策謀の砂漠
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■ショートシナリオ&
コミックリプレイ プロモート
担当:三ノ字俊介
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:4
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:02月19日〜02月24日
リプレイ公開日:2007年02月25日
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●オープニング
●発端
冒険者ギルドには、様々な人物が来る。
『その人物』が来たのは、もう2週間も前の話だ。その人物は正確には人間ではなく、このメイディアでは堂々と正体を晒すわけにもいかない人物であった。
『その人物』――女性のようなので『彼女』としよう。彼女は「情報を売りたい」と、ギルドに正面堂々とやってきた。
名前は、ネイ・ネイと名乗った。
ギルドが騒然としたのは言うまでもない。まさかアリオ王の命を狙う暗殺者が、正々堂々とギルドの門戸を叩くとは思えなかったからだ。
この事件を任されたのは、ギルドではやり手で知られるスタッフ、烏丸京子(からすま・きょうこ)である。彼女が選ばれた理由は、他にもある。
自称ネイ・ネイが持ち込んだ情報は、ある特定のカオスニアンとある貴族の息女の話だったからだ。
『鮮血の虎』ガス・クドと『ベノンの聖女』ディアネー・ベノンのことである。
●ネイ・ネイの取引
「話は防諜対策の施された、ギルドの地下室で行うわ」
京子が、冒険者たちに向かって言った。
「取引材料は、『ベノンの聖女』の所在と『鮮血の虎』の所在。取引内容は、「今回は金でいい」という話。ただしひとつの情報につき5万ゴールド。併せて10万ゴールドになるわ」
べらぼうな価格である。安いゴーレムシップなら、1隻買える。
「王宮から即金で5万ゴールドは出せるけど、それ以上は今は無理ね。両方の情報が欲しいけど、彼女の滞在期間に用意できる『現金』はこれだけ。そう、今回彼女は『現金』で取引したいと言っているのよ。つまり宝石でも魔法の物品でもなく、お金――正確には『金』かしらね? その理由は分からないけど、何か考えがあると思うべきね。あまり良いことじゃ無いと思うわ」
キセルを器用に回しながら(天界人からペンを回す技術を教えてもらった)、京子は独り言のように言った。確かに、彼女の意図は読めない。それに『今回は』というのも気になる。
いずれにせよ、謎だらけなのだ。藪は、突かなければ蛇も出てこない。つまり藪を突くのも、一つの手である。
「相手の意図が読めないから、こちらから情報を与える分には十分注意して。そして必要なら、自分たちで必要なものを集めてちょうだい。そもそも相手の言っていることが真実かも分からないけど、必要と思ったことは自分たちでなんとかして。判断は、みんなに任せるわ」
●リプレイ本文
策謀の砂漠
●温度差
『交渉』とは、駆け引きである。押すだけでもだめ、引くだけでもだめ。
自分の目的を達するために、必要な措置を必要なだけ行う。それでどれだけの『利益』を得るかが勝負である。
そのためには、まず交渉の『目的』と『目標』を決めなければならない。しかしそこに、冒険者の中にも大きな温度差があった。
「譲歩する必要は無い。こちらの足下を見られるようなことがあれば、この話は蹴るべきだ」
いつになく強硬な態度でそう言ったのは、レンジャーのアリオス・エルスリード(ea0439)だった。冷静な彼らしからぬ反応である。
「待てアリオス、態度を硬化させてこの話を反故にするべきではない。そもそも情報が無ければ、我々は動きようが無いんだ」
いつもは突貫側に立つリューグ・ランサー(ea0266)が、今回ばかりは周囲の取りなしに回っていた。珍しいこともあるものである。
もっとも、アリオスの気持ちは分からないではない。ここ最近、冒険者たちはカオスニアンに散々振り回されてきた。今回ばかりは振り回されたくないと、頑なになっても無理は無い。
