エイジス砦威力偵察

■ショートシナリオ


担当:三ノ字俊介

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:02月02日〜02月07日

リプレイ公開日:2007年02月09日

●オープニング

■メイの国人物名鑑・番外編
●ゼット(偽名) [ジャイアント・男性・50歳以上・ウィザード?] 〜メイ国の直進する近所迷惑〜
 メイの国に来落した天界人の中には多数の有名人が居るが、彼はその中でも『特殊な方向』で有名な人物である。
 例えば家屋42棟、メイディア城壁の基部、貴族の邸宅一棟、通行人十数名と冒険者数名とネコ2匹。
 以上が、彼がメイに来落して以来破壊、あるいはノックアウトした器物や人々である。これには依頼の遂行上で死傷した敵性人物や生物は含まれず、城壁に至っては厚さ約15メートルの石造りの壁に直径3メートルもの穴を文字通り一瞬で『掘削』した(その『弾丸』に使用されたあるパラの冒険者も、それで少し有名になった)。
 高度な魔法を苦もなく使用し、そして高い戦技を持つ彼が『正しく機能』すれば、まさに『メイにゼットあり』と言わしめる英雄となったであろう。

 脊髄反射で行動しなければ。

 彼の行動によって主に迷惑を被るのは無辜の民であり、その余録で悪い奴らがもっと酷い目に遭っているというのが現状である。実際先日の某悪徳男爵邸倒壊事件では、男爵とその部下は同伴した冒険者の賢明な行動や魔法で保護されていてほぼ無傷だったのに対し、普通の何も知らない部下に類する人たちは、ことごとく負傷している。ちなみにほとんどが、半殺しを越えて4分の3殺しぐらいの大ケガだ。いっそ殺してくれと懇願した者も居たという噂である。話半分でも無茶苦茶な話だ。
 しかしなぜか、彼が関わった依頼において、死者が出たという話は聞かない。これだけの被害を出しながらそのほとんどが負傷者であり、中には「彼に命を救われたと」いう話も聞く。
 まさに謎多き人物であるが、とりあえず善人であることが唯一の救いであろう。

●エイジス砦威力偵察
「今回は、この『人間核弾頭』をある場所に『投下』して欲しいの」
 と、天界単語を使用して依頼内容を簡潔に説明したのは、冒険者ギルドスタッフの烏丸京子(からすま・きょうこ)である。妙齢の女性で、背中には牡丹の彫り物があるという話だ。
「今回の依頼は、『エイジス砦』の威力偵察。つまり藪をつついて、どれぐらいのヘビが出てくるか確認するワケ。偵察行動が目的だから、優先事項は『情報を持ち帰ること』。この話を天界人にしたら『雪風作戦』って名前をつけてくれたわ。どうしてかは分からないけどね。ま、それはともかく、依頼に同伴する冒険者のみんなは基本的に手出し不要。たとえ『ベノンの女騎士』が居ても、絶対に砦に攻め入ったらだめ。敵の現状戦力と防備の状態、そして緊急時の対応やその対応時間を確認して、必ず逃げ切ることが任務。貸与フロートシップはアルテース級3番艦『ローイオス』。ただしみんなの回収地点は砦から10キロメートル離れた場所になるわ」
 そして京子は、作戦参謀のような身振りで地図を広げ砦とその周囲の地形図を出した。
「こちらで指定された手順は、偵察要員のみんなを砦から10キロメートルのどこかで降ろしたあと、ゼットさんを乗せたゴーレムグライダーでエイジス砦の上空50メートルを全速力でフライパス。その時にゼットさんを『投下』してゼットさんは『侵攻』開始。そして状況を20分間観察したのち、回収地点に帰投し離脱。メイディアに帰還するというもの。このとき、ゼットさんの回収は考慮にいれなくていいって話だそうよ」
 無茶苦茶なことを、京子は真顔で言った。ゼットが50メートルの高さから落下して‥‥無傷な気もするが、敵地に放置して‥‥勝手に帰ってきそうな気もする。
「あなたたちが決めなきゃならないのは、『作戦開始時間』『各員の偵察地点とその手段と行動』と、『回収地点』と『離陸時間』になるわ。あと『作戦』ね。馬とかの『足』も必要だろうし、誰かが陽動になって他の人の情報が持ち帰る可能性を上げるとか‥‥まあ、いろいろあると思う。でも忘れないで、『ローイオス』はあなたたちが決めた『離陸時間』を厳守する。全員が乗り込んだ時を除いてね。つまり『予定通りに予定通りの行動』をしないと、任務は達成できないの。悩ましい任務だと思うけど、なんとかやり遂げてちょうだい」
 はてさて、無理難題である。

