新天地《オルボート》を征く2
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■ショートシナリオ
担当:三ノ字俊介
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:9 G 96 C
参加人数:12人
サポート参加人数:2人
冒険期間:05月13日〜05月28日
リプレイ公開日:2007年05月28日
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●オープニング
●新天地《オルボート》
精霊歴1040年5月現在、メイの国に『ベノン子爵領』は存在しない。
かつての『エイジス砦』での敗戦以降、旧ベノン領は3ヶ月以上にわたり、領主不在という状況が続いた。息女ディアネーが捕縛され、厚く遇したいという心理とは別に、実務的な――具体的には金の問題が出てきたのである。
禄をはむ者として、徴税や納税はつつがなく行わなければならない。また戦争被災者に対する施しや保護、犠牲者への慰労金などの配分など、貴族は実に『金がかかる』。
それが、ベノン子爵領では完全に停止していた。即物的な問題のため単純な解決法しか無く、息女ディアネーの帰還の見通しが立たない以上は子爵領を廃領し、新領主の選定を行わなければならない。
民意はこの場合、考慮されない。むしろ軍や貴族の士気のため、王もこの選択は避けたかった。
しかし、例外が許されないのが政治である。状況は違うが、貴族が出奔(日本で言えば脱藩と言うと分かりやすいだろうか)した場合と『客観的には』状況は同じであり、酌量の余地を残すのは国体に関わる。
ステライド王もやや困っていたのだが、ある冒険者の奏上を容れてその解決を図った。
「ディアネー・ベノンが救出されたら、廃領ではなく『領地替え』を行っていただきたい」
国のために戦い、金によって国から棄てられるようなことがあれば、貴族たちの戦意を大きく削ぐ。しかしディアネー嬢の復帰はしばらくかかると思われるため、領地替えを行いその移行期間を治療に充てるというのである。
その冒険者にどのような成算ががあったか分からないが、ともあれ奏上通りディアネー・ベノンは救出された。しかもカオスニアンのメイの国大侵攻という意図を挫き、砦一つを消滅させて帰還したのである。
またさらに、『鮮血の虎』ガス・クドの威名を落とし、大いにメイの国に貢献した。民衆にとって『ベノンの聖女』の名は確たるものになり、人々はその帰還を熱狂的に迎え入れたのだ。
ここまでくると、ベノン領を廃領するのは国益を大きく損なう。民にとって英雄は必要であり、そしてかけがえのないものだ。しかしディアネー嬢の復帰は難航しそうなため、ステライド王は奏上されたベノン家復興プランに乗るしか無かった。
ただ、ステライド王が渋々そのプランに乗ったというわけではない。
その冒険者が残した書簡を読んだステライド王は、膝を叩いて笑ったそうである。
かくて。
ベノン領再興のために、冒険者ギルドに依頼が頒布されることになった。
●名無しの地改め、《オルボート》
かつて『名無しの砦』と呼ばれていた場所は、現在メイの国が切り取った形になっている。
この地を押さえるのは戦略上の妙手で、カオスニアンにとってはエイジス砦の戦略的価値を下落させ、また砂漠のカオスニアンへの補給線に掣肘を与える効果がある。
奏上した人物がここを拠点とすべきと考えたのも、むべなるかな。ディアネー嬢にとっては試練の地となるだろうが、『民から見たディアネー嬢』は、危地に自ら飛び込むまさに『聖女』と映るだろう。
その地には、彼女の祖父の名である《オルボート》の名が付けられた。
