●リプレイ本文
夏祭り準備・食材編2『鯨の買い付け』
●捕鯨の歴史
日本の捕鯨の歴史は、結構古い。
紀元前一世紀ごろ、つまり弥生時代中期の後半にはすでに、銛で鯨を狩る漁法が確立されていた。神聖暦999年ごろのジャパンでは、鯉に並ぶ高級魚として珍重されており、庶民の味とは言いがたい存在になっている。
ちなみにこの時代の捕鯨先進国はイスパニアだが、他の国でも多かれ少なかれ捕鯨を行っているのが現状だ。肉だけではなく脂は照明の燃料になったり、ひげ(歯)は工芸品に利用されたりと、鯨は生きる『資源』としての意味合いも強い。華国には鯨の骨で取ったスープの料理などもあり、まさに余すところ無く活用されている。
だから鯨料理が振舞われるというのは庶民にとって非常に魅力的なことであり、この機会を逃すと次がいつになるかわからないという『事件』でもあった。
ゆえに、その護衛を任された冒険者たちにかかる期待は大きい。
今回この護衛任務を受けたのは、次の冒険者たち。
ジャパン出身。人間の女浪人、霧山葉月(ea0367)。
『強くなりたい』を目標に、日夜自分を磨き続ける女武者。明朗快活無茶無謀、自分の道を邁進し続けるのはいいが、少し足元を見たほうが良いとも思う若干14歳。
華仙教大国出身。人間の女武道家、林瑛(ea0707)。
ナイスバディの女武道家。深い紫に衣服をそろえており、長い髪が非常に艶やかしい。手斧と金属拳による<スマッシュ><ダブルアタック>を得意技にしている。
ジャパン出身。人間の浪人、鬼頭烈(ea1001)。
肥満体に失笑を買うこともしばしばあるが、これでも地力のしっかりした剣術者。教師を生業としており、人の面倒見も良い。『誰かのための自分でありたい』と思い一念発起。今日も冒険者として頑張っている。
ジャパン出身。人間の浪人、九竜鋼斗(ea2127)。
『駄洒落はつまらない洒落だからこそ駄洒落である』という、しっかりした美学(?)を持った青年剣士。どんなつらいときも駄洒落を忘れないあたり、大人物かもしれない。
ロシア王国出身。エルフのファイター、ヴァラス・ロフキシモ(ea2538)。
一般にエルフとは線の細い知的な種族と思われているが、そんな常識を真っ向から覆す無頼エルフ。マントに『夜露死苦』とか書かれていても不思議ではない行動力が取り得。ある意味突き抜けている大人物。
華仙教大国出身。人間の女僧侶、鳳美鈴(ea3300)。
ジャパン語がわからないので、今回も同じ華国人に通訳を頼みながらの依頼参加。ナマグサな仕事だがそれなりに本人はやる気満々。黒僧侶らしく今回はアンデッドの護衛を作るつもりらしい。
華仙教大国出身。人間の女武道家、暁峡楼(ea3488)。
こちらもジャパン語を取得せずでの依頼参加。身体を鍛えることが好きでそれなりのナイスバディなのだが、着やせするのでその魅力に気づけない者は多い。今回は「あたしの肉」を守るために参戦。
華仙教大国出身。人間の女武道家、跳夏岳(ea3829)。
卑怯なことさえなければ、目的のために手段を選ばない華国の女傑。明るく楽しい女性であるが、彼女の投げは牛も殺すほどの強烈なものである。今度は『絞め』を試すらしい。
エジプト出身。人間の女ファイター、ティスア・アルマース(ea5953)。
今回鯨を見るのが初めてという、まだまだ初々しい冒険者。生業が子守というのがちょっと笑えるが、子守も立派な戦いである。だがだまされてはいけない。彼女はそれなりの手練れなのである。
以上、9名。直前に1名欠員が出てしまったが、まあやむをえないだろう。
ともあれ一同は、まずは食材の仕入れということで江戸湾に向かった。
●鯨の買い付け
早朝。
「これが鯨っすか?‥‥デカイっすね」
江戸湾某所。港に陸揚げされた『物体』を見て声を上げたのはティスア・アルマースである。
それは青灰色の身体をした、全長8メートルほどの魚であった。生物学上の分類では違うが、『京』の『魚』と書いて『鯨』と読むように、このころのクジラは魚の一種と考えられていた。口があり、ひれがあり、尾がある。そして潮を吹く穴が頭頂部にあり、クジラはそこから血を流していた。
イワシクジラ。シロナガスクジラの一種だが小型の部類で、北太平洋に住むクジラである。オキアミなどの甲殻類を主食とするが、イワシなどを食べる事からこの名がついた。もちろん、魚としては桁外れに大きい。
「これでまあ並の大きさかな。捌いてからでないと運べないよ。少し待ってくれ」
漁師が言う。一同は漁師たちがクジラを運べるように捌いてる間に、大八車や馬などの準備を始めた。運べるようにするだけならば、のこぎりと大包丁で作業して昼までには出来るという。荷駄隊の編成はすぐに済み、クジラは肉と骨、内臓に分けられた後で積み込みされた。
肉を積んで、日よけのむしろを厳重にかけて出発。午後3時ごろには、全ての荷馬車が出立できた。夜半には江戸に届けられる計算である。
