●リプレイ本文
●江戸湾環境問題を考える
江戸湾は、風光明媚な美しい景色を持っている。現代の、コンクリートと鉄骨で出来た実用本位の港とは違い、風情もあり自然もある。
それでも、赤潮やくらげの大発生といった、漁師たちの悩みの種というのは、ちょくちょく起きる。自然現象と割り切ってしまえばあきらめもつくが、これが人間に原因があったりするとやりきれない。
そしてその実、人間に原因があったりするから、話はややこしくなる。
人間たちは未開の地に、確実に版図を広げている。それは種々様々な生命に対しての侵略行為であり、絶対的な戦いでもある。そこに融和や協調といったものは少なく、累々たる屍(かばね)の上に築き上げられた『文明』という免罪符(ゆがみ)があるだけだ――そう思うのは筆者の偏見だろうか
今回の事件も、その片鱗でしかないのかもしれない。江戸湾は摂政源徳家康によって急ピッチで開発されており、それを背景にしたトラブルも多々あると聞く。
今回、このイソギンチャク退治に駆り出されたのは、次の冒険者たち。
神聖ローマ帝国出身。人間の女戦士、フレーヤ・ザドペック(ea1160)。
ビザンチン帝国出身。人間のウィザード、バズ・バジェット(ea1244)。
ジャパン出身。ジャイアントの侍、三笠明信(ea1628)。
ジャパン出身。ジャイアントの志士、山王牙(ea1774)。
ビザンチン帝国出身。パラのウィザード、エステラ・ナルセス(ea2387)。
ジャパン出身。人間の志士、凪里麟太朗(ea2406)。
ジャパン出身。パラの忍者、甲斐さくや(ea2482)。
ジャパン出身。人間の浪人、氷川玲(ea2988)。
イギリス王国出身。エルフの女クレリック、ララ・ルー(ea3118)。
ジャパン出身。ジャイアントの女志士、鷹波穂狼(ea4141)。
以上、10名。アンチドートの使えるクレリックが加わっていることは幸いである。宗派は違うが、僧侶の援護・回復魔法があるのと無いのとでは、かなり状況が変わる。
一同は問題のあった村落へと赴くと、村人に状況と事情を聞いた。案内は、村長(むらおさ)と思しき老漁師がしてくれた。
さて、イソギンチャク退治である。
●磯にて
「うわっ!」
ずぼっ。
フレーヤ・ザドペックが、いきなり足を踏み外して――と思ったら、何か大輪の華のようなものの中に片足を突っ込んでいる。直後、フレーヤの身体が硬直し、棒のようにばたりと倒れた。
「「「「!!!」」」」
一同が、フレーヤに駆け寄る。フレーヤの身体は死んだ直後の死体のようにこわばり、指の開け閉めも出来ない状態になっていた。
「ここまで出てきとるんか‥‥」
村長が言う。それは、小さい(と言っても直径30センチぐらいもあるが)イソギンチャクだった。岩場に保護色で隠れていたのを、フレーヤが踏み抜いてしまったのだ。
一同がフレーヤを引っ張り出すと、ララ・ルーがフレーヤにアンチドートをかけた。きしんで動かなかった身体が、元通りに動く。
「助かった。油断した、すまない」
フレーヤが言う。
フレーヤがイソギンチャクを踏み抜いたのは、問題の洞窟からまだ30メートルも離れていた。ここは干潮のとき磯になる場所で、カニや貝が取れる場所である。子供たちが小遣い稼ぎに海産物を取ったりしている場所で、比較的安全な場所のはず――であった。
今のような事にならなければ。
この時代、イソギンチャクの生態はよくわかっていないが、なんとなく増えるものであることは経験的に知られている。しかしこうまで大きなイソギンチャクが急速にその版図を広げているのは、ちょっと驚異的な事態であった。
原因は、いろいろ考えられる。気候、天候、水脈、潮の変化。赤潮の発生や深層水の噴出。
あるいは、人為的な何か。
何にせよ、その原因を取り除き、発生したイソギンチャクを退治しなければならない。
●洞窟
「うわ‥‥‥‥‥‥」
一同が絶句する。
洞窟の中は、大小様々な極彩色の『岩』がはびこる、巨大なイソギンチャク畑であった。子供が見たら絶対夢に見るだろう。ちなみに『岩』と表現したのは、イソギンチャクがまだ触手を広げずに口をすぼませていたからである。凪里麟太朗が事前に調べた情報では、イソギンチャクは刺激を受けるとその触手を伸ばし、攻撃してくるらしい。
「よろしくお願いします」
村長が言う。中に入る気は無いようだ。
「バズ、<クリスタルソード>を頼む」
「あ、俺にも頼む」
フレーヤと氷川玲が言う。バズ・バジェットは、合計で3本の<クリスタルソード>を出現させると、それをフレーヤと玲、そして山王牙に手渡した。
「ここは私に切り拓かせて下さい」
牙は言うなり、剣を振りかぶった。
「むん!」
どっふぉっっ!!!
