●リプレイ本文
『緋竜の団』を救え!!
●凶報千里を走る
『緋竜の団』の窮地を伝えたのは、地元の農村の村長である。城塞に包囲され、足に自信のある3人の団員が脱出を試み、そのうち一人だけが人里にたどり着いた。ただし動かせる状態では無かったので、その農村の村長が近くの城塞へ連絡し、城塞責任者が早馬を飛ばして村へ確認へ向かい、状況を把握した。
その後城塞責任者は、領都リザベへ急使を派遣。駅伝システムを使用して3匹の馬を乗り潰し、わずか6時間でリザベに状況を知らせた。
リザベ領主はこの報告に対し、自領戦力のうち騎兵隊2個群をただちに派兵。しかし対ゴーレム戦闘が想定される状況において、すぐに現着できるゴーレム兵力が無かった。フロートシップの数が、圧倒的に足りないのである。
領主はただちに、ゴーレムグライダーによる駅伝使用を発令。王都メイディアにゴーレム戦力を要請した。
事が判明してから、たった3日半。状況が状況だったとはいえ、驚異的な情報伝達能力をメイの駅伝網は発揮していた。
部隊編成はすぐに行われ、10人の冒険者が募られた。
「作戦を説明する」
シャルグ・ザーン(ea0827)が全員を前に言った。
「我々は、『緋竜の団』の救出を第1に行動する。『ヤーン』の火器が使用不能ゆえ、先制攻撃はバリスタにて行う。バリスタ隊の取り回しは、ヤーン船隊指揮官のブラッグァルド・ドッグ・ブラッド(eb4267)どのにまかせる」
「了解だ」
ブラッグァルドが応じる。すっかりこの船が、定位置になった感がある。
「一始(eb8673)どのは、船隊指揮官の補佐を頼む。味方の収容に撤退戦での、後詰めになる。緊急の場合は最後の砦だ」
「わかった」
始が身震いした。
「先鋒はリューグ・ランサー(ea0266)どのに頼む。そしてしんがりもな。貴殿の役目は――」
「分かっている。『緋竜の団』を救出し、船へ誘導すること。一人も漏らさず――だな?」
リューグが言った。それにシャルグは「いかにも」と答えた。
「グレタ・ギャブレイ(ea5644)どのは上空からの援護射撃と、砦への伝令をお願いしたい。あいにく空を飛べるのは貴女だけだ」
「分かったわ。予定のものは用意出来てる?」
「それならここにあるよ」
そこに割って入ったのは、フォーレスト・ルーメン侯爵である。
「信書と我が家のメダルだ。まあ傭兵さんが紋章に詳しいかどうかわからないが、腹の足し以上の効果はあるだろう」
つまり身分証明書である。
「龍堂光太(eb4257)どのと白金銀(eb8388)どのは、モナルコスで主戦場での戦線構築。そして我が輩とファング・ダイモス(ea7482)どの、レインフォルス・フォルナード(ea7641)どの、ツヴァイ・イクス(eb7879)どので敵の横腹を破る」
名前を呼ばれた者が、しっかとうなずいた。
「この作戦のキモは、まさに『時間』にある。おそらく眠ることもままならない強行軍となろう。それでなくても、『ヤーン』は半死半生の船だ。無理をすれば何が起こるか分からないが、無理をしなければならない。総員覚悟の上で事態に当たってもらいたい。以上だ」
「応!」と、冒険者の声が響いた。
◆◆◆
「いつかこんなことになるような気はしていたんだ」
轟々と風を切って空中を進む『ヤーン』艦内で、ツヴァイは仲間の前で独りごちた。
「あの剣が『阿修羅の剣』ではないという話を周囲に認知させれば、相手が本気になることも無かっただろうに」
「それは、戦士(もののふ)の志に対する冒涜だ」
それに反応したのは、レインフォルスだった。
「帰還できない道と聞いて来たわけではないが、この世界に来落した天界人の多く――つまり俺たちの仲間は、命冥加に生きるために冒険者をやっているわけではない。自分の世界と等しく、まあ、少なくとも俺は、このアトランティスを愛しているし、人助けもしたい。彼等『緋竜の団』だって、金だけのために戦っているわけではないだろう?」
「それは分かっているが‥‥」
話の見えない人のために解説するならば、ツヴァイとその他多くの冒険者は、立場が決定的に違う。つまりツヴァイはメイ出身の戦士であり、自分の国を守るのはある意味義務だ。だが天界人は望む、望まざるに関わらず、多くは生き残るために戦わなければならない。それはチキュウというわりと平和な世界に居た天界人も同じであり、つまり『戦わない選択肢もある』のだ。
だがツヴァイやその他多くのアトランティス人にとってありがたいことに、多数の天界人が冒険者としてギルドに関わり戦ってくれている。
中には、ただ戦いのために戦うという者もいるだろう。だがそういう者は少数派であり、ほとんどの者が形見に笑って剣を残すような、不器用な者たちなのだ。いっそお人好しと言ってもいい。
「センチメンタルになっているところ悪いんだけど」
と、ここに割って入ってきたのはシフールのグレタである。
「会敵予想位置までもうすぐよ。腹ごしらえが必要ならしておいたほうがいいわ。あたしはもう食べたけど」
「俺も賛成だ。まあ、何事も身体が資本だしな」
