蜘蛛退治――ジャパン・江戸

■ショートシナリオ


担当:三ノ字俊介

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 10 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月22日〜07月30日

リプレイ公開日:2004年08月02日

●オープニング

 ジャパンの東国『江戸』。
 摂政源徳家康の統治する、実質の日本の主都である。政治色の強い都市で、帝の都(みやこ)である『京都』よりも精力的な都市だ。
 だがそんなことよりも、人々の関心はその日の生活に向いていた。なにぶん、人間は食わなくてはならない。平民の暮らしはあまり裕福とは言えず、毎日ちゃんとご飯を食べるのも大変だ。
 そして、化け物の襲撃はもっと深刻だった。

 江戸からさらに東の山奥に、小さな村がある。そこにはきこりの若衆がその家族と共に生活しており、活き々々とした生活の営みがあった――はずだった。
「その村がね、壊滅したのよ」
 冒険者ギルドの艶やかしい女番頭は、キセルをくゆらせながらそう言った。
「生き残りの村人は、今のところ一人。この事件を知らせてくれた少年がそう。その少年の話によると、幅が3間(約10メートル)もあるような、巨大な蜘蛛の仕業らしいわ」
 女番頭が言う。
「巨大な蜘蛛というと、土蜘蛛とか女郎蜘蛛とかのたぐいね」
 女番頭が言った。そして1冊の冊子を取り出す。妖怪の図鑑のようなものらしい。
「土蜘蛛は、竪穴を掘ってそこに住む巨大蜘蛛。大きさは人間を一抱えで巣に連れ去るほど。結構でかいわね。女郎蜘蛛は、その本体は家ほどもある大きさの蜘蛛らしいわ。ただ人間に化けることができるので、油断できないわよ」
 女番頭が言う。
「村にはまだ、生きているかもしれない人がいるらしいわ。多分子蜘蛛の餌にでもするんじゃないかしら? 糸で絡め取った村人を、森の中へ運んでいったそうよ」
 タン。
 女番頭が、火箱をキセルで叩いた。
「今回の依頼は、この蜘蛛たちから生き残りの村人を助けること。蜘蛛は無理に倒さなくてもいいわ。人命優先でお願い」
 女番頭が言った。そう言うと、墨で描かれた地図を出す。
「少年から聞いた、村の付近の地形よ。参考になるかもしれないから、持ってゆくといいわ」

【地図について】
 地図には、南の村から北の山に向かって、A〜Fの6ヶ所のポイントがあります。
A:村:さして広くない。5戸ほど。
B:山道:山へ向かう道。伐採した木を下ろす道でもある。
C:伐採場:切り株がたくさんある。
D:古刹:伐採場の奥、仏像が奉ってある。
E:洞窟:幅3メートル×高さ3メートル。内部は一本道で、50メートルほど奥で行き止まり。
F:広場:使用目的不明。直径30メートルほどの円形の広場。中央に祭壇のようなものがある。

●今回の参加者

 ea0076 殊未那 乖杜(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea0489 伊達 正和(35歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea0696 枡 楓(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea1001 鬼頭 烈(32歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea1426 鬼剛 弁慶(35歳・♂・浪人・ジャイアント・ジャパン)
 ea1497 佐々木 慶子(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2630 月代 憐慈(36歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2789 レナン・ハルヴァード(31歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea2900 河島 兼次(40歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

蜘蛛退治――ジャパン・江戸

●蜘蛛の待つ森へ
 江戸から東に行く場合、街道を外れるとそれこそ『鬱蒼(うっそう)』と書いたような深い森林の中に分け入ることになる場合が多い。
 今回壊滅したという村も、そのクチだ。樵(きこり)の村で5戸ほど。住人は20名も居ない。唯一幸いだったのは、近くを川が通っており、そこから事件を免れた少年が脱出出来たことである。これも、丸太に一昼夜しがみ付いてという危うさであった。この少年が無事に保護されなければ、事件は人々に知られることなく決していただろう――最悪の結末で。
『今回の依頼は、この蜘蛛たちから生き残りの村人を助けること。蜘蛛は無理に倒さなくてもいいわ。人命優先でお願い』
 ギルドの女番頭の言葉が、冒険者たちの足を鈍らせる。
 敵と目される女郎蜘蛛は、単純にサイズだけで言っても強敵だ。駆け出しの冒険者が、まともに相手出来るような化け物ではない。
「まともにやりあったら‥‥死ぬかもな」
 殊未那乖杜(ea0076)が、悲観的なことを言う。
 今回依頼を受けたのは、次の10名の冒険者。

 ジャパン出身。人間の侍、殊未那乖杜。
 華仙教大国出身。人間の女武道家、巴渓(ea0167)。
 ジャパン出身。人間の浪人、伊達正和(ea0489)。
 ジャパン出身。人間のくノ一、枡楓(ea0696)。
 ジャパン出身。人間の浪人、鬼頭烈(ea1001)。
 ジャパン出身。ジャイアントの浪人、鬼剛弁慶(ea1426)。
 ジャパン出身。人間の女志士、佐々木慶子(ea1497)。
 ジャパン出身。人間の志士、月代憐慈(ea2630)。
 フランク王国出身。人間のファイター、レナン・ハルヴァード(ea2789)。
 ジャパン出身。人間の志士、河島兼次(ea2900)。

