暗殺者――ジャパン・江戸

■ショートシナリオ


担当:三ノ字俊介

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 94 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月31日〜08月07日

リプレイ公開日:2004年08月10日

●オープニング

 ジャパンの東国『江戸』。
 摂政源徳家康の統治する、実質の日本の主都である。政治色の強い都市で、帝の都(みやこ)である『京都』よりも精力的な都市だ。
 だがそんなことよりも、人々の関心はその日の生活に向いていた。なにぶん、人間は食わなくてはならない。平民の暮らしはあまり裕福とは言えず、毎日ちゃんとご飯を食べるのも大変だ。

 重吉(しげきち)は、自他共に認める悪徳商人である。当然人の恨みを買うことなどしょっちゅうなのだが、今回はちょっと状況が違っていた。

『次の満月の夜、あなたのお命頂戴につかまつる――ミコト』

 なんと、殺人予告が来たのである。
 暗殺者が暗殺者足りえるのは、その存在が不可知不可避であるからなのであって、最初から「いついつ来ます」みたいなメッセージを送って寄越すこと自体、笑止千万河童のへであった。重吉もこれを見たときは苦笑をもらした。
 重吉は思った。
 ――官憲の手にゆだねるより、自分で解決したほうがいいだろう。そうすれば、このようなことをする馬鹿も減るだろうし。
 そう思うと重吉は、冒険者ギルドに使いの者を出した。

「今回の依頼は、商人を暗殺しようという暗殺者の捕縛よ」
 艶やかしい冒険者ギルドの女番頭は、キセルをくゆらせて言った。
「廻船問屋の重吉って商人なんだけど、まあ、世間では色々噂の多い人物ね。今回もそれがらみみたい」
 かなり控えめな表現で、女番頭が重吉の人物像を語る。重吉と言えば、冒険者諸賢も多少聞いた事がある悪徳商人だ。
「今回は、報酬としてかなりの額を受け取っているわ。まあ、相手の力量が読めないところがナンだけど、あなたたちなら大丈夫でしょ?」
 女番頭が言う。
「条件はただ一つ、生かしたまま捕まえること。腕の一本や二本は無くてもいいって言っていたわ」
 タン。
 女番頭が、キセルで火箱を叩いた。
「よろしくね」

●今回の参加者

 ea2476 南天 流香(32歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2557 南天 輝(44歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3055 アーク・ウイング(22歳・♂・ウィザード・人間・ロシア王国)
 ea4112 ファラ・ルシェイメア(23歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea4364 天薙 綾女(32歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4660 荒神 紗之(37歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4868 マグナ・アドミラル(69歳・♂・ファイター・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea5007 遠槻 霞蓮(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea5011 天藤 月乃(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●憎まれっ子世にはばかり
 世の中の金持ちに、善人は少ない。
 偏見と読者諸賢には思われるかもしれないが、世界の商売が競争原理で成り立っている以上、やむをえない事である。他者を蹴落としより利益を追求する。そういう弱肉強食の世界は、悪の方がはびこりやすいのだ。
 かといって、原始共産主義のような世界にはもう戻れない。人間たちは貨幣を生み出し銀行を発足させ、需要に対して対価に見合う供給を満たすというシステムを構築した。ここまで勢い良く回っている歯車(システム)を止めるには、一度文明そのものを根底から破壊する必要があるだろう。
 ジャパンでそれが出来る可能性があるのは、神聖暦999年の現在において次の3人。江戸の源徳家康、長崎の藤豊秀吉、そして京都の平緒虎長だ。彼らは悪人ではないが、善人でもない。強いてあげるならば、『天下人』だろう。彼らは彼らの地場に、彼らの天下を持っている。味方にとっては聡明な君主であり、敵にとっては比類なき悪人だ。このアンビパレンツは、立場が高くなり権力が強大になればなるほど顕著になる。

 さて、問題は次の10人である。

 ジャパン出身。人間の女志士、南天流香(ea2476)。
 ジャパン出身。人間の浪人、南天輝(ea2557)。
 ロシア王国出身。人間のウィザード、アーク・ウイング(ea3055)。
 華仙教大国出身。人間の女僧侶、鳳美鈴(ea3300)。
 ロシア王国出身。エルフのウィザード、ファラ・ルシェイメア(ea4112)。
 ジャパン出身。人間の女志士、天薙綾女(ea4364)。
 ジャパン出身。人間の女志士、荒神紗之(ea4660)。
 ビザンチン帝国出身。ジャイアントのファイター、マグナ・アドミラル(ea4868)。
 ジャパン出身。人間のくノ一、遠槻霞蓮(ea5007)。
 ジャパン出身。人間のくノ一、天藤月乃(ea5011)。

 この10名、今回引き受けた依頼で、いわゆる『悪人』に与することになった。いや、どちらが悪人かと言えばどちらも悪人である。依頼主である商人の重吉はいわゆる『悪徳商人』であり、殺人予告を出したミコトなる者は暗殺者――つまり『人殺し』なのだ。
 そこで問題である。
 果たして、どちらの『悪人』に与するべきであろう?