と、これは始である。この後彼は運動と血糖値の関係についてちょっと講釈を垂れることになるのだが、ジ・アース人もアトランティス人も理解できなかった。まあ、簡単に言うなら「激しい戦闘の前には甘いものを食べましょう」というものなのだが、ファンタジーな人々には「死にたくなかった食え」ぐらいの理解度しか与えられないのが歯がゆい。
「そろそろモナルコスは起動準備してくれ」
ブラッグァルドが、手際よく戦闘準備を進めている。風の音が止んだと思ったら、船が速度を落としているのだ。専用の斜行装備があっても、某アニメの起動メカのようにカタパルトで射出というわけにはいかない。
「じゃ、行ってくるわ」
グレタが急伝として、『緋竜の団』の立て籠もっている場所へと向かう。山越えなので、多少大変な話になる。しかし内部から呼応してもらわなければ、先達となるリューグが危険にさらされる。この作戦、速度を重視しているため、タイミングが極めて重要なのだ。
『モナルコス1番騎、起動よし』
『2番騎オーケーだ。いつでもいける』
右舷1番騎は銀が。左舷2番騎は光太が搭乗した。
『了解だ』
モナルコス備え付けの風信器から、ブラッグァルドの声が響く。
『3分後に二人を降ろす。10秒だけ停止しているから、その間に降下してくれ』
『『了解』』
「後部甲板長に伝達。歩兵隊出撃準備。出撃順はゴーレム、騎馬、歩兵だ」
ブラッグァルドの命令は船員によって伝えられた。
「作戦を変更しましょう」
と、これはファング。今回の作戦の立案をした戦士だ。
「どうしてだ?」
ブラッグァルドが当然の疑問を差し挟んだ。
「敵が予想以上に散開しています。分散して斜めからの挟撃を狙いたかったのですが、分散するとこちらが各個撃破されます」
想定していた戦場は、『緋竜の団』に集中攻撃している敵兵力を団とこちらの戦力を以て挟撃、包囲殲滅しかけたところで『緋竜の団』を撤退させる、というものだった。だが『緋竜の団』が頑張りすぎたのか、戦域がかなり拡大している。籠城している城塞が堅牢なためゴーレムも門扉を破りあぐねているらしく、カオス勢力は城壁にはしごをかけたりして、なんとか内部に侵入しようとしていた。
「よし、ゴーレムの二人、聞こえたな?」
『聞こえた。要は固まって突進しろってことだな?』
光太が応じた。
「そうだ。別行動はリューグのみ。一騎駆けだ。騎士の誉れというやつだな」
『やってみせよう』
後部伝声管から、リューグの声が響いた。
「よし、作戦開始だ! 『緋竜の団』を助けるぞ!!」
「「「応!」」」
●戦域縦横
『ヤーン』はゴーレムと冒険者を降ろしたあと、敵の上空を8の時旋回してバリスタの雨を見舞った。本当なら先制の精霊砲を派手にぶちかましたいところなのだが、前回『ヤーン』が従事した任務で精霊砲は吹き飛んでいる。
ただ実効殺傷力としては、バリスタのほうが上である。当たり所が当たり所なら、大型恐獣も即死は免れない。実際アロサウルスに集中攻撃を行った結果、アロサウルスの一匹はモナルコスが到着する前にかなりのダメージを受けていた。
ブラッグァルドがそうして上空から派手な援護射撃をしていたところ、船底に衝撃が走り破砕音が響いた。がくがくと『ヤーン』が揺れる。
「被害報告!」
「船底が一部抜けました! 負傷者数名! 二人ほど落ちました! ゴーレムの投げた斧です!!」
手斧もゴーレムサイズになると、ちょっとしたものである。国籍不明の、急造らしい地銀のままの鎧を着込んだ巨人兵士は、自分の武器をうるさいフロートシップに投げつけたのだ。
「あれは、ずいぶんと戦い慣れているな」
指揮官のフォーレストが言った。
「手強いぞ。ゴーレム隊に一言入れておけ」
「了解です」
ブラッグァルドが言った。彼女には船を守り、冒険者の退路を確保し『緋竜の団』を救出するという役目がある。戦果が勲功ではないのだ。
◆◆◆
『銀、どうやら相手は白兵戦をご希望のようだ』
『そのようですね。では予定通り、光太さんがオフェンスで私がディフェンスで』
短いやりとりをしたあと、二人はシャルグやファングより先行する形で敵群の横腹に食いついた。歩兵や小型恐獣などは、ゴーレムが歩くだけで充分蹂躙できる。問題はそれなりに戦闘能力のある中型恐獣や大型恐獣である。ただ敵は兵力が分散していて、戦闘能力の密度に欠ける。つまり、豆腐みたいに柔らかいのだ。
『『吶喊!!』』
戦域に2騎のモナルコスが突入した。並大抵の兵力を文字通り蹴散らし、まっすぐ敵ゴーレムに向かう。
敵の装備は槍に盾である。『緋竜の団』が荒城とはいえ籠城船を行ったのは、敵の装備に攻城装備が無かったからのようだ。さすがは『最強の現場』で戦っている傭兵団である。
『うおおおおおおおっ!』
まず、盾を構えた銀のモナルコスが吶喊した。相手にぶち当たって、その動きを止めることが目的である。多少の被害は覚悟の上だ。
が、敵ゴーレムはそれを盾でうまくいなし、槍を光太のゴーレムに突き出してきた。先制を取られて、光太がそれを盾で受ける。
――確かに手強い!
