ラケダイモン防衛――前哨戦

■ショートシナリオ


担当:三ノ字俊介

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 97 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:09月27日〜10月04日

リプレイ公開日:2007年10月05日

●オープニング

●南方の要を死守せよ
 西方ベルトのラケダイモンは、何度でも言うがメイの国の国運を左右する場所である。この場所が敵性勢力に陥落した時期は、必ずメイの国は様々な勢力から侵攻を受けて非常のタイトな状況になっている。
 そして先のカオス勢力の侵攻でも危機にさらされ、冒険者勢力の活躍によってその防衛体制の構築が間に合い、虎口を逃れた。
 が、具体的な危機が去ったわけではない。いまだにメイの国の西方には敵兵力が散存し、『メイの国が攻められない状況』を維持しながら『何か』を進めている。

 「敵兵力が集結している」という情報が得られたのは、ごく最近の話である。実のところ噂話より早く、逆に情報の確度は高い。それはリザベ領の偵察部隊が確認したことだからだ。
「ラケダイモンの北方に敵兵力が集結しているって話がメイディアに来たのは、ほんの数時間前。リザベ領主はとっくに行動を開始して、ラケダイモンに第1級防衛準備態勢――天界流に言うならデフコン1を発令しているわ」
 と言ったのは、冒険者ギルドスタッフの烏丸京子である。
「防衛兵力は約800まで増強済み。うちゴーレム兵力はモナルコス級が8。で、見込みの敵兵力は約2000。籠城戦なら最低1回は間違いなく防衛可能だけど、それは敵が真っ正面から攻めてきたとき。そして忘れちゃならないのは、ゴーレムは攻性兵力だから、籠城戦には向いていないこと」
 まるで作戦参謀のような口ぶりで京子は言うが、実のところ多くは図書館などで編纂されている情報である。が、散在する情報を『大人の言葉で的確に翻訳する能力』は別だ。
「もちろん敵は、軍という性質上攻めなきゃならない。だけど、今回の『敵』はそれに『例外』をつくったわ」
 メイの国の人々――あるいはアトランティス人には、まったく想定外な選択肢が、次の言葉で出てきた。
「『敵の指揮官』は、『交戦規定』の制定と締結を希望ししているそうよ。ラケダイモンに使者がやってきて、そう言ったって話。これが『重要人物が交渉に来い』っていうならまず100パー罠だけど、敵の指揮官はラケダイモン城塞までやってくるそうよ。護衛は2名しかつけないって言って」
 ――バカか?
 戦争をしたことのある人間なら、その条件設定が異常を通り越して常軌を逸していることを疑うものはいるまい。そんな条件を出せるのは、自分の命の安全保障に対して、絶対の確信があるからだ。この1040年のメイの国おいてもしその安全保障を維持するなら、護衛に『鮮血の虎』ガス・クドと『人間核弾頭』ジルマ・アンテップ(=ゼット氏)あたりを付けるしかあるまい。あるいはテレポートでも使えるかのどちらかだ。
「で、結局いろいろな事情を鑑みて、敵との交渉をすることにしたわけ。で、ここからが向こうから出してきた条件」
 ――一同が沈黙する。
「敵の指揮官は、『冒険者』との交渉を条件にしきたわ」
 これまた常軌を逸した展開である。冒険者というのは百戦錬磨の達人揃いで、傭兵並みに『差し合いのキツイ相手』だ。戦術的でも戦略的でもなんでもいい。勝利するための交渉相手に選ぶなら、最悪の相手だ。まだしもステライド王のほうが楽そうである。
「とにかく、敵は攻めなければならないはず。交渉機会を持つのはその前哨戦で、敵の目的はちょっと不明。ただ機会は最大限に利用させてもらうってことで、今のうちに新造戦艦のコンゴー級を1隻、5型輸送艦を1隻、ゴーレムごと配備するわ。で、敵の指揮官の名前だけど――」
 周囲が、静まりかえる。
「――天下太平左右衛門長上兼嗣。どこかで聞いたことのある名前よ」
 げっ。
 話を聞いていた冒険者が、全員うめいた。

