●リプレイ本文
●喧々諤々(けんけんがくがく)
冒険者たちは相談し合ってた。
「結局、茂平とかいう馬鹿を連れ戻せば円満に解決、ということですよね」
「まあ、藪を突付いて蛇を出したのは人間なわけだしなぁ‥‥非は村人にあるわけだよなぁ‥‥」
「でも、茂平が食われていたらどうするんだい?」
「そんときゃ、やるしかあるめぇよ。俺たちゃそれで金もらってるんだし」
「でも、それってとても後味が悪いですわ」
喧々諤々(けんけんがくがく)。
冒険者達は、今回の山姥の一件に関する行動を、決めかねていた。
悪いのは、明らかに村人である。禁域にわざわざ足を運んで行方不明になるのは、阿呆の所業としか思えない。
しかし、もし山姥が茂平を食ってしまっていたら、どうするか。
それは、倒すしか無いだろう。かなう相手かどうかもわからないが、とにかくやりあうしかない。冒険者達は、そのために集められたのだから。
江戸から来た冒険者の名簿は、次のとおり。
華仙教大国出身。ジャイアントの武道家、風月皇鬼(ea0023)。
ジャパン出身。人間の女浪人、霧山葉月(ea0367)。
ジャパン出身。人間の女志士、狩多菫(ea0608)。
ジャパン出身。人間の志士、御蔵忠司(ea0901)。
ジャパン出身。人間の浪人、平島仁風(ea0984)。
ジャパン出身。人間の浪人、大嵐反道(ea1378)。
ジャパン出身。人間の女僧兵、矛転盾(ea2624)。
ジャパン出身。人間の浪人、夜十字信人(ea3094)。
イギリス王国出身。人間の女神聖騎士、コルセスカ・ジェニアスレイ(ea3264)。
ジャパン出身。人間の僧兵、宗像透徹(ea4039)。
以上、10名である。
江戸から件の村までの3日の道中、冒険者たちはああでもないこうでもないと、思索のどうどうめぐりに陥っていた。
結局めぐりめぐって出た結論は、『状況に応じて臨機応変に対処する』という、当たり障りの無いものだった。まあ基本的に話し合いで解決し、茂平が生きていれば頼んで返してもらい、食われていれば戦闘で解決する。これでパーティーが全滅したとしても文句は言わないでおこうと、だいたいこんなところである。
「よくおいでくださいました」
身なりの良い男が、冒険者を出迎えた。村長の平治という恰幅の良い壮年の男だ。
「そもそも山姥とは‥‥」
家へ冒険者を迎え入れた平治は、冒険者たちにいかに山姥が恐ろしい存在かを力説した。その主眼は『人を食う』ことに置かれており、冒険者たちは噂の再確認をするにとどまったが、村人が畏怖の心を持っている事は十分に確認できた。要は、恐ろしいから追っ払ってしまいたいのだ。
話半分に聞き流しながら、冒険者達は翌日、山姥の山へと向かった。
●山姥の山へ
「たのもー!!!」
霧山葉月が、山の入り口で大声で叫んだ。いわく、「だって、コソコソする必要ないんだし、一応断った方がいいと思って」だそうである。
ともあれ、一行は山に入った。
「おやおや、こんなところで何をなさっているので?」
出会いは突然であった。
山姥の山――他に呼び方が無いからこう呼ぶが――に入って一刻もしないうちに、冒険者たちは、薪を背負った老婆に出会った。粗末な灰色の着物に、頭には日よけの手ぬぐいをかぶり、人相は見て取れない。着物の袖や裾から覗く手足はやせぎすで、働く貧しい女性を連想させた。
あやしい。
あやしすぎる。
これ以上はちょっと無いあやしさだ。そもそも『山姥の山』に居る事自体が、十分以上にあやしい。ここは『山姥の山』であって、なおかつ最近人の行方不明が発生し、冒険者が派遣されるような事態になった山なのである。近隣には依頼人のいる村しか人里は無く、人間が居ること自体が異常であった。
「あ――」
風月皇鬼は、あまりの唐突さとあやしさに、とっさに行動することが出来なかった。
というより、10万人ぐらいから「お前山姥だろう!」と総ツッコミが入りそうな登場の仕方だった。老婆の口には、楽しそうなニヤニヤ笑いがへばりついていた。
「お前さんを探していたんだ。少々話したいことがあってな」
皇鬼が言う。
「おや、こんな一人身の老婆にどんな御用で?」
楽しくて仕方が無いという口ぶりで、老婆が言った。
「こんにちわ、お婆さん♪ 茂平さんって人が、この辺りで遭難しちゃったから探してるんだよ」
狩多菫が言う。
「おばあさん、山姥?」
葉月が、ストレートに問うた。それに対し老婆は、けたけたと笑って応えた。多分、正解のチャイムと同義の笑いであろう。
「山姥の山と知って入ってくるのは、おぬしらが3組目じゃ。まあ、立ち話もなんじゃ。家で飯でも食っていきなされ」
老婆は言った。一同は促されるままに、山奥へと入っていった。
●山姥の家