だが実際は、そのような『個人の感情』を抜きにクレバーに物事を運ぶべきである。交渉はそもそも、双方が『同じテーブルに座って』成り立つものなのだ。これは、切り札の数が不平等なのとは、分けて考えなければならない。
「こんな時あの人が居れば‥‥」
と思うのは、クウェル・グッドウェザー(ea0447)である。クウェルは『こういうこと』に向いている人物を知っているが、彼は今、おそらくメイディアへの道行きの途中であろう。
天界人に対する認識を、かなり改めることになった者もいる。現地、メイ人のツヴァイ・イクス(eb7879)である。
彼女にとっては貴族一人より、周辺村民に脅威を与えている『鮮血の虎』ガス・クドの対処のほうが急務に思えてならない。貴族一人救うよりも、反英雄とも言えるガスを捕らえ、十の虎共々殲滅することの方が、国益になると考えたのだ。
この考えも、間違ってはいない。むしろ正論とも言える。流れる血の量を考えれば、秤にかけられるものだ。
ただ感情と当事者の気持ちをおもんばかれば、そんなに簡単に割り切れるものでもない。『その程度』で済むなら、元よりこのようなことには、ならなかったはずである。
天界人の学者には、このようなことをエントロピーやベクトルなどで説明しようとする者もいる。つまり『英雄が居るから反英雄が居る』という考え方だ。熱量というものは、熱かれ寒かれ総量としてのエネルギーは一定であり、最後には拮抗し対消滅する。残るのは静止した世界である。
それは紛う事なき死の世界なのだが、乱にあって治を求める者は、少なくないだろう。
イェーガー・ラタイン(ea6382)やエイジス・レーヴァティン(ea9907)は、終始無言だった。ただ最初に『獲得するならディアネーの情報を』と表明しただけで、あとは無言を通している。そもそもこのような内ゲバに近い問答をしている時間など、彼らには無いのだ。
リア・アースグリム(ea3062)とレイバンナ・ジェロン(eb8980)は、本件では新参である。リアはディアネーの体調などについて問うつもりだったが、レイバンナは何も考えていないに等しい状況だ。そも、状況を把握しているかどうかも怪しい。レイバンナは「ネイ・ネイの後ろに立つ」と言っていたが、暗殺者が背後を預けると考えること自体状況を甘く見ている。もしこの交渉が破談したら、その一因は確実に彼女であろう。
結局は、あまりまとまらないまま交渉のテーブルにつく時間が来てしまった。強硬に『押し』の一手を主張したアリオスも、そこまでには多くの手札を失い、『様子を見ながら』という大多数の意見に同調せざるをえなかった。後にクウェルの頼りにしていた人物が言った言葉だが、「選択権は向こうにある」のだ。冒険者諸賢がいくら策を弄しても、この決定的事実は動かせない。
そしておそらくは、相手もそれを承知しているのだ。
●ネイ・ネイ、その姿
「ちっ」
と、部屋に入るなり、レイバンナが舌打ちをした。部屋にはすでにネイ・ネイと思しきフード姿の人物がおり、壁を背にしてたたずんでいたからだ。これでは背後に回れない。
ネイ・ネイの姿は、小柄だった。手足は鉛のように黒く、入れ墨が見て取れる。そしてギルドスタッフの烏丸京子が言ったように、確かに『彼女』と形容できる小柄な少女というたたずまいだった。
顔は、フードに隠れて見えない。
入り口にツヴァイとイェーガーが陣取り、リューグとアリオス、エイジスが卓についた。クウェルは持ち込んだバスケットから、ティーセットと茶菓子を取り出している。リアはそれを手伝っていた。レイバンナは所在なげに部屋をうろついたが、結局部屋の隅に椅子を逆さまにして座った。大きく股を開いた淑女らしからぬ振る舞いだが、まあ本人が気にしていないのでとりあえずいいだろう。
「席につきませんか? おいしいお茶菓子がありますよ?」
クウェルが、ネイ・ネイに椅子を勧める。驚いたことに、ネイ・ネイはフードを取り去り姿を見せ、そして言われるままに席に着いた。
――こんな女の子が!?