ディアネー・ベノンには正式に子爵位が与えられ、破格の取り計らいでモナルコス級ゴーレム3騎とウルリス級フロートシップ2番艦《メリリス》、そして新造フロートシップであるペガサス級4番艦《トロイホース》と新式シルバーゴーレム《ヴァルキュリア》が配領されることになった。
ただし、麾下の騎士については空欄である。ベノン家の騎士たちがほぼ壊滅してしまったため、父や伴侶を失った『養うべき家族』ばかりの領地替えとなったためである。
ただし、これには抜け道があった。
冒険者は、メイの国で騎士相当の権限が与えられている。封建契約を結び封建領主となる『不自由な騎士』とは違い、冒険者ギルドには数多くの『自由騎士』が存在するのだ。
その者たちと一時的な封建契約(つまり報酬の支払い契約)を結び、騎士の職務を代行させる。王が冒険者を騎士階級に封じたので、文句の言える者は誰も居ない。つまり期限付きで騎士の特権を与え、責務も負ってもらうという、かつて無い『騎士制度』が誕生したのだ。
王に奏上した人物は、最後まで準備を万端整えていたらしい。
新しい土地のため、状況は『開拓』から始まる。領民は、城壁外でスラムを構築している約2000名の避難民を、丸ごと抱え込んだ。作物はこの春から畑を開墾する。防御陣地となる城塞の外形は完成しているので、今度は都市計画と農地計画である。
冒険者の任務は、開墾と農地及び都市計画ならびに防衛の指揮である。その他、考えられる任務は全て『仕事』と考えたほうが良いだろう。
ベノンの聖女を迎えるに足る城塞都市を建設できるかは、君たちしだいである。
●リプレイ本文
新天地《オルボート》を征く2
●新領地の役割
新領地オルボートの春は遅い。
気候の関係、と言えば一言で済むが、砂漠の近くで山脈のふもととなると、風が乾燥し雨が少なくなるからだ。本来南方から運ばれる湿気ははるか北方の砂漠を越えた山脈で落ちることになり、本来緑化が進むはずの場所をさらに乾燥させる。水が砂漠化の原因になる事例もあるのである。興味を持たれた方は、地質と気候について、東南アジアから中央アジアまでを調べてみるといいだろう。
サミアド砂漠は『砂漠』と言っても、どちらかというと『荒れ地』に近い。地下には水脈があり、しっかりした地盤もある。盤石とは言い難いが、たとえばオルボート近辺の土地の表面を綺麗に5メートルほどはがしたら、実はきちんとした地面があるのだ。
が、カオスの穴の開孔以来進んでいる砂漠化は、容赦なく芳醇な土地を侵食し続けている。危機感が薄れているようなのであえて書くが、『カオスの穴開孔時に1年で1.5倍になったサミアド砂漠の拡大化が、今また起こらない保証はない』のである。
オルボート城塞の建設の話が、王宮内ですんなり進んだのには理由がある。つまり、過去に伝説の竜戦士ペンドラゴンでも成しえなかった、『カオスの穴の封印』が視野に入っているのだ。
それが進んだ理由は、『機』とか『刻』とでも言えばいいだろうか。ステライド王は武人として現役ぎりぎりの年齢であり、王統を継ぐ者が居ない。そして戦局を文字通り変える新兵器『ゴーレム』が登場し、戦術・戦略思想が大きく変わった。
何よりも影響が大きいのは、天界人の来落である。アトランティス人にとって天界人の来落は時代の変革期を意味し、精神面に与える影響は大きい。
これだけの予兆があれば、猿でも何か感じるはずである。アトランティスに『意志』があるなら、まさに『世界がその命運を人類に預けた』のだ。世界がただの木石の集合体ではないのならば、『行動を起こした』のである。
ゆえに、ディアネー・ベノン嬢が持ち上げられ、この土地に封じられるのは必然とも言える。彼女は東方における最大のカリスマの一つだ。ただし、彼女には限界がある。彼女は『アトランティス人』なのである。
剣を捧げる君主としては、知識と経験以外は得難いものがある。一種の才能と言っていい。
