●リプレイ本文
大蟹の産卵――ジャパン・江戸
●主に人間の事情
今回の事件は、主に『人間の事情』で動いている。
「自然と人間は調和すべきだ」という意見は多い。現にジャパンの人々の多くは自然を大事にし、そして調和を図っている。例えば猟師がそうだ。彼らは鹿を狩っても、メス鹿は狩らない。鹿の数が減るからだ。きこりもそう。彼らは、水源を守る森の木は切らない。自然が強固な堤防や避難所になることを知っているからだ。
だが、この数十年の人間の躍進は、目を見張るものがある。井戸を掘り山を切り拓き、土地を田畑や都市に変えてゆく。水が布に染み広がるように、人間たちはその版図を広げていった。当然、それは土地に対する侵略行為である。人間は動物、植物を問わずに、その生物を殺さずに生きてゆく事は出来ないからだ。
つまり、このカニ退治もそんな『人間の事情』で起きた事件である。カニに罪は無い。しかし放っておくこともできない。そんな二律背反を背負って、今回の冒険者は依頼を果たすのだ。
「蟹ちゃ〜ん♪ 今日のごはんちゃ〜ん♪ こっちだよ〜ん♪(by永倉平九郎(ea5344))」
やべー。そんなこと微塵も考えていねぇよママン(汗
今回のカニ退治に駆り出されたのは、次の冒険者たち。
ジャパン出身。人間の志士、結城利彦(ea0247)。
シスコンで彼女持ち(本人は否定)という、複雑な内面を持つ少年。まだ15歳の若さを考えればそんなに生き急がなくてもと思うのは、筆者がもう年だからだろうか。
ジャパン出身。人間の女志士、玖珂麗奈(ea0250)。
で、こちらが結城利彦に熱烈アタック中の彼女。同じ『志』の道を歩みながら、その行き先はなかなか交差しないと思うのは、若さゆえだろう。
ジャパン出身。人間の志士、藤原雷太(ea0366)。
お人好しのわりに感情を表に出さない青年志士。が、今回の依頼については何やら不気味なオーラを発している。含み笑いなどもするので、実はちょっとアブナイかもしれない。
ジャパン出身。人間の女浪人、鷹翔刀華(ea0480)。
無愛想、無関心、無表情と一通り揃った少女剣士。かなりキッツイ態度で相手を怒らせることしばしばだが、本人はあまり気にしていない。だが、カニには目が無いようだ。
ジャパン出身。人間の女僧兵、水神楽八千夜(ea2036)。
艶っぽく色っぽく、刹那的でお祭り好き。武器はムチを操る女王様系僧兵(なんだそれは)。酒も飲むが本当は真面目な女性である――らしい。
ジャパン出身。人間の浪人、九竜鋼斗(ea2127)。
武術を磨き刀剣類をい見るとに恍惚となる青年浪人。駄洒落好きだがまだレベルがぜんぜん足りない。とりあえず話術を磨くべし。
ジャパン出身。人間の浪人、氷川玲(ea2988)。
職人気質の苦労人。大工仕事を頼まれたり周囲の面倒の後始末をさせられたりと、何かとめぐりが悪い。まあ、本人は好きでやっているから問題は無いが。今回はふんどし一丁と小柄一本でカニに対決。
華仙教大国出身。人間の武道家、跳夏岳(ea3829)。
『何でも食う』と言われる華国人だけあって、今回の依頼にはカニ茹で用の大鍋を用意して参戦。卑怯でなければ『目的の為に手段を選ばない』だけの事はある。
ジャパン出身。人間の女侍、神楽聖歌(ea5062)。
19歳。月や星を眺めるのが好きなロマンチストで、おっとりしていてマイペース。でも戦闘は堅実なナイスバディ。彼氏がいないのがもったいない。
ジャパン出身。人間の忍者、永倉平九郎。
『興味本位』という行動原理を持ち、『高い所が好き』という人物像を持つ忍者。当然現れる場所は崖の上とか屋根の上。満月を背景に背負っていれば完璧。そしてカニ好き。
以上10名。ほとんどは『カニ鍋』の3文字に引っかかった冒険者たちだ。だが侮ってはいけない。彼らも巨大カニを相手に引けを取らない、練達の冒険者なのである。
そこのお前、笑うな。
●カニの姿を求めて
「蟹♪ 蟹♪ 食っべ放題♪♪」
陽気に、永倉平九郎がスキップしている。その後ろからは、冒険者一行がぞろぞろと(者によっては鍋を抱えて)付いてきていた。
その中に、見慣れぬごま塩頭の老人がいる。今回の巨大カニを目撃した、元漁師のヘイジである。
「甲羅の青いカニだで水んなか居(お)るとよく分からんっとよ」
どこの方言だか分からない言葉で、ヘイジが言う。
ヘイジが案内しているのは、カニの目撃現場である。砂浜にいきなり突き出した岩礁がその場所で、足場は悪く転んだら怪我をしそうだ。
「砂浜がわにおびき寄せれば、戦闘は楽でござるな」
藤原雷太が言った。早くもよだれを出さん勢いである。
「問題は足場ね‥‥」
跳夏岳が言った。想像していたよりも、足場が悪すぎる。岩礁は尖った岩が突き出し、凹凸も激しかった。満足に動くには、一種軽業的な足捌きが必要だろう。
「えへへ〜☆ としくんと一緒の冒険だ〜」
「くっつくなよ麗奈」
玖珂麗奈と結城利彦がいちゃいちゃしている。これから難敵と戦うようには見えない。
――さて‥‥蟹鍋のためにがんばろう(力説)。
鷹翔刀華が、いつになくやる気を見せている。手を握ったり開いたりして、感覚を確認していた。
「カニって、満潮の岩礁に卵を放つんだって。だからこの岩礁が満潮になって水に浸れば、カニも出てくると思うわよ」
水神楽八千夜が言った。それに冒険者たちが、難しい顔をした。それはそうだろう。足場の悪い岩礁に、さらに水である。戦いの条件は、不利になるばかりだ。
「カニの数は?」
九竜鋼斗が、ヘイジに問うた。
「一匹ですじゃ。今は海ン中おりよります」
ヘイジが言う。
「海で戦うのは論外だな‥‥」
鋼斗がつぶやいた。
「まあ、出てくるのを待つしか無いだろう」
旅装束を肩にかけながら、氷川玲が言った。
「では、待ち伏せですか?」
神楽聖歌が問うた。
「ああ、夜、満潮になるまで、ここで見張りだ」
玲が言った。
●対決! カニ鍋決戦!!
