ネイ・ネイがこわれた
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■ショートシナリオ
担当:三ノ字俊介
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 99 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月22日〜09月25日
リプレイ公開日:2007年10月04日
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●オープニング
●オルボート城塞の近況
オルボート城塞は現在、ほぼ完全に稼働している。十全と違うのは明らかだが、現状の設備を水準以上の状態で維持しているので、稼働率は極めて高い。あとは可能な限り少ない時間で、足りない設備や機能を新設してゆけばいい。
城塞領民の生活も、ずいぶん安定してきた。内陸部なので生鮮食品、特に海産物の不足はやむを得ないが、天界から数多くの乾燥食品の知識が入ってきているので、『生鮮食品ではない海産物』なら十分足りている。メイの国の料理は現代の地中海料理に似ているので、海産物の消費が激しいのだ。ゆえにオルボートへの海産物の輸送は、頻繁に行われている。人間、食事にかける情熱ほど高いものは無いのである。
商業も、結構回っていた。新設の街なので元々伝統とか固定概念というシバリが少なく、そして現在は多数の天界人によって、『天界らしい商売方法』も導入されている。『大安売り』のノボリや『タイムバーゲン』の垂れ幕などは、目に見える形の変化だろう。
農業は穀物を中心に回転している。特記すべきは、サトウキビの栽培がかなりの規模で行われていることだろう。付近の気候が植生にわりと合っていることが分かり、早刈りしたサトウキビから早速黒砂糖などが作られて、他の領土に販売されている。現在は天界人の主導でラム酒も生産されているが、こっちは糖質がアルコールに変わるまで多少時間が必要である。まあ砂糖は高価で取引できるので、辺境では『戦力になる』効率の良い収穫物ということだ。
非常に厳しい立地条件ながら、見返りがきっちりある領土。それが現ベノン領と言える。世の中、悪いことだけではないということである。
●オルボートの居候
オルボート城塞に居着いてしまった、名前だけなら超有名人。カオスニアンの暗殺者、ネイ・ネイが城塞で生活するようになって、結構な時間が過ぎた。
アトランティス人たちはその姿を見るとあからさまに侮蔑の表情を見せるが、冒険者の多くはあまり気にしていない。彼女が(少なくともディアネー・ベノン個人に対して)悪意を持って行動を取った事は無かったし、好意的な行動を示せと言われたら、むしろ具体的な例を挙げられる。しかるに味方であると結論づけてもいいぐらい真っ白なグレーであり、今後に対する驚異度もほとんど重要視されていない。城壁の外に居る敵のほうが、よっぽど危険だ。
ただ、ネイ・ネイは他人に胸襟を開くようなそぶりは見せない。別に無口キャラとかいうわけではなく、他人との関わりを最小限にしようとしているようには見える。それはかつて冒険者が彼女に頼んだ事ではあるし、『飼っておくカオスニアン』については、アトランティスではごく当たり前の対応だ。
もっとも、飼っておくも何も、ネイ・ネイは食事も寝床も城塞のどこかで勝手に自足してしまっているので、『飼う』という定義に付随する『餌』の供給ないし提供が無い。そう言う意味では口頭による『約定』や『契約』なども一切無いので、『現在オルボート城塞に居る』という『現象』として把握したほうがいいかもしれない。
『監視は怠れないが、その事自体はそれほど重要ではない』
ネイ・ネイ対する脅威面での評価はそのぐらいのものであり、そして監視することそのものがひどく難物だった。ネイ・ネイは、アトランティス最高のスパイなのである。並大抵以上の密偵でも、尾行のびの字も出来ないだろう。
もっとも、そういうことだから逆に後述のようなことが事件化するのだが。
●とっても異常事態
「実は‥‥最近ネイさんの行動が一部把握されています」
依頼主のオルボート城塞城主、ディアネー・ベノンは冒険者たちに向かって言った。
「専門の方の話を聞くと、ネイさんのような方が行動を把握されるということは、それ自体が異常事態なのだそうです。現在は、見張りを立てる場所が指定できるぐらい行動が把握出来る部分があり、その件について調査をしたい――と城塞警備主任が申請してきてました」
