●リプレイ本文
夏祭り準備・食材編1『猪狩り』
●江戸は大忙し
祭りがやってくる――。
江戸市民はこぞって街へ繰り出し、その準備に余念が無い。商家、問屋、料理屋、その他さまざまな職業の店が、祭りの出店に暖簾を掲げる。お祭り限定、出張屋台の出番である。この祭りでは、江戸の地回りたちが張る屋台のほかにも、江戸の大店がいくつか出店を出すことになっている。
今回の猪肉集めも、その祭りの一環だ。ジャパンは仏教伝来以来、獣肉の常食を避ける傾向があるが、こういうハレの時に、しかも江戸大手の料亭が出す牡丹鍋ということで、いやがうえにも期待は高まった。
今回、この牡丹鍋の仕入れを行うことになった冒険者は、次の10名。
ロシア王国出身。人間のウィザード、ヴィゼル・イヴェルネルダ(ea0646)。
黒髪痩身の魔術師。女性に間違えられる繊細な容貌に似合わぬ過激さが売りで、怒らせると容赦なく<ライトニングサンダーボルト>が飛ぶ。今回は牡丹鍋に惹かれて出馬。
イスパニア王国出身。人間のナイト、ガーディア・セファイリス(ea0653)。
黒髪黒尽くめの騎士。真面目で苦労性。冷たくそっけない口調とは裏腹になかなかの人情家で、人に料理を振舞うのが好きだがその料理はあまり好評ではない。
ジャパン出身。人間の僧侶、栄神望霄(ea0912)。
漆を流したような長髪の、男の僧侶。いつも女装をしており、それが似合っているからまた始末が悪い。堂に入った艶っぽいしぐさと小悪魔的な性格は、それだけで災厄である。
ジャパン出身。ジャイアントの志士、山王牙(ea1774)。
真面目で質実剛健。先日はモンスターに魅了されてちょっと困ったことになったりしたが、それでも今は復帰して真面目に志士をやっている。今回は『猪殺し』の称号を目的に参加。
ジャパン出身。人間の浪人、三宝重桐伏(ea1891)。
寝起きが悪くて三度の飯より酒が好き。傾奇者でやさぐれていて刹那主義者。人間としてどうかと思う部分は多々あるが、冒険に関しては堅実で実務派である。
ジャパン出身。人間の浪人、虎杖薔薇雄(ea3865)。
長い巻き毛の金髪に派手な顔立ち。鏡の中の自分を見てうっとりするところはかなりアレだが、戦闘に関してはわりと地力はある。見掛け倒しにならないかどうか、作者は心配である。
華仙教大国出身。エルフの武道家、常緑樹(ea4068)。
軽業を生業とする大道芸人。華国人らしく食い物に目が無く、今回も牡丹鍋を目的に参加。攻撃力はいまいちだが、回避力にずば抜けている。さすがは軽業師である。
ジャパン出身。人間の女志士、荒神紗之(ea4660)。
職業――博徒。つまり、賭け事を生業とする者である。志士としてはいささかアレだが一本びしっとした筋を持っており、姉御肌できっぷも良い。酒さえ慎めば。
華仙教大国出身、人間の武道家、神威空(ea5230)。
記憶喪失ながら熱血で情熱家で、斜にかまえたしぐさはその不安さを隠す心の鎧と思われる。歌うことが好きでそれなりの技量もあるが、その本分はやはり武道家である。
エジプト出身。人間の女ファイター、キサラ・ブレンファード(ea5796)。
クールな戦闘者。職業が猟師なので今回の依頼にはうってつけなのだが、感情が欠如したような言動が非常に目立つ。愛とか情とか温もりといったものを学べば、人間に深みが出るだろう。
以上である。とりあえず、十分な職能を持った集団と言えるだろう。
問題は、『何匹』の猪を狩らなければならないかだ。
●先だって
「やけに準備がいいよね」
ヴィゼル・イヴェルネルダが言う。
件の狩場へ出向いた一行は、あっさり6匹の猪を手に入れた。女番頭の京子が猟師村に使いを出して、あらかじめ狩っておいてもらったのだ。猪はややばらつきがあるが十分な大きさで、依頼の品としては申し分無い。ただ山に入った猟師達はやや無理をしたので、少々休憩が必要そうだ。
