西方動乱〜オルボート異変

■ショートシナリオ


担当:三ノ字俊介

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 97 C

参加人数:11人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月14日〜07月21日

リプレイ公開日:2007年09月13日

●オープニング

●第三次カオス戦争〜序幕
 急報は、リザベ領領主の元に真っ先に伝えられた。
 ――コングルスト城塞消滅。
 通称『防人砦』と呼ばれる『西方帯(ウエストベルト)』中央付近に位置するコングルスト城塞が、消滅したというのである。
 『陥落』ではなく『消滅』なのは、偵察隊が見た同地が、周囲一面焼け野原だったからだ。直径1キロメートルほどの地面がえぐられ、周囲10キロメートルほどは焼尽していた。残っていたのは、灼かれて稼働不能になったカッパーゴーレム1騎のみ。遺棄されたそれは、以前王都から強奪された試作カッパーゴーレムのようだった。
 リザベ領主も万能ではない。情報が出そろうまで何が起きたか判断することは出来なかったし、西方戦線は『阿修羅の剣を持つ』と言われた『赤い剣の女戦士』が死亡したという話が流れて久しく、また『聖人』と呼ばれた天界人や、幾人かの英雄を失い士気の維持も厳しい状況だった。
 さらに混乱に拍車をかけたのは、『鮮血の虎』の再出現の噂であった。
 「西方から侵攻する者あり。黒い軍団の首長は、隻眼の虎」という報告が入り、兵士が震え上がったのである。脱走兵が多数発生し、軍律の維持のために身方の血を流す状況が数日続いた。そのためほんの1週間ほどの間に、リザベ領はきわめて深刻な内憂を抱えるようになった。
 敵兵力が2000名近いカオスニアンと多数の恐獣であることが判明すると、さらに緊張は高まった。メイの国全体の兵力は、約3800。武装度はカオスニアンより上だが、リザベに在るのは分散された1500程度である。領民を兵士に徴用すればまだ少し数が稼げるかもしれないが、農民に兵はつとまらない。また農閑期を問わない大兵力投入は、カオスニアンの意図を明示していた。
 つまり――本気の大侵攻である。今まで冒険者たちによって散々じゃまされてきたが、そのマージンもついに尽きたのだ。
 リザベ領主は、直ちに王都に援軍を要請。また状況把握のため、虎の子のゴーレムグライダー部隊を偵察に放ち状況を確かめようとした――が、グライダー隊は壊滅してしまった。敵兵力にゴーレムグライダーがあったためである。恐獣に速度で勝るグライダーも、同じ性能を持ち戦闘能力を磨いた空戦騎士には無力であった。しょせんは偵察兵なのだ。
 「敵兵力にゴーレム見ゆ」という報告は、さらにリザベを震撼させた。「バの国がついに動いたのか?」とも思われたが、南方海域にバの国の大きな動きは無い。メイの海戦騎士団が、きっちり仕事をしているからだ。だが、過去に西方でゴーレムの跳梁が無かったわけではない。周到な準備をもって、機会を伺っていたのだろう。

 ここで、リザベの概略地図を見て欲しい。

【リザベ領略図】
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〃Å〃〃▲∴∴∴∴∴∴∴∴▲▲〃〃〃〃〃
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▲〃〃▲∴∴∴サミアド砂漠∴∴∴▲▲▲〃
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〃▲〃凹オルボート∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴▲
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〃▲〃〃〃〃〃〃〃〃〃∴∴∴∴∴∴〃〃〃
〃▲〃〃〃〃〃〃〃〃〃∴∴∴∴〃〃〃〃〃
▲ダイラテル◎リザベ〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
▲〃〃凹〃〃…〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
▲〃〃〃〃〃…〃〃…〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
▲コングルスト………〃〃…〃〃〃〃〃〃〃
▲〃凹〃〃〃………〃〃〃〃…………〃〃〃
▲〃〃〃〃…………〃〃○ティトル……〃〃
〃▲〃〃〃…………〃〃〃………………〃〃
〃▲〃〃……………〃………………〃〃〃〃
〃〃▲〃………………………………〃〃〃〃
…〃▲凹ラケダイモン……………………〃〃
……………………………………………………
1マス=50キロメートルぐらい

 コングルストが消滅した現在、南方の守りの要であるラケダイモンは、陸路的には孤立状態である。そして敵兵力は、リザベ←→ラケダイモンルートを断ち、ラケダイモンを陥落させてバの国兵力の呼び込みを狙っていると思われる。
 この場合の敵の戦術オプションは、全力でラケダイモンを落とし、バの増援を待って全兵力でダイラテル→リザベを制圧することであろう。しかし敵本体は、愚策と言われる『戦力の分散』を、行いラケダイモンとダイラテルへ同時に軍を進めているようだった。
 何故だろうか?