【地図(1マス1キロ)】
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│岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩∴│
│岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩∴※∴∴∴│
│岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩∴∴∴∴∴※A∴│
│岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩∴∴∴∴∴∴∴∴※∴│
│岩岩岩岩岩∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴※│
│※∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴凹∴∴∴∴∴∴∴※│
│※∴∴∴∴∴∴∴∴∴凹凹湖湖湖湖湖湖湖湖│
│※B∴∴∴∴∴∴∴湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖│
│※∴∴∴∴∴∴∴湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖│
│∴※∴∴∴∴湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖岩岩岩│
│∴湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖岩岩岩※台台│
│∴∴河湖湖湖湖湖湖湖湖湖岩岩岩C※台台台│
│河河∴湖湖湖湖湖岩岩岩岩岩岩岩※台台台台│
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[岩]岩山(着陸不可)
[台]台地(着陸可)
[※]着陸想定地点(ABC=回収想定地点)

【詳細地図(1マス10m)】
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│∴∴∴∴∴∴┗━┛湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖│
│∴∴湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖湖│
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[□]少し高い地形
[■]さらに高い地形

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea5243 バルディッシュ・ドゴール(37歳・♂・ファイター・ジャイアント・イギリス王国)
 ea6382 イェーガー・ラタイン(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea9907 エイジス・レーヴァティン(33歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1633 フランカ・ライプニッツ(28歳・♀・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 eb4189 ハルナック・キシュディア(23歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb7879 ツヴァイ・イクス(29歳・♀・ファイター・人間・メイの国)
 eb7898 ティス・カマーラ(38歳・♂・ウィザード・パラ・メイの国)

●サポート参加者

アルフォンス・ニカイドウ(eb0746)/ シルビア・オルテーンシア(eb8174

●リプレイ本文

エイジス砦威力偵察

●閑話1:ツンデレ冒険者
フォーリィ:「前回の借り返してないんだから、ちゃんと帰ってきなさいよねっ!」
ゼット:「うむ! 必ず敵を全滅させて帰還して見せようぞ!!」
全員:「違う!!」×10

●作戦決行日:ローイオス艦上
 『威力偵察』という言葉を、冒険者たちは正しく認識していた。つまり藪をつついて、あえて蛇を出すのである。どのような蛇が出るか分かっていれば、対応のしようがある。
 そして、その藪をつつく役目を担うのがゼットというのも、分かる話だった。無尽蔵の体力に高度な魔法。魔力とオツムがちょっと足りないが、アリオス・エルスリード(ea0439)からソルフの実などを譲り受け、かなり充実した作戦行動が可能である。
 そもそもこの偵察任務、高い戦闘能力と確実な逃走能力が無いと不可能なのだ。そしてゼットには、《アースダイブ》という『絶対に逃げられる手段』がある。ゆえにゼットが自信満々なのもうなずける話だし、つまるところこの人間核弾頭は、現代風に言うなら戦術核砲弾のような、『地球に優しい核兵器』なのだ。
 まあ、別に筆者は核信奉者ではないが、つまり使いようである。
「現地までは約10分。投下タイミングは任せます」
 今回ゼットを『投下』する役目を担う、ハルナック・キシュディア(eb4189)がゼットに言った。ゼットは《レビテーション》で重量を軽減し、グライダーで牽引することになっている。
 その他の偵察部隊は、以下のような班組みになった。

