ベノンの聖女救出作戦〜麻薬調査〜

■ショートシナリオ


担当:三ノ字俊介

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 98 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月25日〜03月28日

リプレイ公開日:2007年04月05日

●オープニング

●麻薬調査――その始まり
 麻薬戦術というものがある。
 かつて『ア ヘン戦争』というものがあったように、麻薬の類はさまざまな形で使われてきた。時には賄賂として、そして時には武器として。
 その効果は、推して知るべし。人間を腐敗させ魂の尊厳すら挽き潰す『それら』は、今なおその精度と純度を高めながら現在に至る。
 ただ、アトランティスにおける麻薬というものは、本来は『もっと原始的なもの』だったはずだ。ただの快楽装置。しかしそれ以上の機能を持たせたのは、誰あろうカオスニアンである。
 異文化、の一言で片付けるのは早計である。彼らが麻薬を『兵器転用』したのは、50年前の第2次カオス戦争で、バの国から恐獣を『武器』として与えられた時だ。それまでも存在したかもしれないが、あからさまな『暴力』に置換したのは、バの国ではなくカオスニアンである。
 南方――つまりバの国とジェトの国のあるヒスタの大陸には、確かに恐獣が多数生息している。しかし『人間が』使用するのは小型のものや草食のもの、あるいはプテラノドンといった比較的『攻撃的ではないもの』で、肉食恐獣を率先して使っているのは、アトランティスではカオスニアンがほとんどなのだ。
 ゆえに、カオスニアンがどのようにして恐獣を操り使役しているのかは、ようとして知れない。それはメンタリティの違いからかもしれず、正直なところ『正気の沙汰ではない』というのが本当のところだ。

●サンプルとして得られた麻薬
 さて状況はともあれ、今後のためにカオスニアンの使用する麻薬について造詣を深める必要がある。現状で入手できた麻薬は、以下のとおりである。

・裏冒険者ギルド販売用麻薬
 黒いタール状で、どうやら熱して煙を吸引するらしい。

・エイジス砦争奪戦で、労役者に使用されていた麻薬
 食事に混ぜられていたようだ。

・戦地で回収された、恐獣操作用麻薬
 恐獣の鼻先に振りまいて使用するもの。数十種類あり、どれも特徴的な臭いがする。

・リバス砦(若瀬記録係担当区)で恐獣を蘇生させた麻薬
 効能不明。粉末状。特記に値するとして別記。

・官憲が摘発した麻薬
 粉末状や液状など、種類は多数。どうも地球製のものも混じっているらしい。

 全部がカオスニアンのものというわけではなかろうが、ともあれサンプルは多い方がいい。未知のものがほとんどだろうが、スペシャリストがその能力を結集すれば、あるいは何か掴めるかもしれない。

 本依頼の調査期間は、三日である。三日後、この調査チームのリーダーであるケーファー・チェンバレンは、『名無しの砦』に向かう。それまでに、挙げられるだけの成果を挙げて欲しい。

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea3972 ソフィア・ファーリーフ(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 eb4434 殺陣 静(19歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb7898 ティス・カマーラ(38歳・♂・ウィザード・パラ・メイの国)
 eb8490 柴原 歩美(38歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb8980 レイバンナ・ジェロン(29歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
 ec1282 悠木 忍(25歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

ベノンの聖女救出作戦〜麻薬調査〜

●やるせない想い
「許可できません」
 レイバンナ・ジェロン(eb8980)の申し出を、ケーファー・チェンバレンは言下に却下した。
「なぜだ! 人間相手の麻薬の実験なら、人間が適役だろう! こうしている間にも、ディアネーは麻薬に冒されているんだ! そんなことを、ただ座して待つことなどできない! オレを実験に使えば早いだろうが!!」
 レイバンナが、必死の訴えをする。その周囲で、今回麻薬の調査に携わろうとしていた者たちも、厳しい表情をしていた。
「残念ながら、今回のケースは当てはまらないのです。レイバンナさんが重要視しているのはベノン家のご息女のご容態だと思うのですが、その治療をするにはその麻薬を解明しなければなりません。そして、それは彼女を助けてからでないと分からないのです。サンプルも何も無いのに、どうやって彼女と同じ薬物を投与するのですか?」
 うっ、と、レイバンナが言葉に詰まる。つまり卵が先か鶏が先かという話で、その輪環すら構築出来ていない以上、ディアネー・ベノンを想定した薬物投与実験は、不可能なのだ。
「焦らないでください。麻薬と対峙するなら、何よりも必要なのは『根気』です。結果を急いでも、状況は悪くなる可能性のほうが高いのです。前にも言いましたが、ディアネーさんの麻薬がどんなものでも、《アンチドート》で一瞬で解毒できます。しかし、精神に負った傷を癒すことまでは出来ないのです。それは長い時間をかけて治療しなければならないことであり、そのために必要なのは何よりも『根気』と『意志』です。例えば、お腹の空いた人が求めるのは、同じお腹を空かせた隣人ではなく、食べ物です。相手は、同じように腹を空かせて欲しいなどとは微塵も思っていません。レイバンナさんには、叶うなら彼女のために『行動』してあげてください」
 がっくりと、レイバンナがうなだれた。それでも――という視線をケーファーに向けたのは、彼女の最後の抵抗であろう。
「そんな目で見てもだめです。それに、適任という意味なら年齢と体重が近しい私のほうがよほど適任なのですよ?」
「それはだめだ!」
 と叫んで、ついにレイバンナが折れた。自分が感情論で物を話していることに、ついに気づいてしまったのだ。
「機会は、必ず来ます」
 ケーファーが、レイバンナに言った。その声は、いたわりに満ちていた。
「今は、自分の出来ることを。それ以上のことは、誰にも出来ないのですから」