とは、この部屋に居た者の統一見解である。
編み込んだ髪の毛に黒い肌。全身に彫り刻まれた呪(まじな)いのような入れ墨。その特徴は明らかにカオスニアンのものだったが、その正体は、少なくとも外見上はディアネー・ベノンとそう変わらなさそうだった。
ネイ・ネイはクウェルに勧められたカップを手に取り、それを一気に飲み干した。そして『茶菓子』をばりぼりと食う。礼儀などまったく無いが、少なくともこの場に居る者達の度肝を抜く効果はあった。
「疑っていないのか? 俺たちはお前を殺すことも出来るんだぞ?」
思わず、リューグの口から言葉が出た。今の茶菓子に毒を盛っていれば、ネイ・ネイは確実に死んでいる。
「別に」
ネイ・ネイが言った。
「殺す気なら、この2周期の間に殺しているだろう? それぐらいのヒマはあった。それに、貴様たちを殺すなら十数えるヒマもいらない」
ばさっ。
リューグのマントが、切れて落ちた。全員が武器に手をかけたが、ネイ・ネイは動かない。それどころか、茶のおかわりを要求している。《ブラインドアタック》とか、そういうレベルのものではなかった。明らかに『異質な何か』である。
外見と態度に惑わされていたとしか、言いようが無い。相手はカオスニアン『最悪の敵』ネイ・ネイなのだ。
「交渉を始めよう」
ネイ・ネイが言った。
◆◆◆
交渉は、多少の悶着はあったものの無事に終了した。ネイ・ネイは腰の革袋に総計で150キログラムはある金貨の袋をすべて放り込み、軽々とした足取りで、しかも街路を堂々と去っていった。
冒険者たちが得た情報は、まず次の地図である。
【リザベ領略図】
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〃Å〃〃▲∴∴∴∴∴∴∴∴▲▲〃〃〃〃〃
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▲〃〃▲∴∴∴サミアド砂漠∴∴∴▲▲▲〃
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〃▲〃〃×∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴▲
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〃▲〃〃〃〃〃〃〃〃〃∴∴∴∴∴∴〃〃〃
〃▲〃〃〃〃〃〃〃〃〃∴∴凸エイジス砦〃
▲ダイラテル◎リザベ〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
▲〃〃凹〃〃…〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
▲〃〃〃〃〃…〃〃…〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
▲コングルスト………〃〃…〃〃〃〃〃〃〃
▲〃凹〃〃〃………〃〃〃〃…………〃〃〃
▲〃〃〃〃…………〃〃○ティトル……〃〃
〃▲〃〃〃…………〃〃〃………………〃〃
〃▲〃〃……………〃………………〃〃〃〃
〃〃▲〃………………………………〃〃〃〃
…〃▲凹ラケダイモン……………………〃〃
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1マス=50キロメートルぐらい
「この『×』の場所に、砦が建設されている。名前は無い。多くの捕虜はここで労務に当たらされている。お前たちが探している貴族の娘は、ここにいる」
ネイ・ネイの言葉をそのまま引用したら、このようになる。
「ガス・クドはここには居ない。しかしここには、虎のうち2匹が居る。『人間を壊す』専門の虎だ」
ネイ・ネイの話によると、ディアネーはそこで囚われの身となり、男には想像することも出来ない非道な責めに遭っているという。
「毎日二人、労務の滞った者が、見せしめに処刑される。貴族の娘はその助命を嘆願し、それを容れる代わりに一人につき身体に傷を一つ刻む。麻薬入りの墨でな。もう50は超えたろう。そして奴隷には、生き残りたかったら貴族の娘を犯せと吹き込む。どんなに感謝してても、奴隷は自分を守れなかった権力者を憎むものだ。言い訳しながら彼女の身体を蹂躙した奴隷の数は――」
それ以上は、冒険者たちの耳が聞くのを拒否した。リアなどは、紙のように顔色を白くしていた。同じジェンダーを持つ者にしか分からない、おぞましさが背骨を駆け上がっていた。
「なぜそこまで話す?」
アリオスが、ネイ・ネイに問うた言葉である。返答は、『好みではないからだ』だった。
「お前たちは、我々カオスニアンを勘違いしている。我々はカオスに属する者だが、お前たちの言う『邪悪』というのとは多分違う。我々は『自由気ままに生きること』を最も尊ぶ。だから我々が行動するのは、『好きか嫌いか』による。私は『虎』のやり方は好かん。だから『売る』。それだけだ」
戦争というものは、大概が互いの価値基準の相違で起こっている場合が多い。相互理解が進めば、キリスト教徒もイスラム教徒も仲良くできるはずである。現にイスラム圏でも、故マザー・テレサは尊敬できる人物の候補に挙がっているぐらいなのだ。
カオス=敵と認識していたツヴァイ辺りからすると、豆鉄砲を食らった鳩の気分である。だが少なくとも、ネイ・ネイにとって『敵の敵は敵とは限らない』ぐらいの認識はあるらしい。
「信じる信じないは、お前たちの自由だ。私は代価分の取引をしただけ。あとはそっちの問題だ」
そこまで言われて、何人かが『破滅の剣』探索隊で、隊長のフォーレスト・ルーメン侯爵が、カオスニアンと取引しているのを思い出した。
つまり、そういうことなのだろう。
ともあれ、取引は完了した。
次の行動を決めなければなるまい。
【おわり】