エイジス砦の攻防
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■ショートシナリオ
担当:三ノ字俊介
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:5 G 47 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月14日〜12月20日
リプレイ公開日:2006年12月23日
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●オープニング
●カオスの脅威
『カオス』が何であるか?
実は、多くのアトランティス人は把握していない。ただカオスニアンや『カオスの魔物』などの存在から、邪悪で『このアトランティスを冒(おか)すモノ』であると認識している。
だが、その本質にまで迫った学者や魔法使いは居ない。それはこの50年変わらぬアトランティス各国の命題であり、そしてなんとか探りたい事物である。
なぜか?
話しは簡単だ。どうやって生きて(発生して)いるかが分かれば、滅ぼすことも不可能では無いからだ。
生物のメカニズムは、かなり解明されている。まあ、天界の知識でアクチン・シトミンといったアミノ酸の集合体であるという人間の構成が、アトランティスやジ・アースでは『六大精霊』によって構成されているものであったりとその有り様は様々だが、モンスターも含めて、解明された現象はあまり脅威ではない。ウィルスの発見により免疫学が発展したように、正体が分かれば対処のしようがあるからである。
だが、カオスだけは別である。現状その発生原因も分かっていないし、ある日突然『カオスの穴』が開口しサミアド砂漠が広がり、文字通り『世界が崩壊しかけた』この事象は、今だ謎のままだ。
そして、バの国の台頭。
基本的に『リーダー』という存在の無かったらしいカオスニアンたちは、バの国の『軍』というシステムを教えられ、『群体』から『軍隊』に変化した。それは身体能力にすぐれたカオスニアンに適合し、そもそもバイタリティあふれるカオスニアンを巨大な一個の『暴力』に作り上げたのである。
そしてカオスニアンの多くはどん欲で、実に凶暴である。そしてしたたかで、認めなければならないのは『賢い』のだ。
悪の賢人ほど始末の悪いものは無い。そして、彼らは虎視眈々と『何か』を狙っている。
◆◆◆
カオスニアンには何人か、ひどく有名な者が居る。例えば『最大の悪女』マハ ・シャイ、あるいは『最悪の殺し屋』ネイ・ネイ。
そして『最強の暴力』ガズ・クド。
エイジス砦は、カオスニアンの居留地を叩きメイの国がサミアド砂漠から切り取った、砂漠の拠点である。
そこに、カオスニアンの逆襲部隊が攻め寄せてきた。戦力比は10:1以上。しかも今回は、その『最強の暴力』ガズ・クドが敵に居るという噂だ。
敵巨獣の数は、大型がすでに片手以上いるという。中型以下に至っては両手で余る。
そして何よりエイジス砦は、『未完成』なのだ。最近では『コングルストの奇跡』で知られるコングルスト砦防衛戦が有名だが、その時よりさらに状況は悪い。はっきり言って勝てる要素が無いに等しい。
砦の人員は、兵員20名に土木作業者80名。このうち土木作業を行っている者は戦闘は不可能と見て良い。
抗戦か、撤退か。
そこから判断しなければならないだろう。
王国からは、フロートシップ1隻とモナルコス2騎までの貸与が認められた。フロートシップについては撤退も考慮に入れて、3隻の中からの選択になる。
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・攻撃型高速巡洋艦 メーン(ヤーン級2番艦
【データ】
搭載量:ストーンゴーレム2騎
兵員30名(騎馬含む)
武 装:艦首精霊砲×1(調整中)
大弩弓×4
【解説】
就航前の高速巡洋艦。建造途中なので艤装は60パーセントほど。実用戦闘での使用は難しいが、最速で到達できる。ただし送付兵員は最少。