しかしそれは超越者といったものではなく、あくまで等身大の人間のものだ。数多くの東方人にとって彼女は生き神であっても、機会と縁があれば結婚だってできる、身近なものである。
つまり、役目を終えれば消えてしまうと言われる存在――天界人とは、似て非なるものなのだ。
ゆえに彼女は、政争にも巻き込まれる運命にある。次期王位は空欄であり、野心の無い者は少ない。今はカオスという敵が居るため団結しているが、平和になったら内乱の一つも勃発しておかしく無い状況である。
その時物を言うものには、『血統』というものがある。『聖女ディアネー・ベノンの夫』という肩書きは、今は毎日ストップ高で株価上昇中だ。
●オルボート城塞の新たな問題
「また貴族さまであるか‥‥」
山吹葵(eb2002)が、水汲み用の風車の建設中に通りかかった、豪奢な馬車を見て言った。
「あれは確か、ステライド領のナントカという御貴族さまだな。こんな西の果てまでご苦労なことだ」
同じ作業をしていたローラン・グリム(ea0602)が、まるで唾棄すべき物をはき出したような、悪意を感じさせる言葉をつぶやく。ちなみに、葵の方はなるべく見ないようにしている。というのも、(本人は意識していないみたいだが)葵がローランにモーションをかけてくるからである。ちなみに葵の好みは、筋肉質のガタイの良い男で、ローランは筋肉質で人間にしてはガタイがいい。
これ以上はカマゲイホモヤオイの世界に突入するので言及は避けるが、ローランは作業中一度も背後をとらせなかったことだけ付け加えておく。
話がそれたが、つまりここのところ、この城塞には頻繁に来客があるのだった。理由は――ぶっちゃけて言えば『将来自分の物になるかもしれない城塞の下見』である。
◆◆◆
「ルメリア、さっきのはどこの馬の骨だ?」
「セルナー領のクワスチン子爵さま。ディアネーさまに粉をかけに来たみたいですわ」
マグナ・アドミラル(ea4868)の問いの応じたルメリア・アドミナル(ea8594)は、心底辟易したような口調で言った。それはまあ、下心を搭載限界能力まで満載し、さらに香水やらけばけばしい衣装で着飾った(人、それを悪趣味という)いかにもなイイトコのぼんぼんをダースで相手にすれば疲れるというものだろう。何せディアネーの治療が王都で行われていることは極秘で、来客者の目的はディアネーを口説くことなのだから、話をかみ合わせられないことおびただしい。
ちなみにマグナは便宜上城塞の防衛戦隊指揮官、ルメリアは内務執政官である。期間限定だが、今のオルボート城塞は『アドミナル家アトランティス東方本拠地』となっている状況である。
「こんな状況でなくとも、ディアネー嬢には会わせたくない手合いだな」
マグナの言葉に、ルメリアがうなずく。
「教育上よろしくない以前に、あんな飢えたガキどもにディアネーさまを差し出すわけにはいきません。贈り物とお金だけいただいて、ご退場いただきます」
毅然とした態度で、ルメリアが言う。おおかたの内務に関しては、彼女に任せて良さそうである。
「ルメリアさん、少々お知恵をお借りしたいのですが」
そこに来たのは、鎧騎士のハルナック・キシュディア(eb4189)である。彼は封建契約によって得られる『裁判権』を以て、治安維持の素地を作っていた。
もっとも裁判素人である彼が、十全の裁決ばかり出来るというわけではない。時代劇で有名な名奉行大岡越前だって、若い頃は数多くの失敗をしているのである。
余談だが、遠山の金さんで有名な遠山左右衛門上金時は、本当は桜吹雪ではなく般若の入れ墨をしていたという。この辺も諸説あるが、実は遠山氏、芸能に対して非常に寛容で、その恩恵を受けた芝居小屋がこぞって『遠山名奉行』を演じたため、現在の『遠山の金さん』が形作られたという経緯がある。
