●リプレイ本文
新式ゴーレム開発計画X
●イクサレス――その『良すぎた』性能
「ぶはっ!!」
内蔵を吐き出すような勢いで息を吐き、新式シルバーゴーレム『イクサレス』の制御胞から飛び出してきたのは、エルシード・カペアドール(eb4395)だった。
エルシードの様子は――こう言ってはナンだが、あまり尋常な状態ではない。強いて挙げれば、電子レンジに入れられた猫とでも言おうか。身体から湯気を噴いていないのが、不思議なところである。
「大丈夫ですか?」
シフールのウィザード、フランカ・ライプニッツ(eb1633)が、ぱたぱたと飛んできてエルシードに声をかける。エルシードはタラップに仰向けになって、呼吸を整えていた。
「どうした、起動にに失敗したわけじゃないだろう」
グレイ・マリガン(eb4157)が、エルシードを抱き起こそうとして、ぎょっとなった。エルシードの身体が、熱病患者のように熱かったからだ。
「大丈夫。ちょっと精霊力に『酔った』だけ」
熱を冷ますように息を吐きながら、エルシードは自力で起き上がった。
「この騎体は、『失敗』だわ」
エルシードの言葉に、乗員や冒険者が凍り付いた。それはつまり――。
「はやとちりしないで。騎体は良くできているわ」
エルシードが、付け加えて言った。
「ただし『出来すぎている』のよ。乗れば分かるけど、この騎体が集める精霊力は、生半可な量じゃないわ。それを制御するには、本当に『あたしぐらいの力量』が無いとだめ。それでも、人間の許容量はとっくに超えているけどね。この中に入るということは、精霊力っていう炎で炙られ続けるのと同じこと。今のは――身体が破裂するかと思ったわ」
ガンゴントウス・エメルセンというドワーフ鍛冶師と、カルロ・プレビシオンという『二人の天才』が生み出したのは、まさに『化け物』と形容していいシルバーゴーレムだった。
ゴーレム兵器において、人間は精霊力を操る制御系回路の一つである。つまり手や足を動かすスイッチとか、コンピューターで言えばCPUに相当する。
が、そこに許容量を超える電流を流すと、CPUなら発熱して最後には発火するか熔ける。つまり、人間にもそういうことが起こりえるのだ。
そしてイクサレスも、その例外ではない。技術と英知の組み合わさった騎体は予想以上の精霊力を吸収し、消費する。しかしその負荷を軽減する、いわゆるCPU周りの諸装置類――『安全装置』が無いのだ。
予想外で、想定外の事態である。『シルバーゴーレム並みの性能が出ない可能性』は皆考えていたが、『それ以上の性能が出過ぎる可能性』は誰も考えていなかった。動かないことはあっても、動きすぎるとは誰も思っていなかったのである。
「とりあえず、速度と追従性は想定以上の数値が出ているはず。パワーも多分申し分無いわ。致命的に問題なのは、鎧騎士の耐久性ね」
その『耐久性』が自分の問題であることを、他人事のように言うのは彼女の癖だろうか。いずれにせよ破格のリスクと交換で得られたものは、破格の性能である。
それでも起動し続けている限り、エルシードには負担がかかる。おそらく保って4〜5分。それ以上は、搭乗者の命が保証できない。
「制御胞の主幹銀配線に、非常用の切断装置を組み込んで。戦闘が終了したら、それで強引にカットオフするわ」
つまり、物理的に精霊力を伝達する物質を千切るのである。テコとちょっとした工具で作ることが出来るが、つまりそういう『もの』を使用しなければ危険な状況になる可能性がある、というのが、イクサレス初代搭乗者であるエルシード・カペアドールの『評価』だ。
これはもはや、兵器とは言い難い。これならまだしも、二次戦中の特攻機の方がマシである。
「戦術レベルでの作戦を、再検討する必要がありますね‥‥」
オリバー・マクラーン(ea0130)が呟いた。
この作戦は、イクサレスを基軸に構成されている。それが5分も稼働出来ないとなれば、作戦そのものを組み替える必要が出てくる。破格の性能を発揮できる代償が10分の1にも満たない稼働時間では、はっきり言って引き合わない。しかし、今更工房へ持ち帰って修正する時間など無い。
「ま、なんとかなるでしょ」
他人事のように、エルシードが言った。ただこの時のエルシードの顔を、同道した冒険者たちは一生忘れないだろう。
それはただただ、士道に忠実なる者の貌(かお)だったからだ。
●敵兵力探索
ゴーレムグライダーが、『ペガサス』に帰還してきた。グレイが偵察を終えて帰ってきたのだ。