・砦北西1
 エイジス・レーヴァティン(ea9907)
 ツヴァイ・イクス(eb7879)

・砦北西2
 フォーリィ・クライト(eb0754)
 ティス・カマーラ(eb7898)

・砦西方
 陸奥勇人(ea3329)
 イェーガー・ラタイン(ea6382)

・砦南西部
 バルディッシュ・ドゴール(ea5243)
 フランカ・ライプニッツ(eb1633)

・上空哨戒
 ハルナック・キシュディア

・潜入調査
 アリオス・エルスリード

 以上5班である。各班はそれぞれ、フライングブルームやセブンリーグブーツなどの逃走手段を用意し、砦西方で合流。もし乗り遅れたら、南方の領内へ自力で逃走ということになった。
 作戦開始時間は、精霊時計で午後4時30分。夕暮れ時の不意打ち狙いである。
 さて、どんな蛇が出てくるだろうか。

●作戦開始
 太陽があれば夕日の中から突入となっていただろうが、太陽の無いアトランティスでは薄暮の中の襲撃になる。
 ハルナックの力量では、グライダーは全力運転だと約1時間ちょいの起動が限界である。もっとも作戦自体は、帰還を含めて1時間かからないから、敵が飛行恐獣を繰り出してきても十分な余力がある。
 そのハルナックは、ほぼ全開の速度で目的地に直進していた。飛行眼鏡が無いと、涙が止まらない風圧である。
 ――見えた!!
 黒い影のような城塞が、見えてきた。予備情報通り石造りで、見た目はかなり堅牢そうである。
 ぐんっ!
 ――えっ!?
 ハルナックが違和感を感じた。急にグライダーが軽くなったのだ。ゼットが『降下』したのである。
 ――早い! このままじゃ壁に激突する!!
 時速100キロメートルで石壁に激突したら、さすがにゼットでも死ぬだろう。しかし降下したものを元に戻すわけにはいかない。とにかく見届けなければならない。
 ハルナックが予定通り砦の上をフライパスした瞬間、後方から、瓦礫が砕ける音が響いてきた。
 ハルナックがその状況を確認したのは、反転して砦を見てからである。

●ゼット、暴れる
 ゼットがハルナックのグライダーから切り離されたとき、ほとんどの者が作戦の失敗を『確信』した。あの速度で城壁に突っ込めば、普通じゃなくても死ぬ。どう考えても死ぬ。間違いなく死ぬ。
 が。
 ぐわしゃーん!!
 ゼットが突っ込んだ瞬間、『城壁の方が砕けた』のだった。

 ――うそつけ!!(×9)

 皆がそう思ったのも無理はない。
 まあタネ明かしをすれば、簡単な話である。ゼットは落下中に高速詠唱で城壁近辺に《ローリンググラビティー》をかけ、とっとと城壁を崩壊させていたのだ(石造りの建築物は重力で屹立しているため、逆重力に極端に弱い)。その中にキックをかました姿勢で突っ込めば、たいした怪我を負うことなく内部に突っ込める。
 果たして、その成果は絶大だった。大音響に驚いた飛行恐獣が飛び上がり、中で恐獣の暴れる音がする。カオスニアンの動きが緩慢に見えるのは、ゼットの動きがあまりに唐突すぎたからであろう。
 ただ、ゼット一人でこの砦を攻略することは出来ない。結局彼の行っていることはゲリラ的戦術であり、地域制圧は正々堂々軍を以て行わなければならないのだ。
 この時、アリオスは身を隠して砦に侵入を開始した。ハルナックは飛び上がってきた恐獣を確認し、上昇してその気配を消した。