ハルナックもそうなれる可能性はあったが、今回はちょっと勝手が違うようだ。彼は『手段と結果が伴えば目的は正当化される』と考えていたが、そこに『人情』が加わるとそうならない場合があることを現在学習中である。大衆に迎合するのも、また一つの治世なのだ。
何の話かというと、彼の提唱した治安維持方法である。彼は言葉を飾ってみたのだが、結果的に『密告社会』を作ってしまったのだ。
彼の目的は、麻薬の撲滅である。しかし撲滅を先行させたため、彼の作った法が悪用されたのだ。つまり何者かによる密告で小物麻薬組織が次々と摘発され、どうやら根深く太い幹だけが残ったらしいのである。
気がついたときにはもう遅く、競争相手を自分の手を汚さず効率的に排除した『闇ギルド』は、城内に深く沈み根を広げ続けている。たぶん、最近話題にでる『カタヤマ』なる人物の手管だろう。
状況を呪ってもどうしようもない。それに失敗は取り返せばいい。ゆえにハルナックは、内務執政を担当しているルメリアと共同戦線を張っている。現在のところ成果は無いが、状況の悪化は避けられている。マイナス加速していたものが停止したのだから、まあ十分回復しただろう。ただ振り出しに戻ったのと違い、今度はプラス加速がついている。舵取りとさじ加減を間違えなければ、相手に対抗することも不可能ではあるまい。
●新領開拓
何はなくとも食糧の自給。これが当面のオルボートの最重要課題である。
リアレス・アルシェル(eb9700)はまず元農民を募って、農務に強い人材の賢発を行った。言葉が悪いが領民の多くは元農奴で、土いじりに関する意欲はかなりのものがあった。
雑草はどこにでも生えるし、もとより雑草という名の草は無い。彼らはたくましく芽をだし根を張るために、冒険者に言われるまでもなく農地開拓を開始したのである。
もっとも統制はとらなければならないし、区画割りの問題もある。またカオスニアンの襲撃を考慮すれば、避難誘導に関する手順も決める必要がある。
今回城外の区画整理と割り振りには、フィーノ・ホークアイ(ec1370)が当たった。正確には農地の外縁に望楼を組みカオス勢力の襲撃に備えたかっただけなのだが、結局外縁を決めて避難路を組むためには区画整理をしなければならなかったからである。むろん彼女一人では不可能なので、牧畜関係はイレイズ・アーレイノース(ea5934)が協力した。
イレイズが選択した家畜は、豚と羊だった。ともに成長が早く、肉のほかに羊毛などが取れる。豚は粗末な環境でも育つし、羊は乾燥に強い。牧草を育て土を生き返らせるのに、もっとも早道なのも確かである。
ちなみに水回りは、ズドゲラデイン・ドデゲスデン(eb8300)が担当。井戸をぼこぼこ掘るわけにはいかないので(なぜなら地下で水脈はつながっているので、外部の井戸から毒物などを放り込まれると城内は悲惨なことになる)、城内から汲み上げた水を木製の水道管に通して埋設するという方法がとられた。その労働力には、アルファ・ベーテフィル(eb7851)とアルフレッド・ラグナーソン(eb3526)、エリスティア・マウセン(eb9277)のゴーレムが充てられた。
ちなみに、リザベから充てられた兵士たちから奇異の目で見られたことを付け加えておいたほうがいいだろう。ゴーレムは兵器であり、騎士が土いじりするのは普通無い。ゆえに『モナルコスに乗った鎧騎士』が戦い以外働く様子など想像のらち外だ。
ただ、時間限定とはいえ牛馬以上の耕作能力を発揮し、ゴーレム機器の新しい可能性を見せたのも確かである。ただメンテナンスや稼働時間の関係から、あまり効率的とは言い難い。
