というよりは心に響くテレパシーのようなものだ。
 それは幼く、やんちゃ盛りの子供のような感じがした。
 がん!
「ごはぁっ!」
 豪が声を上げてのけぞった。豪の顔に、何か白い物体がぶち当たったのだ。それはおそらく装飾用の彫像の頭部と思われた。おそらくは家鳴りの仕業だろう。
「歓迎されているねぇ」
 笑猫が言う。
 家鳴りとは、洋名ポルターガイストというアンデッドである。家具や調度品といった物品を動かしたりする騒霊で、家屋なら建物そのものにとり憑いている霊体だ。建物を壊す以外に物理的な駆除は不可能に近く、そしてそれこそがもっとも困難な作業である。ナイフ、フォーク、飾台、その他、家屋の中のありとあらゆるものが襲い掛かってくるためである。
 一同は扉の陰に身を隠し、家鳴りの次の攻撃を待った。しかし特に何か襲ってくるわけではない。
「ここにいてもらちがあきません。進みましょう」
 幻十郎が言う。
 一同は警戒しながら、ホールへと踏み入った。

●1階探索
 1階は客室と遊戯室、そして地下への通路へとなっている。一同は地下への通路を後回しにして、各部屋の探索を行った。
「これを持っていて下さい」
 バズ・バジェットが<クリスタルソード>を前衛の人に渡す。バズがクリスタルソードを維持できる時間は5、6分。一部屋の敵ぐらいならばなんとかなる時間である。
 ピシッ! ピシッ!
 派手なラップ音が館の空気を震わせる。そのたびにビクッと過剰に反応しているのは豪である。
「なんかいる! なんかいる!」
 豪が先ほどから繰り返している。まさにビビリまくりである。
 1階の探索では、客間の絵以外めぼしいものは見つけられなかった。客間の絵はドレスを着た見事な女性の肖像画で、ほこりを落とせば結構な値打ちがしそうである。
「地下に行こう」
 佐々木慶子が言う。
「自分は2階を探索します」
 幻十郎が言った。
 一行は二手に分かれた。

●子供部屋
 2階には執務室と家人の寝室、そして子供部屋があった。
「これはすごいじゃん」
 笑猫が、驚いたように言う。
 2階に行った者が子供部屋で見たのは、ポルターガイストによるおもちゃの百鬼夜行であった。人形、木馬、楽器、その他もろもろ。子供部屋の遊具のありとあらゆるものが、宙を舞っている。それは終わりなきロンドのようで、一種可愛らしくさえあった。
 そしてその中央、ベッドのある場所に、白い影があった。金髪の、寝間着姿の、少女の霊――。
 テディ・ベアのぬいぐるみを持った少女の怨霊は、泣いているようだった。
 ――ふっ。
 少女の姿が消えた。
 がたがたがたっ!!
 少女の姿が消えると同時に、浮いていた遊具たちが床に落ちた。吊っていた糸が一斉に切れたような感じだった。
「どゆこと?」
 笑猫が言う。
 幻十郎にも、それが何なのかわからなかった。

●地下室
 <クレバスセンサー>という魔法がある。隙間や空間を察知する魔法で、隠し通路などを探すのに非常に役立つ魔法だ。
 地下へ向かった者たちの中で、慶子はその魔法を使用することができた。だから食料庫の奥にある隠し通路はすぐ発見できた。
「くすくす。この程度の鍵、造作もない事ですえ」
 鴨乃鞠絵が隠し扉を調べて、それを<開錠の術>で開ける。がこっという重い音がして、扉は開いた。
『帰れ!!』
 ごうっ!
 再びあの声と風。今度は何か飾台のようなものが飛んできた。<ミサイルパーリング>を持っていないと、これは回避できない。
 ぷち。
「てめぇ! 何がてめぇらを縛ってるか知らねぇが、おとなしくあの世に行きやがれ!!」
 豪が切れた。そして通路の奥へと突貫してゆく。魔法の武器も無しに。
「<春花の術>」
 鞠絵が術を唱えた。豪は寝てしまった。その間にも、物は飛んでくる。
「いてっ! いててっ! やめねぇか!」
 月桂冠寒椿が、たまらず<ホーリーライト>を唱えた。光の範囲内は、家鳴りの力は及ばない。飛んできた物体は放物線を描いて床に落ちる。
「私たちは、あなたに害を為しに来たわけではありません。あなたにやすらかに成仏してしていただきたいだけなのです! 敵意はありません!」
 クリス・ウェルロッドが言う。芝居がかっているのは、相手を女性と認識してのことだろう。相手が、ナンパの通用する範疇に入るかどうかは微妙であるが。
 が、幽霊はあきらめたのか、物は飛んでこなくなった。
 一同は慎重に、中へと進んでゆく。するとそこは、何かの執務室のような雰囲気の場所に変貌した。魔術師の何か――そんな感じだ。机に羽ペン。埃は積もっているが、確かに何かをしていた跡がある。
 そして一同は、そこで死体を一つ発見した。ドレスを着た女性のようだった。ミイラ化しておりその正体は判別できないが、多分人間であろう。
「外国人のようですね‥‥」
 夜十字信人が、死体を見て言う。金髪らしい髪の毛が残っていて、おそらく外国人かそのハーフであろうと推察される。
「あ。このドレス、客間の肖像画にあった女性のドレスと似ていませんか?」
 山本建一が言った。確かにその通りだった。
 何がなんだかわからない。しかし家鳴りも怨霊もナリを潜めてしまい、真実を問うことも出来ない。
 ただ物言わぬ骸(むくろ)だけが、そこに残っていた。

●真実は闇の中
 結局――。
 事件は官憲の手にゆだねられた。冒険者たちに規定どおりの報酬(+館で得た収入)を得て、事件は終了した。ただ外交問題になるので、事件に関しては口止めされていた。
 あの幽霊はなんだったのか?
 あの死体は誰のものなのか?
 そしてどうして死体があそこにあるのか?
 その答えは、役人たちが調べることになる。幽霊も家鳴りも無くなった屋敷では、外交官も交えた事件に対する協議がおこなわれているはずだ。
 なんとも、歯切れの悪い事件であった。ただ幽霊たちが現れなくなったことは、役目を終えて成仏したと信じたい。

 そして、冒険者たちは次の冒険へ――。

【おわり】