「残りは最低4匹か‥‥」
ガーディア・セファイリスがつぶやくように言う。
「5匹以上だよ。余分に狩ったらそれを食べていいことになっているんだから、『ボタンナベ』っていうのをちゃんと食べなきゃ。せっかくディアの欲望を満たすためにジャパンに来たんだし」
ガーディアの言葉に、ヴィゼルが突っ込みを入れた。それに「なんだ欲望」とガーディアが返す。この二人、長いことコンビを組んでいるらしく、会話の流れも堂に入っている。
「猪は市価でいいそうです。おあしも予定通りで問題ないかと。ただ猟師の方はお疲れでお休みだそうです。村一番の猟師にご協力を願おうと思ったんですけど‥‥」
破戒僧侶、栄神望霄が言う。今回の交渉役は彼である。
「あとは狩るしかないですね」
山王牙が、刀を鳴らしながら言う。武士の魂をそういうことに使っていいかどうかは疑問だが、世の武士には刀を包丁と同じぐらいにしか考えていない者もいるから、まずはOKである。よく言うではないか、『人きり包丁』と。
「俺ぁ猪って食ったことねぇんだよなぁ。美味いのかねぇ? まあ、猪を狩るのは任せろ。案内を頼むワ」
三宝重桐伏が言う。山にも猟にも明るくない彼には今回、力仕事しか回ってこない。その力仕事が重要ではあるのだが。
「猪自体は美しくないが、この任務、この私が美しく遂行して見せよう」
花をくわえて優雅にそう言ったのは虎杖薔薇雄であった。ナルシストの極致みたいな物言いだが、それだけの自信があるということだろう。
「猪、美味いね。豚に似た味するよ。脂身少なくてさっぱりしてるね」
常緑樹が、自然に溶け込む緑の衣服に身を包んで言った。このパーティーでは唯一、猪の味を知っている人物である。
荒神紗之が、徳利を傾けて口を開いた。
「まあ、山に入ろうや。こっちには神皇さまから下賜された精霊魔法があるんだよ。4匹や5匹、すぐに獲れるって」
そしてまた一口、ぐびりとやる。
「俺は、早速山に入る」
神威空が言う。彼は狩りのために、色々と下調べをするつもりであった。もっとも狩りの職能を持っていないので、頼るのは己の五感のみという状態ではある。これはほとんど、狩りというより武者修行と言ったほうが良いかもしれない。
「私、山にこもるね」
キサラ・ブレンファードが言った。文法とイントネーションが若干おかしいのは、エジプト生まれだからだろう。こちらは土地と獲物が違えど猟師である。文字通りの追跡が期待できそうだ。
一行は(主に牡丹鍋のために)、山へ入っていった。
●猪狩り
「まずは一匹」
仕留めた猪を担いで、牙が言った。ソードボンバーで仕留めたので周囲の地面はささくれ立ち、猪もかなり毛皮が痛んでいる。毛皮が欲しいわけではないのでこれはこれでOKだが、肉もぐずぐずになっていたら売り物にならない。その時はこちらで食べればいいだけの話だが。
「っしゃあ、獲物発見! ちゃっちゃと狩るぜぇ!」
別の場所で。
猪を見つけた桐伏が意気込んでいるところを、キサラが止めた。
「あれ、メス。メスは狩らない。メスは子供産む。獲物、減らない」
キサラが、狩人らしく桐伏を諭す。自然と共に生活する、狩人ならではの知恵だ。
「アタァッ!!」
緑樹が拳撃を放つ。それは突っ込んできた猪の鼻っ柱をぶち折って昏倒させた。
「ああ〜! 俺の獲物!!」
「早いもの勝ちだよ」
空の憤慨に対して、涼しい顔で緑樹が言った。
「いやー、あんたたちさすごいっぺなー」
道案内の村人、五平が驚いて言った。
冒険者たちは精霊魔法<ブレスセンサー>で呼吸を探査すると、その地域をしらみつぶしに探索してゆく。キサラなどの狩人の勘と魔法が組み合わさって、すさまじい高効率で猪を捕まえていった。普通、日に2匹も捕まえる事は出来ない。並みの猟師では。
が、オーダーはあと2匹。ずばぬけた能力と機能を持つ冒険者でも、そう簡単にいくだろうか?
