●リプレイ本文
聖者の遺言
●砕けるカタチ
「これはなんの冗談だ」
突きつけられた現実に、リューグ・ランサー(ea0266)はうめかずにはいられなかった。
目の前に、赤い宝石『のようなもの』がある。モノとしては、結晶とかそういうものに近い。それは石英とか、そういったモノに似ていた。
真っ赤な血の色をしているということを除けば。触るともろく、粉々に砕けてしまった。
「呪いをかけた相手は、相当私のことを恨んでいたようです」
今や五体から三つの身体を失っている、ケーファー・チェンバレンが言った。
「どうやらこの世界に、遺骸すら残すつもりが無いようですね。こうなると、死後の復活の可能性すらありません」
それは、ケーファーの身体『だったもの』だ。切り離され、本来なら腐敗し土に還るはずのものが、結晶化しバラバラに砕けていた。それは再生とか復元とかそのようなものを通り越して、一切の妥協を許さない『消滅』を意図したものだ。
例えば、スライム類に食われた者は復活できない。それは肉体が変質し、スライムに同化され『人間以外のモノ』になってしまうからだ。時折死体の『始末』にそれらのゼラチン生命体が使用されるのは、彼らが食欲旺盛な始末屋であると同時に、相手の『口を完全に塞ぐ』ことが出来るからである。死体が無ければ、霊魂を呼び出して話を聞くことも不可能になる。
ケーファーにかけられた呪いは、死のリスクを高めると同時に、彼の復活すら否定する徹底ぶりだった。せめて、縁者として遺骸の一部を譲り受けたいと考えていたリューグにも、この展開は読めなかった。
いつかは消えてしまう、『言葉』のみ。
彼が遺せるのは、まさにそれだけだった。
●聖者の遺言
「本件に関しては、俺が指揮を執りたい」
ゼディス・クイント・ハウル(ea1504)が、わりと断固たる口調で言った。
「悪いが、皆感情に走りすぎだ。俺もチェンバレンとは縁浅からぬ人間だが、今は冷静にヤツの話を聞きまとめ、すべきことをするときだ。ここは、感情を爆発させる場所ではない。『次のために必要な数日間』を維持するための場所だ。俺はヤツの『遺志』を聞きに来た。それが、行き着く結果を知りつつ死地に導いた者としての、最後の責務だ」
びりりという怒気をかわしながら、ゼディスが言い切った。反駁の声があがりそうだったが、年長のマグナ・アドミラル(ea4868)が「それでかまわん」と言い、その場は収まった。ただ、今後多少の軋轢を残しそうな余韻を孕んでいたことは、付記しておくべきであろう。
冒険者の方策は、衛生面の管理と話を聞くシフトの構成が主になった。アトランティス最大の利点である『言語の壁』の無さから発生する、想定外の齟齬(例えば地球人もジ・アース人も『天界人』と訳される現象など)から、ケーファーの使用できる言語(ゲルマン語、ノルマン語)での会話を常時『確保』し、精霊の介さないメモリーオーディオを使用した『音での記録』を併用することで、彼の言葉を一語半句取り漏らさないようにしたのである。
そのため、班編制は次のようになった。
・第1日
シルビア・オルテーンシア(eb8174)、月下部有里(eb4494)、ムド・ドクトール(ea8012)、マグナ・アドミラル
・第2日
サクラ・スノゥフラゥズ(eb3490)、陸奥勇人(ea3329)、ヴェガ・キュアノス(ea7463)、フィーノ・ホークアイ(ec1370)
・第3日
リューグ・ランサー、ゼディス・クイント・ハウル、ボルト・レイヴン(ea7906)、悠木忍(ec1282)
これは、その時間全てを担当班員に任せるという物ではない。延命措置や治療、その他様々な庶務があるだろう。
そしてそれ以上ケーファーが生きていれば、まだ何か話が出来るはずである。
そして、『その時間』を欲している者はわりと多かった。
●第1日 カオスの麻薬について
初日の聞き取りは、シルビア、有里、ムド、マグナの4名を主に行われた。シルビアなどは、戦場で命を救われたためかなり嵩の高い小言を言いたいはずであったが、それを飲み込んで話を聞いていた。
「さ、これを飲んで」
生理食塩水を、有里はケーファーに頻繁に補給させた。血液を失ったときは、まず水分の補給が重要である。
「ディアネー・ベノンさんに使用されている麻薬は、間違いなく『死人返り』です」
羊皮紙にペンを走らせながら、ケーファーは言った。
