●リプレイ本文
ティラノ輸送を阻止せよ!
●ゴーレムシップ《アリエース号》
80メートル級ゴーレムシップ《アリエース》。
舷側バリスタ12器という武装は戦闘艦として少なく感じるかもしれないが、そもそも『戦艦』という考え方は、対艦船用武装――つまり『大砲』の出現によって発生したものである。メイの実用戦闘艦では最大級の《アリエース》号でも、やっと大砲に相当するエレメンタルキャノンが出現したばかりのアトランティスでは、つまるところ『大きな切り込み艦』でしかない。
つまり敵船に肉薄し、接舷し、兵員を送り込む、いわゆる海賊戦法というものである。
『海賊戦法』とは言うが、海戦騎士団ではれっきとした正規の戦闘手順である。こちらもカオスニアン同様、騎士道に準じない海賊がだいたいの相手のため、騎士の名乗りを挙げる必要はまずないし、その機会もほとんどない。地球の大航海時代さながらの、併走した艦船による『騎士道に準じた大海戦』というものが出現するのは、もうしばらく先だろう。
《アリエース》の普段の任務は、海運航路の整備とその安全保障を守ることである。つまり海路の安全のために、多くの時間を航海についやす。途中メイの国沿岸の様々な港で補給を受け、そして全幅2000キロメートル近いメイの国南岸の防備を図るのだ。
別に、《アリエース》だけがその任務に就いているわけではない。メイの国南岸は歴史的敵国バの国と隣接しており、国境線も曖昧だしバの国の私略船も横行している。王?の防備に、全海戦力の約半分である50隻以上の帆船やゴーレムシップを常備しているが、つまり残り半分は常に稼働中という稼働率なのだ。臨戦態勢の船ならば、9割以上という状況である。
さて、その中でも今回、なぜ《アリエース》に白羽の矢が立ったか。
「目の当たりにして、納得しました」
アハメス・パミ(ea3641)が、騎士団の兵員を見て言った。
「確かに、冒険者ギルドの肝いりか王宮の手配りかは分からんが、たいそう気を使ってもらっているようだ」
円巴(ea3738)も、アハメスに同意する。
「なるほどねぇ‥‥」
エイジス・レーヴァティン(ea9907)が、ちょっとだけ感心したような顔をしている。
日焼けした肌にたくましい腕。そして数々の刀傷や槍傷に矢傷にエトセトラ。歯が全部そろっているものなど、そんなに多くはない。そして船自身も、ここ数年で就航したゴーレムシップとは思えないほど傷みきっていた。
「これは確かに、『歴戦の強者揃い』というわけですね」
エイジスが言う。
そう、《アリエース》は、乗員も船もまさに『経験値の塊』のような体裁だったのである。負傷経験の無い者など居ないし、船もかなり使い込まれている。味方を殴ったらHPが上昇するような某RPGなら、乗員の平均HPは5桁に達しているだろう。
「お客さん」
かけられた声に、冒険者たちが振り向いた。顔に大きな刀傷のある――えー、外見の不自由なほうの作りをした顔のある男だった。ただし、身なりは良い。
――確か、バンダン船長だったか。
その名前を思い出すのに、冒険者たちは数秒を要した。ジッツォ・バンダン。海戦騎士団でも、有数の実戦経験者である。ただ顔が不自由なため、身なりは良くてもどちらかというと海賊の頭目という感じだ。
余談だが、それでもかなりの色事師らしい。港港に女性が居るのは当たり前で、本妻の他に愛人が20人以上というすさまじさである。しかも愛人のうち4人は本妻と共に暮らしていて、そして『何も問題が無い』ということだそうだ。
以上、船員の噂をショージがお伝えしました。
「そろそろ遭遇予定海域に入る。武器を磨いておいたほうがいい。あと、海戦の緒戦は矢玉の投げ合いだ。殴り専門の人は、盾の後ろに隠れていてくれ」
がーっはっはっは、と豪快に笑って、バンダン船長は去っていった。
「なんか、なめられてますわね」
フランカ・ライプニッツ(eb1633)が、ぼそりと言った。
「え? 何かあったの?」
と、ティス・カマーラ(eb7898)は状況を把握していない。