 いずれも知る人ぞ知る冒険者であり、それなりの手だれだ。だがその表情は厳しく、今までの冒険のような、余裕は見て取れない。

 今回の冒険者たちの任務は、人命救助である。あくまで人を助けることであって、妖怪退治ではない。「退治して」と言えないギルドの番頭の苦悩も伺える。実際、冒険者内部での話し合いでは、悲観的な論調が絶えずまとわりついていた。
 それほど、この蜘蛛たち――特に女郎蜘蛛――の威名は、世間に鳴り響いてた。少なくとも家サイズの化け物と戦ったことは、この冒険者たちには無い。
 足を急がせながら、冒険者たちは村へ向かった。

●村にて
 村は、完全に死んでいた。
 労働力として働かされていたと思われる牛の死体。踏み荒らされた畑。燃え落ちた家屋――。
 その村を構成する要素は、すでに廃墟のそれであった。これがほんの数日前の出来事だというのは、死体の新しさしか語る者はいない。
「これは、ひどいぜ」
 巴渓が、いつになく表情を締めて言う。ばしんと拳を掌に叩きつけ気合を入れるが、その音もこだまするばかり。
「牛が置いて行かれたのは、やっぱ重くて運べなかったのかな」
 伊達正和が、干飯をかじりながら言った。牛の重量は、約500キログラム。人間は一人60〜70キログラムぐらい。きこりにはジャイアントが居たそうだから、それでも150キロほど。圧倒的に、人間のほうが運びやすく手頃な獲物である。
「とりあえず手頃な家を拝借しよう。何をするにも陣を敷いてからぢゃ」
 枡楓が言った。そして当人は、周囲を警戒しながら村をぐるりと回っていった。
「自分は洞窟を調べてくる」
 鬼剛弁慶が言った。
「一人では危ない。俺も行こう」
 鬼頭烈が、同伴を申し入れる。二人は警戒しながら、森林深部へ入っていった。
「我々の目的は人命救助であって、蜘蛛の退治ではない。そこを間違えないようにな」
 佐々木慶子が、そんな二人に声をかける。弁慶が親指を立ててにやりと笑い、列は豊満な身体を震わせて刀を差し直した。
「さて、神皇陛下より賜った、精霊魔法の出番だな」
 慶子はそう言うと、精神を集中し呪文を唱えた。<クレバスセンサー>。半径5間(15メートル)ほどの空間にある『隙間』を探索する魔法である。土蜘蛛はその名の通り土の中に居を構えている(と冒険者ギルドの女番頭は言っていた)。だからこの魔法によって、その巣が判明するかもしれない。少なくとも、不意打ちは避けられるはずである。
 ――え?
 慶子が魔法を唱えたのは、村はずれの藪近くである。そしてそこから5メートルほどの地下に、空間の反応があったのだ。
 ――やばっ。
 慶子が思う。その直感は正しかった。藪に包まれた蜘蛛の巣穴の蓋ががばりと開いたかと思うと、黒い塊が猛速で慶子に迫ってきたのだ。
 がしっ!
 慶子が、蜘蛛に組まれる。剣を抜く間も無かった。すさまじい素早さだ。
「きゃ――あああああっ!」
 悲鳴を上げて、慶子は巣穴に引きずりこまれた。ばたんと蓋が閉じると、巣穴は真っ暗になり前後上下左右も慶子は分からなくなった。
「大丈夫かっ!」
 蓋は、すぐに開けられた。月代憐慈が使っていた精霊魔法<ブレスセンサー>によって、ちょうど慶子の呼吸が移動したところを捉えていたのだ。

 土蜘蛛は、一匹ならば冒険者たちの強敵というわけではなかった。ただちょっとタフで、巣穴からいぶりだすのに時間を食っただけだ。
 もっとも、その蜘蛛のデカイ顔を直近で見ていた慶子には、生きた心地がしなかった。服を噛まれたが、怪我が無かったのは幸いである。
 しかしこの事件は、慶子の心に『蜘蛛嫌い』という深い傷を残した。

