●リプレイ本文
小江戸騒乱 弐の陣――ジャパン・箱根
●戦陣を組む
古来から、人間は戦に明け暮れ、様々な戦の方法や道具を編み出してきた。それは外敵に対する備えであり、そして他者の侵略を行うための手段であった。
人間は、他者を侵さずには生きて行けない。それは時に同じ人間に向けられる切っ先ではあったが、この世界『ジ・アース』では、他のサブヒューマノイドやモンスターに向けられる矛先である。人間は決して、万物の霊長ではない。人間を上回る存在はいくらでもある。それこそ数において。あるいは質において。そのありようは様々だが、共通しているのはそれらの存在が、必ずしも人間に友好的ではないということだろう。オーガ族は人類にとって不倶戴天の敵であり、ドラゴンなどは人間など塵芥(ちりあくた)のようにしか思っていない。アンデッドは人間にとって天敵にも等しく、精霊などはその力のほんのごく一部を利用できるだけだ。
互いに敬意を払いあう異種族の少なさは、その存在が多くの業の上に成り立っているからであろうか? この『百鬼夜行』の中に、あるいは答えがあったのかもしれない。終わってしまえば、ただの災害でしかなくなるが。
今回、箱根宿を守るために駆り出されたのは、次の冒険者たち。
ジャパン出身。人間の女侍、天螺月律吏(ea0085)。
紅の長髪が美しい女剣士。教師を生業にしており、冒険者としての名声はすでに江戸じゅうに鳴り響いている。クールで男装を好む事からか、江戸の女性の人気が特に高い。今回は妹を連れての参戦。
ジャパン出身。人間の浪人、夜神十夜(ea2160)。既婚。
重ねて書くが、彼は既婚である。しかし女好きの乳好きで、その奇癖は止まるところを知らず今日も女性の乳を追っている。嫁さんにぶん殴られないことを切に祈るのみである。今回は1名の支援を受けて参戦。
ロシア王国出身。エルフのファイター、ヴァラス・ロフキシモ(ea2538)。
エルフは一般的に、優雅で可憐で線の細い印象がある。が、このエルフファイターは粗野で粗暴で口が悪く、しかもエクスキュージョンマニアックスという、イメージぶち壊しな人物像を持っている。今日も元気に殺戮殺戮。
ジャパン出身。人間の志士、月代憐慈(ea2630)。
飄々とした風貌に片手扇子。長髪を結い下ろして背中に流している伊達男。傾いているというわけではなく本人はスマートに生きたいだけのようだが、うるさ型で上司の評判は悪い。今回は2名の支援を受けて参戦。
ジャパン出身。人間の女志士、琴宮茜(ea2722)。
銀髪の少女志士。童顔で10歳ぐらいの外見にしか見えないが、その実力はすでに江戸に知れ渡るほどの実力者。でも生業は茶道家で、茶の湯の道を究めたいと思っているらしい。得意技は<ライトニングアーマー>を装備しての体当たり。
ジャパン出身。人間の女志士、柊小桃(ea3511)。
ガチの10歳。お祭り好きで賑やかし。明るく素直な良い子で、好奇心旺盛で天真爛漫。天然と言うなかれ。これでも冒険者としては、江戸で噂ぐらいにはのぼる実力者なのだ。謎な称号を持っているが。
ジャパン出身。人間の志士、日向大輝(ea3597)。
若干14歳の少年志士。しかし童顔でこれも10歳ぐらいにしか見えない。その事を気にしているのか子ども扱いされるのが嫌いで、最強願望がある。しかし甘いものに目が無いのは歳相応である。
ジャパン出身。人間の志士、鷹宮清瀬(ea3834)。
学者肌の落ち着いた人物。古物収集をしており、古いものに目が無い。開町20年の江戸では、そういうものにはなかなかお目にかかれないが、古墳探索などであればそのような機会もあるだろう。現実主義者で、かたくななところがある。
ジャパン出身。パラの女志士、神埼紫苑(ea4387)。
警護を生業とする弓使い。神皇から下賜された、精霊魔法を引っさげてこの任務に参戦。京までの道は遠いが、都へ続く道に妖怪が跋扈するのは許せないところである。装備重量が重いため、魔法が使えるように得物を地面に並べて調整。