●今回の参加者

 ea0447 クウェル・グッドウェザー(30歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea0602 ローラン・グリム(31歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea1504 ゼディス・クイント・ハウル(32歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea4868 マグナ・アドミラル(69歳・♂・ファイター・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea8594 ルメリア・アドミナル(38歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb4395 エルシード・カペアドール(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb7689 リュドミラ・エルフェンバイン(35歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb7879 ツヴァイ・イクス(29歳・♀・ファイター・人間・メイの国)
 ec1370 フィーノ・ホークアイ(31歳・♀・ウィザード・エルフ・メイの国)

●サポート参加者

ミスト・エル・ライトス(ea0947)/ ルルイエ・イサ・クロウリス(ea5869

●リプレイ本文

ラケダイモン防衛――前哨戦

●交渉という行為
 戦争における『交渉』という行為のポジションは、戦争の終了を模索する行為と言って差し支えない。
 例えばオーガ種と交渉が成り立つかと言うと、相手が汎ヒューマノイドを『食料』と見なしている時点でまず不可能である。極々例外的に人間と交渉を持ちたがるオーガも居るらしいが、それは例外中の例外だ。互いの生存をかけて戦った場合、その戦いはもちろん殲滅戦になる。相手を絶滅させるまでの戦い――結局のところ生存競争というカテゴリに分類されるようになり、最終的にはゼロサムになる。
 だが『交渉』というものが成立すると、それはつまり『妥協点』の模索が可能になるのだ。0か1かではなく、その『中間』が発生しえるのである。
 カオスニアン勢力がこの行為を容れたという事実は、実は1が2になるというより0が1になるほどハードルに落差がある。カオスニアンはそもそも自らを律するという行為が大嫌いであり、基本的には「おもしろければなんでもいい」というメンタリティの持ち主だ。
 『軍』という組織が彼らに浸透したのは、彼らが楽しく戦争をするシステムとして優秀だったからで、やはり兵站部分においては脆弱と言うよりそもそもあまり考えていない。恐獣は大食らいで、そもそも馬草のように簡単に用意できるものではないし、彼らも『居留地で補給する』程度の備えをしかしておらず、ほとんどは現地徴発で済ませている。それはメイの国が肥沃な土地であり、そして兵力規模が面積比で現代よりも極端に少ないから可能なことだ。
 ゆえに、とあえて接続詞を繋げるが、ゆえにこそ、カオス勢力――とりわけカオスニアン勢力の駆逐というのが難しいのである。カオスニアンが薄い兵站でも維持できるということは、軍の致命的弱点が一つ存在しないのと同義だ。
「いままでのカオスニアンの『軍』とは、明らかに違うな‥‥」
 メイの国出身で、カオスニアンについて肌で知っている女戦士ツヴァイ・イクス(eb7879)は、整然と隊伍を組む敵兵力を見てそうつぶやいた。今回の交渉において、城塞防備隊(即応隊)の隊長を申し出て、受理された人物である。現在は西方における威名を馳せた『赤い剣の女戦士』の名を復活させるために動き回っている。
「そのテンカタイヘイという人間は、どのような人物なのですか?」
 まだメイの国では日が浅い鎧騎士、リュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)が、ツヴァイに問いかけた。フロートシップの射撃要員として詰めていると同時に、彼女にはモナルコス級ストーンゴーレムが1騎任されていた。ゴーレムは、歩き回るだけで戦場を撹乱させることが出来る。もっとも格闘戦の腕前は新米冒険者程度なので、敵のゴーレムをやり合うと厳しいものがある。
「目的のために手段を選ばず、確実に任務を遂行し、そして目的を必ず達成する人、かな」
 リュドミラの問いに答えを返したのは、エルシード・カペアドール(eb4395)だった。彼女には新造フロートシップに搭載されていたヴァルキュリアIIがあてがわれている。もっとも彼女がそれを使用するようなことがあれば、それはすぐさま全力戦闘に突入することを意味する。
「例のバリスタが見あたりませんね」
 イリア・アドミナル(ea2564)が敵兵力を見て言った。
「絶対使ってくると思ったんですが‥‥敵の超兵器と呼べそうなのは、待機状態のバグナ級が20ぐらい。それでも十分な数ですけど‥‥」
 イリアが、表情に疑問符を浮かべる。
「あの男は、同じ手を二度も使う人間じゃ無いわね」
 と、これまたエルシード。
「あの男の戦略思想は、目的と手段を合致させて効率よく物事を動かすこと。戦術は手段選択方法の一つであって――」
「普通は誰も行わないような奇策を、平気で行うとろこにある」
 締めたのはツヴァイだった。
「そして指揮官として恐ろしいのは、我等の軍師殿もしっかり指摘していたことだが、自身が不在でも作戦行動自体は成功していまうように『状況』を作ってしまうことだ。奴にとっては、この砦で八つ裂きにされることも想定済みだろう」
 『我等の軍師殿』とは、ゼディス・クイント・ハウル(ea1504)である。
「来ましたね‥‥」
 イリアがつぶやいた。軍勢から離れてくる3騎の騎影が進み出てきていた。

