●リプレイ本文
●金持ちの道楽
好事家というものは、何をするか分からない。今回の事件もそうだ。わざわざ華国からトカゲを輸入してどうするつもりなのだろう。
もちろん飼うつもりなのだろうが、基本的に動物が好きだからと言うわけではなく、他人に見せて自慢するために飼うわけだ。人によっては、とんでもない化け物を飼っている場合もある。幸い、そういう化け物が逃げたという話は、まだ聞かないが。
そして、この金持ちの道楽につき合わされることになったのは次の冒険者10名。
ノルマン王国出身。エルフのレンジャー、リゼル・メイアー(ea0380)。
ジャパン出身。人間の侍、武蔵野壱徳(ea0905)。
ジャパン出身。パラの侍、暮空銅鑼衛門(ea1467)。
ロシア王国出身。エルフのレンジャー、スタニスラフ・プツィーツィン(ea1665)。
ジャパン出身。人間の女僧兵、水神楽八千夜(ea2036)。
ジャパン出身。人間のくノ一、咲堂雪奈(ea3462)。
ジャパン出身。人間の忍者、鍵屋小丸(ea4244)。
ジャパン出身。人間の女志士、天薙綾女(ea4364)。
ジャパン出身。人間の忍者、七杜風雅(ea4458)。
ジャパン出身。人間の女志士、荒神紗之(ea4660)。
仕事の内容はともかく、集まった顔ぶれはかなりまともだ。多分。
ひとまず一行は、冒険者ギルドの女番頭などから情報収集を行い、付近の地図を手に入れた。といってもおおよそ『森』とか『道』とか、他には地名が書かれた記号の集まりのようなものばかりで、それほど有益な地理情報が得られたわけではない。測量などが進むのはもっと後の時代なので、これはやむを得ないだろう。
結局「現地に行くのが一番だ」ということになり、冒険者一行は江戸を発った。
●問題の森
問題の森は、街道に面しているにも関わらず深かった。中に分け入るには、熟達した知識が必要であろう。でないと迷って、一生出られずあの世行き、などという笑えない事態になりかねない。
「一角蜥蜴って、虫を食べるんだ」
リゼル・メイアーが、冒険者ギルドの女番頭から貰った『トカゲの餌』なるものを取り出して言う。それは、多分バッタだった。5センチくらいの黒いバッタで、イナゴの大きなヤツに見える。華国では『飛蝗(ひこう)』と呼ばれる、バッタの一種だ。生まれが西国なら餌も西国というわけらしい。餌代だけでかなりかかりそうだ。
「つちほりくわ〜(ぴこぴこぴこ〜ん!)」
なにやら独特のイントネーションで背負い袋から道具を取り出したのは、超おっさんパラ侍の、暮空銅鑼衛門である。ちなみに(ぴこぴこぴこ〜ん!)は彼の脳内で響いている音だ。なお、この音声は旧版でお送りしております(何がだ)。
『ここに穴を掘ればいいんですか?(ゲルマン語)』
スタニスラフ・プツィーツィンが、大仰な身振り手振りで意思疎通を図っている。ジャパンに来て仕事をするのにジャパン語を覚えていないのはかなーり致命的だが、今のところなんとかなっている。しかし『囮になります』とかそういう意味を含んだ複雑な語彙を表現することができない。咲堂雪奈の通訳もあるが、専門的な話をするにはスキル不足だ。しかも雪奈は極度の西国訛りである。意思疎通はなおのこと難しい。
結局行動するのが早いということになり、スタニスラフは猟師としての職能を活かして罠の製作に取り掛かった。基本的に落とし穴がメインだが、その他に跳ね枝の罠や閉じ罠などを作って仕掛ける。仲間がいくつか間違って踏んでしまったが、怪我は無かったのでそこはご愛嬌だろう。少なくとも、目標に対して致命的な罠を仕掛けているわけではないことは確認できた。
「じゃあ、私はこの餌を持ってぶらぶらしてくるわね」
水神楽八千夜が、飛蝗を糸で繋ぎ、それを指先に結わえて森へ分け入る。囮となって一角蜥蜴を釣ろうというのである。片手には酒の入ったひょうたんを持ち、今もほろ酔い状態のようだ。酔って道に迷わなければいいが。
「すたはんのほうはもうよろしおすな」
咲堂雪奈が、都(みやこ)訛りでひとりごちる。すたはんとはスタニスラフのことである。通訳をやっているのはいいのだが、自分の準備もある。いつまでもこの場で通訳をやっているわけにはいかない。
雪奈はスタニスラフと二、三の打ち合わせを行うと、木を伝って森の深部へと向かった。罠の作成に周囲の偵察、あるいはトカゲそのものの探索。やるべきこと、できることはいくらでもある。