推進用の動力器物が停止し噴射音がしなくなったところで、係留スタッフがグライダーを固定する。グライダーを初めて間近で見る者も居たが、結構音がすることに驚いた者もいた。さすがに人間二人以上を乗せて飛ぶゴーレム兵器だけに、その推力はかなりのものである。この辺りは、恐獣や鳥の方が優秀だ。
「敵のゴーレムシップを見つけた。ここからバの国の方向に約5キロメートル。あれはきっと、回収船だろう。多分、こっちも発見されたな」
船乗りには眼が良い者が多い。万一漂流したときに、陸地を発見できるかどうかはその眼にかかってくる。
「やけに距離があるな」
ローシュ・フラーム(ea3446)が、付近の地図を覗きながらつぶやいた。
「搬送用のフロートシップが居ると見るべきですね」
ルメリア・アドミナル(ea8594)が言った。ドワーフとエルフは犬猿の仲というが、この二人は割と仲が良い。馬が合うというか、何か通じるものがあるようである。
「どういうこと?」
フォーリィ・クライト(eb0754)が表情に疑問符を浮かべていた。それに答えたのは、ルメリアだった。
「輸送手段の問題です。フロートシップは速度もあり機動力もありますが、搭載力は海上を行くゴーレムシップほどではありません。グレイさんが見たのがフロートシップではなくゴーレムシップならば、ゼロ・ベガも未知のゴーレムも、海上をかなりの距離移動しなければなりません。なぜなら沿岸は、搭載量のある大型船が横付けできる場所ではないからです」
得心のいったような顔を、フォーリィがした。地図では1本の線でしかないが、海岸線はかなりの遠浅になっているのである。ゴーレムシップは座礁を避けるため、海岸線には近づけない。しかし今回の『ルーメン隊』規模のフロートシップが差し向けられているなら、その報告が入らないはずがない。
そして、多くのゴーレムは水に沈むのである。ならば、何らかの空中輸送手段を確保していると見るべきであろう。
「グレイさんは、予定通りゴーレムシップを叩くのですか?」
『ペガサス』の船隊指揮官を拝命した、レネウス・ロートリンゲン(eb4099)が問いかけた。グレイは今回上申して、鹵獲艦『フォン・ブラウヒッチュ』とモナルコスを1騎追加で借り受けている。
「いや、無理だ」
グレイが即答した。
「相手は100メートル級の、メイでは大型ゴーレムシップだ。敵戦力も確認できないし、旧型の50メートル級小型フロートシップじゃ火力が違いすぎる。下手をすると接近する前に落とされかねないし、モナルコスで出撃しても帰還は出来ないだろう。俺は、敵の艦と運命を共にするなんて最後はごめんだ」
正論である。半ば強引にゴーレムごと艦を借り受けるほどの積極性を持っているが、グレイは正規の訓練を受けた武人である。勇敢と無謀を間違えるほど、馬鹿ではない。結局は、後詰めとしての役割を担うことになるだろう。
ちなみにフォン・ブラウヒッチュとヤーン級は約50メートル、在来型の他のフロートシップは約60メートル、そしてペガサスは約80メートルある。現在は100メートル級の大型フロートシップの建造計画が挙がっているらしい。
「『作戦は柔軟を本分として汎用性に長けるべき』。ま、至言ってことね」
ラヴィニア・クォーツ(eb9107)が、腰に手を当てた姿勢で言った。
「誰の言葉ですか? ラヴィニアさん」
白金銀(eb8388)が、ラヴィニアに問いかけた。
「あたしよ」
スマートにラヴィニアが言って、ウインクした。なかなかクールである。
「結局『予定通り』は『カークラン』と『オルトロス』だけか‥‥」
龍堂光太(eb4257)が、僚艦であるヤーン級に搭載されているカッパーゴーレムを見てつぶやく。フラガ・ラック(eb4532)も、いささか以上に不安げだ。
『オルトロス』は、メイ式カッパーゴーレムに名付けられた名前である。アプト語で『暁』や『払暁』を意味する言葉だ。人々を照らす希望の光となれ。そういう意味を込めて名付けられたらしい。
「今までの戦いでも、不安材料が皆無だったわけではありません。ここはカルロ工房長とガンゴントウス工房管理官を信頼しましょう」
フラガが言った。フラガはオルトロスに搭乗する。こちらも実戦は初めてなのだ。
『隊長より乗組員各位。これより我々は会敵予定地域に入る。手すきの者は甲板へ出て周囲を警戒せよ。一番に敵の部隊か偵察隊を発見した奴には、とっときの『竜戦士』を1本おごるぞ』
おーっ!!