●交渉の席
 さて、交渉に使用される場所は、椅子だけなら20以上もある貴賓室だった。テーブルは長大なもので、室内の調度もかなりのもの。きっちり体裁を整えての交渉の場である。
 さて、冒険者側の交渉要員構成は、次の通りだ。

・交渉担当
 ローラン・グリム(ea0602)
 ゼディス・クイント・ハウル(ea1504)
 ルメリア・アドミナル(ea8594)
 フィーノ・ホークアイ(ec1370)

・交渉護衛担当
 クウェル・グッドウェザー(ea0447)
 マグナ・アドミラル(ea4868)

 先に言っておくが、護衛担当の二人にはほとんど発言の機会は無い。従って記録にも子細な行動は残らない。何も起こらなければ。
 護衛というのは、『警備員』である間はヒマなものなのである。もっともクウェルにしろマグナにしろ、前準備では事前準備に兵力手配と八面六臂の動きをしていたことは付け加えておく。
 そして交渉相手が20名以上の城塞兵士に前後を挟まれて貴賓室にまで来たとき、この場に居た6人の冒険者は心の中でうめいた。巨漢二人と並大抵のモンゴロイドが1名。そしてその3人が9割9分『本物』であることを知覚したのである。
「天下太平左右衛門長上兼嗣です」
 と、日ノ本一之助は言った。
「こちらの仮面のウィザードがゼット氏。当方からの立会人です。そしてこちらのカオスニアンが、ガス・クド氏。カオスニアン兵力の総大将――ということになりますか」
 ゼディスが、心の中で舌打ちした。最初から立場を明白にされれば、その点においてはそれ以上の詮索は不可能である。もっとも、顔の皮膚には引きつり一つ見せなかった。
 ガス・クドは、にやついた笑いをその表情からはがすことは無かった。


