●リプレイ本文
赤い剣の伝説
●伝説は伝説
さて、この世界の情報伝達というものがどういうものか、基礎的な講座をしなければなるまい。
情報の伝達は、天界からもたらされた『駅伝』システム(これは通称であり、各国で呼び名は違う)に依るところが多い。しかしこれは政治や軍事に限った話であり、庶民の伝達手段ではない。郵便制度が確立されればまた話は変わってくるが、現代世界の西部開拓時代のように、大陸横断鉄道が敷設されて『安全な』郵便制度が確立されない限り、その運営は困難だ。現在のメイで1番確実な情報伝達手段が軍事伝令だとすれば、2番目は、実は冒険者に手紙を託すことなのである。
さて、そこで登場するのが『永遠の旅人』吟遊詩人である。彼等は諸国を渡り歩き、ありとあらゆる情報をありとあらゆる手段(その中には床技も含まれる)で収集し、それを歌や楽曲にして伝播させる。彼等は情報の運び手であり、そして娯楽の少ない庶民の心の置き所なのだ。
さて、彼等が情報の伝達者と言っても、そのありようは様々である。職業吟遊詩人の場合は宮廷楽士などとして宮廷に入ることが一応の目標になるが、吟遊詩人というのは実は間諜の隠れ蓑になる場合が多く、その場合は目標の懐に深く入り込むことが目標になる。そしてある日、調べたことを主に暇乞いをして『本当の主』に伝えるわけだ。
そして今回の情報ソースは、前者である。彼等は自らが体験したことを歌にして、人々に伝える。もちろん読経を聞きたい人などそうそう居ないので、上手い歌、気分に合った曲を人々は聞きたがる。
メイでは特に、竜戦士伝説がよく歌われる。救国の英雄にしてアトランティスを救済した英雄の中の英雄、ペンドラゴンの歌だ。
そしてメイでは英雄に関する歌が好まれる傾向にあり、その中に『赤い剣の女戦士』の歌があった、というわけだ。
リザベ領の戦地からは、約1200キロメートル以上を伝わった伝説である。大元の『女戦士』が話題になったのは果たしていつのことか? という問題が、実はあった。
●出発前に
「『赤い剣の女戦士』を探しに行くって?」
『破滅の剣』探索隊隊長、フォーレスト・ルーメン侯爵は、マリ○のような顔に『頓狂』という表情を浮かべて言った。
「はい、『阿修羅の剣』に関する噂なので、一応確認をと思いまして」
「同じく、ってとこです」
ツヴァイ・イクス(eb7879)が言い、風烈(ea1587)が同意した。側にはちょっと影が薄いが、ドミニク・ブラッフォード(eb8122)と山野田吾作(ea2019)もいる。ちなみにドミニクは、今回が初依頼である。
「そりゃまた、酔狂というか‥‥」
ぽろっと出てしまったような本音を、フォーレストが言った。
「それで、リザベ領の領主さまへの紹介状をお願いできないかと思いまして」
フォーレストは『侯爵』である。これは君主の次に偉い階級で、実のところルーメン家『分国領主ではない』というだけで、かなりの名家なのだ。新造フロートシップを任されたのも、その辺の理由があるのだろう。
「それはかまわないが、苦労するぞ。覚悟はしておいたほうがいい」
フォーレストが言う。もちろん最戦域のリザベ領を深く行くのである。リスクもあるし、何より危険だ。
とりあえずリザベ領の主都リザベまでは、ギルド手配でゴーレムシップでの旅になる。リザベからは南西に200キロメートルほど行った場所にダイラテルという砦があり、さらに南に300キロメートルほど行くと『岬の砦』ラケダイモンがある(『コングルストの奇跡』で名を上げたコングルスト砦は、その途中である)。
距離だけ聞いても、かなりの長旅になりそうだ。
ともあれ4人は、侯爵の紹介状を得て他の冒険者と合流した。
●城塞都市リザベ
リザベ領の主都リザベは、城塞都市である。市域は薄い場所でも幅10メートルはある壁で囲まれており、外から見ると灰色の巨大な煉瓦が鎮座しているように見える。
港は城塞内部まで引き込まれており、万に一つもカオスニアンの跳梁は許さない――と言いたいところだが、飛行恐獣や水棲恐獣に対しては、その保証の限りではない。
