●リプレイ本文
●当代不死者事情
ジャパンにおいて不死者(アンデッド)というものは、あまり馴染みではない。
それは確かに、死人憑き(ズゥンビ)や食屍鬼(グール)といったものの跳梁はある。しかしそれは日常的な事件ではなく、おおむね迷信や昔話といったものに属するものだ。
もっとも、神聖暦999年のジャパンでの葬制は、まだ火葬に移行しつつある過渡期である。土葬の風習のある場所では、死者が起き出したり村へ帰ってこないよう、様々な儀式や風習が葬式に織り込まれている。
そして、新興の江戸近辺は圧倒的に火葬が多く、すでに江戸市中でも『火葬場』という専門施設が稼動していた。
だから『アンデッドが出る』という話になると、江戸近辺では肉体と実体を持たない、『幽霊』の類が定番であった。
そんな、幽霊退治を請け負ったのは、次の冒険者たち。
華仙教大国出身。人間の女武道家、劉迦(ea0868)。
華仙教大国出身。人間の女武道家、劉悦(ea0910)。
インドゥーラ国出身。人間の僧侶、ニキ・ラージャンヌ(ea1956)。
ジャパン出身。人間の女志士、南天流香(ea2476)。
イギリス王国出身。人間の神聖騎士、ティーゲル・スロウ(ea3108)。
ジャパン出身。人間の女侍、篝火灯(ea3796)。
ジャパン出身。人間の志士、霜月流(ea3889)。
ジャパン出身。人間の志士、山本建一(ea3891)。
ジャパン出身。人間の女志士、荒神紗之(ea4660)。
ジャパン出身。パラのくノ一、山石伝(ea4829)。
以上、10名。ちなみに劉迦と劉悦は、姉妹だそうだ。
件の村は、江戸から2日ほどの場所である。太平洋沿岸に出来て、まだほんの2年ほど。いずれ江戸市域の拡大によって飲み込まれることは容易に予想できるが、今はただの辺鄙な漁村でしかない。
その村が、完全に死んでいた。
時刻は夕刻。あるのは波の音と静寂ばかり。船は陸に上がったままで潮をかぶることもなく、勇壮な船乗りたちの姿も無い。
「あら〜〜、これはかなりの重症ですわね〜〜」
かなりお気楽そうに、劉迦が言った。事前の話ではそれなりに活気のある村と聞いていたのだが、今はその面影さえまったく見て取れない。いっそ廃村と言ってもいいぐらいだ。
「まさか‥‥もう幽霊にみんな取り殺された‥‥なんてことはないよね?」
劉悦が、きょときょとと周囲を見渡しながら言う。家屋に明かりが無ければ、本当にそうなってしまったと勘違いしていただろう。
一同はとりあえず依頼人の村長の姿を求め、村で一番大きな建物へ向かった。
●漁村にて
「よくおいで下さいました」
村長らしい壮年の男が、節くれだった手を揉みながら冒険者たちに向かって言った。日に焼けた漁師たちとは対照的な男で、第一印象は『商人』であった。
「さっそくですが、いろいろお話をお聞かせ願えますやろか?」
ニキ・ラージャンヌが、強い都訛りで言う。
「ええ、わたしでお答えできるのならどんなことでも」
村長が言う。
「まず岬にある卒塔婆について聞かせていただけますか?」
霜月流が、村長に問うた。
「ああ‥‥あれですか? あれはタキの墓です」
「タキって、あの川が地面に落ちるヤツ?」
日本語に疎(うと)い悦が、思わず言ってしまった。気まずい沈黙が、周囲に満ちる。流が取り繕うように、口を開いた。
「‥‥失礼しました。タキさんという方が亡くなったのですね? またどうして?」
「身を投げたのです。理由は‥‥知りません」
村長が答えた。
「それはいつのことですやろ」
「1年ほど前です」
ニキの質問に、村長が答える。
一同の質問が、村長に集中する。それに村長はよく答えていたが、タキという女性の話になると、のらくらとはぐらかしてしまいなかなか話にならない。
「皆さんは幽霊を退治しに来てくれたんですよね? どうしてそんなにお問い合わせが多いのですか?」
逆ギレ気味の村長の質問に、冒険者たちは顔を見合わせた。これ以上は、この村長から得るものは無いだろう。
――村長は明らかに、何かを隠している――。
一同の印象は、それで統一された。
●船宿にて
読者諸賢は、船宿というものを聞いた事があるだろうか? まあ、地方にもよるしピンきりなので一概には言えないが、簡単に言うと船乗りの寄り合い所のようなものである。酒、魚、場所によっては女。まあ、雑多な酒場と考えてもらっていい。
当然、むくつけき海の漢(おとこ)たちが集まる場所なので、はっきり言って暑苦しい。それが、漁に出られず腐っている船乗りならばなおさらだ。酔漢は倒れいびきをかき、陰気な表情の船乗りたちが、愚痴を垂れながら酒をあおっている。
はっきり言ってこんな場所、空気を吸うのもいやな感じなのだが、今回の事件の『裏』に迫るためには、村人たちとの接触が必要不可欠だ。
そう考えた南天流香と荒神紗之の二人の女志士、そしてくノ一の山石伝は、そんな酒場に情報収集をしに来ていた。酒を勧めて口を軽くし――と思っていたのだが、船乗りたちはたいがい出来上がっている。それはそうだろう。漁にも出れず、出来る事は昼間から酒をあおることだけ。
「これは重症ですねぇ」
という流香の言葉に、
「そうだねぇ‥‥」
と紗之が応じる。「ねえねえ」とかしましく船乗りたちに聞き込みに回っているのは、伝だ。