●眠らぬ賢者
 ケーファー・チェンバレンが、自身の回復能力に致命的な欠陥があるのは、周囲の者は知っている。
 ただそれが、極めて深刻な状況であることを知るに至った人物が居た。レンジャーのアリオス・エルスリード(ea0439)である。
 彼は自分の『舌』で薬物を分析していた。レイバンナがやろうとしていたことと大差ないと言えなくもないが、彼はなにぶん『カオスの麻薬』には縁がある。カオスニアンとの『交渉』にも携わったし、縁故という意味では十分参加資格があった。
 そしてそれ以上に、ケーファー・チェンバレンという人物に感心があった。ゆえにその『補佐』というポジションに自分を置いたのである。
 彼は、ケーファーの体調を完調にしておくことに勤めた。無論危険な試験や重度の患者などについては、彼に危害を加えられぬように警備についた。
 が、それすら生ぬるい『現状』を知り、驚愕した。そして、想像すら出来ないケーファーの苦悩の片鱗に振れ、彼自身も四半日は思考がまとまらなかった。
 そしてその様子を、調査に携わっているケーファーを慰労しようと特性のハーブティーを持ってきた、ソフィア・ファーリーフ(ea3972)に目撃されてしまったのである。
「どうかなさったのですか?」
「う‥‥あ‥‥いや‥‥」
 どう見ても、まともな状態ではない。
「なあ、『眠れない』ってどういう気持ちなんだろう」
 アリオスが、ソフィアに問うた。
「だいたいの方は、ものすごく疲労してしまいますね。でも、いつかは疲れて寝入ってしまいます」
 不眠症というのはわりとある病気で、それなりに軽い精神安定剤などで改善できるものである。
 だが、アリオスはそこで押し黙った。
「ケーファーはこの三日間、まったく眠っていない。いや、どうやら『呪い』がかかってから、一睡もしていないみたいなんだ」
 アリオスはケーファーに対し、当然のことながら眠るよう指示した。が、結局ケーファーは一睡もしていない。ベッドにたたき込み眠るまで見張っていたが、2日目にアリオスのほうが潰れて、その隙にケーファーは作業に戻ってしまった。アリオスは烈火のように怒ったが、ただケーファーは「申し訳ありません」と苦笑いしながら謝るばかり。
 そして、アリオスは唐突に気づいたのである。ケーファーは眠らないのではなく、『眠れない』のだと。
 治らぬ傷、回復しない魔力。つまり彼の時間は静止しており、一瞬の中を永遠に生き続けている――という考えに思い至ったとき、アリオスはケーファーにそれを尋ねることが出来なかった。それは、『貴様は死人と同じだ』と言っているのと同じことだからである。
「――考えられないことではないと思います」
 ソフィアが、自分の見たケーファーという人物を考察する。
「彼の危うさは、そういうところにあるのかもしれませんね」
 ソフィアは時折、ケーファーがエルフの自分よりも年上の人間に見えることがあった。それはもしかしたら、彼の年齢がアテにならないという証左かもしれない。