「では、交渉を開始しよう。まずそちらの提案を聞こうか」
 ゼディスが、口を開いた。
「我々カオスニアン勢力は、貴国との戦闘において交戦上の取り決めをしたいと考えています」
 あらかじめ用意していたと思われる言葉を、天下太平左右衛門は言った。
「まず、大量破壊魔法兵器およびそれに類するものの使用禁止を提案したい。これには魔法動力兵器は含まれません」
 と、天下太平左右衛門が言うと、ゼットが懐から(彼の)握り拳ぐらいの球形物体を取り出し、テーブルにどかっと置いた。割れるんじゃないかという勢いだったが、ヒビ一つ入らなかった。
 もっとも、ヒビ一つでも大変なことになっていただろう。
「メイの国で、『精霊殻』と呼ばれているものです。コングルスト城塞を消滅させたものとは別物で、もっと小型のものです。これはバの国で発掘されたものです」
 何名か息を飲んだ。サイズの違いはあっても、本物にしか思えなかったからだ。封じ込めている魔力が、サイズに絶対に合わない。
 ――いきなりなんて物を出して来おるか!?
 と、驚愕を隠せないのは、フィーノだった。
「‥‥それが本物だとして、なぜ使わない? それがあれば、この城塞など消滅させられるだろう」
「つまんねぇからだよ」
 ゼディスの問いに答えたのは、意外にもガス・クドだった。
「コングルスト城塞の戦は、つまんねぇの一言だった。なーんにもやることがねぇし、俺が出張る理由も状況も無ぇ。こんなもんがボコボコ発掘されたり作られた日には、俺たちゃ何にもすることが無ぇよ」
 偽らざる本音、というやつだろうか。敵を殲滅するには効率的かもしれないが、殲滅した後が焼け野原なら、そこは経済的な価値を大きく失う。戦争というのは、基本的に略奪行為なのである。奪うものが人や財産なのか宗教や権利なのか、というような違いはあるが、つまることろ相手から利益を奪い取る手段。それが戦争だ。カオスニアン流に言うなら、『楽しむべきものが無い』となるだろう。
「バの国での発掘は、このゼット氏が行いました。これはその過程で発掘され、確保されたものです。ちなみにバの国には、もうコレは無いでしょうね。そうそうあっても困りますが」
 古い話だが、ゼットがバの国に『地形を変えに』渡ったという噂が流れたことがある。どうも、その関連の話らしい。
 ゼディスはこの時「日ノ本に対して極めて腹立たしい思いを抱いた」と、後に彼の自叙伝で記したとある。理由は、日ノ本が自らに極めて近しい存在でありながら、その方向性がまったく逆だから、ということらしい。近親憎悪の最強パターンだ。
「仮に、交戦規定を結んだとしよう」
 と、これはローラン。
「しかし交戦規定を締結したところで、その規定に如何なる強制力があるのだ。カオスは勿論、カオスと手を組むようなバが今さら名誉を重視するとも思えぬ。約を違える不名誉を不名誉とも思わぬ輩と約定を締結し、それが守られる保障をメイは何処に求めればいいのか?」
 当然のことを、ローランが詰め寄った。
「まず前提条件ですが、バの国は本戦争には公式には無関係です。現在のメイの国の敵は、カオスニアン勢力と限定しておいたほうが現実的ですね。『公式に』と区切ったのは、バの国が裏で暗躍しているのは皆さんとっくにご承知の通りで、我が方にゴーレムが存在することを見ても明らかです。が、非公式をつまびらかにすると、メイの国のほうが困ると思いますが」
 ぐっと、ローランが詰まった。騎士道は国王にも適用される話である。つまり、敵が攻めてきて自国を守らない王様に名誉は存在しない。公式にバの国が攻めてきている、と公知なりなんなりすることになったら、ステライド王は国軍を挙げてそれに対抗しなければならないのだ。つまり、カオスの地と南方大陸との二正面作戦をしなければならないのである。ローランにしては失言である。
「では、カオスニアンは何をどう約束を守るというのだ」
 それでも勘所は押さえようと、ローランは言葉の矛を突きつけた。
「この精霊殻を差し上げます」
 やたらとあっさり、天下太平左右衛門は言ってのけた。
「チキュウにはカクヘイキなる大量破壊兵器があって、大国はそれを突きつけ合って使用できない状況になっているというではないですか。ならば、お互いに持ってしまえばいい。カオスニアンは『おもしろくない』という理由で使用しませんし、そちらは『騎士道』があるからこちらが約束を違えない限り使用できません。使ったら互いに破滅で、誰も得をしない。この『現象』は十分検討に値すると思いますが」
 予定外の想定外を持ち出してきて、天下太平左右衛門は言葉を続けた。そしてメイ人であるほどカオスニアンの『おもしろくない』という理由に納得を深めた。
 『理解』ではない、『納得』である。何せ著名なカオスニアンのうちの二人が、その行動原理を『好き嫌い』で行っていることを知っているからだ。ガス・クドは戦争と闘争が大好きで、人間破壊が大好物。ネイ・ネイはガス・クドのやり方がおもしろくないと離反した。そして多くのカオスニアンのメンタリティの根底にあるのも、楽しいかそうではないかという明快な行動原理に基づいている。
 ――こいつ、『そのため』にコングルストを消滅させたのか!!
 ゼディスは理解した。カオス勢力が新兵器に飛びつかないはずが無いはずだが、日ノ本はカオスニアンに『その面白くなさを理解させるために使用した』のだ。おそらくそれが主目的で、西方防衛帯に穴を開けるのは、実はついでだったのかもしれない。
 そして日ノ本はなんらかの予定通り、中原のカオス勢力を掌握してここに来ている。ただ2000という数は、全軍では無いだろう。
 しかし相手の思惑はどうあれ、この条件は呑むしかない。『魔法動力兵器』はゴーレムのことだろうが、『大量破壊魔法兵器およびそれに類するもの』というのは精霊殻に限らないだろう。ビザンチン出身の彼はよく知っているが、近隣のフランク王国には超魔法兵器の暴走で国一つ分ほど地殻がえぐれ、巨大な湖になっている場所がある。精霊殻はその動力源か制御装置らしいから、バの国にもそれがあったということだ。もっともゼットが『回収』してきたというから、その施設はまず使い物になるまい。精霊殻を戻しても。
 マグナあたりはちらりと精霊殻を奪取することが脳裏をかすめたが、その殺気を読み取ったのかゼットに強い視線で制された。この時、マグナはゼットの本性を見たような気がした。
 彼は破天荒で馬鹿な行動ばかりしているが、本当に馬鹿なのではないのだと。目の底に光るモノは、鉄より硬い鋼で出来ていそうだ。
「この場合イエスかノーで返答を迫らなければならないのですが、最初の交戦規定に応じていただけますか?」
 交渉役は相互に顔を見合わせ、諾とうなずいた。他に選択肢は無い。
 その後、交戦規定の交渉について次のことが締結された。