だが船乗りたちの発酵具合は予想以上で、そして――かたくなだった。
「お、俺は何もしらねぇ!」
「おりゃしらねぇぞ! タキのことなんざ聞いた事もねぇ!!」
万事この調子である。三人が酒を勧め話が岬の卒塔婆やタキという女の話になると、地雷を踏んだかのごとく漁師たちは狼狽する。
ただこれで、はっきりはした。
――タキの死には、村全体が絡んでいる。
三人は、確信といっていい感触を得ていた。
●岬の卒塔婆
ニキ・ラージャンヌとティーゲル・スロウ、篝火灯と山本建一は、岬の卒塔婆へと向かった。そこは見事ながけっぷちで、下には太平洋の荒波が砕けている。
岬は無人と思いきや、人がいた。墨染めの衣に袈裟を着た、禿頭の人物。見たところ僧侶のようである。
僧侶は数珠を持ち念仏を唱えているようであり、邪魔するのははばかられた。
「すいません‥‥ここで何をしていらっしゃるのですか?」
建一が、丁寧な口調で僧侶に質問をした。
「おや、あなたたちは見ないお顔ですね。拙僧は松庵。この村の菩提寺を守る住職です。今日はあるご婦人の命日で‥‥供養のために経を上げておりました」
坊主――松庵が言う。
――大当たり。
灯が思った。
「どういったお話なの? 聞かせてもらえる?」
灯が、松庵に問う。松庵はしばらく考える顔になって、一同を寺へと案内した。
●1年前の悲劇
「昨年、村は危機に陥ってました――」
松庵の話が始まった。
松庵の話は、長かった。要約すると昨年、漁場に赤潮が発生し、村の漁獲量が激減したのである。
新興の漁村ゆえ村には飢饉に耐える蓄えも無く、村を捨てる者も出始める始末だった。新しい村ゆえまだ村人も根付いておらず、村はいきなり大ピンチを迎えた。
その時、西国のどこかから一人の女性が流れてきた。女性は旅で病を患っており、吾助という若者がその女性を助けて看病したのである。
そして、悲劇は起こった。村人が何人か集まって、海に生贄を出そうという話になったのだ。誰を出すかという話になって、吾助の所に居る流れ者の女性が槍玉に上がった。
あとは、想像の通りである。女性は海に投げ込まれ、そしてなぜか赤潮は去った。甚大な被害を出しながらも、村は生き延びたのだ。
その女の名は、タキと言った。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
あまりにも予想通りの展開に、冒険者達は声も出なかった。漁師たちの気持ちは、分からないではない。人間、窮すれば何をするか分からないところがある。一方的に村民を責めてはいけないだろう。
――問題は、どうこの問題を落とすかだ。
ティーゲルが口に出さず、心の中で思う。
幽霊の目的が分かれば、それに即した対処も可能であろう。しかし今となっては、それも分からない。その女性を知る唯一の人物は、現在行方不明――幽霊騒動の直後に船出し、帰らなかった船乗り――だからだ。
「戦いたくないなぁ‥‥」
伝が、ぽつりと言う。他の者も、おおむね同じ気持ちであった。
「話し合おう」
ティーゲルが言う。
「幽霊――タキはまだ、誰も犠牲者を出していない。話し合って、うまくすれば成仏できるかもしれない」
「もし殺された無念を晴らすためだったら?」
紗之が問う。
「その時は、戦うしかないでしょう」
流が言う。しかし流自身、それは望んでいない。
一同は覚悟を決め、幽霊の出現を待った。
●怨霊との話し合い
タキの幽霊は、それから2日後に出た。船宿に血相を変えた船乗りが飛び込んできて、「岬に出た!!」と言ってきたのだ。
冒険者一行は岬へと急いだ。夜半、月の出てない夜。それははっきりと淡い光を発していた。
「タキはんどすか?」
ニキが、幽霊に向かって問うた。その声に、幽霊が透けた身体を振り返らせる。
――ほう。
それは、美しい女性だった。半身が空気に透けていてよくわからないが、背は高いほうに見えた。青白い肌に泣き腫らした目。西洋で見かけるレイスというものによく似ていたが、不思議と邪気は感じられない。
『あなたたちは?』
タキが言った。
「わたくしたちは、タキさんを苦しみから解き放つために来ました」
流香が言った。
「何か心残りがあるんだよね? もしかしたら、叶えてあげられるかもしれない」
伝が言う。
『あの人を助けて。あの人が死んでしまう』
タキが言う。
『私が迷ったばかりに、あの人は海へ出てしまった。あの人が死んでしまう』
支離滅裂な言葉だった。だがそれに対処できる情報を、冒険者達はすでに持っていた。
冒険者達は船宿に飛び込むと、船乗りたちをせっついて船を出させた――。
●タキ――その結末
吾助は櫂を失い、漂流していた。水も無く食料も無い。このままでは死を待つばかりであった。
だが、奇跡が起きた。
吾助の船を村の漁師たちが発見し、吾助を救出したのだ。その先頭には、青い人魂(ひとだま)が舞っていた。
吾助はタキと再会し、分かれた。タキが心残りを果たし、成仏してしまったのだ。
村人たちはうなだれ、死んだような顔をしていた。自分たちのしたことを、今更ながらに後悔しているのだろう。
村人たちは岬に塚を作り、タキをねんごろに葬ることを冒険者たちに約束した。
この物語は、ここで終わる。
冒険者達は礼金を受け取り、次の冒険へと旅立った。
【おわり】