行間を読まなければならない物言いだが、警備主任の言葉をかみ砕いて言うと「カオスニアンであるネイ・ネイが、特定の場所に対して決まった時間に出入りしているため、その目的を探り危険な事態を予防したい」ということである。ちなみにもう一歩踏み込んだ言い方をすると、「ネイ・ネイはカオスニアンだから、どこかに集まっているとするなら必ず悪巧みをしているはずだ。だからネイ・ネイも含めて、後腐れの無いように始末したい」という、実にアトランティス人らしい偏見に満ちた意図である。
「私としては、ネイさんはカオスですが、現在の所は危機的な害悪であると考えていません。混沌という無秩序の中には『解決しない矛盾』も含まれるでしょうから、カオスニアンとして異質な個性を持つ事はあり得ると思います。無論、カオスを容認するわけではありません。ただ警備主任にお任せするのは、適当ではないと思っただけです」
また行間を読まなければならないが、つまるところディアネー嬢は「先入観を持って不要な詮索を行い、地雷を踏むのは避けたい」と言っているのである。
「そこで冒険者の皆さんに、ネイさんの調査――可能なら事情聴取なども依頼したいと思います」
調査はともかく、事情聴取はかなり難物そうである。ネイ・ネイから証言を引き出すと言うことは、アトランティス最高の密偵に口を割らせるということだからだ。
ま、がんばってくれたまい。
●把握されているネイ・ネイの行動
・07:45ごろ
変装したネイ・ネイが領主館の門を出る。毎回違う変装なのだが、この時間に必ず人が出ることが確認されている。
・08:00ごろ
市街商区食品店『ズケラン』に入店。5分後に手提げ袋一つの荷物を持って出る。その後は足跡不明。
・12:30ごろ
酒場『ウルス』に入店。朝に持っていた手提げ袋は無い。入店後、出てくるところは確認できない。入店してネイ・ネイを確認できたこともない。
・16:00ごろ
市街商区食堂『カンミドー』入店。天界人の開いた店で、女性客がほとんどという奇妙な店。尾行の兵士が入店すると明らかにおかしいので、追跡は断念してきた。
以上、合計4ヶ所である。
●リプレイ本文
ネイ・ネイがこわれた
●おまわりさん不審者です
「兵隊さん助けてください!!」
どうでもいい登場人物だから、兵士の名前はA吉としておこう。兵士A吉氏の家族構成やその子細などについてもどうでもいい。重要なのは彼が市街の警備兵であり、そこそこ腕の立つ兵士であることだ。
美少女と言ってさしつかえない女性から助けを請われて、邪険な扱いをする男性は少ない。ましてや使命を持つ兵士となれば、その場でちょっとした英雄的ドリームを見ても罪にはならないだろう。世間一般の人は夢を見て生きている方がほとんどで、その夢の多くは実現することなく、各々の脳内でなんらかの完結を見るのである。
その女性が逃げてきたとおぼしき方向には約一名の見慣れぬ風体――アトランティス人的にいうなら『天界人』のようなナリの男性が居た。実に真摯な表情でミジンコの触覚の先っちょほども妥協無くその人物は言った。
「俺は天界人の伊藤登志樹(eb4077)だ。そこのお嬢さんは実に『チアガール』に相応しい。天界ではこれは栄誉な事であり、至宝で至高な才能だ。そもそもチアガールというのは戦いにおける重要なファクターであり、応援無くして勝利無し。この地オルボートが実に風雲急を要する事情であるのは周知の通りで、そこの兵士ももちろん知っていることだ。つまり、そこの実にチアガールの才能を持ったお嬢さん、チアガールになってみねぇか?」
絶望のような沈黙が、周囲に満ちた。
その後なんやかやあって登志樹が市井の牢獄(留置場とも言う)から解放されたのは、その身元が確認される2日後ほどだった。いかにおファンタジーなお国柄でも、相手の理解できない理由で女性を追い回してはいけないのである。
●ネイ・ネイ、その構図
城塞内におけるネイ・ネイのポジションが微妙なのは全員先刻承知なのだが、これほど実体(実態ではない)をつかませない人物も珍しい。いや、実のところ諜報戦に携わる人間はすべからくそうなのだが、ネイ・ネイは知名度が違う。
その行動パターンの一部でも把握できたというのは、現代で言うなら007が女好きであることを、全世界24時間オン・スクリーンして、なお知られないようなレベルの話である。つまり、本来はありえない。