・攻撃型巡洋艦 ルノリス(ウルリス級3番艦)
【データ】
搭載量:ストーンゴーレム3騎
兵員30名(騎馬含む)
武 装:精霊砲×1
大弩弓×8
【解説】
汎用という意味で選択。ただし抗戦撃退が必須条件で、撤退戦では騎馬荷物ゴーレムを捨てても全員を救出することはできない。
・輸送艦 リネタワ(エルタワ級2番艦)
【データ】
搭載量:兵員120名(騎馬含む)
武 装:大弩弓×8
【解説】
兵員を送るなら抗戦撃退が必須。空荷で行くなら撤退が前提。最大の選択は、ゴーレムを搭載出来ないことである。
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責任者はオルボート・ベノン子爵という前カオス戦争にも従軍したという老貴族だが、作戦は現場指揮官である冒険者に完全一任するという。兵員は騎士20名、兵士80名の100名まで供与するという。
さて、どうしたものか。
●リプレイ本文
エイジス砦の攻防
●静寂――
アリオス・エルスリード(ea0439)とスニア・ロランド(ea5929)は、輸送艦『リネタワ』甲板上で言葉を失っていた。
いや、他の多くの者もそうだろう。負傷者を収容していたオリバー・マクラーン(ea0130)やアルフレッド・ラグナーソン(eb3526)も手が止まり、『戦場』を凝視している。
「こ‥‥このクソヤロウ‥‥グッ!!」
地を這いながら、ヴァラス・ロフキシモ(ea2538)が苦しい声で言う。その頭を、皮のブーツが踏みつけた。
「ヌルいな」
踏みつけた相手が、そう言った。別に大声を張り上げているわけではないのにやたらとはっきり響いたのは、戦場が静まりかえっていたからだ。
「ぐ‥‥」
「お、まだ生きていたか。しぶといな、半人間は」
襟首をつかまれ、引きずられるような態になっているのは、本作戦の地『エイジス砦』の名を冠するに至った英雄、エイジス・レーヴァティン(ea9907)だった。ヴァラス共々武具を失い、致死に近いダメージを受けている。対する相手は、ほぼ無傷だった。
相手――虎皮の肩掛けを鮮血に染めたカオスニアンの男は、偉丈夫で、そして凶暴な猛獣そのものの笑みを浮かべていた。
『鮮血の虎』ガス・クド――。
カオス最大の暴力の名は、この時現実のものになった。
●エイジス砦救援作戦
エイジス砦――ほんの数週間前に冒険者とメイの兵団が強襲し切り取った、カオスニアンの居留地である。
それまで名など無かったが、エイジス・レーヴァティンが単身でアロサウルスを倒すという偉業を成し遂げ、それを記す意味も込めて彼の名を冠する砦が建設されていた。地勢的にもリザベ領とステライド領の中間の位置にあり、水も補給できるので拠点としてはうってつけである。カオス勢力が拠点として使用していた時はかなりの回転度で機能していたようで、細く長いメイ国土の横腹を裂く、まさに『拠点』であった。
メイの国としては、これを放置するわけにはいかない。居留地を強襲しカオスニアンを駆逐した後は、カオス勢力に再利用されぬよう防備を固め維持する。それによってカオス勢力の勢いを削ぐ役目を担う――はずであった。
が、事態は急転する。
数週間後、防備兵力の10倍以上の戦力で、カオスニアンが砦を奪回――ないし殲滅された朋友の復讐に来たのである。
急報を受けた王宮はただちに兵力を編成し、それに対処するべく冒険者を募った。責任者はオルボート・ベノン子爵という、前カオス戦争従軍経験のある老貴族が充てられた。
抗戦か、撤退か。
少ない時間の中で濃密な議論がなされ、最終的には再起を狙い撤退をするという方針に至った。なんと言っても、10倍の兵力をひっくり返した戦例は古今類を見ない。また相手に名のあるカオスニアンが存在するらしいことも起因していた。
『最強の暴力』ガス・クド――。
カオスニアンの中でも類を見ない、最悪の敵が敵陣にいるらしいのだ。