「ちょっといい男かもしれない‥‥」
と、微妙な発言で周囲をぎょっとさせたのは、エル・カルデア(eb8542)である。
「まあ、私たち鎧騎士は、海の上ではでくの坊だからね」
ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)が、積載されたモナルコスをぱんぱんと叩きながら言った。パラの鎧騎士、アルファ・ベーテフィル(eb7851)はモナルコスの制御胞で瞑目し、時を待っている。陽気なティスとは対照的だ。
冒険者戦力総勢8名、さらにモナルコス級ストーンゴーレム2騎。
海兵60名以外は専業船乗り20名ほどの、陣容である。
ちなみに敵性兵力の試算で敵兵120名と目されたのは、バの国で就航したらしい100メートル級の大型輸送ゴーレムシップの乗員が、それぐらいらしいという情報だからだ。矢玉で倍の差があるが、こちらには強力な魔法使いが居る。そして白兵兵力にモナルコス2騎。単純計算ではやや負けるが、なにぶん冒険者はその数がアテにならない場合が多い。文字通り一騎当千という強者がおり、そしてこの船に乗り合わせている者たちは、個人戦闘ではほとんど負け知らずの冒険者たちなのだ。もっとも、バンダン船長がその実力を目の当たりにするのは、まだまだ後の話だが。
ゴーレムシップは帆を張る必要が無いので、マストが無い。しかし遠くを見渡すための望楼が設置されており、船乗りで目の良い者が交代で周囲を索敵している。敵は100メートル級の大型ゴーレムシップである。昼間なら数キロ先でも発見できる。
数日が経過し、第1次の敵船探索が空振りに終わろうとしたころの夜、バンダン船長は冒険者たちを船長室に呼んで夕食会を開いていた。広い海では、こういう『空振り』も数多くある。海で望み通りの獲物に出会える可能性は、普通は低い。
が、やはり天の配剤か精霊の導きか。それとも竜の気まぐれか。
「せんちょお!!」
扉を破壊しそうな勢いで、乗組員の兵士が一人、飛び込んできた。
「どうした」
「敵船と会敵! 距離はもう100メートルも離れて――」
そのときの船長の動きを、アハメスは後にこう語る。
『まるで、浮気がばれて嫁さんから逃げる夫のようでした』
バンダン船長の普段の生活風景はさておいて、敵船である。何故このような距離まで接近を許したのかというと、敵船が真っ黒に塗られていて夜の闇にとけ込んでいたからだ。
「向こうにも頭の良い人がいるようですね」
エイジスが言い、甲板に出ようとして思わず立ち止まった。すでに敵の矢が雨のように降り注いでいたからである。
そこに、足音を響かせてモナルコスが寄ってきた。盾をかざして、冒険者たちに安全地帯を提供する。
『モナルコスの陰に隠れてください』
一人モナルコスで待機していた、アルファだった。
「フランカ、僕と別の窓から外に出よう!」
「承知しました」
《リトルフライ》で空を飛べるティスとシフールのフランカが、小さい身体を活かして矢のこない場所から出撃する。夜の海は墨汁のように黒く、落ちればあまり気分の良い結果にはなりそうになかった。
「うひゃあ、大きいなぁ」
ティスが敵船の影を見て言う。形状は現代のタンカーに似ていて、動きは遅そうだ。後部に艦橋があり、制御区画もそこにあると思われる。中央に貨物区画らしいくぼみがあり、そこに巨大な恐獣らしい物体が眠るように横たわっていた。拘束具は見えないが、多分あるはずだ。
《アリエース》からは目印の火矢がやっと飛び、いくつか命中して敵の位置が判別しやすくなった。
「ねえフランカ、相手の弓隊をなんとかできるかな?」
「もちろんです。さっそく始めましょう」
フランカが、呪文の詠唱を開始する。
「《ローリンググラビティー》!」
敵弓兵の陣に、ぼこっと穴が空いた。正確には空中に持ち上げられたのだが、結果は悲鳴と水音でしか判別できない。
さらに3回《ローリンググラビティー》をかけると、敵の兵陣は混乱し始めた。何せ夜空のシフールを素で発見できる者は少ないだろう。
ごん!