が、今回集まった冒険者のあっけらかんとした雰囲気はどうだ。登志樹は早々に不審者として捕縛され脱落したが、他の者は、その、実にリラックスしている。相手がその気になればステライド王だって殺害可能な人物だというのに、その危険性については無関心と言える者も多い。
理由は簡単だ。誰もが信頼しているのである。少なくとも、ネイ・ネイが敵では無いことを。
「わざわざ藪をつついて蛇を出すようなものだ」
と、ばっさり斬り捨てたのは、『聖女の騎士』を標榜して否定しないリューグ・ランサー(ea0266)だった。
「害がなければ放っておけばいいものを‥‥勝手に動かれてトラブルになっているならまだしも、カオスニアンの格好そのままで歩いているわけでは無いのだろう? そうなっていたら、とっくに大騒ぎになっている」
街に出る上でネイ・ネイが変装しているらしいということは皆想像していたが、そういえばどんな格好で? ということは全員失念していた。もっとも事前報告の文脈からすると、毎回違う格好のようだ。
もっともこれは、別に不思議な話ではない。ネイ・ネイは以前、施療院におけるカタヤマ某の陰謀を探る際に、肌の色まで変えていたのだ。どうも体型や身長まで変わっていたらしい。
逆を言うと、相手はそれだけ『本気』だということである。
「つまり全身全霊をこめて、天身神意をかけて食べ歩きしているってことだよね」
ティス・カマーラ(eb7898)が言った。
てめぇ、先にオチを言うな。
●ベーカリー・ズケラン
さて、追跡の一番手はマグナ・アドミラル(ea4868)とアシュレー・ウォルサム(ea0244)の二人組である。報告のあった時間に予定通り女性の外出者がおり、二人とも噴き出しそうになった。
「貴殿、あれをなんと見る?」
「入れ墨の無い髪型の違うディアネー様ですね。んーにしてもちょっと羨ましいなあ、こうも自由勝手に生きられるのって」
前のシヴイ声がマグナで、後のスマイル0円な返答がアシュレーである。今日の『自然すぎて逆に不審に思われた人物』は、ディアネー・ベノン嬢のご親戚のようだった。服装はごくありふれた平服で、たとえばメイドが夜勤明けに帰宅する途中、と言われても納得ものである。
二人は今回の事実に着目した律儀で――そしておそらくは有能な門衛の表彰を検討していたところ、問題の『ズケラン』という店に来た。
ズケランはパン屋である。ちなみにコンビニやスーパーの無いこの世界では、食材は専門の食材店に買いに行くのが普通だ。八百屋や肉屋、魚屋といった言葉が残っている時代を想像してほしい。
ただその店の風体が違うのは、店の前に『幟(のぼり)』があることだった。台座にコンクル製の置き石があって、竹製らしい支柱に微風にはためく布の旗。
――戦争でもしているのか?
と、ジャパンへの渡航経験のあるマグナなどは思ったが、あいにく文字までは読めない。
文字が読めたら『大安売り』と書かれているのが読めて、「この店は暦を売るのか?」などという微笑ましい勘違いの一幕でもあったかもしれない。ちなみに女性は、すでに中に入っていった。
「結構盛況ですね」
と、アシュレー。と、二人とも妙に空腹感を感じると思ったら、その店から様々な『料理』の香りがしていた。
ちなみに、彼らの常識ではありえない。パンはパンを売る場所だからだ。
さて、砂時計で計った程度の精度で5分後。ネイ・ネイ(推定)が報告通りに店から袋を持って出てきた。二人はあっさり追跡を放棄し、ズケランの中に入った。行き先がわかっているのに、不要のリスクは背負いたくない。
そこは、パン屋だった。ただし現代で言うところの、『調理パン』が多数並んでいた。つまりチーズパンやコロッケパン、ホットドッグやピザのようなものまで。アンパンやジャムパンなどの菓子パンもあった。
「やあ、いらっしゃい」
メガネをかけたちょい悪親父みたいな店主が、営業用の笑顔を向けてきた。
「ここは‥‥何の店だ?」
マグナが問う。
「パン屋です。ただし『天界風』の、ですね。お一つどうです? これ、うちじゃ一番人気なんですよ」
と、店主は二人に、丸い半球形のパンを出してきた。食べるとサクサクした食感で、甘みがさわやかである。
「天界じゃ『メロンパン』って呼んでますけど、『こっち』にメロンは見あたらないんで、似たような果物を材料に使っています。日持ちはしませんが、女の子と子供に人気です」
自慢げに店主が言った。確かにこの味覚は、お目にかかったことが無い。
店主の話によると、『現代』から来落してきた者が、結構な数の店をこのオルボートで開いているという。そして食料関係に関しては、かなりの成功を収めているらしい。
