●リプレイ本文
西方の聖人
●ジーザス教教会にて
クウェル・グッドウェザー(ea0447)とスニア・ロランド(ea5929)、エルシード・カペアドール(eb4395)の3人は、今回の探索に先立って王?メィディアのジーザス教教会を訪問していた。
「それで‥‥つまり戦線維持のために、ここのクレリックを西方に派遣してほしいということですか?」
『ムナイ先生』ことムナイ・モーンロ教会最高司祭が、穏やかな表情で言った。
「はい、そのケーファー・チェンバレンという僧侶を迎えるために、ぜひ西方戦線維持を確約してあげたく思いまして」
クウェルが、かしこまって言う。彼も神の使徒である。教会の最高司祭ともなれば、緊張して当たり前だ。
「しかし‥‥そのお一方のために教会そのものの維持に関わる僧侶を派遣するとなると‥‥多少問題がありますね‥‥」
穏やかながら、現実的な事をムナイが言った。
ムナイの心配は、やむを得ない話である。国がジーザス教の布教を許しているのは、その治癒魔法の打算的な効果を期待してのことであり、慈善団体としての教会などアリの触覚の先っちょほども期待していないのだ。この辺り、『権威』が先に立つ天界とは大きく事情が違う。神の居ない土地では、教会の権威など実力以上の物は無いのである。
ちなみに王様になるのに宗教の許可が必要なのは、キリスト教やジーザス教圏の話である。教会は王権の『承認権』を持ち、つまり『神に認められて初めて王』となれるからだ。この辺り、宗教というのはうまいことをやっている。筆者に言わせれば、欺瞞以外の何者でもないが。
「西方に教会を建て布教活動を行うとお考えになればよろしいのです」
スニアが言った。
「ジーザス教にとって、布教の地はメイディアだけでは無いはず。特に西方は激戦地ですから、神の奇跡を必要としている人は数多く居ます。布教の地として、これ以上の場所は無いのではないでしょうか?」
スニアの言葉は、正論である。ただし教会を建てるには、リザベ領の領主の許可が必要だ。それか、ステライド王直々のご下命が無ければ無理な話である。
「シュウキョウのことはよくわからないけど」
エルシードが口を開いた。
「『ベノンの聖女』を救って、ちまたに蔓延している麻薬を撲滅するには、その人の力が絶対必要なの。ただ激戦地にけが人を残して去ることなんか、普通のセイショクシャには出来ないんでしょ? なら出来るようにしてくれてもいいじゃない」
不遜とも取れる態度で、エルシードが言う。まあ、宗教の無いアトランティス人なら、この程度の反応だろう。
もっとも、ムナイも若いが出来た人間である。この程度で腹を立てるような、小さい人物ではない。でないと、子供の世話など出来ない。
ムナイは少し考えると、西方への教会建立への打診を王城にすると確約してくれた。ただ急な話なので、今すぐ僧侶を派遣するのは難しいとのことである。
まあ、これ以上はわがままというものであろう。
●リザベ領にて
ケーファー・チェンバレンの探索は、情報的には割と楽だった。普段天界人は意識していない場合が多いが、ハーフエルフはアトランティスでは忌み子である。それが戦地におり癒しの魔法を使っているというのなら、相手は自ずと絞れるし、そもそもハーフエルフ自体がジ・アースでも希少種である。
ただその癒しの力については、実に驚嘆の一語に尽きる。彼は、『死者を蘇らせることが出来る』らしいのだ。
命の心配はいくらしても足りないが、万一の場合に『なんとかなる』なら何とかしてほしいのが人情である。そして『何とか出来る』人物を、戦場が手放すとは思えない。
「難しい話になりそうだ」
と、これはマグナ・アドミラル(ea4868)である。感情論ではなく、実務能力としてのケーファー・チェンバレンという『ユニット』の性能の高さは、この場合交渉の障害にしかならない。
「たった一人助けるだけでいいのに‥‥」
フィオレンティナ・ロンロン(eb8475)が、ため息をついた。しかし後に判明することだが、『エイジス砦威力偵察任務』で救助した女性が、重度の麻薬中毒のためたった二日で狂死――自殺した経緯を考えれば、ケーファーはディアネー・ベノンを救出する際に必ず同行していなければならない。さもなくば、ディアネーも同じ運命をたどる事になる。
つまり、これからディアネーを助けるまで、ケーファー・チェンバレンを拘束しなければならないのだ。しかも、的外れな依頼に同行させることも出来ない。もし間違えて、ベノンの聖女を救出したときにケーファーが居ない場合、取り返しのつかないことになる可能性が高い。