「ったく、穴堀りもラクぢゃねー。しっかし、すっぽり俺、入っちまうぢゃん?」
ぶつぶつ独り言を言いながら穴を掘っているのは、鍵屋小丸である。
「い、い、意外と楽しいぢゃん。掘る。もっと掘る」
ちょっと忍者にそぐわないメンタリティを持っているかもしれないが、まあ本人が納得しているのだから良しとしよう。
小丸は落とし穴を掘ると、こんどは掘った土を乾燥させて砂に見たて、周囲に撒き始めた。一角蜥蜴は砂地に住む生物である。砂場を作れば寄って来るかも知れない。
なぜか小丸は、砂の城を作っているが。
「森は気配が多すぎて、<ブレスセンサー>では探りきれませんね」
天薙綾女が、八千夜と同じく糸に飛蝗をつないで釣り餌にしながら、森の中を歩いていた。ブレスセンサーは、かなり正確に生物の気配を探れる魔法である。だが正確すぎて、トカゲぐらいの生物の呼吸をすべて拾ってしまう。これでは一角蜥蜴なのかただのトカゲなのかは、その場に行って見なければわからない。
七杜風雅と荒神紗之は、キャンプの設営を行っていた。トカゲを見つけるまで数日はかかるだろう。ベースキャンプ無しというわけにはいかない。もっとも風雅は野宿するつもりだが。
「じゃ、探しに行って来るわね」
「……………………」
風雅と紗之は、組んでトカゲ探索に赴いた。黙っているのは風雅である。彼は口数が、極端に少ない。
紗之も志士なので、精霊魔法を修得している。<ブレスセンサー>も持っているので探索には向いているが、綾女と同じく気配の多さに苦しんでいた。
結局まる2日、無駄に過ごした。罠の範囲を拡大し、森をどんどん危険なものにしてゆく。いらいらも多少無いではないが、待つのも冒険者稼業の一つである。
そして3日目。
「かかった!」
今まで出番がまったく無かった武蔵野壱徳が叫んだ。落とし穴に落ちた一角蜥蜴の一匹を発見したのだ。
「えらく長くかかったなぁ……」
壱徳が、トカゲの頭に袋をかぶせ、縄でがんじがらめに縛る。ここまでにいのししや山犬などがかかって(そしてものによっては食されて)いたが、とりあえず一匹は捕まえられた。
あと4匹。
●トカゲ捕まる
一角蜥蜴は、走り出すと止まらない。だから走られても問題ないようにするのが今回の作戦のキモなのだが、その辺の心配は杞憂で済んだようである。
なぜか?
一角蜥蜴は、砂漠の生き物である。だから普段走るのは、障害物の無い砂地の上だ。
そして勢い良く走ると言うことは、旋回性能が極端に低いと同義なのである。
バッタでトカゲを釣っていた綾女や八千夜は、そのトカゲの運動性の無さを目の当たりにした。トカゲは彼女らに向かってまっすぐ走りこみ、脇を通り過ぎ、森の木に突貫したのだ。
もちろん木にケンカを売って勝てるやつは少ない。トカゲもご多聞に漏れず、木に衝突したやつはほとんど無防備に捕らえられた。壱徳がそれを手際よく縛ってゆく。
これで、3匹まで捕まえた。
翌日、風雅と紗之が木陰で休んでいるトカゲを発見し、落とし穴に追い込んで捕まえることに成功した。
あと1匹。
しかし残りの1匹を探すのに、さらに2日を費やした。罠は広げられているが、そろそろ限界が近い。一度戻らないと、トカゲの体調も心配だ。
冒険者たちがそろそろ進退を検討しなければならなくなったころ。
「見つけた……」
風雅が小さな声で言う。視線の先にトカゲが居た。木に登り寝そべっている。口の端から蝶か何かの羽根がはみ出していた。お食事中なのであろう。
風雅と雪奈は木に登り、トカゲを手で捕まえた。暴れると思いきや、トカゲはおとなしく捕まってくれた。
「これで終いどすな?」
雪奈が言う。
「『ぐらんどくろす』ふらっぐ〜(ぴこぴこぴこ〜ん)!』」
銅鑼衛門が背負い袋から巨大なバッテンの書かれた旗を取り出した。
「この森は我ら結社の領土となったでござるよ。……いや、ミーは新入社員ゆえ、権利関係は良くわからぬが」
何か良く分からないことを誰かに断わっている。
「宴会よ!」
紗之が、にこやかな顔で言った。彼女は酒が強い。一斗とは言わないが五升はいける。付き合わされた面々は翌日地獄を見ることになった。
ともあれ、任務は完了した。冒険者たちはトカゲを廻船問屋に引渡し、礼金を貰って意気揚々と帰着したのである。
だが、あれが最後の廻船問屋とは限らない。廻船問屋の不始末はこれからも起こるかもしれない。
未来へ微妙な警鐘を残しつつ、物語は終了する。
【おわり】