そして、敵船に強烈な破砕音が響いた。夜なのでよく見えないが、ジャクリーンが試作のゴーレム用鉄弓を使用して、敵輸送艦を攻撃し始めたのだ。向こうも負けじとバリスタを放ってくるが、いかんせんバリスタは発射速度が遅い。
「あ、接舷を始めた」
上から見ているティスにはわかるが、《アリエース》が進路を変えて敵船に向かい始めたのである。双方の距離が今ひとつ掴めない現状では危険な操作だが、さすがはバンダン船長、舵取りをしっかり行い敵船を捕捉していた。
「じゃ、ぼくもそろそろ始めようかな」
余裕を持った呪文詠唱から放たれた雷光は、敵船の恐獣を直撃して船底まで突き抜けた。
◆◆◆
「始まった」
エイジスが、ティスの《ライトニングサンダーボルト》を見て言った。気まぐれなパラがきっちり作戦を手順通り進めることはあまり多くないが、その辺りティスは『わりと』バランス感覚を持っている。
『総員聞け! これより本船は敵艦のどてっぱらに突っ込む! 海に落ちても拾わんから、泳げない奴は女宛に遺書を書け!!』
バンダン船長の声に、乗員から笑いが沸いた。お国柄というか、メイの国にはこういう豪放磊落な管理職が多いみたいである。
――GAAAAAAAAAA!!
強烈な叫び声に、全員が静まりかえった。
――ズン、ズズン。
何かが暴れる音、そして悲鳴と怒号。
ティスの攻撃によって、ティラノサウルスが目をさましたのだ。
「これは、出番が無いかもしれませんね」
アハメスが、矢の止んだ甲板に出て言う。確かに敵の攻撃は止み、そして敵の『自滅の音』が聞こえてきていた。
『船長、接近は待って!!』
ジャクリーンが、モナルコスの中から言う。
ばっしゃーん!
ひときわ大きな水柱が立った――ようだ。
『今のは、ゴーレムか何かですよね?』
アルファが、悪い視界の中から、状況を推理する。
敵船は、かなり混乱しているらしい。すでにこちらに向く矢は無く、敵船上でなにごとか大きな戦闘音が響き――。
ばごわしゃっ!
月夜の燐の明かりに、ティラノサウルスのシルエットが浮かんだ。それは敵船の舷側を破壊し、そして――。
ばしゃーん!!
海に、落ちた。
シ――――――――――――――――――ン。
しばらくごぼごぼと暴れる気配があったが、どうやら今回のティラノは泳げなかったらしい。
「‥‥えーと」
ほとんど何もしないうちに事態が解決し、巴がなんとなく口を開いた。
「あれ、もう終わっちゃったんですか?」
ペットのシェルドラゴンに乗ったエルが、頓狂な顔をしている。
木のきしむ、崩壊音が響いてきた。
浸水やその他諸々によって、敵船は自壊していった。
●結果発表
結局ティスの『自爆作戦』によって、敵船は自滅した。約30名の捕虜を確保し、残りは多分船の沈没に巻き込まれたと思われる。
ただ小型の高速ゴーレムシップが数隻脱出したので、今回の件は一部始終報告されるだろう。おそらく次回は、対空対策を練ってくるに違いあるまい。
そう、敵はまだまだ、やる気満々なのである。
「懲りるまでやっちゃうだけだよ」
と言ったのは、今回大殊勲のティスである。彼はバンダン船長にとっときのワインをおごられ――酔い潰された。
他の冒険者も、ご相伴にあずかっている。
バンダン船長の中で、冒険者の地位が格段に上がったことは言うまでもない。
【おわり】