●麻薬調査
 ヴェガ・キュアノス(ea7463)は、端的に言えば結果を出した。
 わざわざ西方から月道を通じてこの依頼に参加しに来たと言うが、さすがにやる気満々の知識所有者は違う(ショタ趣味らしく、ケーファーを見物に来たという理由も大きく寄与していたが)。
 殺陣静(eb4434)と柴原歩美(eb8490)との3タッグで基本素材の分析を1日で終え、残りの2日で捕虜に投与されていた麻薬の正体を突き止め再現したのである。
 現物は、具体的にはコカの樹液と大麻のブレンド品だった。乾燥して粉末状にされていたものがエイジス砦では使用されていたが、乾燥の時間が無かったので水飴状態のものを、麻薬中毒になっていた患者に投与して効果を確かめ、その配合量まで突き止めたのである。
 また《メンタルリカバー》の効果を可能な限りの検体で確かめたが、ケーファーの言っていた通り『再発』までは防げなかった。その一瞬はどうにかなるが、やがてまた強度の鬱状態などになり、麻薬の『ハイになった感覚』無しでは人格を維持できないのである。
 ただこれは重度の患者の場合で、最近エイジス砦に捕まった捕虜などの場合は、その回復度合いに大きな差が出た。具体的には、再発サイクルの差が明確に出たのである。これは成果であろう。
 また静と歩美のほうは、動物実験によって『用法』のガイドラインの策定を行った。使用量や、いわゆるバッドトリップ対策などを書面にしマニュアル化したのである。
 これを元に、タム村にある麻薬中毒施療院の治療方法が多大な影響を受けるのはまた別の話だが、少なくとも『適度な治療手段』の構築に一役買ったことは言うまでもない。
 また悠木忍(ec1282)の貢献によって、《メロディー》がバッドトリップの抑制に効果があることが判明した。烏丸女史への働きかけで、麻薬の購入ルートもある程度確保し、さしあたって必要な量についてはなんとかなりそうである。
 惜しむらくは、ディアネー嬢への対応法にまで言及できなかったことであろう。これは、時間がなさ過ぎた。
 ティス・カマーラ(eb7898)は、メイの毒草と天界の毒草の突き合わせを行った。これはヴェガや静ら天界人が、アトランティスの物事に対して昏い部分を、補佐する役目となった。
 結果、コカや大麻などの毒草類が天界にもメイの国にもあり、その多くが両世界に存在し、ただの音の羅列が『精霊を介した意味ある言語』に変換されるようになったのである。
 実はこれ、結構重要なことだったりする。『言葉が通じる』というアトランティスの『不思議パワー』にも限界はあって、例えば本来同一視すべきではない地球人とジ・アース人が『天界人』という言葉でひとくくりにされているような、多少の誤謬は存在するのだ。
 今回革新的だったのは、地球の進んだ化学知識を運用するために、大きく貢献する結果になったことである。どんなに知識があっても、それを運用するためには薬品類の名称などについてきちんと共通の認識が無くてはいけない。ティスは、その一つのケースを成立させたのだ。
 結果、裏ギルドで配布されていた麻薬がアヘンであることを認識し、比較的簡単な方法で精製出来るので、実際に再現したのである。
 本件との関わりでは直接の貢献度は低いが、実は一番大多数の潜在的患者を救済する礎になったのだ。

●ディアネー・ベノンの麻薬
「結局、分かりませんでしたね」
 静が、目の下にくまを作った顔で言った。
「情報が少なすぎるわ。ただ、粘膜吸収じゃなくて、直接血中に投与するタイプの薬なんだと思うけど」
 歩美が言う。
 ディアネー・ベノンに使用されている麻薬については、とうとう分からずじまいだった。サンプルが無いのと、情報が無いためである。
 地球の知識であれば、該当するのは精製した昭和時代の麻薬や合成麻薬、いわゆる『覚醒剤』と言われるカテゴリに属するものである。だがそのような技術も設備も、今のアトランティスには存在しない。
「分かった! 分かったよ!!」
 そこに、ティスが飛び込んできた。羊皮紙の束を持って。
「薬の俗称は『死人返り』! リバス砦(若瀬記録係の報告書参照)で、恐獣を復活させた超強力な麻薬だよ! 傷口に塗り込んだりするみたい!! そんな麻薬、他に無いよ!!」
 図書館で調べ物をしていたティスが、図書館のヌシであるショコラ・カックマッカの指導を受けて調べた書物の中に、未知の麻薬を発見したのである。
 該当薬物の正式名称がなんと言い何を材料にしているかは分からないが、カオスとの戦いの歴史の中で、この50年の間に数回確認されたものだ。いずれも、強力な恐獣賦活剤として使用されている。
「そうだとすると、問題がありますね」
 ソフィアが言った。
「ああ、入手困難。精製不可能。『ベノンの聖女』を救出しても、彼女を維持出来ない」
 アリオスが言った。
 つまり、彼女を助け出すと同時に、可能な限り該当薬物を入手しておかなければならないということである。
 無論、『名無しの砦』における救出戦においては、冒険者たちもその点は押さえるだろう。
 ただし、十分な備蓄があるとは、限らないのだ。
「とにかく、ケーファーさんに報告を。あとは、砦奪取組に任せるしかありません」
 ソフィアが、言った。状況というハードルは、またひとつ上がったのだ。

【おわり】