・捕虜交換について
 使者を送って相互に捕虜交換の場を設けるとする。
・勝敗規定
 勝敗は敵司令官の降伏ないし死亡を以て決するとする。

 冒険者(特にディアネー・ベノン子爵関係者)からは非戦闘員への戦闘行為の禁止、略奪行為の禁止、捕虜への薬物使用などが条件に出されたが、すべて合意には至らなかった。前者二つは、カオスニアンの侵略戦争にとって不可欠なものである。何せ『侵略戦争』なのだ。前者二つは『侵略するな』と言っているのと同じだ。また薬物使用は自白を促すためにも使用され、それを使用しない場合死ぬまで口を割らない者が出てきて『不要な死者』を出すケースが多いと指摘された。軍事行動として、あるいは軍人・騎士として黙秘が正しいのは分かるが、そのときに捕虜を殺してしまうほど責めるのは捕虜交換の機会を失うことになる。そしてカオスニアンはどちらかというと、手加減してくれない。
 また麻薬に対して過剰に反応しているのは、ディアネー・ベノン嬢への直接関係者が多かったからだ。
「では、以上で交戦規定の締結を完了します。文章にしたためて、書類を交換した時から発効としましょう」
 天下太平左右衛門が、さわやかに笑って言った。
「‥‥‥‥一つだけ」
 ルメリアが、そこでやっと口を開いた。
「『あなた』の目的はなんですか?」
「可及的速やかな世界平和の達成です」
 こいつ即答しやがった、みたいなタイミングで、天下太平左右衛門は答えた。そして、さらにこう付け加えた。
「一人殺せば人殺し、十人殺せば殺人鬼。しかし百人殺せば英雄です。ですから私は、千人殺して大英雄になろうと思います」
 絶句。誰も二の句が継げなかった。
「では、ごきげんよう」