●作戦開始3分経過
「イェーガー、双眼鏡の具合はどうだ?」
「良好です勇人さん。予想通り恐獣がいるようですね」
 勇人とイェーガーの組は、丘の上から砦を見下ろしていた。ゼットの陽動が無ければ発見されかねないが、逆を言えば中はよく見える。
「飛び立ったのはプテラノドンでしょうか。5匹はいたと思いますが‥‥」
 イェーガーが上空を見ながら言う。
「あと、砦の中にはガリミムスが多数に馬も居る。アレは元々の砦の備品だな。通信手段は、しっかり確保しているみたいだ」
 勇人が言う。
「連れ去られた人間の姿は見えないか?」
 先だっての情報だと、カオスニアンはかなりの数の農民を奴隷として強奪していったらしい。先の『鮮血の虎』の一件で500名近い農奴が連れ去られていたが、あれは西方に運ぶ分で、この砦を建てた分の奴隷がいるはずである。
「あいにく、ここからは見えません‥‥偵察を続けます」

●作戦開始8分経過
「バリスタが見える。数は‥‥ここからでも20は見えるな。現地造りのものだろうが‥‥」
 バルディッシュが偵察をしている最中、ほとんど敵に人的動きは無かった。よほど状況が混乱しているように見えた。
「練度は低いな。まだ体制が整っていないのだろう」
「『中』の動きが見え始めましたよ」
 フランカが小さな手で指さすと、10数名のカオスニアンが隊伍を組んでゼットを囲み始めていた。
 ちょっとまずそうな雰囲気になったとき。
 ズン!!
 重い音が響いて、ゼットは一瞬にして15メートル上に居た。正確には、15メートル四方の石の壁に立っていたのである。
「す、《ストーンウォール》‥‥」
 フランカが驚く。このクラスの《ストーンウォール》は、超越クラスのものである。

 ――がーっはっはっはっは! 我が名はジルマ・アンテップ! じゃない! ゼット――ゼット――。

 何か叫んでいるが、どうやら偽名の名字を考えていなかったらしい。

 ――うむっ! 『マスクド・ゼットマン』じゃ! 我が正義の鉄槌を受けてみよ!!

 えー。
 いきなり姓名が逆転したが、放っておこう。ともあれゼットは、軽〜く壁を蹴ったかと思うと、《レビテーション》が空中に彼の姿を残し、壁が倒れた。悲鳴が響いた。
 まあ‥‥15メートル四方の石壁が倒れてきたんだからねぇ‥‥下敷きになった奴はお陀仏だろう。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 あ、ごめん。バルティッシュとフランカの思考が停止している。おーい、そろそろ敵も体勢を整えてきてますよ〜。
「うん? ああ、そうだな。確かに敵の動きが指向性を帯びてきた」
 解説ありがとうバルティッシュ。
 状況開始から約10分。ついにカオスニアンが恐獣に乗って攻撃してくるにようになった。乗っているのはヴェロキラプトルである。
「10匹はいますね」
 フランカが言う。そのほかにも、弓兵が確認出来る。まあ並大抵の弓なら、ゼットは『痛い』程度で済むだろうが。

●作戦開始17分経過
 ――これ以上の接近は危険だね。
 エイジスはツヴァイとともに、砦に接近して状況観察を行っていた。
 接近して分かったことだが、城塞の周囲には多数の人間の死体があった。おそらくさらわれた農民たちが築城に酷使され、息絶えたものだろう。その数は、100は下るまい。
「早めになんとかしたいな‥‥」
 それらの死体を見て、ツヴァイが言う。この砦は、つまるところ農奴たちの血を吸って建てられているのだ。それはメイ人であるツヴァイには、耐え難き事実である。
 GAAAAAAAAAAAAA!!
「うわっ!」
「うっ!」
 耳朶を聾する叫び声が響いた。かなりの音量だ。