伝声管からの声に、酒好きの船乗りたちから歓声が挙がった。
「マッハ侯爵は、人を使うのがうまいですね」
フランカが、率直な感想を漏らした。それに苦笑した者が数名。以前『破滅の剣』の探索で、その『実力』をさんざん見せられた者たちだ。
それが、陰鬱な気配を払っていた。そう、これ以上キワモノな局面は、ほかにもあったのである。そしてこれからも、なにがしか起きるのだ。
そう思うと、結構気楽になれるものである。一同の肚は、すっかり据わっていた。
●vsゼロ・ベガ!!
『敵騎発見! 2時の方向約1キロメートル! 50メートル級フロートシップを確認! 艦数1! 敵ゴーレム2騎を確認!』
『総員戦闘配置! 推力最大! レネウス・ロートリンゲンは戦闘艦橋へ!!』
『マッハよりフォン・ブラウヒッチュ船隊指揮官グレイ・マリガンに伝達! 『予定通り任せる。健闘を祈る。いざとなったら船をぶつけてやれ! 以上!』』
伝声管から、報告と復唱と連絡が入る。ペガサスは一気に騒がしくなった。僚艦には、手旗信号で伝達されているはずである。
「『イクサレス』、発艦位置へ!」
『まだ動かないわ。起動はギリギリまで待つから、合図をちょうだい。それと、敵の『未確認ゴーレム』は見えた?』
「確認されておりません!」
イクサレス内部からのエルシードの声に、デッキ要員が応じた。5分しか動けない以上は、起動時間を1秒でも節約しなければならない。それには敵の未確認騎の確認が必須条件である。
「各艦に伝達! 精霊砲3射連! 敵フロートシップに集中攻撃! 足を奪ってください!!」
レネウスが指示を飛ばす。予定では敵ゴーレムに放つはずの精霊砲だったが、敵の『足』が目前にあるなら話は別である。
合計4門の火精霊砲から、約30秒間の間に都合12発の火弩弾が飛んだ。
ごかっ!
『命中! 命中! 命中!』
伝声管からの声に、船内に快哉が響く。
「戦果確認! 急いでください!」
『敵艦大破炎上! 墜ちます!!』
うおおおおおおおおおっ!!
雄叫びのようなものが全船に響いた。集中砲火の効果、てきめんである。
後に隊長のマッハは、苦笑いしながら語った。
『当時最強の戦力を投入した作戦だ。こうでなきゃ困るよ』
フロートシップ船隊は、いきなりの戦果に俄然士気が向上した。一人呆然としていたのは、グレイである。
――敵がなくなっちまった!!
いかに彼でも、ストーンゴーレムでカッパーゴーレムに挑むほど無謀ではない――と、彼の性癖については、先ほども書いたか。いずれにせよ、グレイはかねてからの手順通り回頭して、敵観測部隊の捜索に回った。
『敵隊上空を通過! 確認戦力、ゼロ・ベガ級ゴーレム2! 未確認騎は見あたりません!』
――敵艦の墜落に巻き込まれたか? あるいは墜落した敵艦に、すでに積載されていたか?