それでも港近辺はバリスタなどの対空兵装が装備されているし、旧型だが精霊砲も装備されている。まあ、旧型というのは語弊があるかもしれない。地勢上、完成した初期から精霊砲が装備され、使用されているのである。
フォーレストから紹介状をもらった4人は早速リザベ領主に謁見し、結果、荒れ地を行くためのいくつかの便宜を図られた。一つは水、食料、燃料などの備品の支給。そしてもう一つは、荒れ地を行くための『足』の供与である。
速度重視のリザベ領では、馬以外にもガリミムスというダチョウのような草食恐獣が使用されている。これが長距離遠征には非常に強く、水と十分な食事を与えておけば、1日で最高4〜50キロメートルの行軍が可能なのだ。むしろ、乗り手の方が悲鳴をあげかねない。
街の方では、別班が情報収集を開始していた。
アレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)と竜胆零(eb0953)は、リザベの酒場での情報収集を行った。もちろん『赤い剣の女戦士』の噂である。
さて最初の情報源を何にするか――と相談していると、酒場の奥から竪琴の音が聞こえてきた。
――カオスの地に緋剣士あり
――ぬばたまの髪は風になびき
――白磁の肌は夜に光る
――その歩み風のごとく、その刃嵐のごとく
――百万華のきらめきを千万の剣風に変え
――千刃の颶(ぐ)風で黒き叢雲(むらくも)を切り伏せる
――その千刃の名は紅(くれない)、その色は赤
――朱の大地、赤の奇跡
――果てし無く続く、この戦いに
――この身を全て、捧げよう
――いつの日か終わりを迎える
――最後の鐘が鳴り止むまで
「「!!」」
がたたたっ!!
二人が思わず、席を立った。現代のアメリカ人なら、『ビンゴ!』と叫んでいたに違いあるまい。
「これは、『当たり』だな。来てそうそうとは、幸先が良いのか悪いのか」
と、こちらはぱっつんぱっつんの身体に童女の顔がついた零。
「こういうときは、素直に喜んだほうがいいんですよ。大きいのは胸だけでいいんです」
と、こちらはフードで耳を隠したアレクセイ。
「この身体を愚弄するのは許さないぞ!」
「誰もそんなこと言ってません!!」
もしもし。
「「なんです(だ)!?」」
口げんかは結構なのですが、吟遊詩人さんが酒場を出て行きましたよ。
ばっ。
二人が即座に反応する。さすがは冒険者である。
「そこな御仁!!」
「そこの方!!」
●荒野を行く――おやつは300ペソまで
ガリミムスの『性能』は破格だった。
乗るのに多少コツは必要だが、体重が軽いため衝撃も少なく、尻が割れるような痛みを受けずに長時間乗ることが出来た。
馬は、実は平均体重が500キロもあり、その運動によって揺さぶられる衝撃はかなりのものなのだ。訓練を受けなければ乗りこなせないのは、相手が破格に重いためその運動に『引きずられる』と股関節や腰を痛めてしまうのである。
『人馬一体』とはよく言ったものだが、ガリミムスはその辺もう少し柔軟に使えそうである。問題は個体数が少ないのと、夜の荒れ地では低体温症を起こしてほとんど動けなくなることだ。
「慣れると可愛いものですね」
アトラス・サンセット(eb4590)が、ガリミムスに蜂蜜入りのエサを与えながら言う。穀物を練って作られたそれは一応人間も食うことが出来るが、あまり美味いものではない。途中カオスニアンの分隊と遭遇戦を行い、その際アトラスが狂化して確認したことである。
「かなり深くまで来たけど‥‥距離は近いと思うわ」
フローラ・ブレイズ(eb7850)が、地面を調べながら言った。そこには兵馬が通過した跡があった。
「カオスニアンも、その剣を狙っているんだろう」
リューグ・ランサー(ea0266)が言う。
「一度ならず三度も奴らと遭遇すれば、だいたい状況は察しがつく」
そう、彼等はカオスニアンの『分隊』と3度も交戦しているのである。その度に退けてはいるが、この出現頻度は異常だ。