冒険者たちは、『英雄』の力を正しく把握していた。100の兵は10の英雄で退けることが出来る。そして10の英雄もまた、一人の『英傑』によって砕くことが出来るのだ。
敵がその『一人の英傑』である可能性を見誤らなかった、それだけでも特記に値するであろう。
救出すべき人員は最大100名。冒険者が10名出陣し、ベノン子爵からは10名の騎士が選抜された。
船は輸送艦リネタワが選ばれた。騎馬すら載せない、真の空荷である。冒険者が多少のペット類を連れていても、十分全員救出出来るはずだ。
方針が定まったあとの行動は早かった。それでなくともリネタワは足が遅い。兵を装備させた後は、エイジスやヴァラス、アリオスにバルディッシュ・ドゴール(ea5243)といった目に自信のある者たちが船頭に立ち、昼夜を徹して強行軍を行った。
そして約2日後――ついに砦の戦煙が見える場所にまで到着した。
●エイジス砦の攻防
「総員戦闘配置!」
「総員戦闘配置――!」
「総員戦闘配置――!」
オリバーの号令の元、船の人員が戦闘態勢に移行する。アリオスとスニア、そしてスニアに選ばれた弓兵は弓を構え、オリバーとアルフレッドは救援補助のために、そしてその他の者は戦域に吶喊するためにリネタワの搬出ハッチに準備した。ガイアス・クレセイド(eb8544)は縄ばしごの準備をしていたが、「相手に撤退の意志を見破られると不利になる」と、ギリギリまで縄ばしごを降ろさぬようベノン子爵に言い含められていた。
つまり、作戦はこうだ。弓兵で牽制しつつ特選隊が敵を急襲&かく乱。敵の攻勢に対する遅滞行動を取り、その間に砦の兵力と民間人を確保。そして速やかに撤退。
要は『一瞬でもやる気を見せて警戒させ、その隙に逃げる』のである。
リネタワからの攻撃はバリスタによる遠距離攻撃から始まった。アリオスの放ったバリスタはアロサウルスの頭蓋を射抜き、文字通り即死させた。スニアも騎手を狙ってバリスタを放ったが、それは結果的にアロサウルスの陰になりアロサウルスに打撃を与えた。《ポイントアタック》があっても、遮蔽物の向こうは狙えない。逆を言えば無くとも狙えるのだが、今はたまたま間が悪かった。
バリスタの攻撃は2斉射だけ行われた。弦の巻き上げに時間がかかり、それ以上は不可能だったからだ。
「じゃあ、いこう」
エイジスが、ピクニックにでも行くような声で言った。
「じゃあいくぜええええええええっ!」
ヴァラスが吼える。
「ハッチ開放!」
リネタワの後部揚陸ハッチが開放された。前を開けなかったのは、内包兵力を敵に見せないためである。
――ウオオオオオオオオオオ!!
砦から歓声が沸いた。エイジスの姿を確認したからだ。エイジス砦の者たちは、この砦の守護神の姿を忘れていなかった。
「エイジス砦の勇者たちよ!」
アリオスが声を張り上げる。
「今ここに王命を伝える! 負傷者、民間人を護衛し乗船せよ! 砦は後日奪回する! 今は生き残れ! しんがりは我々が務める!!」
――ウオオオオオオオオオオ!!
英雄の言葉だった。そして今は英雄が存在し、彼等を守ってくれるという。撤退はやむなしだが、士気は回復した。誰もが絶望していたのだ。
「第1天界人隊! 抜刀! かかれぇ!!」
芝居がかった口調で、エイジスが言う。
「役者だな」
バルディッシュが、戦斧を構えながら言った。
「時には演出も必要だ。砦の者達には良薬だろう」
レインフォルス・フォルナード(ea7641)が、サンソードを抜き放ち言う。
「あれがカオスニアンか‥‥初めて見るが、まがまがしいものだな」
アッシュ・ロシュタイン(eb5690)が斬魔刀を構えて言った。彼の背後を守るのは、ガイアスである。
「この世の者ではないからな」
ガイアスが言う。彼はメイ生まれの鎧騎士だ。
「我らとは相容れぬモノ――貴殿もアトランティスでは忌まわしき生まれと言われるが、次元が違う」
アッシュはハーフエルフである。ガイアスらアトランティス人からすれば忌み子なのだが、それとカオスは並ぶ物ですらないのだ。
「弓隊! 構え!」
スニアが号令をかけた。
「放て!」
ビビビビン!!