牙の前方がいきなり吹っ飛ぶ。そして生臭い臭いが周囲に立ち込めた。牙の剣技<ソードボンバー>である。微細なイソギンチャクはまとめて吹っ飛ばされ、大きなイソギンチャク――具体的には全高1メートルもあるようなやつ――は、いっせいに花を咲かせた。ダメージは受けているはずだがそれを感じさせない、俊敏な動きだった。
そして、牙に襲い掛かった。
「!!」
牙があせる。イソギンチャクの間合いを読み違えていたのだ。十分な距離を取ったつもりだったが、イソギンチャクの触手は意外と長く、牙と同じぐらいの間合いまで手を伸ばしてきた。剣技を放ってスキだらけの牙に、数十本の触手が襲い掛かり――。
ずるずるずる。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
牙は麻痺し、仲間によって、イソギンチャクに飲み込まれることなく、洞窟外に引きずり出された。
――不覚。
牙がどう思ったかは、彼にしかわからない。
●奮闘、冒険者たち
重ねて言うが、イソギンチャクはタフである。
「イソギンチャクの数は‥‥大きいのは10匹ぐらいだと思います」
エステラ・ナルセスが言う。精霊魔法<ブレスセンサー>で呼吸を読み、イソギンチャクの数を把握しようとしたのだ。結果は、まあ上々であろう。細かいイソギンチャクの数など分からなかったが、とりあえずめぼしはついた。
「とりあえず、潰す順番を考えましょう。牙さんの攻撃で道を切り拓く案は、没ということで」
三笠明信が、地図をしたためながら言った。
洞窟はそんなに複雑な構造にはなっていない。子供たちが遊び場として入り込むことができるぐらいである。専門の船頭など必要の無い単純な一本道だ。ただ潮が上がると半分ほど水没するらしいので、干潮時の作戦ということになる。
「洞窟を崩しちゃえば話は早いんだが‥‥」
少年志士の麟太朗が、物騒な事を言う。まあ、いよいよとなればそれも已む無しではあるのだが、それは本当に最後の手段だ。ただそんなことが出来る人間は、この中には居ないが。
「とりあえず網作戦でいきましょう」
エステラが言う。重そうに抱えていた、漁師の網を肩から降ろし、皆に配った。これで触手を封じようという作戦だ。
甲斐さくやは石とたいまつを用意してスタンバった。石を口に投げ込み触手が伸びてきたところをたいまつで払う作戦である。
鷹波穂狼は、ちょっと豪快である。流木をたくさん持ってきて、それを投げ込んで漁をするというのだ。さすがジャイアント、文字通りスケールが違う。
「今日もがんばっていきましょー!」
ララが、後方から応援していた。
●戦いが済むまで
冒険者、7月21日から7月24日までの戦跡。
フレーヤ・ザドペックは、都合3回麻痺させられた。主戦力なのでガンガン敵を削っていったのだが、苦しい戦いを強いられた。
バズ・バジェットは後方から明かりを持ち、必要な時にクリスタルソードを取り出していた。が、すぐに魔力が尽き、もっぱら明かり持ちとして機能していた。
三笠明信は<ダブルブロック>でよく守ったが、それでも2回麻痺させられた。
山王牙は、小さいイソギンチャクを<ソードボンバー>で吹っ飛ばした。こまごまとした敵には非常に有効だったが、親イソギンチャクの攻撃を呼び3回麻痺させられた。
エステラ・ナルセスは一度も麻痺させられることは無かったが、<ブレスセンサー>以外の貢献は少なかった。というのも、<ウインドスラッシュ>があまり効かなかったからである。エステラは早々に方針を切り替え、網による援護に専念した。
凪里麟太朗は年少のため前に出ることを許されず、後方で大人たちが戦うのを見ていた。利発さは目だったが、やはりまだ10歳の子供である。
甲斐さくやは小器用に立ち回り、麻痺もしなかった。とどめを刺したイソギンチャクもいなかったが‥‥。
氷川玲は貸与された、<クリスタルソード>でよく戦ったが、5回も麻痺させられてしまった。不覚である。
ララ・ルーは<アンチドート>を限界まで使い、休んではまた魔法を使うということを3日繰り返した。
鷹波穂狼は手持ちの流木を使い切り、直接攻撃に打って出た。結果は上々で、2回しか麻痺させられなかった。
結局イソギンチャクの殲滅には3日を要した。そして奥に進んだ一同は、天井にぽっかりと明いた穴を見つけることになった。そこには腐臭が漂い、息をするのも辛かった。
「原因はこれか‥‥」
麟太朗が言う。そこには、水に浸って腐りきった牛の死骸があった。イソギンチャクはこの腐汁を栄養に浴びて、大発生したと思われる。天井の穴は落盤のように考えられた。
「ゴミ掃除とはな‥‥」
げんなりした表情で、フレーヤが言う。結局一同はその腐った死体とイソギンチャクの亡骸を外に運び出し、焼いた。イソギンチャクを食うという話もあったが、その栄養源を突き止めて、その気も失せてしまった。
「さって、帰りましょ?」
エステラが言う。
一同は村人から感謝の宴を受けて、意気揚々と帰っていった。
ちなみにこの事件、はたして事故だろうか?
残念ながら、そうではなさそうである。牛は、ジャパンでは農耕用の家畜であり、野生の牛はほとんど存在しないからだ。これも人間の版図拡大が招いた『事件』であろう。
これからも、こういう事件は起こる。間違いなく。
そしてそのときはまた、冒険者が呼ばれるのだ。
【おわり】