「リザベの戦場でも何度か使用されましたが、強力な覚醒作用と興奮作用があります。傷口にすり込むことで血液と溶融し、麻薬の効果を現すわけですが、チキュウのカガクシキというものは分かりません。ただ血中の何らかの成分と結合し、脳まで達し効果を発揮するようです。この結合は大変強力で、魔法の治療以外ではまず取り除くことが出来ません」
そこで、ケーファーは描いていたスケッチをシルビアに渡した。それは、細長い子房を持つ植物だった。
「私たちは『黒芥子』と呼んでいました。カオスの地に生えている植物で、どうやらカオスニアンが持ち込んだ植物のようです。瀕死の重傷者に気付けで使用したことがありますが、『正しく使うことが出来るなら』30分ぐらい延命が可能です。ただし後遺症が強く、正気を保てるかどうかは五分五分です」
そのあと、その使用例をケーファーが次々と記述してゆく。体重、種族、その他もろもろのデータを併記して。その3分の2は甲斐無く死亡しているが、22例のうち8例は延命に成功し、そのうち4例が事後回復していた。
有里はその特徴から、劇症のコカ インを想像した。ただ『黒芥子』と『死人返り』の違いは、その状態である。カオスニアンはそれを粉末にしている。なんらかの精製手段があると考えたほうがいい。
「身体はつらくないか?」
マグナがケーファーに問いかけると、「ほとんど感覚が無いです」という返答が返ってきた。
そのとき一同は、初めて彼が本当に死ぬのだということを実感した。
●第2日 ディアネー・ベノンの治療について
早朝になり、変化があった。残されたケーファーの右腕が、肘から『砕けた』のである。床に当たった右下腕は、粉々に砕け散った。
「身体が急速に『劣化』している。扱いには注意しろ」
引き継ぎに際して、マグナが2班に残した言葉だ。
2班はサクラ、勇人、ヴェガ、フィーノ、の4名である。因縁浅からぬ面々で、特にフィーノは危地を救われ、現在に至る。
2日目のケーファー話は、ディアネー・ベノンの治療の具体的方策に集中した。
「ディアネーさんの状態は、激発する前の『罠』のようなものです」
ケーファーの第一声はそれだった。サクラが注意深く、その言葉を記録している。
「麻薬の摂取は、長期に渡ればそれだけ回復に時間がかかる。これはいいですね?」
「然り」
ヴェガが、頷いた。ケーファーとは、麻薬の調査をした仲である。
「カオスニアンは強力な麻薬を、微量ずつ入れ墨という手法でディアネーさんに『仕込み』ました。それも強烈な『肉体的刺激』をコミでです。チキュウに『パブロフの犬』という実験があったそうですが、条件をそろえればその実験のように、ディアネーさんは『何かの反応』を起こします。私はそれを、牢獄内での行為のフラッシュバックと見ています」
ディアネー・ベノンは、確実に精神に傷を負っている。それは指揮官として重大な欠陥であり、君主としても極めて深刻な『爆弾』だ。
「牢獄でどのような行為があったかは、だいたい聞いています。その記憶が呼び覚まされるとき、彼女は行動不能になるでしょう。それは指揮能力が突然失われるということであり、彼女の麾下の兵士の戦闘能力を大きく削ぎます。カオスニアンはディアネーさんを、利用し尽くすつもりだったのでしょうね。そして、取り返されることも想定して布石を打っておいた。私は戦術は門外漢なのでその利用方法までは分かりませんが、大きな戦場に彼女が立つとき、必ず敵は『仕掛けて』きます」
「具体的な対処法は無いんですか?」
サクラの言葉に、ケーファーは小さく首を振った。
「私には、『時間』以外の解決法が見つかりませんでした。これからお話しするのはその方法で、もっと有用な方法があれば更新してください」
ケーファーの言葉は続いた。
●第3日 今後の麻薬治療について
「みちゃいられねぇ‥‥覚悟して顔を合わせろよ」
勇人が3班に状況を引き継ぐとき、心底憔悴した顔で言った。
3班は、リューグ、ゼディス、ボルト、忍の4名である。その4人のうち、ゼディス以外の3人がうめいた。忍は声を押し殺すのに、相当な精神力を振り絞らねばならなかった。
ケーファーの顔に、赤い亀裂が浮いていた。毛布の下は、さらにひどい状況のようだった。腰の辺りはすでに砕けたのかいびつなでこぼこになっており、すでに血も流れていないようだった。
異常な清潔さが、際だっていた。絵空事のような異質な雰囲気が、その場を別世界のようにしていた。
血臭もなく腐臭もなく、ただ消え去るのみの『死』。
そして絵空事のように、彼は消滅するのだ。
