●リプレイ本文
小江戸騒乱 追撃――ジャパン・江戸
●妖怪というもの
妖怪とは、広義には怪音や怪獣などの、人知の及ばない異常、不思議な事物や現象一般を意味する。だが狭義においては、形態や行動、能力が、既知世界に存在するものから、大きく逸脱しているとみなされる存在を意味している。
例えば『ぬえ(鵺)』という妖怪は、複数の動物の部分の合成体であり、よく知られた『ろくろ首』は、首を異常に長くすることによって、『一つ目小僧』は小僧から目を1つのぞくことによって、作り出された妖怪である。つまり妖怪の特徴は、形態や行動などの過剰、欠如、あるいは合成。つまり現実の秩序からの、逸脱に求められるわけだ。
妖怪は、超自然的存在という意味では『神』に属する。しかし人間によって祭祀、統御されていないために、しばしば人間に害をもたらすと考えられている。ゆえに、人間が祭祀することで幸福をさずける『神』と、区別することもできる。
いずれにせよ、妖怪は人間世界にとって異端だ。双方の接触は衝突を生む。それが何か、生産的な行為に発展する事は希だ。
そして、『それ』は起きてしまった。妖狐の襲撃と百鬼夜行。祭りに振って沸いた災厄。その痕跡は今なお江戸市中、そして周辺に残っている。
今回の依頼は、そんな事件の後始末であった。
今回この依頼に借り出された冒険者は、次の者達。
ジャパン出身。ジャイアントの志士、山王牙(ea1774)。
シャンと背筋を伸ばした、折り目正しい巨人志士。面倒見が良く不言実行タイプだが、『正義』という言葉には懐疑的。魔法・剣技共によく学んでおり、個人戦闘力は結構高い。
ジャパン出身。人間の浪人、南天輝(ea2557)。
管弦士という聞き慣れない職業を生業にしている、無頼浪人。とにかく礼儀作法や格式ばったことが嫌いで、そのためか仕官の話はなかなか来ない。技に秀でているが攻め一辺倒なのがちょっとつらいところ。
ジャパン出身。人間の浪人、氷川玲(ea2988)。
苦労人で苦労性。職人気質といえば聞こえが良いが、趣味に関しては頑なに譲らない頑固者。ちなみに趣味は、大工仕事と武術鍛錬。ふんどし一丁で巨大カニと戦ったこともある、ある意味猛者。今回は1名の支援を受けて出陣。
ジャパン出身。人間の志士、山本建一(ea3891)。
人物的に懐が深く、生まれも良いのか教師という生業は天職に思える。実際評判も良く、積極的な女性のアタックは日常茶飯事だ。もっとも彼の趣味は奥ゆかしい人なので、ストライクゾーンな出会いはなかなか無い。
ジャパン出身。ジャイアントの女志士、鷹波穂狼(ea4141)。
筋骨たくましい、船乗りを生業とする女志士。海を愛し海と共にありたいと願う女傑だが、行き過ぎで海の『漢(おとこ)』に見られることもしばしば。今回は1名の支援を受けて出陣。
ジャパン出身。人間の浪人、伊東登志樹(ea4301)。
安っぽい風体と仕草が、どことなく容貌に似合う武芸者。ずる賢く人を出し抜きたい考えが露骨に見えるのは、少々オツムが足りないせいだがほほえましくもある。最強願望あり。今回は2名の支援を受けて出陣。
ジャパン出身。人間の侍、九印雪人(ea4522)。
『俺は、俺の好きに生きる』を信条に、オーラ魔法を磨く白髪の侍。武家で生業は商家というから、世の階級の上と下を両方知っている、ある意味苦労人。白髪はそのせいだろうか?
