●リプレイ本文
長屋に吹く風――ジャパン・江戸
●妖怪長屋
思わぬ珍事であった。街中の、それも長屋のような人の過密な場所に妖怪が住み着くなどというのは。
長屋は『長屋』という通り、一棟に5〜10軒の店子が入る横に長い建物である。たいてい平屋で、通路は奥様たちのコミュニティになっている。『井戸端会議』の語源にもなっており、辻ごとに井戸があってそこが寄り合い所として機能しているわけだ。
住んでいるのはおおむね平民やお金の無い浪人たちで、住民たちの結束力は強い。
今回、この長屋に出たと言う妖怪『カマイタチ』を退治にしに来たのは、次の9人。
ジャパン出身。人間の浪人、龍深城我斬(ea0031)。
華仙教大国出身。人間の女武道家、林瑛(ea0707)。
ジャパン出身。人間の女浪人、御藤美衣(ea1151)。
ジャパン出身。人間の浪人、三宝重桐伏(ea1891)。
ジャパン出身。人間の女志士、三月天音(ea2144)。
ジャパン出身。人間の侍、鷲尾天斗(ea2445)。
ジャパン出身。人間の志士、月代憐慈(ea2630)。
ジャパン出身。人間の女志士、柊小桃(ea3511)。
イギリス王国出身。人間の女レンジャー、ジーン・グラウシス(ea4268)。
ドタキャンが一人発生したが、とりあえず作戦には十分な人数と言えた。
●長屋の調査
「古い建物をぶっ潰して、区画整理したんじゃよ」
浅黒い肌の、しわだらけの顔をした大工の棟梁が、建物の絵図を示しながら言った。
「この長屋はもともと、凹型のどん尽きになっていてな。市場や港に行くのに、大きく遠回りしなければならなかったんじゃ。そこで奥の長屋を潰して建物を延長し、風通しを良くしたんじゃが、中ほどの広場、井戸のある場所で、風がつむじのように舞うようになったんじゃな」
「なるほど、それでは確かにカマイタチは住み着きやすいな」
龍深城我斬が、あごに手を当てながら言う。
冒険者一行は、まず事前調査ということで、長屋の構造や現状を調べることにした。
長屋は一丁(約100メートル)に渡って向かい合わせに続き、通りから通りへ『H』の字のように通路が出来ている。そしてその中ほどに新しい井戸と広場が出来ているわけだが、そこで事件は連続して起きていた。今まで建物が塞いでいた通路に、文字通りの『風穴』が開いたのである。
「住み着いてしまったカマイタチについてはしょうがないが‥‥ここを塞ぐか何かしないと、事件は再発してしまうな」
我斬が言う。
「要は風が通らなきゃいいわけだよね? じゃあ、木とか植えたらどう? あと、風上に戸板を付けるとか」
林瑛が言った。
「それがいいだろう」
鷲尾天斗が言う。
「今回の一件は、新築した際風の通り道が出来たせいみたいだな。だから長屋の入り口か中ほどの井戸端当たりに、植樹してみてはどうだろうか?」
他にも、戸板、門、張り出しなどを付ける案が出たが、おおむね了承された。
さて、いよいよカマイタチ退治である。
●風の吹く長屋
将来の改装案はよしとして、現在の状況は依然として変わらない。とりあえず三月天音の一言で住人たちには避難してもらい、一行はカマイタチ退治作戦に取り掛かった。当面必要な家財道具を持って、住民たちが避難場所に散ってゆく。避難場所は火事の時に逃げ込む空き地や寺社である。
「これでよしっと!」
ジーン・グラウシスが、先端に布切れのついた棒を立てた。見れば長屋の入り口を中心に、20本ぐらい同じものが立っている。風の流れを読むためである。
ジーンはそれを元に、罠を仕掛けた。糸を切ると細い枝が閉じる閉じ罠だ。それに月代憐慈が、精霊魔法<ライトニングトラップ>をさらにかける。二重の罠というわけである。
はたして、イタチは引っかかるだろうか? 一同は固唾を飲んで見守った。
「悪〜い人もよ〜かいも〜刀ひとつで斬撃、斬撃!! この世の悪を懲らしめて〜今日も悪をたたっきるの〜滅殺、滅殺!!」
以上、掃除の歌。作詞、作曲:柊小桃である。
御藤美衣と三宝重桐伏、そして今変な歌を歌っていた柊小桃は、カマイタチをおびき寄せるエサとして、家事仕事の真似事をしていた。長屋からは人が消え、ゴーストタウンめいた雰囲気になっていたが、小桃の歌がその殺伐とした雰囲気にさらに拍車をかけてくれる。
「面白そうだと思ったけど、案外退屈だね」
刀に手をかけたままの姿勢で、美衣が言う。待ち受けるというのは、意外と時間を感じさせるものだ。
「まあ、そうあせったって出ねぇモンは出ねぇよ。一杯やって落ち着きな」
桐伏が美衣に向かって杯を差し出してきた。この男は、三度の食事より酒が好きという男である。貧相なチンピラ風の風体をしているが、腕は確かだ。
ひゅおう――。
その時、風が吹いた。決して強くはないが、確かに風だ。
「あ、つむじ風!」
小桃が、指を指して言う。井戸端に風が舞い、小さなつむじ風が起きていた。土ぼこりが巻き上げられ、小さな渦を作る。
ガタン!!