●オルボート紛糾
 「南方に敵兵力あり!」の報告を受けたとき、オルボート城塞首長ディアネー・ベノン子爵は、西方山脈に対して偵察の指示を出した。一説には配下の進言と言われるが、南方の状況に囚われず自分の役割をはっきり明示した彼女の行動は、後に『慧眼』と言われることになる。なぜなら、西方山脈に敵兵力の存在を感知したからである。
 敵兵力は300〜500。オルボート城塞を抜くには数が足りないが、敵の目的がオルボートではないことは明らかだった。オルボート城塞は、守勢に回れても攻勢に出られるほど兵力が整っていなかったからである。敵の軍師もそれを把握しており、そして無視しておけばリザベの後背を取れるのだ。この一局面において、オルボート城塞は重要な脇役を担う必要が出来たのだ。
 そしてディアネー・ベノンがまず頼ったのは、冒険者ギルドであった。

 条件は以下の通りである。
・貸与兵力は騎士50名、兵士100名
・ペガサス級強襲揚陸艦トロイホース
・ヴァルキュリア級シルバーゴーレム1騎
・オルトロス級カッパーゴーレム2騎
・モナルコス級ストーンゴーレム5騎
・他、可能な限り手は尽くすとのこと

 文字通り、『寡兵を持って大軍を討つ』任務である。彼女が冒険者ギルドに依頼したのは、強制したくなかったためであろう。

●今回の参加者

 ea0447 クウェル・グッドウェザー(30歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1135 アルカード・ガイスト(29歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 ea9907 エイジス・レーヴァティン(33歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3526 アルフレッド・ラグナーソン(33歳・♂・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb4099 レネウス・ロートリンゲン(33歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4189 ハルナック・キシュディア(23歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb7851 アルファ・ベーテフィル(36歳・♂・鎧騎士・パラ・メイの国)
 eb8162 シャノン・マルパス(23歳・♀・鎧騎士・エルフ・メイの国)
 eb8297 ジャスティン・ディアブローニ(38歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb8544 ガイアス・クレセイド(47歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)

●リプレイ本文

西方動乱〜オルボート異変

●虎よ虎よ
「――報告は以上です」
 ゴーレムグライダーを使用した偵察報告を聞いたディアネー・ベノン嬢は、とりあえずその言葉に危機的な反応はしなかった。
 偵察に出たのは、ガイアス・クレセイド(eb8544)以下数名の鎧騎士である。オルボート城塞にあるだけのグライダーを用いて調査を行った結果、敵陣容の『おおむね』は判明した。予定通りの数字、予想通りのルート、そして想定内の敵兵力。
 ただしガイアスの報告にはひとつ、予定外があった。