ジャパン出身。人間の忍者、死先無為(ea5428)。
面倒嫌いで興味本位という、ある意味わがままな性分の忍者。心を刃で隠して忍びと書くが、それとはかけ離れた人物。策を練るのが好きだがその辺は並大抵。没個性化した外見は忍者向きとも言える。
ジャパン出身。人間の忍者、紅闇幻朧(ea6415)。
過去を全て捨てた孤高の忍者。目的のためには手段を選ばず、卑怯卑劣なことも厭わない。モンスターに対しては残酷で、それが生きがいにになっているとも言える。普段は用心棒をしている。
ジャパン出身。人間の侍、天津蒼穹(ea6749)。
格式を重んじる武家の出自のわりには、気さくで気の置けない性分の侍。教師を生業にしており、評判もすこぶる良いが、怒ると子供が泣くほど怖いためなるべく自重しようと思っている。ジャパン人としては破格の身長183センチ。
以上、15名。同行の僧侶の支援者も入れると、16名の大所帯になる。
「作戦を説明する」
南天輝が、箱根までの街道を指して言う。
「我々は街道を3班に分かれて進撃する。中央を俺の隊が押さえるから、他のみんなには左右を固めてもらうことになると思う。いわゆる『鶴翼の陣』というやつだ。中央の主力は俺と伊東登志樹、紅闇幻朧。支援に羽雪嶺、ファルマ・ウーイック、黒部幽寡が当たる。この陣の斬り込み隊と考えてくれ」
「いいぜ」
「心得た」
登志樹と幻朧が、刀に手を添えながら言った。
「右翼は山本建一、鷹波穂狼、天津蒼穹。支援に錬金がついてもらう」
「承知」
「あいよ」
「了解だ」
建一、穂狼、蒼穹が言う。
「左翼は氷川玲、九印雪人、死先無為に務めてもらう。支援には緋邑嵐天丸がつく。左は海側だから、網を抜ける敵は少ないだろう」
「わかった」
「了解」
「承知しました」
玲、雪人、無為が言った。
「山王牙には後詰を受け持ってもらう。保険みたいなものだが、絶対に必要だ。江戸側に化け物を逃がすと洒落にならんからな」
「承りました」
牙が言った。指を組みバキバキと鳴らす。そして言葉を続けた。
「冒険者ギルドの差配により、箱根までの街道筋に居る人々は、この3日間近場の宿場に引きこもってもらっている事になっています。街道筋には同じ目的の冒険者以外は居ないはずです」
牙が言う。その後を、輝が受け持つ。
「俺たちの目的は、敵の殲滅ではない。出来るだけ多くの化け物を江戸から遠ざけ、箱根までの安全を確保することだ。箱根には、敵を殲滅するための陣が張ってある。殲滅戦はそっちに任せればいい。元箱根への街道も開けておいていいそうだ。完全に陣を封じてしまうと、敵も死に物狂いになる。元箱根のほうへ逃げる敵は追わなくていいとの、お京さんからのお達しだ」
輝が言った。箱根の街道は、移転と開削によって合計三つのルートがある。現在の箱根街道は、源徳家康が開削整備したもっとも新しい道路だ。元箱根と呼ばれる街道は一つ前の街道で、より山側に位置する旧道になる。今は関所の跡地しかその痕跡は無く、凶状持ちなどが忍んで使うぐらいのものだ。
「僧侶の郁少さんは、牙についていてもらう。状況に応じて臨機応変に回復作業を行ってもらう予定だ」
「よろしく」
三十がらみの僧侶が、一同に頭を下げた。今回冒険者ギルドから派遣された白僧侶だ。
「これから三日、休憩以外は睡眠もろくに取れない強行軍が続く。行動は迅速に無駄なく行こう。では、出発!」
「「「「「応!!」」」」」
全員の掛け声が揃った。
●東海道
「てぇりゃっ!」
ごっふぉっ!!