ここで現場から出た意見は、『下位の労働力専用ゴーレムの登場』であった。準工房施設の建設が進められるなか、オルボート工房担当であるガンゴントウス・エメルセン工房管理官には『ウッドゴーレムの再開発要望』も寄せられている。戦闘に使用しないなら、規格化のことはあまり考えなくて良いからである。アルフレッドからはオルボート現地での鎧騎士育成などがプランとして提出され、状況を『選べる』状態になりつつあった。
「ゼット氏が来なかった理由がわかるのぉ」
と、これはズドゲラデイン。
「なぜじゃ?」
フィーノが、周囲を警戒しながら言った。
「あの御仁はおおざっぱな作業には向いているが、土を生き返らせるような繊細な作業は無理っぽいからじゃ」
農民と深く交流したズドゲラデインには、農業の繊細さをまざまざと知らされる依頼となった。農民曰く『土は生き物』だそうで、毎日様子を見て手入れをしなければすぐに痩せてしまうのだそうである。
「土自体は死んではおらんそうだ。が、何かが抜けたようにスカスカになっているらしい。だがちょっと手を加えれば『食える土になる』とまで言っていた」
農民が実際に、土を『味見』して具合を見ている様子を、読者諸賢は見たことがあるだろうか? 農民はまさに五感を使って農作業を行うのである。
――カンカンカン‥‥。
鍋をたたく音が聞こえてきた。配給の食事ができたのである。ちなみに今日は、リアレスが食事当番だ。騎士が食事当番というのもナンだが、本人が趣味でやっているので関与しないでおこう。
ズドゲラデインにとっては日課になりつつある農民との食事だが、今日はフィーノも参加することにした。アルフレッドとアルファ、エリスティアは、ゴーレムの収容という後始末がある。食事は少し遅れるだろう。
●日々コレ平穏ナリ、タダシ条件ツキ
開拓第2期――便宜上期間分けするが――も終わりに近づいてきた。カオスニアンの襲撃は無く、偵察らしきものが幾度かかすめた程度で、どうやら直接襲撃してくる様子は無かった。
ただ、「おかしい」という空気はあった。カオスの地の目前に城塞を建てて、相手が黙って見ているだけ。それが逆に不安をあおっているのだ。
その空気は、弱者である平民たちから流れていた。そして、火の手は予想もしない場所から挙がったのである。
ディアネー・ベノンの訃報――その噂は鏡のような水面に大岩を投げたように、領民に衝撃を与えた。
◆◆◆
「どうなっている!」
マグナが大声を張り上げて、仮の執務室に怒鳴り込んできた。
「確認中です。数日は状況がわかりません」
ルメリアが言う。
「地球なら電話一本で済むのに‥‥」
エリスティアが、爪を噛んでいる。ファンタジーな世界のアトランティスだが、長距離通信はそれほど発達していないのだ。
「信じたくは無いな‥‥」
フィーノも同じように爪を噛んでいた。
ディアネーは、実に多くのものを犠牲にして帰還した。多くの命を散らせ血を流し、自分自身を削り尽くして現在に至るのである。むしろ、死を懇願してもおかしくはない。
それでも生きて戻ったのは、彼女の中にある『何か』がそれを思いとどまらせたからだ。
「情報源はなんなんですか?」
イレイズが問いかけた。
「出所は平民たちからだ。ズドゲラデインが酒場を作っただろう。そこに吟遊詩人が現れて、悲劇を一曲歌った。感銘に値する内容だったらしいが、その結末は――」
ローランが、最後まで言う必要は無いだろうと、言葉を切った。
「拙者のやったことは、無駄だったのであるか?」
葵が、さすがにへこんでいる。
「神は答えてくれません‥‥このような時こそ啓示がほしいのですが‥‥」
アルフレッドが、沈痛な面持ちで言う。
「手紙とか、報告は来ていないのですか? 治療に当たっている方々から、何か連絡があるでしょう?」
ハルナックが問いかける。
「今のところ、そういう情報は無そうです。腹立たしいですが、噂は政務の報告より早い場合がありますから、判断の厳しいところですね」
アルファも、声に力が無い。