 ――敵兵力に『虎』アリ。

 ガイアスはエイジス砦の攻防戦で、『最強の暴力』ガス・クドの姿をはっきり見ている。そして、一生忘れられそうにない。忘れられるはずがない。この城塞の本来の名前の主を殺害した相手であり、その孫娘で現在城塞の領主の座に居る少女、ディアネーに、心身ともに重篤な傷を負わせた張本人である。
 報告を聞いたディアネーは文字通り血の気の引いた顔色になったが、態度や言葉には一切何も出さなかった。だから誰も、それについて触れなかった。彼女自身が、おそらくは精神力や意志力を総動員して『君主』をしているのだから、冒険者がそれをほじくるわけにはいかない。
「ガス・クドは放置します」
 ディアネーは、そう言い切った。室内に、どよめきがにじみ出す。
「今回の我々の出撃は、文字通りの総出撃です。しかしながら、我々の目的は『敵兵力の撃破・殲滅』ではありません」
 やや青ざめた唇が、だがしかしはっきりとした意思を持って言葉を紡いだ。
「我々の役目は、敵兵力が南方の戦線と連携を取ることの妨害です。つまり、敵の作戦を妨害するだけで良いのです。叩ける分はきっちり叩きます。ただし、ガス・クドとの能動的な戦闘は禁じます」
「お言葉ですが」
 その言葉に、反駁の声を上げた者が居た。エイジス・レーヴァティン(ea9907)である。
「敵の士気をくじくという意味では、ガス・クドこそ討つべきではないでしょうか」
 普段気安い口調の彼が、ここまで改まって物を言うのは珍しい。何より、言葉の圧力が違った。気配から漏れ出ているのは、あるいは殺気と言っても過言ではない。
 理由は分かる。彼はガス・クドと因縁浅からぬ間柄であり、再戦の強く望む人間の一人だからだ。
 だがそれに対し、ディアネーは首を振った。
「我々は、残念ながら『次』を維持しなければなりません。あなたのような古強者を、賭けじみた危険にさらすわけにはいかないのです。あなたには、出来るだけ多くの普兵を叩いていただきます」
 ディアネーの言葉に、エイジスは何かを言いかけて飲み込んだ。それは元々彼が提案していた、『負傷兵を多く出して敵兵力を下げる』という手法そのままだったからだ。負傷兵には最低でも一人、あるいは二人以上の余計な手がかかる。敵が『群』ではなく『軍』として行動しているからこそ有効と思われる手段で、そして『安全な』方法でもある。間違ってエイジスレベルの使い手が返り討ちに遭った場合、それは重篤な味方の損害になるのだ。戦術上はともかく、戦略レベルでの戦いで背負うようなリスクではない。
「布陣や作戦の詳細は皆様にお任せします。ただし本作戦の目的は、『敵の目的を達成させないこと』とします」

●襲撃前
「お休みにならないのですか?」
 クウェル・グッドウェザー(ea0447)が、フロートシップ《トロイホース》の甲板上で見つけた、小さな人影に向かって言った。現在この船に乗っている女性で、該当する体型の女性は一人しかいない。ディアネー・ベノンである。
 時刻はまだ夜中。空に精霊光は無く、天蓋で燐の光が星のように瞬いている。
「明日のことを考えていました」
 曖昧なディアネーの言葉に、クウェルははっとなった。ディアネーは初陣でこそないが、彼女には敗戦の経験しかない。そしてその後に起こったことは、出来ればクウェルが触れたくない。
 だが彼女にとっては現実であり、体調も本調子ではない現在では、まだ終わっていないことなのだ。それは、彼女が優れた資質を持つ君主であることと相反する、『人間である部分』が上げる心のきしみである。
 もしも――という恐怖と、自らが自覚的に兵士を死地へ赴かせる命令を発しなければならないという現実。封建君主として軍役の義務を持つ以上、彼女は兵士に対して『死ね』と言わなければならない。そして、その延長にやっと自分の命があるのだ。自分が死ぬときは、全ての兵士が死んだ後である。つまり、自分の責任で死ぬ全ての兵士を見取った後でないと、死ぬことは許されないのである。
 彼女の言葉の行間には、それだけのものが詰まっているのだ。
「お楽しみのところ悪いが」
 と、クウェルがどう声をかけていいか逡巡していると、その背後からさらに声をかけられた。軽快なソプラノだが、だるそうな声。
「ネイ・ネイさん?」
 カオスニアンの少女が、そこに居た。クウェルにはまたく感知出来なかった。彼女がクウェルを殺す気だったら、2秒で終了していただろう。
 ネイ・ネイは巻物を一つクウェルに差し出すと、「じゃ」と言ってその場を去っていった。
「??」
 巻物を開いてみると、地形図と――おそらくは敵の『現在の』布陣図らしき図柄が描いてあった。
「――――」
 礼を言っておけば良かったと、クウェルは思った。