●決戦前日
「よくおいでくださいました」
 もみ手をしながら完璧な営業用スマイルで冒険者たちを出迎えたのは、依頼主の重吉である。中肉中背の壮年の男で、歳は見た目よりありそうだ。血色が良く少しだけ油(あぶら)ギッシュなのは、食っているものが良いからだろう。
 結婚はしていない。しかし内縁の妻というのは何人かいるらしく、子供ももうけているようだ。だが店を任せる気はさらさら無いらしく、稼いだ銭は墓場に入るまでに使い切るつもりらしい。死後、遺産の相続とか跡目の問題とか色々あるだろうが、死ぬ人間が心配する必要は無いと、こじれるなら好きなだけこじれてくれという事のようだ。
 以上、冒険者が調べた重吉の人物像である。
「流香、なんでお前まで居る。こんな奴には関わるな。お前が穢れる‥‥」
「兄上を探していたのです。兄上、この依頼が終わったら一度家にお帰り下さいね」
「だめだ。仕方ない‥‥悪党も知るのもいいか。あいつに付いて護衛しろ。犯人は既に、身近に居るのを忘れるなよ。危なくなったら依頼主は見捨てろ」
 南天輝と南天流香は、同じ名字を見てもわかる通り親族である。つまり兄妹という関係だ。
 冒険者一行は、離れの広間をあてがわれた。10人が寝泊りするには少々手狭だが、常に10人居るわけではないのでこれで十分だろう。
 そこで皆顔を突き合わせ、こそこそと話をしている。
「ここの土蔵は少々手ごわいよ」
 ファラ・ルシェイメアが見取り図を出しながら言った。警備状況を確固たるものにするためと称して皆が集めた情報をまとめたものである。
 今冒険者が居る離れと重吉の寝る床の間は、庭を挟んで10メートルほど。障害になるのは雨戸と障子ぐらいしかない。こんな危機感の無い家によく住めるなと、ファラなどは思う。何せ家が木と紙で出来ているのだ。火事などになったら一発であろう。
 しかし、なぜ土蔵の話などになっているのか?
「とりあえずミコトさんは、捕まったらそこに入れられるんだよね?」
 アーク・ウイングが言う。
「中は『ザシキロー』なるものになっているそうだよ。『ザシキロー』って何だい?」
 ファラが問う。
「『座敷牢』の事ですね? 文字通り、座敷に作られた牢屋です。あまり趣味の良いものではありません」
 天薙綾女が答えた。
「私ゃとりあえず重吉に付いてる」
 荒神紗之が、徳利を傾けながら言う。中身は酒である。
「ま、そっちでうまくやっとくれ」
 そして刀を手に、部屋を出て行った。
「今回の事件、内部の犯行かと思ったが、そういうわけではなさそうだ。親族には確かに重吉が死ぬ事を望んでいる者も居るようだが、予告状を出したのが気になる。何分、調べている時間が少なくて相手は特定は出来なかったが、怨恨の線で固めていいだろう」
 マグナ・アドミラルが、一息に言った。彼は不慣れな異国で、重吉に関わる人たちの調査を行ったのだ。成果は、冒頭にあるような重吉の人物像が判明したことぐらいである。それはそれで有益な情報ではあるが、冒険者たちのモチベーションは大いに下がった。
「私は予定通り、土蔵や座敷牢の鍵などに工作をしておきます」
 遠槻霞蓮が言う。何やら会話の雲行きが怪しいが、もう読者諸賢は気づいてくれていることと思う。
「じゃ、私たちは『ミコト』の味方をするということでいいわね」
 天藤月乃が言う。そう、つまりそういうことである。依頼を成功させた上で、ミコトにはお引取り願うか、もしくは本懐を遂げてもらおうというのだ。これならば、収入的にも評判的にも、冒険者たちには傷がつかない。
「ま、うまくやろう」
 輝が言う。ちなみに台詞は無かったが、鳳美鈴もこの場に居る。ジャパン語を覚えてないので、会話に参加できなかったのだ。
 ミコトとの打ち合わせは一切無い。ぶっつけ本番の大芝居であった。