2対1の戦いでまったく引かないゴーレムを見て、光太が思った。
◆◆◆
その頃、リューグは本当に敵のど真ん中を一騎駆けしていた。装備は盾に槍。《チャージング》と《ポイントアタック》で敵の足や首などを狙い、確実に戦闘能力を奪ってゆく。とどめを刺す必要は無い。とにかく動けなくするだけでいいのだ。
そのリューグの左前方が、カッと光った。直後、派手な爆発音が響き炎が立ち昇る。
――グレタの魔法か!
それを合図に、城塞から『緋竜の団』が飛び出してきた。手に武器を持ち、今まで我慢してきた鬱憤を晴らすようにカオスニアンたちに斬りかかる。
「我はリューグ・ランサー! 『緋竜の団』とお見受けする! 我に続き船まで来られよ! メイ王は貴公たちを見捨てはせん!」
――おおおおおおっ!!
意気が上がった。あとは戦場を逃げ延び、この戦を勝ち戦にするだけだった。
◆◆◆
「どうやら『向こう』はうまくいったようだな」
ゴーレムバスターという巨大ハンマーで恐獣を殴り倒していたシャルグが、状況を見て言った。
「『機』を見るなら今ですね」
ファングがそれに同意する。
「銀も無事だったようだし‥‥そろそろ逃げるか」
レインフォルスが言った。銀のモナルコスは、敵ゴーレムと壮烈な相打ちになっていた。生死を分けたのは、武器である。互いに制御胞を貫通する攻撃を受けながら銀が生き残ったのは、敵の武器が刺突系の槍だったからだ。制御胞の3分の1ほど左胴を破壊され稼働不能になったモナルコスだが、銀はからくもその破壊範囲から逸れていた。逆に剣で斬られた相手は、制御胞ごと内部で潰される形になった。
「‥‥‥‥‥‥」
ここに来て、ツヴァイはほとんど無口だった。
やがて、稼働不能になったモナルコスを一騎廃棄して、冒険者と『緋竜の団』は撤退を完了した。
●赤い剣の女戦士
「ヒルデガルドはいるか?」
ツヴァイが傭兵団の船室を訪ねたのは、脱出成ってほどなくである。
「お前は‥‥確かツヴァイといったな」
四角い顔のドワーフ、ボルグが応じる。その横には、大きな女性が横たわっていた。毛布を被って寝ている。毛布に血がにじんでいるところを見ると、ケガをしているみたいだ。
「ひどいのか?」
ツヴァイの言葉に、ドワーフは応じなかった。
「‥‥ああ、あなたですか。確かツヴァイさん‥‥」
ジャイアントの美女、ヒルデガルドが声をあげた。
「大丈夫‥‥じゃ、なさそうだな」
ツヴァイが言う。
「ええ、そろそろ眠くなってきました」
ヒルデガルドが言った。ツヴァイが、驚いた顔でボルグを見る。ボルグは沈鬱な表情で首を振った。
「ツヴァイさん‥‥これを受け取ってください‥‥」
ヒルデガルドが、自分の剣を出す。それはブラン製らしい魔法剣『双龍環頭大刀』である。正確には『火緋色双龍環頭大刀』という。
戦士が剣を人に託す――その意味を、同じ戦士であるツヴァイは誤解しなかった。
「あんたに会いたかっただけなんだ、これは受け取れない」
ツヴァイが言った。
「私のために受け取るのではなく、この世界のために受け取って下さい。『赤い剣の女戦士』は、死んではならないのです」
これほどの献身を、ツヴァイは見たことが無い。異国で滅ぼうとも、志は託せる。それを彼女は体現していた。
ツヴァイが剣を受け取ると、ヒルデガルドはほどなく息を引き取った。
「土産があったんだがな‥‥」
かんざしを手にしたまま、ツヴァイは剣の重さを実感していた。
●帰還
『緋竜の団』救出の報は、主都リザベにすぐに届いた。急ぎの治療が必要な者もおり、団のほとんどの者がリザベで船を下りた。
そして、剣が残された。ある異世界人の志と共に。
戦いは、受け継がれてゆくのである。
【おわり】