弦楽器をまとめて鳴らしたような、いつもの不協和音。十数本の矢が弓なりの弧を描いてカオスニアンの群れに落ち、被害を与える。
が、今回は事情が違った。
「全員物陰に隠れろ!」
アリオスが叫ぶ。すると万雷の風切り音がして、百本近い矢が船上に降り注いできた。カオスニアンも、弓隊を編成していたのである。
過去数度に渡ってこの戦法で効果を挙げていたスニアは、相手の順応力に舌を巻いた。辛くも矢弾の雨からは逃れられたが、反応が遅れた者が3名、矢ぶすまとなって絶命した。
――そんな!!
スニアが思う。
間断なく降り注ぐ矢の雨に、スニアとアリオスは身動き出来なくなった。
「カオスニアンが賢いというのは、本当だな」
アリオスが言う。敵の有効な戦術を、すぐさま模倣しモノにする。文章で書くと簡単そうに見えるが、実はかなり訓練された兵団でなくては出来ない。
事実上矢の援護を封じられ、リネタワと特選隊は丸裸にされた。
「矢の援護が来ない」
その異変にいち早く気づいたのは、バルディッシュだった。予定では、進行方向の敵は壊乱しているはずである。が、敵の層は厚く容易に切り崩せそうにない。
この時特選隊の面々は、カオスニアンによって味方の戦術が一つ一つ潰されていることにまだ気づいていなかった。
ボウッ!!
「うわっ!」
飛行恐獣が投下する火炎弾(可燃性の樹液を混ぜ、火口を付けたもの)が、アッシュのそばで弾け燃え上がった。
「アリオスの援護はどうしたんだ!!」
刻一刻と厳しくなる戦局を見て、アッシュが叫んだ。
バキン!!
その時、砦の正門がついに破られた。カオスニアンがなだれ込んでくる。撤退中ゆえ被害は最少に留められているが、船にまでなだれ込まれたら終わりである。
「死守だ」
狂化し、キリングマシーンと化したエイジスが言った。
「けっ、とんだ貧乏くじだぜ!」
ヴァラスが、両手に剣を構える。
「どけどけどけーい!」
その、カオスニアンの群れが割れた。特選隊を半円形に囲むように押し寄せて、そこで止まる。
群れの中央に、虎皮の肩掛けを装備した男が居た。カオスニアンの年齢はよくわからないが、30代後半と思われる。筋骨たくましい偉丈夫で、歴戦の強者らしく体中に刀傷や槍傷があった。
「お前たちだな? 『天界人』は」
それは確認の問いかけだった。一切承知の上で茶番に付き合う、ある意味芝居がかった口調――。
これは、エイジスも同じことをやったことがある。それはこの砦を切り取った時に上げた、勝ちどきと同じ。つまり、周囲の者に『見せる』ための演出だ。
この男は、軍の士気というものを熟知しているようだった。進軍を止めてでも仕留めなければならない相手が誰であるか、完全に承知しているのである。
つまり『天界人』。かつてカオス戦争でカオス勢力を退けた、ペンドラゴンに連なる者たちだ。エイジス砦が狙われたのも、偶然ではあるまい。つまり最初から、『天界人が切り取った地』を狙って来たのである。そしておそらくは、そこに高確率で存在する『天界人』本人が狙いであろう――。
虎皮の男の一言で、冒険者たちはその真意をそこまで看破した。いや、させられた。
つまり、今のは彼等に対する死刑宣告である。進軍を止めてまで行った行為は、効率とはかけ離れたものだ。
つまり彼等は、『殺し合い』ではなく『戦争』をしているのだ。見返りは、天界人の名誉の失墜。これは全カオスにとって士気を高揚させ、全天界人の立場を危うくするものとなる。
陣を半円で留めたのも、戦略だ。『逃げてもいいよ』と促しているのである。逃げ道を用意し、死ぬまで奮戦させる愚を犯すつもりなど、さらさら無いのだ。
「貴様がガス・クドか」
エイジスが言う。
「おうよ、俺が『皆殺し』のガスだ天界人」
そう言うとガスは、蛮刀のような形の分厚い鉄の塊を下ろし、地面に突き立てた。
それはまさに、『鉄塊』だった。攻撃力にのみ特化した、相手を殴り屠るための武器――。
「けっ!」
ヴァラスが唾を吐いた。
「こけおどしてるんじゃネーこのゴキブリ野郎がよぉおお!!」
ほとんど不意打ちに近いタイミングで、ヴァラスが斬りかかった。《ダブルアタック》と《シュライク》を組み合わせた攻撃で、一発を狙う。並大抵の相手なら、それだけで重傷ものだ。
が。
バキキン!!