ジャパン出身。人間の女志士、荒神紗之(ea4660)。
貧乳を気にする小悪魔志士。男をからかうのが好きで、さらに無類の酒好き。さらにバトルマニアときているから、神皇の部下も十人十色である。今回は右手に日本刀、左手に十手というガチ装備で参戦。
以上、14名。もう一班あるから、総勢で30名弱になるだろうか。戦隊としてはけっこうな規模である。
●早駆け
『あなたたちは江戸から出立して、箱根まで東海道を先回りすること。途中に化け物が居ても無視して。そして箱根で陣を組み、別班が追い込んでくる妖怪をそこで殲滅するのよ』
“緋牡丹お京”こと烏丸京子の言葉である。一行がこの条件を満たす方法は二つ。一つは馬による早駆けで一気に東海道を突破する方法。もう一つは、別ルートをモンスターを避けて踏破し、箱根に先回りする方法だ。
しかし徒歩で歩き詰め、しかも未踏破の道路を探りながらの行軍では、箱根に着けるのはいつになるかわからないし、疲労の問題もある。それにこの時代、整備されている箱根への道路は東海道しか無いのだ。結局、馬にせよ徒歩にせよ、東海道を敵中突破するしか無い。
「選択肢など、無いも同然だな‥‥」
天螺月律吏が、苦りきった顔で言う。実際、こういう難局だからこそ腕のある冒険者が頼られるのであって、それに文句をつけても始まらない。
律吏はお京に話を付けて、馬を数頭借りていた。徒(かち)の者はもちろん、さらには荷物や武具を乗せて箱根に急行するための、予備の馬である。実際問題として、ヴァラス・ロフキシモのように知識だけで馬に乗ったことの無い者も居るため、行軍は綱を取る者におおむね頼る形になった。
「おじょうちゃんはまだ10歳なのに、乗馬ができるんだね。えらいねェ〜」
ヴァラスが柊小桃の背に乗せてもらいながら言った言葉である。まあ、実際10歳で馬の訓練をしている小桃もたいしたものだろう。武士のたしなみと言ってしまえばそれまでだが。
ともあれ、一同は一路東海道を西進し始めた。途中、箱根への追い込みを行っている冒険者たちを追い抜き、戦列を組んで駆け抜ける。走る馬の集団相手に喧嘩を売ろうという豪傑は、さすがに小鬼や茶鬼などの中にはおらず、一同はさしたる問題も無く箱根にたどり着いた。途中で全長3間(約6メートル)もある大百足を追い抜いたが、あれを相手にするのは難儀そうである。
駆け抜けて丸1日。敵が来るのは推定1日半後。休憩を取り陣を敷くには、十分な時間だ。
「東海道の宿場はみんな満杯のようだ。冒険者ギルドの差配らしい」
夜神十夜が言う。彼の指摘したことは、途中での救助活動がまったく必要無かったことについてだ。街道を行く人々は皆、近場の宿場に避難するように言われていたそうである。冒険者の誰かが掛け合ったのか、それともギルドの采配なのか。そこまでは分からなかったが、いずれにせよ民間人の被害が最少で済みそうなのは幸いであった。
逆を言えば『途中の現状』を知る手がかりが得られないのだが、それはまあ差し引きで利が大きいと考えれば気にならない。一行は休憩もそこそこに、箱根を出て箱根の手前、小田原宿方向へと足を向けた。
●箱根防衛線布陣
箱根宿と小田原宿の規模は、かなり違う。
箱根宿は箱根山と芦ノ湖、そして『箱根七湯』と呼ばれる箱根温泉があり、宿場町としても観光名所としてもかなり出来上がっている場所だった。
ゆえに、急造の戦隊の一つ二つで、流れてくる化け物たちを殲滅し宿場を防衛するのは、やや荷が勝ちすぎる。窮鼠猫を噛むの例えもあるし、ここでの彼らの働きは、化け物どもを箱根に入れないことと考えるべきだ。幸い、お京は小田原藩に伝があるらしく、箱根宿で冒険者一行が休憩を取っている間に、化け物の元箱根(東海道の旧道)への誘導許可が出た。袋にわざと、穴を開けておくのである。
死に物狂いになった敵は、時には強敵となる。賢い選択であろう。逆を言えば、文字通り後は無い。モンスターに戦列を抜かれたら、あとは箱根の地回りと役人が頼りという状況である。小鬼の数匹程度ならともかく、茶鬼あたりを逃がすと役人の手には負えないかもしれない。