「嘘! あんな大きな恐獣いるの!!」
 丘の上で偵察していた、フォーリィが叫んだ。
「多分、ティラノサウルスだと思うよ」
 ティスが、《リトルフライ》で上空に上がりながら確認する。いくつかの報告書で確認されたが、ここまで深くメイディアに近い場所で、この超大型恐獣が確認されたことは無い。なぜなら、図体がでかいと言うことは燃費が悪いということであり、長距離行軍には向かないのだ。
 が、何らかの手段でとりあえず1匹、連れ込んだのであろう。
「アロサウルスが2匹にティラノサウルスが1匹‥‥ゼットさんもさすがに死ぬんじゃないかな?」
 あまり自分の言葉を信じていないような口調で、ティスが言った。
 そして、その通りだった。3匹の恐獣は次々と上空に持ち上げられ、転倒させられたのである。言うまでもないが《ローリンググラビティー》だ。倒すのは難しいが、戦闘不能状態を維持するなら初級の《ローリンググラビティー》でも十分であった。
「この攻略法は参考になるかも‥‥」
 フォーリィが言う。どんな強力な敵も、転ばされてはその戦闘能力を発揮できない。
 そこに、エイジスやツヴァイが戻ってきた。
「そろそろ帰投時間だ。集められる情報は集めた。撤退しよう」
 ツヴァイが言う。
 一同はそれに従った。

●アリオスの成果
 アリオスが身を隠して砦に侵入したことは、先にも書いた。
 ティスは反対だったのだが、アリオスが強く主張したのだ。そして彼は、一人の女性を連れ帰った。
 まあ、ゼットが『やりすぎて』、砦のほとんどのカオスニアンがその対応に追われていたのもある。弓使いであるアリオスにとって興味深かったのが、ゼットがバリスタや弓兵の弓を、最小限の《ストーンウォール》で防いでいたことだ。あれは、弓使いには詰みの一手である。
 ともあれ内部の状況や構造をある程度把握し、予定以上の情報的成果をアリオスは持ち帰った。この情報は、後ほど編纂されて図書館かどこかで公開されるだろう。
 そして連れ帰った女性は、略奪を受けた小領主のご息女らしい。名前はアイルス・ブレム・ブリガンティ。ステライド領の端地を治める、ブリガンティ准爵の娘だそうである。ちなみに御年15歳。
 バルディッシュにしてみれば、ディアネー・ベノンを思わない年齢ではない。
 毛布をかけられているが、その下は『これは布きれです』というような衣服である。つまるところ、愛玩動物のような扱いを受けていたようだ。実際は身を穢され、筆舌では語り尽くせない恥辱の日々を過ごしていたのだろう。
 それは、男というジェンダーを持つ者には、想像すら出来ない。
 そして、彼女はメイディアに帰還することなく、帰路の途中でで死んだ。自殺だった。
 彼女は、重度の麻薬中毒を起こしていた。
 もちろん、望んで与えられたものではない。無理矢理摂取させられ、麻薬漬けにされたのだ。
 そこからは、地獄の日々だった。麻薬を得るためにカオスニアンの奴隷に甘んじ、そしてありとあらゆる背徳的な行為をさせられた。
 そして、たった二日の帰路の最中に、麻薬が切れた彼女は「砦に返して!」と懇願し、そしてちょっとした隙に船室を飛び出し、フロートシップの上から身を投げた。
 その前に、精神的にはすでに狂死していたのであろう。
 これは、アイルス嬢だけの運命ではない。カオスニアンに捕まった者全ての運命なのだ。奴らに捕まるということは、魂の尊厳さえ守れないということである。
 そして、『ベノンの聖女』がどれだけ強い意志を持っていても、抗うことは出来ないのだ――おそらくは。
「箝口令を敷こう」
 アリオスが言った。
「この件については、口をつぐむ。『ベノンの聖女』が同じ目に遭っているとすれば、救援勢力が蜂起しかねない。下手をすると、国が割れる」
 『ベノンの聖女』の話の広まりが、敵の諜報組織の諜報戦術の可能性がある以上、アイルスの件はそれに利用されかねない。アリオスの言う『国が割れる』というのは、比喩では無いのだ。
 無事任務を終了したというのに、冒険者の気分は晴れなかった。
 ただカオスニアンへの怒りを、新たにするのみであった。

【おわり】