●襲撃
 戦闘におけるイニシアチブは、相手の位置を先に捕捉できるかどうかで決まる。
「そう言う意味では、この情報は非常にありがたいですね」
 敵の配置図を見ながら言ったのは、アルカード・ガイスト(ea1135)だった。
「精度はどのぐらいだ?」
 レインフォルス・フォルナード(ea7641)が問うのは、ネイ・ネイにコレといった面識が無いからである。ただオルボート城塞においてネイ・ネイは独特なポジションを構築しており、信用するしないの問題はすでに解決したという共通見解になっている。
「評判通りなら、この情報はアテにしても良いと思いますが‥‥」
 アルフレッド・ラグナーソン(eb3526)が言った。
「行けば分かるよ」
 と、これはエイジス。いつもの0円スマイルだ。
「予想進路から外れているわけではないし、糧秣関係の配置が記載されているのがありがたいな」
 シャノン・マルパス(eb8162)が言う。待ち伏せ奇襲より有効な手段を講じられる機を得て、やや気持ちが偏っている感じだ。
「やろう」
 ジャスティン・ディアブローニ(eb8297)が言った。今回の作戦に関しては、何か心に期するものがあるようだ。
「死ぬ兵は少ない方がいい。どうせ敵戦力は三倍以上なんだ。天界っぽく言うなら『赤く塗ってツノ付けたぐらいの戦力比』だ。少しでも状況が良くなるなら、その方法を取るべきだ」
 ジャスティンが言った。それで決まったようなものだった。
「最速で奇襲を行います」
 ディアネーが言った。
「グッドウェザー卿(冒険者は騎士なので、ディアネーは正規の手続きを踏む場合敬称をつける)、ただちに準備を」
「はっ!」

    ◆◆◆

 奇襲は、セオリー通り黎明に合わせて行われた。
 今回、追加で本戦隊に配備されたのはエルタワ級輸送艦《エルタワ》一隻。兵員の輸送が目的である。敵に気取られぬよう、船は微速の匍匐飛行で敵部隊へ近づき、そして射程内に入るやいなや持てる射撃兵力を一気に解放した。精霊砲の火弾やバリスタが放たれたあと、敵地は一気に混乱した。ちなみに船隊の指揮はアルカードが取っている。自身も《ファイヤーボム》で攻撃している。
「よし、前進!!」
 クウェルの号令と共に、オルボート城塞の兵合わせて150名余と6騎のゴーレムが動き出した。陣頭に立つのはヴァルキュリア級シルバーゴーレム。搭乗者は、ハルナック・キシュディア(eb4189)である。
 以下、レネウス・ロートリンゲン(eb4099)とジャスティン・ディアブローニが駆るオルトロス級が続く。後詰めのモナルコス級はアルファ・ベーテフィル(eb7851)とシャノン・マルパス、ガイアス・クレセイドのものだ。
『作戦の目的と手順を確認します』
 ゴーレム各機の風信器から、ハルナックの声が響いた。
『我々ゴーレム戦隊は、歩兵を相手にしません。我々が目標とするのは、敵恐獣です。乗り手が登場する前に、可能な限り叩く。また常に移動して敵を壊乱させ、進路にある歩兵は踏みつぶすか蹴飛ばす。我々の担当はより高い驚異目標で、それでも『陽動でしかありません』。とにかく目立って多くの敵を引きつけ、人的損耗を最少にすることです』
『『『『了解!』』』』

「砲撃やめ! 味方が敵陣に切り込みます!!」
 アルカードの視点では、くさび状になった味方の部隊が、まさに敵陣に食いつくところだった。圧倒的な質量を武器にゴーレムが敵陣を食い破り、そこから真っ直ぐに恐獣を囲っている場所へと向かう。殺到、と表現してもいいだろう。
『事前情報に狂いは無いようだ。我が輩も、これからはネイ・ネイとやらを信用することにしよう』
 風信器から流れてくる声は、ガイアスのものだ。
『敵の情報があるっていうのは、こんなに有利なものなんですね』
 なんとなく、といった風に声を出したのは、アルファである。近代戦術および戦略に欠かせない情報戦だが、そういう認識がアバウトなアトランティスでは、二次戦中の戦艦大和に、イージス艦のフェイズドアレイレーダーを装備したようなものだろう。
 レインフォルスとエイジスのツートップで切り込んだ騎兵と歩兵は、ナプキンにしみたワインのように流血を広げてゆく。クウェルやアルフレッドの魔法の援護など、ほとんど必要無いくらいだ。
 味方の布陣は完璧に近く、襲撃のタイミングも申し分ない。単純に兵力の絶対数が足りないから敵を殲滅することが不可能なだけで、十分な出血を強いることはもはや既定事項のような状況だった。
 ただ、誰も気を抜いていなかった。いや、抜けなかった。
 ――『奴はどこだ?』
 敵には、まだ最強のワイルドカード、『鮮血の虎』ことガス・クドが居るのである。