牙の<ソードボンバー>が、戦列からもれてきた小鬼を吹き飛ばした。手傷を負った鬼は悲鳴を上げながら逃げてゆく。
「すまんな」
輝が牙に言う。敵を漏らしたことを謝っているのだ。
「いや、たまには仕事をしないと」
牙が涼しげな顔で言った。
「判っているとは思うが、魔法は通常攻撃の効きにくい相手だけに絞り、極力温存するんだ。俺達は正面に立つ以上、ここを抜けられると後が無い。突破するなら容赦なく倒せ」
中央の仲間に向かって、輝の檄が飛ぶ。
登志樹は、茶鬼3匹を相手に少々てこずっていた。手数で圧されて、攻撃に移れないのだ。地力があるのでそうそう打撃を受ける事は無いが、数というのも立派に武器である。
そこに、3人の幻朧が現れた。幻朧の<分身の術>である。茶鬼が何事かと後ろを向いた瞬間、攻守が逆転した。茶鬼たちは登志樹と幻朧から痛打を受けて逃げ散る。
「逃がすか!」
江戸方面に抜けようとした小鬼を、幻朧が背後から容赦なく斬り伏せた。雪嶺やファルマ、幽寡もよく働いている。
左翼では。
うああああああ。
死人憑きが、苦鳴をあげながら迫ってきていた。悪臭が鼻を突く。
「お呼びじゃないんだよ!」
玲が、刀で死人を斬った。しかし死人はひるむことなく向かってくる。死人をもう一度殺すのは、結構大変だ。
「ちょっと待ってくれ」
雪人が呼吸を整え、気を練る。そして玲の剣に、魔法を付与した。<オーラパワー>である。
「ありがてぇ」
玲が再び死人憑きに斬りかかる。それは確かに、死人憑きに痛打を与えた。2度ほど斬りつけると、死人は動かなくなった。
「南無」
玲が拝むしぐさをする。願わくば、自分はこんな最後は遂げたくない。
「さて‥‥死なない程度に頑張りますか」
無為が、能面のような顔でつぶやいた。いまさらのような気もするが、全員が全員、いつも全開というわけにはいかないのが今回の任務である。
「伝わるかは判らないけど、一応。箱根方面へ逃げるというならば命までは取らないので、逃げてくれませんか?」
小鬼の群れに向かって、無為が言う。しかし伝わった気配は無い。小鬼はくみし易しと見てか、武器を構えて襲い掛かってきた。
「仕方ないですね」
ごっふあっ!
無為の<火遁の術>が、小鬼の群れを焼く。小鬼は我先に逃げ出した。先行していた助っ人の、嵐天丸の敵を奪った形になった。嵐天丸が不満を表すが、そんな余裕もあればこそ。次の敵が迫ってきていた。
右翼では。
「江戸方面には一体も行かせません」
建一が豚鬼相手に奮戦していた。豚鬼は肉の厚い分、ちょっと頑丈である。それでも果敢に一匹を討ち取り、次の敵にかかった。
「建一! ちょっと待ちな!」
穂狼が、その健一に制止をかけた。反射的に歩みを止めた健一の、本来あるべき空間を何かが凪ぎ過ぎる。
それは、着物を着た女性の爪だった。ひどく醜く伸びたいびつな爪。なればそれは、人外のもの以外の何者でもない。
「それは人間では無いぞ!」
僧侶・郁少が声を上げた。<ディテクトアンデッド>を使ったのだろう。
「気をつけてください! 『ソレ』は魅了の魔法を使います!!」
牙が声を上げる。以前の依頼で牙は、これに<チャーム>の魔法をかけられて無力化されたことがある。
そうしているうちに、その喉から歌が流れてきた。<チャーム>の魔法だ。目標は天津蒼穹。
「むっ!」
ぐらりと、蒼穹の視界がゆがんだような気がした。魔法の効果が、精神を圧する。
「ぬううううあああああありゃあっ!」
その効果を、蒼穹は気合で跳ね除けた。そして槍に<オーラパワー>をかけると、それをアンデッド・精吸いに叩き込んだ。槍に射抜かれ、精吸いの動きが鈍る。錬金もこれに加勢し、ファルマと幽寡からの<ホーリー><ブラックホーリー>なども痛打を与えた。
「<アイスコフィン>!!」
穂狼が精霊魔法を唱える。氷の棺が精吸いを覆い、封じ込めた。耐呪できなかったらしい。
「よっしゃあ!」
穂狼が、思わず快哉をあげる。
「‥‥槍をどうやって抜いたらいいんだ‥‥」
槍が、精吸いの胸を貫いたまま凍っている。
蒼穹が、得物を奪われて呆然としていた。
●戦い済んで
3日後。
「こんなもんか」
陣頭指揮を取っていた輝が、箱根宿の数キロ手前で言った。街道のほとんどの敵の掃討が、この時点で終了していた。倒した敵の数はそれほど多くは無いが、接触した敵の数は二桁後半になっていた。
気力は、全員残っていなかった。魔法も忍術も使い尽くし、怪我も負っている。予想以上にパーティーが機能して優勢に事を進められたが、実際これ以上は無理だろう。
後、平和になった箱根宿で、パーティーは泥のように眠ることになる。
――もうこんな依頼受けねぇぞ。
結構本気で、一同は思っていた。
何はともあれ、依頼は成功である。あとは、箱根の陣に任せればよい。
箱根の空は、今日も青い。
【おわり】