そこに、扉を破壊しそうな勢いでズドゲラデインが入ってきた。
「噂を撒いた吟遊詩人を捜したが、見つからん。酒場の親父は初見の詩人だったというし、砦から出た様子が無い。そもそも、入城記録にその詩人が居ない。どういうことだ?」
途中からドワーフらしく考慮検討を放棄しているが、それだけの情報で十分判断できる部分があった。
「欺瞞情報です。おそらくは闇ギルドのものでしょう。ここには2000人以上の人が集まっていますが、皆、地に足が着いているわけではありません。それに、ディアネー嬢の名を慕って来た人も多いはずです」
リアレスが言う。
「闇ギルドが‥‥いやらしい手を使いおって‥‥」
フィーノが、ぎりりと唇を噛んだ。
目的は、はっきりしている。オルボート城塞を、内部から崩壊させるのだ。アイドル、カリスマが消滅すれば、人々は散ってしまう。農民たちの多くは避難民で、望みうるならば自分の生まれた土地に帰りたいのである。
このままでは、戦わずして負ける――。
強力なゴーレム兵器も、諜報戦では役に立たない。十全の武装をしながら、それを活かせない戦いの泥沼に、冒険者たちは引き込まれたのだ。
「伝令! 伝令!!」
その時、兵士が一人飛び込んできた。使者である。薄汚れ疲弊した姿は、かなりの無茶をしてきた様子をうかがわせる。
「王都より書簡をお持ちしました!」
冒険者たちは色めきだった。このタイミングで急報となれば、ディアネー嬢関連の情報に違いあるまい。
そこで冒険者たちは、ディアネー嬢の存命と精神崩壊の報告を聞くことになった。ただし治る見込みもあり、現在その手段を検討中であることも付記されていた。
後にケーファー・チェンバレンの事も知ることになるのだが、それはまた後の報告である。
「ですが、これではっきりしました」
ルメリアが、書簡を見て言った。
「吟遊詩人は闇ギルド――カタヤマの揺さぶりです。使者の急報が、吟遊詩人の噂より遅いということは少ないでしょう。つまりこの『曖昧なタイミング』で『どうとも取れる情報』を流布したんです。逆を言えば、彼らは正確な情報をつかんでいません。彼らは今よりディアネー嬢回復までの期間に、何かを仕掛けてくるはずです」
そこで全員が思ったことは、ディアネー・ベノンの早期回復であった。彼女がこの城塞に姿を見せれば、領民の士気はほぼ完璧に維持できる。しかし冒険者たちは、ディアネー嬢の回復には時間をかけなければならないことも承知している。
これは、一種の禅問答である。
「ふん、これしきのこと、乗り越えてみせるわ」
フィーノが言う。
「お主ら、ヒノモト・イチノスケという人物を知っておるか?」
フィーノが、短期間にすっかり懐かしい名前になってしまった名を出した。冒険者たちの反応は、ほとんどが「名前は」というところだった。
「あの朴念仁なら、こんなツメの甘い仕事はせん。いやらしさは引けを取らんが、ヤツなら一撃で勝負を着けている。つまり、恐れるほどではない」
「確かに‥‥」
マグナが言う。彼の立案した作戦に参加した経験がある彼には、よ〜〜〜〜く分かる話だ。
「カタヤマは、楽しんでいるんでしょう。私たちをいたぶって、反応を見ているんです」
ハルナックが言った。彼も日之本と面識のある人間だ。
「そこに、油断があります」
ルメリアが言った。
「その油断を最大限に活用し、攻勢に出る。それが最善でしょう。次期では内外両面に対して対策を立てておき、機を見て攻勢に出て相手をたたきつぶします。その上で、ディアネー嬢をお迎えしましょう」
基本方針としては、ルメリアの言うとおりだ。あとは、状況の推移を見守るべきであろう。
『後の先』という言葉がある。ボクシングで言うなら、カウンターだ。相手の威力を利用し、倍返しする。
相手が手の内を晒した今、まさに好機と言えよう。
【つづく】