●交渉終了後
「あれ、ゼットさん、お帰りにならないのですか?」
 部屋に居残ったゼットに向かって、クウェルが言った。
「俺の仕事は終わったよ」
 そして手にしていた精霊殻を、無造作にクウェルに放り投げた。あわててクウェルがそれをつかみ取る。
「本物じゃ。山一個切り崩して、二個手に入れたうちの一つじゃ。そして俺の仕事は、天下太平左右衛門どのの交渉中の安全保障の確保と、精霊殻の安全な輸送じゃ。まったく、頭のいい奴にはつきあい切れん」
 そんな馬鹿な、と思った者が何人か。ゼットを戦力から放棄するということは、最低100人ぐらいの兵力を放棄するのに等しいからだ。
「知っていることを教えてもらおう」
 ゼディスが、ゼットに向かって問いかけた。
「うーむ」
 と、ゼットは考える顔になり、「あ奴が世界平和を目指しているのは本当じゃろう」と答えた。
「ただ、普通の方法ではなさそうじゃな。しかも今年中に決着を付ける勢いだ。何を急いでいるのかは知らんが、あ奴は現状に不満があるらしい。ガス・クドを取り込んだのもその辺が理由のようじゃ。ちなみに奴がガス・クドに提示した条件は、『戦に勝ったらあなたと正々堂々勝負します』とか言っていたはずじゃ」
 そんなコントロール方法アリなのか? という話である。戦争に勝ったら、大陸最強のカオスニアンと殺し合うのだ。普通は死ぬ。
「それともう一つ」
 と、ゼット氏。
「『汎ヒューマノイド国家に完勝はありえない』と言っていた」
「なんだそれは!」
 と、激昂したのはフィーノだった。それをゼットが、手で制する。
「仮にカオスの穴を封じたとする。しかしカオスの地は残り、カオスニアンも残る。カオスの地はメイの直轄地となるだろうが、カオスニアンを皆殺しには出来ない。そんなことをすれば残ったカオスニアンが死にものぐるいで抵抗するだろうから、被害がひどくなるのでどこの貴族も騎士もやりたがらない。どんな大国も、民族を滅亡させることは不可能じゃ」
 ゼットはそこで、水差しから直接水をあおった。
「では、逆に負けた場合じゃ。メイディアがカオス勢力に制圧されても、カオスニアンは人間を絶滅させることは無い。ガス・クドを見ても分かるとおり、闘争を好んでも損得勘定が出来るのがカオスニアンだ。人間よりはるかに打算的じゃな。つまり人種や文化のまだら模様が変異するだけで、実は大きく変わらん。現実としてこのアトランティスにカオスニアンは根を張っており、雑草を根絶やしにするのと同じでそれを絶滅させるのは無理難題じゃ。これはカオスニアンにとっても同じじゃな。そしてカオスニアンの存在が、速やかなアトランティスの滅亡に直結しているわけではないということじゃ。『カオスの穴という『現象』が問題なのであって、カオスニアンもカオスの魔物もさして大きな問題ではない』と、あ奴は言っておった」
 感情論として、アトランティス人に理解を促すまでには至らない。しかし、わりとまともな話である。どんな強力な魔物も、世界を滅亡させる力を持っているわけではないからだ。それはこの世界最強の生物である、ドラゴンでも同様である。そんなことが出来るのは神様だけであって、神様が乗り出すときは創造のための破壊だろう。
「支配するかされるかの違いはあっても、カオスニアンと空気や水を分かち合わざるをえないのは、すでに不可避じゃ。我らが勝ち取るべきは『安全』と『主権』であって、『現象』に翻弄されることではない。双方が全勢力を互いの主都に向けあい同時に制圧したら、そこで試合終了じゃ。世界は白い肌と黒い肌で混じり合い、空から見たらきれいな灰色になる」
「それは、ゼットさんの言葉ですか?」
「違う」
 ルメリアの言葉に、ゼットは即答した。
「さて、俺は一端メイディアへ帰るよ。しばらくメイのワインも飲んでいなかったからのう。バの国は南国だけあって果物酒が豊富だったが、甘ったるくていかんな」
 そう言って、ゼットは部屋を去った。
「そんな‥‥納得いくかああああああっ!!」
 ばきっと、かなり具体的に痛そうな音を立ててフィーノが椅子を蹴った。
 霊智全能というわけではないが、フィーノも魔法使いである。ロジックは理解できる。しかし、感情が伴うかと問われれば彼女の発言通りである。
「あの馬鹿者は――」
 フィーノは、無理矢理ひねり出すように言った。
「勝っても負けても、カオスニアンをこのアトランティスの一員に組み込む状況を作りおった――」
 バン!!
 フィーノが、テーブルを殴りつけた。その拍子で、先刻ゼットが飲んでいた水差しが倒れた。
 つまり、それが日ノ本の目指すゴールである。
「勝利すれば大陸最強のカオスニアンと一騎討ち。交戦規定のルールでは、戦敗は高確率で自分の死。どちらにせよ自分の死はほとんど不可避――あの人は、自分の命などまったく重んじていないのでしょうか‥‥」
 ルメリアが、つぶやいた。クウェルが、そこでぎょっとなった。そこまでは読めていなかったらしい。
「フン」
 ゼディスが、鼻を鳴らした。
「なら、その目論見を打ち破ってやる。とりあえず生き延びさせて、感謝の言葉を吐かせるとしよう」
 ここからは、双方命がけの、本気の差し合いである。

【おわり】