何も無ければ。
●山賊現る
「鯨肉か〜無事運び終わったら、あたしも食べてみたいな〜」
霧山葉月がのんびりと荷馬車を引っ張りながら言った。彼女は成長期。食い気満々である。
「鯨肉を襲うって感覚分からないねー。食い物に命賭けられる?」
林瑛が言う。
「日本の庶民は華国ほど裕福じゃないんだ。落ちぶれて野盗になった者には食い物に対する執着もある。それに良く考えてくれ。こういう高級食材、奪えば元の持ち主に高値で引き取らせることも可能だろ?」
鬼頭烈が、ほほ肉をぶるぶると震わせながら言った。
「言うなれば、鯨は誘拐される人質のようなものさ。高値で売れることが分かっているから狙うやつも多い。まさに『鯨(げい)』の無い話だ」
駄洒落を交えながら、九竜鋼斗が言う。
「俺ぁ悪人共を叩きのめせればいいんだけどよぉ。ムクククク、出てきてもいいんだぜェー。切り刻んでやるからよォ‥‥」
ヴァラス・ロフキシモが言う。何かこう、何とかに刃物的な物腰だ。
『そうどすか。跳さんは修行の為にこのジャパンにきたんどすか』
『うちも修行よ。でも鯨にお目にかかれるのはラッキーだったかも。ジャパンの鯨料理、ぜひ賞味してみたいわ』
『この依頼が終わったら僕が交渉するよ。端っこでいいから分けてくれって』
以上、鳳美鈴、暁峡楼、跳夏岳の会話である。華国人同士、華国語で話が弾んでいる。ジャパン語を使えない美鈴や峡楼は、ジャパンでの依頼では言葉の壁があって他人と連携が取れない場合が多かったが、瑛を含めて4名が華国人というこのパーティーならそんなに心配する必要は無い。
そうこうしているうちに、荷駄隊は江戸湾と江戸の料亭を結ぶルートの、半ばにさしかかった。周囲は森林で人気は無い。往路にチェックした場所では、一番気まずい場所である。
「止まれぇ!!」
その前方に、人が居た。人数は5名ほど。そしてその声を待たず、後方も5人ほどの人間が割って入る。
いわゆる、山賊である。もう絵に描いたような痛々しいほどお約束なナリの山賊であった。栄養状態も素行もあまりよろしくは無いようで、これには美鈴や峡楼も苦笑せずにはいられなかった。見た目だけで状況が判断できたからだ。
「ここは俺たちのシマだ! 通るのなら通行料をげぼあっ!」
多分頭目らしい山賊が吹っ飛んだ。美鈴の<ブラックホーリー>が炸裂したのだ。別に美鈴には相手の行動をおもんばかる必要は無い。それ以前にジャパン語はわからない。
口上を邪魔された山賊がよろよろと立ち上がる。周囲の山賊たちも不安げだ。
「手前ら、いい度胸だ! ぶっ殺してやるから覚悟しげろわっ!」
再び、美鈴の<ブラックホーリー>が炸裂した。今日は大盤振る舞いである。山賊は芸術的な曲線を描く鼻血を吹いて倒れ、動かなくなった。
なし崩し的に。
戦闘は始まった。
(皆で戦っています。少々お待ち下さい)
戦闘は、わりとあっさり終わった。
葉月はフェイントとカウンターであっさり敵を一人仕留め、瑛は<ダブルアタック><スマッシュ>で敵に大打撃を与えた。烈は<スマッシュ><バーストアタック>で山賊の武器を折り、鋼斗は居合いで山賊の一人を文字通り『目にも止まらぬ速さ』で始末した。
「ムッシャアアアアアッ! くたばりやがれェッ!」
ヴァラス・ロフキシモが奇声を挙げながら敵に踊りかかってゆく。勢いがあるのでかなり怖い。峡楼は『あ゛〜、あたしの鯨肉取るんじゃにゃ〜い!!(華国語)』と勝手なことを言って鳥爪撃を放ち、夏岳はとどめとばかりに山賊を投げていた。牛をも殺した投げである。山賊の方はたまらなかった。
「えーとー」
ティスアがぼーっとしている。自分に向かってくる敵がいなかったからだ。敵が居なければファイターには見せ場が無い。
すでにご想像の通りだが、勝敗は決していた。各員がそのもてる能力を発揮したのもあるが、美鈴の<クリエイトアンデッド>で起き上がらされた山賊の死体がものを言った。死んでなお使役される苦痛を考えれば、びびるというものである。
結局、怪我らしい怪我もせず、被害らしい被害も受けず。
馬が少し暴れた程度で、山賊の襲撃はその目的を達成することなく終わった。役目を終えたズゥンビは眠らされ、一行は街道を急いだ。
●料亭の鯨汁
「美味いっ!」
「ほんと。鯨ってこんな上品な味がするんだ」
鯨を運び終えた一同は、労をねぎらわれ、その場で祭りに出す鯨料理の見本というものが振舞われた。それは白味噌仕立ての汁物で、野菜と鯨の肉が入っていた。コクがあり、それでいてしつこくない。さすがは料亭の料理である。
「おかわりいいスか?」
ティスアが椀を差し出す。もちろんOK。椀にはなみなみの鯨汁が注がれた。
一行は目的を十分に達し、そして料理まで食べてご満悦で帰路に付いた。
――祭りの時はもう一度食べに来よう。
そう心に刻んで。
【おわり】