老婆の家は、山の奥の、そろそろ帰り道があやしくなってきたぞというような場所にあった。草葺屋根の古い家で、何年も使い込んでいるような家屋だ。居間の囲炉裏にはなべがかけられており、そこから食欲をそそるにおいが立ち昇っていた。
「まあ、入りなされ。白湯でも出しましょう」
一同が案内される。さすがに9人も入ると、手狭に感じられる。
一人足りないのは、大嵐反道が、万一交渉が決裂して戦闘になったとき、奇襲を仕掛けるために離れて来ているからだ。
老婆は人数分の湯飲みを持ってきて、一人一人に勧めた。
御蔵忠司は後ろで白湯をすすりながら、老婆の様子を見ていた。
――不気味な老婆だ。
第一印象は、あまり良くない。ただ外見で判断するのもはばかられる。何せこの老婆が山姥だとしても、茂平が山に入るまで何も問題を起こさなかったのだ。山姥が問題になったのは、人間がその版図を広げていったからである。
なにやら、宮○アニメのような長講釈になりそうだからこれでやめておくが、騒動の原因はいつも人間であった。広義においてはオーガなどの問題もこれに含まれるだろう。正義など相対的なものである。
「おお、貴女こそ人も通わぬ山奥に咲いた一輪のドクダミの花! どうだいバァさん、一杯付き合わねぇか?」
平島仁風が、みやげ物のどぶろくを差し出す。
「おお、般若湯かえ。嬉しいねぇ」
老婆が、その徳利を受け取った。
「ところでばあさんよ、茂平ってガキが来てると思うんだけど、すまんが返しちゃくれねぇか?」
仁風が言う。それに老婆は、ひゃっひゃっひゃと笑って答えた。
「あの坊やなら裏手の木に吊るしてあるよ。そろそろ懲りただろうから、勝手に下ろして連れてお行き」
その言葉に、冒険者一同が安堵の息を漏らした。どうやら、事は話し合いで解決できそうであった。
「これは土産の菓子でございます。どうぞお嗜み下さい」
交渉が好調と見た矛転盾は、みやげ物の菓子を差し出した。人を食う山姥が食べるかどうかはわからないが、老婆はそれを喜んで受け取った。
「村では貴女が男性を食い殺したと噂しておりますが‥‥さて、僕には貴女がそんな野蛮なことをする人には見えませんね。食料より、労働力として役立ててたりして、ね」
夜十字信人が言う。その言葉に、老婆はさらりと次のように答えた。
「人は、食うんじゃよ」
ひききっ。
空気が引きつる音が、聞こえたような気がした。だが、老婆の話には続きがあった。
「まあ、わしも生きた人間を食ったことは無いけどねぇ」
「「「「生きた?」」」」
冒険者たちが問う。
「それはどういうことなのでしょう‥‥」
コルセスカ・ジェニアスレイが、老婆に向かって問うた。
「まあ、たいていは行き倒れじゃな」
老婆が言った。
「東国への旅はつらい。だから旅の途中で力尽き、死んでしまう者もおる。そういう行き倒れや病で斃れた者を、わしは食っておる」
老婆――山姥が言った。確かに、人は食っている。だが食っているのは死体だという。
――ああ、なるほど。
冒険者達は、納得した。
この時代のジャパンは、わりとよく、そして簡単に人が死ぬ。行き倒れなど大きな街道では日常茶飯事で、それがいつのまにか無くなっている事も当たり前だ。多くは埋葬されたり野生の獣の餌になっているのだろうが、その他にも『こういう例がある』というだけの話しである。
コルセスカの故郷イギリスでも、旅は過酷で大変なものだ。モンスターや盗賊の襲撃に病に飢え。ころりと人が死ぬ局面など、いくらでもある。
「まあ、今まではそれでもうまくやってきたんじゃが‥‥この土地もそろそろ潮時かもしれんのぉ」
声色に憐憫を含ませて、老婆が言った。人間の開拓力はすさまじく、そして貪欲で手がつけられない。
冒険者達は、村長の事を思い返していた。村長は大義名分をかざして冒険者たちに山姥の排除を願った。だが実際は、山姥の土地を人間が侵害しているわけである。これではどちらが化け物かわからない。
「まあ、話しはこちらでうまくつけておきます。今日のところは山菜なべを振る舞いますから、機嫌を直して、また明日からお健やかに暮らされると良いでしょう」
「そうだ。野菜と魚は持ってきた。いい料理が出来るぞ」
夜十字信人と宗像透徹が言う。
一同はなべを囲み、楽しい一夜を過ごした。
●後始末
翌日、老婆の姿は家から消えていた。冒険者たちにはわずかな砂金と、置手紙が残されていた。
いわく、もうこの土地には住めそうに無いから引っ越すこと。そして昨晩の謝礼に、少々の砂金を置いておくこと。夕べは楽しかったことなどである。結局、根本的な物事の解決にはならなかったわけだ。
ただ、依頼は果たした。外見上茂平は無事に助かり、山姥も消えた。山姥の山には村人の開発が入り、この土地は何かに使われてゆくことになるだろう。
やや、釈然とはしない。
だが意義のある依頼をこなしたという、実感はあった。
一同は礼金を受け取り、村を後にした。山姥と過ごした一夜を思い出に。
【おわり】