ざっぱーん。
岩礁に、波が当たって砕けている。
崖上に、平九郎が腕を組んで立っている。ロケーションはばっちりだが、飛び降りると素で死ねるので、一応下に向けて縄を放ってある。
冒険者一行は、カニの出現を待っていた。彼方の砂浜では、焚き火の火がちろちろと燃えているのが見える。カニ鍋の準備が行われているのである。
時は満潮。中天に月がかかり、雰囲気はばっちりだ。舟幽霊の一匹ぐらい出そうである。
「来た」
夏岳が言う。その視線の向こうに、カニが居た。岩礁を8本の足で器用に渡り歩き、水に浸った産卵場へ入ってくる。
「今だ!」
利彦が言う。
「<アイスブリザード>!!」
麗奈が精霊魔法を放った。吹雪の嵐が、カニを襲う。
「吶喊!!」
雷太が言う。もう心はカニ鍋に向いている。
「食らえ! <パーストアタックEX>!!」
バキン!
雷太の日本刀が殻を破った。ここを<ポイントアタック>で狙えば、さらに有効な打撃を与えられる。
「蟹鍋‥‥じゃなくて‥‥蟹鍋‥‥鍋‥‥(キュピーン)」
刀華が目を光らしてカニに突っ込み、居合い(ブラインドアタック)を仕掛けた。
ガッ!
「なっ!?」
当たった。が、打撃を与えるところまでは至らない。カニの甲羅が厚いのだ。刀華の剣は甲羅にはじかれていた。手がしびれる。
「<ディスカリッジ>!」
八千夜は神聖魔法で援護に徹していた。<ディスカリッジ>と共に<ブラックホーリー>で攻撃する。魔法は良く効いているようだ。
「さて、かかってきな!! 俺が美味しく食してやる」
鋼斗が言う。だが、カニはなぜか、横走りに逃げ出した。
「あ、待て。逃げるな!」
鋼斗がカニを追った。しかし足場が悪く、思うように動けない。
「<火遁の術>!!」
ごうっ!
炎が、カニの逃げ道を遮断した。平九郎の忍法である。今崖上から降りてきたのだ。ナイスタイミングである。
「行くぜ!」
玲が、カニの甲羅にへばりついた。そして関節を狙って攻撃する。<スタッキングポイントアタック>である。玲は都合2回攻撃すると、カニから離れた。今はふんどし一丁。攻撃を受ければひとたまりも無い。
「カニ、覚悟!!」
オーラパワーを付与した日本刀で、聖歌がカニに攻撃を仕掛ける。フェイントを織り交ぜた攻撃は狙い過たらずカニを直撃し、その防備も割ってのけた。
「私の刀にも魔法を!」
めずらしく語気を荒げて、刀華が言う。居合いも力負けしていてはどうにもならない。カニはちゃんとパーティーに貢献して食べたいのだ。
戦いは続き、やがてカニは動かなくなった。力尽きたのだ。
「あ痛ぁ‥‥」
利彦が額をなでている。転んで怪我をしたのである。
「としちゃん大丈夫?」
麗奈が、その顔を覗き込んでいた。
●カニ鍋パーティー
カニは味噌出汁のカニ鍋にされた。カニと野菜と味噌を放り込んで煮る。ただそれだけである。シンプルだが浜らしい料理だった。
「はい、としちゃん」
麗奈が利彦に椀を渡す。それを利彦が、そっぽを向いて受け取る。
「いやぁ、なんでもした甲斐があったでござる」
カニ鍋をほおばり、雷太が言う。本当に、カニのためなら何でもするつもりだったからだ。
「美味い‥‥‥‥(黙々)」
刀華が、黙々と箸を進めている。やはり、戦いに貢献した後のカニは美味い。
「一匹しかいなかったのは残念ね」
八千夜が、酒を飲みながら言った。焼いたカニの身を肴に一杯やっている。鋼斗もそれに相伴に預かっていた。カニは、やはり美味い。
玲はふんどし一丁の姿から旅装束に戻って、こちらもカニを食っていた。カニの鋏は取られてしまったが、カニ味噌や卵も食えてご満悦であった。
「はいはーい、カニ鍋はまだまだいっぱいあるよー」
夏岳が鍋を取り仕切っている。本当に楽しそうだ。
「美味しいですわ」
聖歌が、カニ鍋に舌鼓を打っていた。自分で倒したカニは、やはり美味い。
「激うま♪」
平九郎もご満悦である。
一同は村人たちと共にカニ鍋をきれいに平らげると、村人から礼を受け取り村を後にした。
「またこういう機会があればいいなぁ」
誰かが言う。
皆、同じ気分だった。
【おわり】