何が起こったか、誰も把握できなかった。
結果だけを書けば、ヴァラスの持っていた剣が両方とも砕かれていたのだ。ガスはズボンのポケットに手を突っ込むように、毛皮の腰巻きに手を入れたまま動いていない。
「な――」
バババクン!!
「ぐふっ!!」
ヴァラスが、はじき飛ばされる。鎧が砕かれていた。何発受けたのかも分からない。が、あばらが数本まとめてへし折れ、血を吐いて地面をのたうった。
ピ――――――――ッ!!
ヴァラスの鷹が、主人の窮状を救うために急降下してきた。が、それは供の矢弾に貫かれ届くことは無かった。
しかし、事は止まっていない。エイジスが鷹の仕掛けに合わせて、吶喊していたのだ。シールドソードを両手に構え、一撃に《チャージング》《スマッシュEX》の痛恨打を乗せて放つ。
ばきゃん!!
しかしまたしても、その切っ先はガスに届く前に砕かれた。そして手数の少ないエイジスに向かって、『見えない攻撃』が立て続けにたたき込まれる。
「イアイだ! 離れろ!」
バルディッシュが叫んだときには、エイジスはすでに装備のほとんどを失い、そして重傷を負っていた。
「遅ぇ!!」
ばむっと地から抜きはなった剣で、ガスがエイジスを薙ぐ。受ける装備も失っていたエイジスには、避ける手段が無い。
ザクッ! と入った鉄塊の攻撃は、エイジスの左腕を折り左のあばらのほとんどを砕いた。まさに生きているのが奇跡という状態だ。
「こ‥‥このクソヤロウ‥‥グッ!!」
地を這いながら、ヴァラスが苦しい声で言う。その頭を、皮のブーツが踏みつけた。
「ヌルいな」
踏みつけたガスが、そう言った。別に大声を張り上げているわけではないのにやたらとはっきり響いたのは、戦場が静まりかえっていたからだ。
「ぐ‥‥」
「お、まだ生きていたか。しぶといな、半人間は」
襟首をつかまれ、エイジスがうめく。虎皮の肩掛けを鮮血に染めたガスは、凶暴な猛獣そのものの笑みを浮かべていた。
「これが『天界人』か? 食い足りないぜ!!」
ガスの、完勝である。その様子を見ていた兵士や民間人が、我先に逃げ始める。それは暴流となり、押しとどめることなど出来ない。
「落ち着け! 落ち着くんだ!」
「皆さん落ち着いて! 奴らは仲間が止めてくれます!」
オリバーとアルフレッドがそう言うが、恐慌状態になった人間を理性でつなぎ止めるのは至難だ。
「『狼』『獅子』は奴らの船を奪え! 『虎』はこいつらを潰すぞ!」
砦に入った部隊が、各々行動を始める。
「行かせん!」
アッシュとレインフォルスが走り駆けたが、その前にガスが立ちはだかった。
「おおっと、お前らの相手はこの俺だ」
あごの無精ひげをじょりじょりと掻きながら、ガスが言う。その背後には、10人の虎毛皮装備の者が居た。どうやら精鋭部隊らしい。
「相手は《ブラインドアタック》使いだ。相手の剣が見えなければ、戦うことは出来ん」
バルディッシュが、前に出る。この中で、唯一ガスの『拳』が見えた戦士だ。腰巻きの中の手にはなにやら妙な形の武器が握り込んであって、それで相手の武器や鎧を破壊していたのである。
まさに、居合いの妙技だった。
「これは‥‥受けられるか!」
大斧『恐獣殺し』を振りかぶり、必殺の一撃を見舞う。《スマッシュEX》級の、彼の最大限の攻撃だ。
が、ガスはそれを事もなく受け止め、しかもその反動を利用して『恐獣殺し』をへし折ったのだ。
――こいつ、カウンター使いかっ!