判断の困るところである。しかしいずれにせよ、不利ということは無い。
「光太さんとフラガさんに伝達。戦域に降下してください」
レネウスの指示で、カークランとオルトロスが降下体勢に入った。敵のゼロ・ベガ級はすでに武器を抜いて構えている。
『どうする、あたしも出る?』
格納庫からの伝令で、エルシードが指示を求めてきた。
――戦力はほぼ互角。ただし敵は逃げられないから、死力を尽くしてくるでしょうね‥‥。
レネウスは状況をすばやく判断し、出撃を差し止めた。窮鼠猫を噛むともいう。イクサレスは特秘騎体であり、ましてやこのような状況で損傷させるわけにはいかなかった。搭乗者に対するリスクも高く、出さないで済むなら出さない方がいい。
「待機してください。カッパーゴーレムの二人に任せます。オリバーさんと銀さんは、予定通り敵の観測隊の捜索を。ラヴィニアさん!」
『はいはい』
伝声管から、ラヴィニアの声が響いてきた。
「10秒だけ着地します。チャリオットに地上支援隊を乗せて、その間に出撃を」
『了解よ』
◆◆◆
「出るわよ。準備はいい?」
「こっちはいっこうにかまわん」
ラヴィニアの言葉に、武器を装備したローシュが応じる。
「出番無いかと思った」
と、これはフォーリィ。
「支援準備は出来ています。いつでもどうぞ」
フランカが乗り込んで、準備はととのった。
『ペガサス、降下します。20秒後、サイドハッチを開放します』
チャリオットは、地面との反発力を得る動力器物で浮いている。ゆえに着陸しないと、船内ではまったく動かない。
17秒ほどして、がくんとチャリオットに浮揚力がかかった。ペガサスが地面に降り立ったのだ。
「ハッチ開放!」
「『水晶(クォーツ)隊』、出撃するわよ!」
「あ、ずるーい! 勝手に名前つけるなんてー!」
フォーリィの声は、チャリオットの姿と共に消えた。
戦域では、さっそくゴーレム同士が討ち合っていた。
ウィル式カッパーゴーレム『カークラン』に搭乗しているのは、光太である。バランス型の騎体のため乗りこなしが難しいが、そこは最初から支援隊(水晶隊:ラヴィニア急遽命名)の支援を受けて、敵を撃破するつもりだった。どのみち相手は、最初から騎士道を無視しているのである。一騎討ちにこだわる必要は無い。
――ここは耐えろ、耐えるんだ。
ペットのエレメンタラーフェアリーの応援を受けながら、固く防御姿勢を組んで支援隊の到着を待つ。
そして、時は来た。
ごっばああん!!
敵のゼロ・ベガが、いきなり浮き上がって地面に落ちた。フランカの《ローリンググラビティー》である。
――今だ!!
光太が攻勢に出る。ゼロ・ベガは分厚い装甲を装備しているらしく、カークランの攻撃ではやや力不足のようだ。
しかし、立ち上がってもすぐにフランカの《ローリンググラビティー》で転倒させられる。機能する冒険者の集団が怖いところは、このように戦術が状況にハマると、二乗倍で戦闘能力が上がることだ。今がまさにそれである。
蓄積されたダメージによってゼロ・ベガは機能不全に陥り、やがてほとんど動くことが出来なくなってしまった。
光太が勝利を確信したころ、フラガの『暁』は壮絶な削りあいをしていた。
オルトロスは、モナルコスと同じコンセプトで制作された騎体である。ゆえにその特記すべき能力は『装甲の厚さ』と『耐久力の高さ』『攻撃力の強さ』だった。
――少し、ダメージを受けすぎたか。
すでに『搭乗者の損害が』中傷の域に達した制御胞内部で、フラガが思う。フラガは、世にも恐るべき戦術を実行したのだ。
つまり、耐久力と攻撃力に物を言わせた、『相打ち戦術』である。
戦技《カウンターアタック》は、敵に対して倍返しの威力を与えることが出来る。つまりフラガは、敵の攻撃を待ちそれにカウンターを合わせることで、一発単価勝負に出たのだ。
ただし《カウンターアタック》は、自分もダメージを受ける。それも先にだ。ゆえに切っ先が鈍り、返しの一発がそれることも多い。
確実に打撃を与えている手応えはあるが、敵の攻撃を受けたときに制御胞内部を跳ね回され、フラガ自身も深刻なダメージを受けていた。ウィルの噂によると、高位のゴーレムは制御胞内部の搭乗者を守るフィールドを持つらしいが、カッパー程度(というには高性能なのだが)でもその効果はあまり期待できるほどではない。何より、敵の攻撃を受けて上等の戦術である。無傷で済むはずが無かった。
がいいいいいいいん!!
「ぐっ!」
衝撃に、フラガが踏ん張る。だが着座姿勢の両手両足では、いかほどの効果が見込めるだろうか。
――座席に身体を縛り付けておけば良かった!!