●虎の威力
 戦術的勝利に対しては、奇襲から7分で全員が確信した。敵集団はすでに、軍としての機能を維持するには打撃を受けすぎていた。
 しかし戦略的に勝利するには、攻撃隊が可能な限り損耗せず――具体的には即日再出撃が可能なぐらいの状態で帰還する必要がある。
 最初の異変は、ガイアスのモナルコスから始まった。ガイアスが最初だったのは、多分偶然だろう。たまたま遭遇した――そう言うレベルの必然性である。
 足下で何かが砕ける異音が2発したかと思うと、ガイアスのモナルコスは左足から崩れ落ちるように倒れた。最近開発され装備されたシートベルトのおかげで制御胞の中を跳ね回るような事にはならなかったが、うつぶせに倒れたために正面装甲がひしゃげていた。胸甲ハッチが開くかどうかも不明だ。
『やられた! 移動不能!』
『ヤツだ! あのバケモノ野郎! たった2発でモナルコスの足を砕きやがった!!』
 ガイアスの声に被ったのは、ジャスティンである。そのジャスティンのオルトロスは、近づいてくるカオスニアンに照準して大戦斧を振ったが、当たらない。そしてあっという間に懐に潜り込まれ、かかとの辺りをやはり2発。
 ぐらりと傾いたオルトロスは、左の足首を砕かれていた。
 ――ガス・クド!!
 アイパッチで片目を隠した奴は、以前エイジスを瀕死に追い込んだ大剣を振っていた。
 たった1分少々の間に、2騎のゴーレムが無力化された。その結果と事実は地上部隊の戦隊指揮をしていたクウェルに、撤退をコンマ3秒で決断させた。
「兵糧を焼き払って下さい。擱坐したゴーレムは放棄します。乗員は必ず救出してください。負傷者は残さないように!!」
 命令が伝達され撤退を合図する矢笛が放たれると、フロートシップから最後の精霊砲とアルカードの《ファイヤーボム》が放たれた。着弾した場所にあった馬車が焼かれて粉砕された。
 戦術的には勝利したが、戦略的にはマージンの少ない結果となった。

    ◆◆◆

 ――作戦後。
「一つ、分かったことがある」
 ガイアスが、口を開いた。
「ガス・クドは、組織に置いておいたほうが弱い、ということだ。多分」
「どういうことですか?」
 と、これはアルファ。
「ガス・クドが現れたのは、戦況の最末期だ。それまでヤツは何をしていた? 言うまでもない、指揮だ。あの部隊の指揮官は別のようだが、ヤツもそれなりに人数を任されていただろう。だが、それではヤツの戦闘能力を発揮できん」
「そうか、エイジス殿が指揮をするようなものか」
 ガイアスのコメントを、シャノンがフォローする。
「そうだ。『十の虎』にせよ何にせよ、ガス・クドは部隊をまとめて効果的に運用する才能がある。そして『効果的に戦争をする才能』も、だ。ただし、それは必ずしも両立するものではない。ヤツの才能は、攻撃の時にもっとも発揮する」
 そこで、アルカードが話しに割り込んだ。
「分かってきました。ガス・クドは守勢という『状況』に弱い、ということですね?」
 「多分な」とガイアス。その後を、エイジスが受ける。
「部隊が崩壊して軍を維持できなくなったとき、ヤツは『個』として戦闘に加わった。そして寡兵の僕らが一番嫌がることを的確に見抜き、ゴーレムのねらい打ちをした‥‥ということかな?」
 エイジスが言う。それに諾とガイアスがうなずいた。
「ヤツを攻略するなら、この辺を攻める必要があるかもしれない」
 敵部隊は、補給待ちでどこかの居留地あたりに移動するだろう。つまり、当分の間オルボートの近くを虎がうろつき回ることになるのだ。
 好機である。しかし、リスクも高い。
 予断は、許されないだろう。

【おわり】