と、バルディッシュが気づいてももう遅い。斧はバルディッシュの放った打撃を上乗せした負荷を受けて砕け、バルディッシュはヴァラスと同じ運命をたどった。
あとは、七面鳥撃ちと同じである。見えない攻撃で嬲られ、そしてこちらの攻撃は『武器を狙った《カウンターアタック》でリスク無く無力化される。レインフォルスが同じ《ブラインドアタック》を使って対抗を試みたが、あっさり弾かれた。
武器を失った特選隊は、あとは10人の虎に嬲られるのみとなった。もはやこれまで――誰もがそう思ったとき。
ビン――っ。
ガスが後方に、3〜4メートルほど跳躍した。その手には、バリスタの矢が握られている。
「あぶねぇあぶねぇ、狙いは良かったんだがな」
それは、船からの攻撃だった。アリオスが矢弾の中、唯一巻き上げが出来ていたバリスタを放ったのである。
が、砦兵力の反抗はそれだけではなかった。
わっと、声がわき上がったかと思うと、船のほうから剣戟の音が聞こえてくる。その瞬間、戦列は確かに崩れていた。
――今だ!
エイジスはほとんど行動不能だったが、ガスの束縛から解放されて最後の行動に出た。身体に縛り付けていたフライングブルームを起動させ、ヴァラスを掴んで脱出を試みたのである。他の者も崩れた戦列が再構築される前に、撤退を始めた。
◆◆◆
その少し前。カオスニアンの攻撃を受けたリネタワでは、ベノン子爵が行動を起こしていた。
「われらメイの騎士としての、責務をはたさん! これより我々は、城塞防衛戦を慣行する! 動ける者は我に続け! メイの騎士の意地を見せよ!」
おおおおおおおっ!!
すべての負傷兵から、声が上がった。中には腕を失った者も居た。
「無理よ! 子爵さま、考え直してください!」
スニアの声に、ベノン子爵は笑って応じた。
「我々は死にに行くのではない。砦の防衛に向かうのだよ天界人。我々はここを死守する。諸君らが増援を呼んで反抗作戦に出るのを、待っているよ――永遠にな」
「ご一緒できて、光栄でした」
「ご武運を」
「帰ってきたら結婚してください」
「これ、女房に渡してください。手紙よこさないと、うるさいんですよ」
ベノン子爵に続き、次々と騎士が下船してゆく。スニアに、笑顔を向けて。
その数、22名。全員が、笑って行った。
「――――――――――――――っ!!」
ダンっ!!
スニアが、壁を叩く。思いっきり。
誰にも止められないことが、分かっていたからだ。
●帰還――。
ベノン子爵の活躍により、冒険者は全滅を免れた。受けた傷は多く失った物も多いが、全員生きている。
助けられたのは、民間人25名。騎士は乗船してきたベノンの配下の者も含め全員、砦に残った。
――負けたわけじゃ無い。皆が、私たちの帰りを待っている。
心に――いや、心臓に刻むつもりで、スニアは思った。
エイジス砦の戦いは、今も続いている。
騎士の誰一人、心臓が鼓動を打たなくとも。
【おわり】