ここで『お?』と思った人、するどい。
この一戦が教訓となって導入されることになるのだが、実はこの時点で、メイの国には『シートベルト』という概念が無かったのである。後日、座席には皮ベルトと留め具が装備されるようになり、それも改良されてゆくのはまた別の話だ。
閑話休題。
今食らった一撃に対し、フラガがカウンターを行使した。
ずばん!!
「やった!」
深く深く、フラガの剣がゼロ・ベガの胴に食い込む。間違いなく、敵の搭乗者は絶命したはずである。
「何っ!」
だがゼロ・ベガは、身に剣を食い込ませたままオルトロスに組み付き、そこで機能を停止した。
がすんっ!!
「がっ!」
そして剣戟ではない衝撃が、突然フラガを突き飛ばした。
――何が起こったんだ!!
フラガがその状況を把握するのは、数秒後である。
●シルバーゴーレムの脅威
「左舷、弾幕薄いぞ! 何やってんの!!」
口調が一部変わっているが、今のは『ペガサス』船隊指揮官のレネウスである。まるで故・鈴置○孝氏が乗り移ったみたいだが、細かいことは気にしなくていい。
ペガサス以下3艦は、プテラノドンの飛行恐獣戦隊の襲撃を受けていた。おそらくはバの国の観測隊と思われるが、乗員にはカオスニアンらしき者も混じっている。
敵の数は4匹程度。艦上からのバリスタ攻撃は密度が薄く、ルメリアの《ライトニングサンダーボルト》で2匹を撃墜したが、あと2匹がなかなか落ちない。
こういうとき、攻撃の大味な戦艦は不利である。
オリバーや銀も攻撃に加わったが、なかなか囲い込みも出来ない。
「私、グライダーで出ます!」
銀が、レネウスに申請した。
「だめです! 実戦経験の乏しいあなたでは!」
「いざとなったら、ぶつけるまでです!」
そう言うと、銀はきびすを返し――凍り付いた。
「レネウスさん! 敵の『未確認』が!!」
それはちょうど、燃える船の残骸から敵のゴーレムが飛び出し、フラガのオルトロスを蹴倒したところだった。
即座に判断できた。オルトロスには、今の奴に対抗する戦闘力は残されていない、と。
「か!」
ゆえに。
「艦体反転! 『イクサレス』起動!! 出撃位置へ! 僚艦に伝達! これより『ペガサス』は、敵未確認ゴーレムと交戦状態に入ります!」
レネウスは、イクサレスの出撃指示を出した。
◆◆◆
『艦体反転! 『イクサレス』起動!! 出撃位置へ! 僚艦に伝達! これより『ペガサス』は、敵未確認ゴーレムと交戦状態に入ります!』
――出番、来たわね。
イクサレスの制御胞で状況を聞いていたエルシードは、起動準備に取りかかった。精神を集中し、両手の水晶球に気力を注ぐ。
ずっ、ぐん!
「ぐっ!!」
『それ』は、いきなり来た。巨大な精霊力の流れ。それは炎を直接つかむような行為であり、きわめて危険がともなう。
それを精神力だけで制御するのだから、その難易度は並大抵ではない。気功の開閉さえ重労働だ。
そのとき、がくんとペガサスが傾いだ。周囲が悲鳴と怒号に彩られる。
『高度降下、制御できません!』
『推力低下! どうしたこんちくしょう!!』
『ブリッジ! 高度維持不能! 墜落します!!』
ペガサスの各部署から、悲鳴のような報告が響いてくる。この艦の中でただ一人、エルシードはその理由を理解していた。
『ブリッジ、ハッチを開放して。イクサレスが降りれば、この状況は収まるわ』
エルシードが言った。
『それはどういうことですか!』
『説明しているヒマは無いの!! 急いで!!』
エルシードが叫ぶ。傾いた船の中で何人かが、正面ハッチの開閉装置にとりついた。
「だめです! 開きません!!」
水平を維持できないハッチは、ゆがんで詰まることがある。ペガサスも例外ではない。
『ブリッジ、これより正面ハッチを破壊して強制出撃します! 文句はあとで聞くわ!』
そう言うと、エルシードはイクサレスを後退させ、助走をつけてハッチに突撃した。
ごっばあああああああああん!!