「「「「!!」」」」
物音に、一同が振り返った。消火用の水桶を積んだ桶山が、崩れていた。その1個が、斜めに切れている。
――来た!!
そう思った瞬間、美衣の身体が動いた。直感の赴くままに、刀を抜く。
ギン!
受け止めた。何かを。それを知覚する前に、もう一薙ぎ来た。これも受け止める。
しかし3度目に来た斬撃は受け切れなかった。振袖とわき腹を、すっぱりと切られる。
「3匹!!」
美衣が叫んだ。これは確認ではなく、周囲の者達への警告の叫びだ。
カマイタチは、3匹居た。それぞれが鋭く長い鎌を持っており、素早く移動している。美衣が鎌を受けれたのは剣技の基礎鍛錬の賜物だが、それでも3度いっぺんには受け切れなかった。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
桐伏が吼える。そして剣を抜き放ち、カマイタチに突っかかっていった。
ばさっ!
黒い布を振り払い、三月天音と月代憐慈が現れた。伏兵として待機していたのだ。
「<フレイムエリベイション>!」
天音の精霊魔法が発動する。士気を高揚させる炎の精霊魔法だ。
ばしん!
ギャン!
カマイタチの一匹が、罠にかかった。<ライトニングトラップ>が発動し、カマイタチに手傷を負わせる。閉じ罠も発動し、一瞬だが動きを止める。そこを冒険者たちが、たこ殴りにする。
「一匹!」
我斬が叫んだ。カマイタチの一匹を葬ったのだ。
だが、まだあと2匹いる。
タン! タタン!
物干しやたらいなど、進路上のあらゆるものを断ち切りながら、カマイタチが走る、走る、走る。
「<ダブルアタック>!!」
瑛の、ナックルの両手攻撃がカマイタチを襲う。一撃はかわしたカマイタチだが、二撃目を受けてダメージをこうむった。そこをさらに、美衣や桐伏の攻撃が叩き込まれた。さすがのカマイタチも、それで死んでしまった。
最後の一匹は、かなり粘った。通路を始終駆け巡り、かなりの時間冒険者たちと追いかけっこ繰り広げたのだ。
その中で天音はカウンターを狙って攻撃したのだが、技を修得していなかったのでうまく出来なかった。逆に深手を負う始末である。
「怨みはないがこれも江戸の住人を守るため。すまない!」
天斗が最後の一匹に仕掛けた。<ダブルアタック>でとどめを指す。そして手を合わせ、「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えた。
カマイタチたちは冒険者達をてこずらせたが、なんとかすべて殲滅することができた。
●戦い済んで
「ここに、カマイタチを奉った祠を建立すると良いでしょう」
ジーンが大家に向かって言った。
戦いの後片付けが済んだ後、一同はカマイタチの亡骸を手厚く葬り、塚を作った。大家も店子たちも今回のことに関しては思うところあるようで、ジーンの提案に聞き入っていた。
「あ、茶柱」
茶を炒れた小桃が、憐慈の湯のみを見て言った。茶柱が立っていた。
「いいなぁ〜」
小桃が言う。
大家は大工の棟梁と話し合い、植樹と門の設営を行うことで同意した。風の通り道さえなくなれば、同じような問題は無くなるだろう。
一同は礼金を受け取り、長屋を去った。
【おわり】