「‥‥女もほとんどいなければ、乳も揉めない‥‥なんて寂しい仕事だ‥‥」
本当にしょんぼりしながら言ったのは、十夜である。その頭を、月代憐慈の扇子がポカンとやる。
「不謹慎だぞ。もっと集中しろ」
憐慈が言う。他の者は、陣を立てるために肉体労働の真っ最中だ。
「<ストーンウォール>!」
地面から、石の壁がせり上がる。神埼紫苑の精神労働(というか精霊魔法)の<ストーンウォール>である。簡易にしても陣を作るには、うってつけの魔法だ。
その他にも、鷹宮清瀬の<ライトニングトラップ>や小桃の<プラントコントロール>によって、街道が次々と城砦としての様相を整えられてゆく。場所選びは慎重に行ったが、結局街道筋を浅く広く守らなければならないので、地理的有利はあまり得られなかった。
だが、無ければ作る。このあたりの臨機応変さとそれを成してしまう実力を同居させているのが、冒険者の冒険者たる所以だろう。
「これぐらいで良いのではないでしょうか?」
琴宮茜が、街道に三重に作られた陣を見て言う。魔法を使う者は、戦闘用の魔力も残しておかなければならない。ほどほどに作りこんだ程度で、十分と言えるだろう。あとは臨機応変。出たとこ勝負である。
●百鬼来襲
仕事を請けてから3日目の夕刻。
「来た‥‥」
日向大輝が、刀に手をかけながら言った。
それは、傷を負った小鬼だった。小鬼はこちらの様子に気が付くと、回れ右して逃げていった。
「ありゃあ? 何逃げてやがる!」
ヴァラスが、飛び出そうとする。
「放っておきな。どうせ今のは、逃げ足の速い木っ端野郎さ」
荒神紗之が、酒盃を傾けながら言った。ほんのりと染まった頬が、なまめかしい。
「そうだな。敗走してくる敵の本隊は、これからくごはぁっ!」
シリアスな顔でさりげなく紗之の胸に触れようとした十夜が、突っ込まれた。グーで、顔面に。
虚空に、芸術的なまでに紅い鼻血の放物線を描いて、十夜が倒れる。紗之の<バックアタック>であった。彼女に死角は無い。
「進歩の無いヤツだ」
憐慈が涼しい顔をし、扇子で口元を隠しながら言った。
「来るぞ」
そう言って鯉口を切ったのは、律吏である。その背後には支援としてやってきた、妹の天螺月たゆらが控えている。
‥‥ぞろぞろ。
街道の向こうから、人影が迫ってきた。のろのろと重い動きで歩む姿は、ズゥンビか幽鬼か。
「まさに敗残の集団ですね‥‥」
茜が言う。それは小鬼や茶鬼といった、種々様々なオーガ種の集団だった。いかにも疲労困憊しており、組しやすげに見える。
「あれだけでは終わらんぞ」
大輝が言う。その通りだった。わっとオーガの集団が割れると、そから巨大な白猿が躍り出て来たのだ。
「本命だな」
清瀬が手に印??gみ、呪文を唱える。
「<ウインドスラッシュ>!!」
風の刃が、清瀬の手から飛び白猿を斬り伏せた。
「かかれ!」
復活した十夜が、檄を飛ばす。鼻血はまだ止まっていない。
戦いが始まった。
●箱根温泉
戦いは、四半日ほどで終わった。一同は血でと汗で汚れた身体を休めるため、温泉に浸かっていた。支援に来ていた、白河千里やフィール・ヴァンスレット、風月皇鬼なども一緒である。
敵の主力は猿だった。すばやい動きで翻弄されたが、先に陣を張っておいたことが功をそうした。猿たちは罠をことごとく引き当て、自滅していったのである。
問題はやはり、途中で追い抜いた大百足であった。強力な顎で噛み砕かれればひとたまりも無い。装甲も厚くいかにも武器が効きそうに無かった。
だがそれも、小桃を始めとする魔法使いたちの攻撃によって撃沈した。特にフィールの<ホーリー>はよく効いた。とどめは紫苑の<ストーンウォール>倒しであった。重い石壁に頭を潰され、さすがの百足も絶命した。
「箱根の湯で一杯ってのはいいねぇ!」
紗之が、湯に徳利の乗った盆を浮かべていう。これはこれで風情というものである。
ともあれ、おおかたの敵を排除して箱根山中へと追いやった一同は、ねぎらいの言葉と報酬を受けて東海道を下って行った。
大成功であった。
【おわり】