「まあ、私のオリジナルってわけじゃないんですが」
そう言って店主が指した、この店で一番巨大な看板には、アプト語で『サービス期間中パン全品半額』と書かれているそうだ。どっかのパン専門店みたいに。
この時点で、マグナはネイ・ネイの追跡を放棄した。とっととディアネー向けの報告書をまとめたほうが良さそうだと思ったからである。
その末尾は、『ネイ・ネイも年頃の少女であった』と結ばれることになった。
●酒場・ウルス
アシュレーは続けざまに酒場『ウルス』へと向かい、その場でネイ・ネイを待ち伏せしていたグレナム・ファルゲン(eb4322)と合流した。
グレナムにしてみれば「何をしにきた」っってな感じで、人畜無害フェイスをにらみ返す局面だが、アシュレーは動じなかった。
「まあ、大筋で予想通りか」
アシュレーの報告に、グレナムはそう応じた。
「ならば、ここの店主が『チキュウ人』であることも偶然では無いな。ここには『日替わりランチメニュー』なるものがあって、毎日違う料理が安価で出てくるそうだ。酒場のまかない程度の料理だが、料理屋のまかないが見た目はともかく味だけは格別なのは皆知っている話だ」
グレナムにしては、ずいぶんと文字数のある発言である。語弊があるので補足しておくが、料理屋のまかないは、美味いのもそうだが大量に作れて短時間で食い終わることが出来るのも特徴である。中華料理の料理人の昼ご飯が、10人ぐらいの人数で大皿を囲んで食う様子を想像されたい。
それを小分けして時間限定の格安メニューとして組み込み販売したのは、アメリカ系中国人が始まりらしい。ファーストフードの安さと手軽さを取り入れ(このあたりはアメリカの文化を柔軟に取り入れたようである)、アレンジを加えて現在に至る――という流れのようだ。時間限定メニューは日本にもやってきて大定着し、アメリカの方はさらにファーストフード化が進行した。
そんなわけで、グレナムは席を立った。
「ならば、予定通りの行動をすべきだ」
「何をするんですか?」というアシュレーの問いに、グレナムは「オルボートの名店リストを作る」と、100万の軍勢に300人で立ち向かう司令官のような表情で言った。
ある意味、そういう戦いかもしれない。
後日、彼によって編纂された『オルボート城塞食の名店リスト』という、まんまなタイトルの書簡が、ネイ・ネイの元に届けられたという。
●カンミドー
「というか、もう情報はそろっちゃったわけですね」
と、ちょっと色あせた感じのホイップクリームをぱくつきながら、イリア・アドミナル(ea2564)は言った。ちなみに最近体重がちょっと増えてきたため自重しようとしているのだが、なかなかやめられないのが甘いものである。まあ微妙な年頃の女性にとっては、自重の増加1キログラムは中年男性の20キログラム以上に相当する。
「しかし、よくこれだけの砂糖が使えるものだ」
目前の白玉団子と格闘しながら、リューグ・ランサーが言った。適当なブレザーを着せたらモデル誌の表紙を飾れそうなルックスなので、周囲に女性が居るとこの『カンミドー』でも違和感が無くなる。ちなみに隣の席を占めているのはルメリア・アドミナル(ea8594)である。彼女とリューグは今回の依頼の発端となった頭の固い文官と交渉戦を一戦やらかした後であり、なだめすかして完勝を勝ち得ていた。城塞内の反ネイ・ネイ勢力は、一掃とは言わないが封殺されたと言って過言ではない。
「この『ぷりんあらもーど』はおいしいねぇ」
空気を読まずにティス・カマーラが言う。《リトルフライ》でネイ・ネイの尾行をしようとしたが、あっさり撒かれてここ、カンミドーで待ち伏せする作戦に切り替えたのだ。どちらかというと相手に警報を発したのと変わらない。
まあ、それが彼のパーソナリティではあるが。
「希代の暗殺者が食べ物に誘惑されるとは、まさに青天の霹靂というか‥‥」
こっちはパフェをつつきながら、ルメリアだった。ちなみにアイスクリームに相当するものがある。砂糖と牛乳を混ぜながら凍らせた原始的なアイスクリームで、このカンミドーの目玉商品の一つだ。氷は魔法使いから提供してもらっているのでたいへん高価になるが、実はアイスクリーム自体が材料以外に氷と塩と体力があればなんとかなるので、テクノロジーレベルとしては大変ローテクである。
この和洋折衷ぶりを見て分かる人は分かるだろうが、このカンミドーの店主はチキュウのニホン出身らしい。品書きからしてニホンジンだが、つまり『砂糖をふんだんに使える文化圏』から来たのだ。