「『分隊』というのがカギだな」
レオニール・グリューネバーグ(ea7211)が言った。
「相手は偵察部隊か、捜索隊と考えていい。もちろん『赤い剣』が目的なのは間違いないだろう」
レオニールの言葉は、ある意味核心を突いていたと言える。そうでもなければ、このような散漫な遭遇戦を繰り返すことになるはずが無いのだ。
それから一両日の間に、冒険者はさらに1隊のカオスニアンと交戦し、件の傭兵団『緋竜の団』と合流した。
吟遊詩人からの情報とリザベ領主からの情報を総合すれば、傭兵団に追いつくのは必然であった。
●赤い剣、その真実
「わたしが『赤い剣』の持ち主の、ヒルデガルドです」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」×10
その女性は、確かに美人だった。通った鼻筋、はっきりした二重まぶた、形の良い唇に整ったあごのライン。多少『野性的』とか『快活な』という修飾語や形容詞が入るが、こういう美人もありだろう。
身長が、2メートル近くあるが。
ヒルデガルドは、巨人族なのだ。
「これは‥‥予想外でござる」
田吾作が言う。ちなみにヒルデガルドは名前も造形もゲルマン系――フランク王国出身だそうな。
「遠目に見て変だとは思ったが‥‥」
ツヴァイが、ヒルデガルドを見上げながらつぶやいた。まあ、遠近法やパースを無視した構図を目の当たりにして、我が目を疑うことも、たまにはあるだろう。
「ともあれ、剣を検分させて欲しいんだが‥‥」
烈も、多少衝撃を隠しきれない様子だ。
「初めに言っておきますけど、この剣は『阿修羅の剣』ではありませんよ?」
ヒルデガルドが言い、剣を鞘ごと抜いた。それを烈に渡す。ずしっと重く、結構長い。バスタードソードかグレートソードほどはありそうだ。
ひん――。
抜いた鞘走りの音は、涼やかだった。
刀身は握りと一体化した鋳物のような作りで、鍔は狭く握りは大味である。握りの端には環状の二匹の龍の彫刻があった。烈には大変見覚えのある形だった。
「これは‥‥俺の故郷の剣そっくりだ」
そう、その剣は西洋剣ではなく、古い華仙教大国の剣だったのである。それも烈の時代より、一千年は古い。
ただ鈍く放つ刀身の色は、確かに赤かった。
「『双龍環頭大刀』という名らしいです。私が天界に居た頃、遺跡巡りして見つけたものです。確か神聖歴997年でした」
それを聞いて、一同は確信を深めた。つまり、『ハズレ』という確信である。4年かそこら前ジ・アースで発見されたものが、阿修羅の剣である可能性は、アリの触覚の先っちょほども無いだろう。
「どうやら、ブラン製らしいんだがな。製法まではわからん。東方には『ヒヒイロカネ』という魔法剣の製法があったらしいが、それかもしれんな」
と、これは傭兵団の団長、ドワーフの戦士ボルグである。四角い顔のドワーフで、刈り込んだひげが特徴だ。
「この剣が、『阿修羅の剣ではない』という噂を流布しようと思うのですが」
ドミニクが申し出た。彼等の安全を考えてである。この剣が存在する限り、彼等はカオスニアンにつけ狙われることになるだろう。
「それは遠慮しておきます。アトランティスの人たちの夢は壊したくないですし、この剣のあるおかげで私たちは十分な『仕事』ができます」
売れば三代は食えるであろう器物を手に、ヒルデガルドが言った。
それ以上、確認すべき事は無かった。
●結び
その後冒険者たちは、『緋竜の団』と共にカオスニアンの戦隊と一戦交えることになった。
ヒルデガルドの剣技は特筆に値するが、それよりも『双龍環頭大刀』である。赤い軌跡が弧を描く度に、剣は確実に相手の武器や鎧を破壊し致命打を与える。それは、魔法の剣特有の能力にも見えた。
『緋竜の団』は今この瞬間、『英雄』の存在する兵団として戦っている。それがアトランティスの人々や兵士に与える勇気は、計り知れない。
冒険者たちは『緋竜の団』に別れを告げ、帰路に就いた。
ハズレではあったが、わりと満足の行く旅だった。
【おわり】