「始めましょう」
口火を切ったのは、ケーファーだった。
「無論だ」
ゼディスが応じる。
「メイディアに蔓延している麻薬について、提案があります。実現可能かどうかの検証は、皆さんでお願いします。現在メイディアを侵食している麻薬はアヘ ン類ですが、供給元を絶つ前に需要を消滅させるべきだと私は考えます」
「どういう意味だ?」
リューグが問いかけた。
「メイディアの麻薬が蔓延しているのは、この冬の避難民の間でです。彼らは家畑を焼かれ、あるいは奴隷として搾取されたわけですが、帰還が叶わないので現在メイディアの城壁の外に居るわけです。なので、彼らに『帰る家』を提供するのです」
「それは、新領主の領民として抱えるという意味か?」
ゼディスが言った。
「はい。ディアネーさんが『領地替え』になるという話は聞きました。その領民として、現在城外にスラムを形成している難民を引き受けるのです」
「それは、お前の考えじゃないな?」
ゼディスの問いに、ケーファーは苦笑した。
「『生きていれば』『そこの教会』に詰めさせていただこうと思っていました」
暗に日之本一之助の姿を示しながら、ケーファーは言った。
「切り取った西方に城塞都市を造り周囲を田畑にし、領民を抱える。それによって、メイディアにはびこった麻薬ネットワークを物理的に遮断し、領民の健康管理に寄与する。それが『あの人』の考えでした」
「合理的ではあるな」
ゼディスが言う。
「ならなぜ死ぬ! 貴様にはまだ役目が――」
「ランサー、今はその話をする時ではない」
ゼディスが、リューグを制した。
「話を続けろ」
「はい」
その後、話は具体的な治療プランに入った。
ケーファーが託したのは、『医療都市』構想だった。医学の遅れたアトランティスに、武と文で防衛線を敷く新領土である。貨幣経済の発達した首都から患者を切り離し、『組織』の及ばない遠隔地で治療行為に当たる。天界でも過去に例のない、都市構想だった。
そして、実現できればまさしく良地になるはずだった。
●死して遺す
「最後の時だ。会いたい奴は会ってやれ」
4日目の朝。
ゼディスが言い、何人かの者がケーファーの寝室に入った。
忍は作業が終わると、飛び出すように廊下に出て嗚咽を漏らしていた。
ケーファーは、寝ているように見えた。首からあごにかけていくつもの赤い亀裂が入り、すでに状況が末期なのは見て取れた。
「お前さんが背負った苦労も辛さも、判ってやる事は出来ない」
最初に口火を切ったのは、勇人だった。
「だがこれだけは言わせてくれ。今までお疲れさんだ。ありがとうな」
「ケーファー‥‥ようも此処までセーラとタロンに愛されたものよ。‥‥妬ましさすらあるぞ」
ヴェガが、やわらかな笑みを向ける。
「おぬしの言葉は受け取った。あとはゆっくりと、眠るが良い」
そのとき、彼女の所持品が一つ消滅していたことを、後で彼女は知る。
「皆の伝言を伝える」
ムドが、仲間から集めた伝言を言った。それは数多くの謝辞だった。
「ディアネーの治療用に使う麻薬は、必ず確保する」
フィーノが言う。
「この馬鹿者が。死にたがりの大馬鹿だったことなぞは一片たりとも伝えてやらん。綺麗な英雄のまま死んでいくが良いさ! 私が存命の間、語り継いでくれる!」
「‥‥‥‥‥‥」
そのとき、ケーファーの口がわずかに動いた。
「なんだ! 何を言いたい!!」
フィーノが、ケーファーの口に、耳を寄せる。そして、凍り付いた。
がしゃん!!
その瞬間、ケーファーの身体が砕けた。致命の一瞬に言い残した台詞を聞いたフィーノは、棒立ちになっていた。
「フィーノさん、ケーファーさんは何と?」
サクラが、フィーノに問いかけた。
「‥‥『死にたくない』」
「‥‥え?」
「この馬鹿者、最後に『死にたくない』などと言い残しおった! 当たり前だ! この若さで殊勝に死ねるはずがあるか! この‥‥この‥‥!」
フィーノは、そのまま部屋を飛び出した。廊下の壁を殴る音が響いた。
サクラが、堪えきれなくなったようにわっと泣き出し、リューグは壁を殴っていた。
◆◆◆
ケーファー・チェンバレンの死は、秘匿された。リューグなどは国葬をと願ったのだが、本人の希望で秘密にされたのだ。死体も残らなかったので、葬儀の必要すらなかった。
ただ、三日分の書類が遺っている。それが、彼の生きた証だろう。
『死にたくない』
最後の最後に、彼は『人間として』死ぬことが出来た。それは、尊ぶべきである。
【おわり】