ま、店主から聞き込みをしたところ、チョコレートの材料として重要なカカオや、粒あんこしあんの材料となる小豆など、なかなか入手不可能なものも多く結構苦労しているらしい。それにここには精白糖も無い。クリームの色が純白にならないのはそのせいである。
そこに、軽快な音をたててドアのカウベルが揺れ、想定通りの人物が入店し冒険者たちを見て「ピキッ」とか音が立ちそうな極めて遺憾である、みたいな表情をした。
が、カンミドーのデザート類の魅力はその怒りをも凌駕するらしく、変装したネイ・ネイは身長の半分はあるんじゃないかという歩幅で冒険者たちの席まで近づき、その隣の席に腰を据えた。
「どういうつもりだ」
十数分後、ネイ・ネイが自分で頼んだフルーツパフェをつつきながら言った。
「ねえねえねえここはいつからきてるの? 好きなメニューは何? おすすめのメニューって何かな?」
ごすっ。
リューグの裏拳が、ティスの後頭部を強打した。げんこつではない。裏拳である。ティスはそのまま寝入ったようだ。つーか空気読め。
「依頼が入った。貴様が何か企んでいるらしいから調査してくれ。主にそう言う主旨のな」
リューグが言う。
「別に、ネイ・ネイさんにやましい部分があるとは思っていませんわ。仕事よりも興味がありましたし、文句を言ってきた先に文官は黙らせましたから」
ルメリアが後を受けた。
「まあ、アトランティス一番の暗殺者が待ち伏せされるというのは、僕にとっては十分すごいことです。でも、依頼の参加者の半分は、もう引き上げてしまいました。何も無いと思って」
イリアが言った。ネイ・ネイはため息をついたようだった。
十数分、沈黙があった。別に何かの駆け引きをしているわけではない。ただ、冒険者たちはネイ・ネイが話す番だと思ったのだ。そして、それもネイ・ネイは否定していないようだった。
「時間というのは、大変残酷だ」
唐突に、ネイ・ネイが言った。誰も口を挟まなかった。ティスでさえだ。
「何かの間違いだったのだろう。『その子供』がメイディアの敷地内に居たのは。その子はカオスニアンで、多くの大人と子供から追われていた。そして肌の白い子供が、そのカオスニアンを見つけ仲間達で追い回した。疲れ切って、石を打たれて怪我をしていた『その子供』は、逃げ切れなかった。やっとの思いでどこかの家の敷地に入り込んだ時、そこにはやはり白い肌の女の子が居た。『その子』はもうだめだと思った。人を呼ばれ、捕まって八つ裂きにされる――」
そこで、ネイ・ネイは言葉を句切った。
「しかし、その白い子供は違った。カオスニアンの子供を匿い、パンとスープを与えてくれた。そして次の日の夜中、そっと屋敷を抜け出させてくれた」
誰も、口を挟まない。周囲の喧噪だけがBGMになっている。
「カオスニアンの子供は、成長し訓練され人殺しになっていた。そして、パンとスープをくれた子供のことも忘れていた。半年前まで」
かちん、と、器に銀のスプーンが当たった。
「今思えば、ニンゲンの中に『その子供』を放り込んだのは、ニンゲンに対する憎悪と恐怖を焼き付かせるための手段だったのだろう。たぶん沢山の子供がそうやってニンゲンの中に放り込まれ、ほとんどは文字通り八つ裂きにされた。そして生き残った子供を『教練(そだて)る』。ただ『その子供』が生き残ったのは、その能力からではない。カオスニアンの言葉の中に、正確なその語彙は見あたらない。『ムショウノゼンイ』とお前たちの誰かが言っていたな。天界のクレリックとかいう奴だ」
一つの解答が、ここにあった。そして、誰もそれを疑っていない。
「カオスニアンは淫猥でデタラメだと白い肌の者たちは言うが、貸しを受けて返さないほど『腐ってはいない』。それは『虎』だって同じだ。奴は必ず奴を誅した天界人を殺すだろうし、『その子供』はその白い肌の女の子を裏切ることはない」
そこで、ネイ・ネイは席を立った。
「もう、ここには来ない。もしかしたら、お前たちとも会うことも無いだろう」
強烈な拒絶の気配が、冒険者たちを黙らせた。
「私は私の戦場に戻る。少しだけ、楽しかったよ」
●ちょっと後の話
ネイ・ネイの姿を見かけなくなったオルボート城塞は、至って平穏だった。ただ風景の中にあった黒い小柄な姿を見た者は、ここしばらくいない。
ただ、ディアネーは『彼女』の居た場所を片付けさせることは無かったし、誰も触ろうとはしなかった。
その場所は、確かに存在する。それは畳半畳にも満たないが、確かの彼女の『居場所』である。
【おわり】