●古刹にて
 山道と伐採場には、何も無かった。ただ伐採場には、直前まで使用されていたらしい斧が残されていた。どうやら抵抗する間もなく殺害ないし捕獲されたか、あるいは『人に化ける』という能力で騙されたか。
 洞窟も不発に終わった。内部は本当のただの洞窟で、変わった事と言えば小鬼の死体があったぐらいである。
「生存者無し‥‥か」
 レナン・ハルヴァードが、つぶやくように言う。今のところ土蜘蛛が一匹居ただけで、敵も味方もまったく居ない。ふと狸か狐に化かされているような気分になってくるが、一同はそんな気持ちをぐっと抑えて探索を続けた。
「これは‥‥例の古刹だな」
 河島兼次が、腕を組みながら言う。
 木造の古刹が、山の中にぽつんと建っていた。新しい村なのに、やたら年代を感じさせる古刹だった。建物の大きさは、家屋の半分ほど。雨露をしのぐことは出来るだろうが、人が居るには狭すぎる。
 中は、古い仏像に仏具。何かが居るという気配は無い。<ブレスセンサー>にも引っかからなかった。
「思うんだが‥‥」
 乖杜が口を開いた。
「この土地にはもともと『何か』が居たんじゃないか? そこに入植し、木を伐採したりするから、藪を突いて蛇を出したことになるんじゃないだろうか」
 近年、こういう人間の版図拡大に伴う、原生生物との揉め事は数多く起こっている。実際の話、冒険者の供給を満たす需要はこの辺から大部分出ているのだ。
 それが悪いとは言わないが、『触らぬ神に祟りなし』とも言う。そして触ってしまった以上は、それ相応の覚悟が必要だ。
 一同は暗澹(あんたん)たる思いを募らせながら、人々の捜索を続けた。

●生贄の祭壇
 そこは、明らかに神域であった。
 中央に、上等な木で作られた、神輿のような構造物。所々金箔を捺され、贅を凝らして作られたそれは、年月に研磨されながらその格を確実に高めており、しめ縄などもしっかりしたものがしつらえられていた。
 だが、その周囲の木々の間には白い糸が張り巡らされ、白い繭のようなものがいくつもぶら下がっていた。それは明らかに蜘蛛の巣であり、繭は糸に絡め取られた獲物だ。
 禍々しさに、怖気をもよおす光景だ。
 そして中央の祭壇には、一人の女性が居た。濡れ羽色の髪をした、白い肌の美しい少女。白装束は生贄の証であり、その神域にただ一人存在して良い証であった。
 だが、冒険者たちは誰一人として、その少女を『人間』とは思わなかった。
「女郎蜘蛛‥‥だな?」
 烈が、得物に手をかけながら言う。この時、この状況。そして少女が放つ生臭い気配――血臭。
 全てが、その存在を人外の物としていた。
「勇ましきこと」
 すっ。
 少女が、手を振った。その瞬間、何かが烈の手元を締め付けた。剣を握ったまま、烈は動けなくなった。
 不可視の縛(いまし)め――それは白く細い、蜘蛛の糸だった。
「やいやいやいやい! 女郎蜘蛛だかなんだか知らねぇが、とっとと降伏して村人を返しやがれ!」
 渓が言う。それに対し、少女は嘲笑を浴びせた。美しい分、それはよく映えた。
「禁を破ったのは、おぬしたち人間ではないか。『村に手を出さぬ代わりに贄(にえ)を捧げる』。そう取引を申し出たのは、おぬしたちであるぞ。約束を違えて、その言い草はなかろう」
「何年前の約束だろうな」
「さあ‥‥ぢゃが、面倒なことになったのは確かぢゃ」
 正和の言葉に応えたのは、楓である。
「考えろ、考えろ。まだ何か手はあるはずだ」
 兼次が、つぶやくように言う。一触即発。まさに膨張し飽和した殺気が、破裂しようとしていた。
 ――かさかさ。
 その時、周囲から何か気配がした。梢、藪、ありとあらゆる場所から、小さな――といっても一尺(30センチ)はあるような――蜘蛛が、わらわらと出てきたのである。
 冒険者一行は、この時死を覚悟した。多勢に無勢。そして相手は、烈を一瞬で戦闘不能にした化け物である。
 だが、態度を軟化させたのは少女のほうだった。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 少女が手を振る。すると空中に縫いとめられていた人の繭が、次々と解けて、地面に落ちていった。
「ほれ、連れて行くがよい」
 少女が言う。
「おぬしたちの絶望を見て、腹が膨れたわ。約定どおり、年に一人しか贄は取らぬ。わらわをくくった者も、それを望んでおろう」
 何を言っているのか理解し難かったが、冒険者たちはその言葉を心に刻み込んだ。子蜘蛛たちも、するすると住処に戻ってゆく。あるのは、眠る人々と少女のみ。
「余興はおわりじゃ」
 すっくと、少女が立った。そして静々と森の中へ入ってゆく。
 辺りには死のような静けさと、動かぬ村人たちが残された。

 冒険者たちは、敗北感に歯噛みした。

●結末
 ――あの時、自分たちが戦っていたらどうなっていただろう?
 弁慶などは、その事をつい考えてしまう。
 ――おそらく、全滅していたに違いない。
 結論は明快であった。彼我の戦闘力には埋めがたい溝があり、それでも向こうは『余興』程度としか考えていなかったからだ。
 鍛錬によって、この溝は埋まるだろうか? それは、わからない。少なくとも努力をやめた時点で、溝が埋まらないことは確定する。
 依頼には成功した。経過がどうあれ、村人の10名以上に息があったのは事実である。古刹や祭壇の謎もはっきりし、この村は危険区域に指定されることだろう。
 リベンジの機会は、必ずある。
 そう信じて、冒険者たちは帰路についた。

【おわり】