「‥‥‥‥‥‥」
ルイス・マリスカル(ea3063)も、今回は別の意味で閉口していた。彼は色町などで情報を集めていたが、ケーファーに対するリザベ全体の評価は、もしかしたらハーフエルフそのものの評価を改めるかもしれないほどのものだったからだ。
彼は色町に居る末期のらい病の女性を献身的に看護し、何人もの最後を看取ったのだそうである。
らい病というのはこの世界では不治の病であり、そして他者に感染するため、らい病であるという印をつけて生きなければならない。それはつまり、迫害されることを意味する。そして、クレリックの魔法でも病気は治せないのだ。
だが彼はそれを恐れずに、本当に献身的な看護をしたそうだ。両手で余るらい病患者を借り受けた小屋で世話し、そして全ての患者の最後を看取ると、戦地へと旅だったというのである。
彼らの死に顔は、本当に安らかだったと、色町の女性は言う。
色町の女性たちからは、叶うなら生涯の伴侶にして欲しいと、口を揃えたように言葉が出た。それを『奪う』のは、彼でなくとも気が滅入るだろう。
「チェンバレンは、『人を助けるため』と言えば必ず『オチ』る」
打算的にそう言ったのは、ゼディス・クイント・ハウル(ea1504)である。
「必要な物は正しく手に入れるべきだ。そして我々には、他に手段が無い。ならばどのような手段を用いても、彼を連れ帰るべきだろう」
正論を打つゼディスであるが、他の者はあまりそれに賛同出来なかった。何せ人間は、感情の動物である。感情抜きの打算だけで物事が解決するなら、そもそもディアネーを救助するのではなく、抹殺すべきなのだ。被害を最小限にするならば、それが『打算的で論理的な解決法』である。
が、その辺が出来ない辺り、ゼディスもまだまだ甘い。実はそれが、彼の『本質』なのだろう。
●西方の聖人――その正体
数日後、ケーファー・チェンバレンの所在が判明した。現在はコングルストから、ラケダイモンに向かっているそうである。ラケダイモンに向かえば、彼に会えるだろう。
そしてその二日後、ケーファー・チェンバレンとの面会が実現した。
「‥‥君が、ケーファー・チェンバレンなのか?」
驚いたように、マグナが言った。それはそうだろう。ハーフエルフだから見かけの年齢は当てにならないが、どう見ても10代後半ちょっとという外見だったからだ。
白い簡素な僧衣は、今の今まで治療活動をしていたのか血まみれですさまじい様相であったが、顔立ちは幼く、ちょっとアヤシイ趣味の人ならハァハァいいそうな美少年だったのである。
練達の僧侶というには、あまりにも外見がかけ離れていた。いっそ、あのゼットとかいう老人のように歳を経ていれば納得も出来たかもしれないが、こっちはこっちで極端である。
「初めましてみなさん。私がケーファー・チェンバレンです」
さわやかな笑みを浮かべて、少年が言った。血なまぐさいナリとは、あまりにもギャップのある笑みだった。
毒気を抜かれたような会話がしばらく続き、冒険者たちは本題を切り出した。最初に攻め入ったのは、クウェルだった。
「実は、助けて欲しい人がいるのです」
クウェルは、飾らずに事実関係だけを言った。『虎』との『戦争』に敗北し、ディアネー・ベノンを失ったこと。そして彼女はおそらくまだ存命で、そして麻薬の毒を注がれていること。
そしてその救出のためには、どうしても麻薬治療に明るい人間が必要であること。
ルイスは日ノ本一之助の名を出し、ケーファーを頼るように言われたことを言った。
「救っていただきたいのは、ディアネー嬢一人です。ですがその一人を救うことが、戦の局面の悪化を止め、多くの人の救いとなるゆえ。前線で戦っている戦士のもとを離れるのはつらいでしょうが、是非に」
めずらしく、ルイスは男を『かき口説いた』。
フィオレンティナは、今回実質の功労者である。情報収集を行い、ケーファーの所在を突き止めたのは彼女だ。彼女からは、「その時だけでも協力してくれないか」という旨の提案も出た。
最終的には、スニアやエルシードから、リザベへの教会建立の話にまで及んだ。別にケーファーがぐずった訳ではないが、彼を頼る人々のために、出来ることをすべてやっておく必要性を感じていたからである。今回に限り、日ノ本の時のように「一ヶ月待つ」という訳にはいかない。攻勢は待ってもいいが、守勢は待てないのだ。