ハッチが基部から吹っ飛び、イクサレスが船外に飛び出る。同時に、船の制御が戻った。
後で分かったことだが、これはイクサレスのせいである。実用戦闘起動をしたイクサレスは、殺人的な勢いで周囲の精霊力を吸い取り、船の駆動に必要な精霊力まで奪い取ってしまったのだ。
エルシードが身を投げた虚空は、上空約30メートル。着地しても脚部の損傷は不可避であろう。
しかし、その勢いを減衰させる事が出来る『場所』があった。眼下に、敵の『未確認』が居たのである。
エルシードは即座に判断し、落下の勢いのままイクサレスの剣を振り下ろした。
ごばっきいいいいいいいいいん!!
痛烈な破壊音。イクサレスの剣は『未確認』を捉えたが、盾で受けられてしまった。そして相手の盾はその腕ごと砕けたが、イクサレスの剣も折れてしまった。
――しまった!
エルシードが思っても、もう遅い。イクサレスは武器を失い、盾のみの装備になってしまった。
――武器は!
フラガのオルトロスの剣が、目に映る。しかしそこは、『未確認』の間合いの中である。
ギリギリと鎧のこする音を響かせて、『未確認』が攻撃してきた。剣を取る隙など、見あたらない。少なくとも、エルシードと同じかそれ以上の相手である。手数も多く、みるみる盾がひしゃげてゆく。
そしてある一撃で、盾が砕かれてしまった。
――まずっ!
《バーストアタック》――ではないか、と、思われる。ともあれ無手になったイクサレスは、絶対的不利な状況である。カークランの支援も期待できず、このままではなます斬りにされる。
その後、数度の直撃を受けてイクサレスが立っているのは、新構想の鎧のおかげであろう。軽量ながら頑健な鎧は、敵の攻撃によく耐えた。
しかし、無手では勝ち目が無い。やがてイクサレスは押されつくし、地面に尻餅をついてしまった。
――どうする――。
考える間を、相手は与えてくれなかった。尻餅をついたイクサレスにとどめの一撃をくれるために、相手は剣を腰に突っ込んできた。
そのときエルシードが取った行動は、後からでも説明が付けられない。とにかくエルシードは左腕で『未確認』の剣を受け、右手を突き出したのだ。
ゴン!!
今まで聞いたことのない、異質な炸裂音が響いた。最初は左腕が折れた音かと思ったが、そうではなかった。
ぶしゅーっ!!
『未確認』の鎧の隙間という隙間から、血がしぶいた。まさに噴出である。そして『未確認』は数歩後退すると、その場に擱坐した。
ぼん!!
その身体の各所から、高温で灼ける閃光と煙が噴き出す。テルミット反応――金属酸化物と金属アルミニウムとの粉末混合物に着火し、高熱を得る方法である。現代の冶金技術だが、おそらく機密保持のため、バの現代人によって組み込まれたのであろう。
それが、最後の記憶だった。
制御胞の中で、エルシードは意識を失った。
やっとでゼロ・ベガを倒した光太と『水晶隊』が駆けつける音にも、彼女は気づかなかった。
●帰還――苦い勝利
「おそらくエルシードさんが行ったのは、エレメンタルフィールドの集中放射だと思います」
帰還したボロボロのイクサレスを見上げて、カルロ工房長はそう言った。
「吸収した尋常ではない精霊力を、そのまま『力場』として放出する。オーラ魔法に似ていますね。ただ再現できるかと問われると、まあ99.99パーセント無理です。あらゆる要素――搭乗者の肉体・精神状態まで含めて『ありとあらゆる偶然が一致して発生した現象』でしょうから」
カルロが言う。
結果的に、敵のゴーレムは全て倒した。捕獲はならなかったが、銅や銀素材を大量に入手し、収支はついたのである。
ただ勝利はしたものの、エルシードは精霊力の暴走(推定)で重傷を負い、他の者も少なからず無事ではなかった。
そして敵の観測隊も母艦も、殲滅できず逃がしてしまったのである。
「ともあれ、全員生きて戻られたのは僥倖です。私にも、人間だけは修理できませんから」
イクサレスは、データを取ったのでこのまま廃棄――新ゴーレムに作り直すらしい。いずれにせよ、搭乗者を殺しかねないゴーレムに使い道は無い。
本当の実用シルバーゴーレムの出現は、今しばらくまたねばならないだろう。
【おわり】