●満月の夜
 予告の当日。
 月がよく見える夜だった。中天にかかる月は銀盆のそれで、夜の江戸の街をほのかに照らしている。
 月乃はアークと、屋敷の屋根の上、月光の中に居た。
「ああいった人間が依頼人だと、やる気が起きないなー。ああいう奴は死んだ方が世の中のためだと思うし。でも、仕事は格好だけでもしておかないとね。後々、面倒なことになるし。でも仕事が終わったら、後のことは知ったこっちゃないけどね。しっかし、ミコトもなんでまた予告なんかしたんだろ? 自分の腕にそれほど自信があったのか、依頼人を怯えさせたかったのか‥‥どうなんだろうねー」
 アークが、小声で言った。その間も、精霊魔法<ブレスセンサー>で周囲を警戒している。
「こういう夜は、侵入が難しいのよねぇ‥‥」
 小声で月乃が言う。ちなみに瓦一枚隔てた床の間の屋根裏には、霞蓮が詰めているはずであった。
 重吉はというと、紗之と流香から酒を勧められて飲んだくれていた。命を狙われている人間のすることではない。もっとも、彼の悪事を酒で引き出そうとしていた流香は、警戒されてしまったが。
 美鈴は無言で、庭に立っていた。そして周囲に傾注していた。
 ――ち、怪しいヤツがいやがらねぇ。
 輝が、草笛を吹きながら心の中で毒づく。番頭とかに最近入った人間が居ないかなどの情報を集めていたのだが、何も出ない。時間が無さすぎた。
「来ると思うか?」
 マグナが言う。
「来るよ。必ず来る」
 それに、ファラが応えた。二人は屋敷の片隅で、変事が起こるのを待ち構えていた。
 ――証拠、証拠、悪事の証拠。
 綾女は見回りのかたわら、重吉の悪事の証拠は無いかと探し回っていた。こちらのほうがよっぽど怪しいかもしれない。
 そして、月が中天にかかった。

●ミコト出現
「さあさあ飲んでください飲んでください」
 流香が下手な酌で重吉に酒を勧める。いい加減酒臭くなり、ついでにセクハラも増えてきたころ。
「わぬしはおりますか? お情けを頂戴しにまいりました」
 ふすまの向こうから、女の声がした。
「おお、あやめか。入って来い」
 重吉が言う。あやめというのは、重吉の情婦の一人である。
 すっ。
 ふすまが、静かに開いた。そこには、夜着姿の女性が居た。
 まあまあ、美人の範疇に入る女性だ。通りすがりに、振り向く男性もいるだろう。
 あやめは静かに部屋に入ると、ふすまを閉めた。
 びゅっ!
「ぎゃっ!!」
 重吉の、悲鳴が響いた。あやめが何か投げる動作をした瞬間、重吉が胸を押さえたのだ。
「「「!!!!」」」
 流香と紗之、そして天井裏に潜んでいた霞蓮は驚いた。
 ――変装!
 ばんっと梁を蹴り、天井板をぶち破って霞蓮が室内に飛び込む。流香と紗之も、得物を持って立ち上がった。
 だがその時には、すでにあやめ――ミコトは、障子を破って表に出ていた。
「!」
 ミコトは、美鈴と鉢合わせした。しかし互いに何も出来ない。ミコトは走る向きを90度変えると、壁に向かって全力で駆けていった。
「何だ!」
 輝らが異常に気づいたのは、この時だった。ファラが呪文の詠唱に入るが、すでに遅い。
 ミコトは庭石や石灯籠などを利用して壁を飛び越え、闇に消えた。

●悪党の末路
 ――変装とは想定外だった。
 冒険者一同の感想である。何も店に入り込む必要など無い。変装して誰かに成りすませばいいのだ。その時だけ。
「うう‥‥ひどい目にあった‥‥」
 だが、重吉は死んでいなかった。ミコトの手裏剣を受けて胸に怪我を負ったが、美鈴の神聖魔法<メタボリズム>で十分回復出来る程度の怪我だったのである。
 依頼は、一応失敗はしなかった。ただミコトを捕まえることができなかっただけである。
 翌日、冒険者たちは解雇された。「アテにならん」という理由で。まあ、無理もあるまい。
 その後、別の冒険者を雇って警護に当たらせていたらしいが、その依頼はすぐに無くなった。重吉が死んだからである。
 冒険者たちが解雇されてから、3日目の話であった。
「なんだって!?」
 その話を聞いた冒険者たちは、驚きを隠せなかった。まさか依頼人がこんなに早々に死ぬとは。
「病死ですって。何か珍しい病気にかかったみたいよ」
 月乃が言う。ミコトの一撃。あれが関係しているのかもしれない。<メタボリズム>は、怪我を癒せても病気は癒せない。
 ミコトの名は、その後少しだけ騒がれたが、すぐに別の話題に流されてしまった。
 ただ、悪党が一人死んだだけ。
 江戸の街は、今日も回り続けている。

【おわり】