「あなたは、神聖騎士ですか?」
唐突に、ケーファーがクウェルに訊いてきた。
「え? ええ、そうですが‥‥」
「癒しの奇跡はお使いになれますか?」
「少しだけ」
そう言うと、ケーファーはナイフを取り出した。護身用とかではなく、道具としての刃物である。果物の皮むきとか、野営の食事に使うようなものだ。
「一応、皆さんに前もって承知置き頂きたいことがあります」
そう言うと、ケーファーは指先をちょっとだけ刺した。傷口にして2ミリも無いだろう。
「これ、癒していただけますか?」
クウェルに、ケーファーが言う。
「え? ええ‥‥」
意味が分からないが、クウェルは祈りを唱えた。クウェルの身体が淡白く光り、そしてケーファーの傷が癒され――なかった。
「え?」
クウェルが頓狂な顔をした。今確かに、神の声が聞こえたのだ。これぐらいの傷とも言えない傷、治らないはずがない。
「イチノスケさんは、『私の事情』を話しましたか?」
確かに、一之助は『訳あり』とは言っていた。しかし内容までは話していない。
「私は、呪いを受けています。それも命を代価にしたものを、何重かに。この呪いがいつ解けるかは分かりません。しかし、私は他人の傷を癒せても、自分の傷は治せないのです」
黒魔法などや魔法の罠には、呪いをかけるものがある。それは生物の命を代価にすることで、より強力な呪いになる。
ケーファーの話によると、以前邪教教団を殲滅したときに、かなり強力な呪いを受けたらしい。
「結果的に、私には治癒能力がほとんどありません。この傷も、普通の人ならなめていればすぐ治るようなものですが、私の場合三日は血が止まりません」
現代人が聞いたら、『血友病』という言葉を思い浮かべただろう。血液内の血小板が不足し、血が止まらなくなる病気だ。基本的に先天性の遺伝病だが、それと同じ状況が彼の身に降りかかっているらしい。
「そんな身体で戦地に居るの? 自殺行為じゃない!!」
さすがに、エルシードが怒った。一つ間違っていれば、彼らの行動がすべて無駄になっていたのである。
「私が生きているのは、他の多くの方の犠牲のおかげです。私はそれに、報いたいのです」
この少年然としたハーフエルフは、いったいどれほどの密度でこの数十年を生きてきたのだろうか。少なくとも、生半可な密度では蘇生の奇跡を行使できるほどにはならないはずである。
「キーフ、行ってこい」
ドアを開けて、戦士たちが数名入ってきた。いずれも歴戦の古強者風の者たちで、マグナにはなにやら雰囲気的に通じるものがある。
「ゼストさん、ケスラーさん、ミシディアさんいモレトさんまで‥‥」
男女併せて5名ほど。いずれも肌に刀傷や槍傷があった。ドア向こうの廊下にも、何人もの気配がする。
「俺たちのことは心配するな。なんとかするさ」
「坊やは善人だからねぇ‥‥都会の娘っ子に騙されるんじゃないよ?」
「ミシディアはキーフに惚れてたか――」
ミシディアらしい女性が、いつの間にか剣を抜いて男の言葉を遮っていた。ちなみにきっちり頸動脈に食い込んでいる。
「それ以上言うと、首を刎(は)ねるよ?」
なにやら、漫才のような展開だ。
「ま、なんだ」
リーダー格らしい男が、咳払いをしながら言った。
「お前さんを名指しで頼ってきたんだ。骨休めをしろとは言わないが、少し王?で自分の時間を持て。お前さんは生き急ぎすぎだ。ちょっとは『自分のために』生きてみろ」
●帰路につく
「気持ちのいい人たちでしたね」
クウェルが、帰路の船上でゼディスに向かって言った。ゼディスなのは、たまたまである。
「トラブル無しで、結構な話だ」
実務的に、ゼディスが言う。だがその言葉にも、好感がにじみ出ている。
「だが、こっちはいろいろ条件が厳しくなったぞ」
と、これはマグナ。
「怪我をしたら、数日後には失血死――とても戦場に出せる人ではありませんね」
スニアが、考えるように言う。
「ま、だから『訳あり』なんでしょ?」
フィオレンティナが、のびをしながら言った。
「それだけじゃ無いと思いますが‥‥」
浮かない顔なのは、ルイスだ。同性として、何か感じるものがあったらしい。少なくとも、彼の今までの行動が自殺行為に近いのは間違いない。
「とにかく『準備』は出来たわ。あとは情報待ちね」
エルシードが言った。
ケーファーは、遠くなったリザベの街を見ている。
まだ、戦いは始まっても居ない。まさに、これからなのだ。
【おわり】