「このところ、暑くてあんまり食欲がなかったんですよね。美味しいお鍋食べられるといいですよね」
「お前ってナマグサだよな‥‥」
望霄の言葉に桐伏が毒づく。友人という関係らしいが、腐れ縁と評した方が良さそうな気配だ。
途中、子供を連れた母クマに遭遇したが、じっとにらみ合っただけで無事になんとか過ごした。『熊殺し』の称号は魅力だが、今は任務遂行が第一である。
ヴィゼルとガーディア、漫才をやりながら猪狩りをやっている。主にヴィゼルがからかい半分の言葉を吐き、ガーディアが真面目に応対するというものだ。疲れ知らずの二人は結局、猪狩りもそこそこに漫才のし通しであった。
「さあ、美しくない猪! この薔薇の輝きを恐れぬなら、かかってきなさい!!」
どげん。
「この美しい私が〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
薔薇雄が猪に吹っ飛ばされて星になった。
訂正。
薔薇雄が猪に吹っ飛ばされて『美しい』星になった。
薔薇雄! 君の事は忘れない! さらば、そしてありがとう薔薇雄!!
――勝手なナレーション付けて抹殺するなー‥‥。
どこからか声が聞こえる。
「なんか、あんまりやること無いねぇ」
<ブレスセンサー>を何度も使って、さすがに疲弊してきた紗之が、座り込んで一杯やっている。彼女にとって、酒は薬である。
――ずん。
「「?」」
何か、微振動がした。一同が周囲に警戒の目を向ける。
バキバキバキ!!
破壊音がして、木立から鳥が一斉に飛び立った。
「なんでぇ」
桐伏が音の方向を向く。
ブモオオオオオオオオオッ!!
「ぬわ」
がっきっ。
「にいいいいいいいいいいっ!!!」
桐伏が剣で、その攻撃を受け止めた。
――こいつは!
桐伏が思う。
それは、猪だった。ただし、普通の猪に比べて格段にでかい。大きさが、倍ほどもある。
「面白くなってきたねぇ!!」
紗之が武器を取る。
山には主(ぬし)がいる。
ちょっとした田舎には、たいていある伝説である。蛇だったりふくろうだったりそのレパートリーは豊富だが、ここでは猪らしい。
「牡丹鍋のくせにしゃらくせえ!!」
桐伏が間合いを取り、<スマッシュ>を放った。
がいん!
「ぬっ!」
石を殴ったような手ごたえ。その猪は、牙で桐伏の攻撃を受けたのだ。
ブモオオオオオオ!!
「ぐあっ!」
桐伏が、突進を受ける。助走距離が少なかったからたいしたことは無かったが、約200キロの巨体に押しつぶされたらコトだ。
一同は山の主と激闘を繰り広げた。魔法と拳撃は錯綜し刃が走る。
「皆ガンバレー☆」
ごがっ。
ガーディアが後方で応援しているヴィゼルを殴った。
「前に出てこいよお前もよー!」
「すいません、ついオーディエンス気分で‥‥」
こんなときにどつき漫才とはいい度胸である。
とどめをさしたのは、キサラの<シュライク><ブラインドアタック>であった。西洋居合いに、周囲の者たちは瞠目した。
●ノルマ達成
「さて、ノルマ終了っと」
都合2日で、冒険者達は山の主を含めて5匹の猪を狩った。十分な戦果である。そのうち小ぶりな猪を一匹選んで、冒険者達は村人に頼み捌いてもらった。
「牡丹鍋だ〜!」
猪は、美味しく食された。空は一人で先に帰った。
祭りの成功は、保障されたようなもんである。一同は腹を満たし、意気揚々と帰路についた。
【おわり】