●リプレイ本文
殺人依頼――ジャパン・江戸
●成木屋
成木屋は江戸近郊で作られている化粧品を『京拵え』と偽り、それを安価に売りさばいているらしい。その他にも、裏では高利貸しなどを行っているらしく、泣きを見ている人間は結構居るようだ。
つまり成木屋の伝衛門という人物は、叩けばホコリの出る人物なのである。
今回、この成木屋伝衛門も警護を受け持ったのは以下の冒険者たち。
ジャパン出身。人間の侍、玖堂火織(ea0030)。
刀剣マニアで寝起きが悪く、面倒くさがりで腰が重い。そしてモンスターに対しては容赦が無い。と書くと、いわくつきの性格破綻者にしか見えないが、任務に対しては彼なりに忠実な男である。
「あー、かったりぃ‥‥早く帰って寝てぇ‥‥」
おいおい、フォローさせろよ。
ジャパン出身。人間の女浪人、不破恭華(ea2233)。
竹串を口にくわえた、ほう髪の女剣士。小さな身体に豊満な胸を抱えたクールビューティー。しかし、その実はかなりの情熱家。きっと熱烈な恋愛結婚をするんだろう。温泉が好きらしく、箱根へはよく足を向けるようである。
ジャパン出身。人間の女志士、天薙綾女(ea4364)。
前回ミコトにしてやられた、冒険者の一人。といっても任務自体は成功し、その後依頼人が時を合わせて病死したというだけの話なのだが、心にしこりが残っていたようである。今回は事件の裏を取りにかかっている。
ジャパン出身。人間の忍者、神山明人(ea5209)。
女好きの美形好き。クールでストイック『ではない』煩悩忍者。欧州では有名な、砂漠の国の王室のようなハーレムを作るのが人生の目標という、ある意味割り切るべき所で割り切った人物。人それを『開き直り』という。
ジャパン出身。人間の忍者、永倉平九郎(ea5344)。
こちらも、高い所が大好きで行動原理は『興味本位』という破戒忍者。刃で心を殺すと書いてシノビと読むが、彼はまったく忍んでない。現れるときはもちろん高いところ。それも落ちたら3回ぐらい死ねるぐらいの場所である。そのため戦闘になると出番が遅い。降りてくるのに時間がかかるから。
ロシア王国出身。エルフのナイト、ミハイル・ベルベイン(ea6216)。
自分を真に必要としてくれる主君を探す、青年騎士(といっても実年齢は57歳だが)。差別が嫌いで、自分が差別されることには特に耐えられない。というのも、封建君主制度に組み込まれる騎士階級は本来『人間』の取るべき姿だからだ。エルフである彼が、何ゆえ人間のシステムに身を置くことにしたのか、興味は尽きない。
ジャパン出身。人間の志士、小坂部太吾(ea6354)。
『維新組』という集団に籍を置く、壮年の志士。気は若いつもりだが、年齢が口調に出る。おおらかで懐も深く、言うことは荒っぽいが一、抹の優しさがにじみ出る性癖。今回この『維新組』という集団からは、他に三人がこの依頼に参加している。
ジャパン出身。人間の女志士、海上飛沫(ea6356)。
グループ『維新組』所属の女志士。品行方正で上品な顔立ちをしているが、やることは結構過激で行動力はある。水系精霊魔法の使い手で<アイスコフィン>を使う。
ジャパン出身。ジャイアントの女志士、郷地馬子(ea6357)。
強い奥州なまりで、田舎育ち丸出しの『維新組』女志士。地系精霊魔法使いで、その外見は男に見間違われることもしばしば。白くてふわふわしたものをつい追いかけてしまう奇癖あり。
ジャパン出身。パラの志士、凪風風小生(ea6358)。
『維新組』の風の精霊魔法使い。パラらしく表裏の無い率直な性格をしており、機嫌の良いときには鼻歌を歌っている。今回はあらかじめ、店に奉公人として入室。ミコトの裏をかくために、忍び込んでいる。
以上、10名。多いか少ないかは、読者諸賢にご想像いただきたい。
とりあえず一同は、隠密の風小生を除いて伝衛門の警護の段取りを行った。
●脅し作戦
「さて、この中に暗殺者がいるかもしれません」
奉公人たちは全員集められ、いきなりそう切り出された。言ったのは海上飛沫である。
「馬子さん、刀を。本物の暗殺者であれば、このぐらい避けるでしょう」
ジャイアントらしく体格で威圧しながら、郷地馬子が刀を抜く。それに、息を飲む気配がいくつもした。
――呼吸が乱れない人は居ないな‥‥。
その様子を、息を殺して奉公人に化けている凪風風小生が、精霊魔法<ブレスセンサー>で探る。呼吸一つ乱さない人物がいれば、それは変装しているミコトである可能性が高い。
しかし実際のところ、10名ほどの奉公人や番頭たちは、それなりに呼吸を乱しており不審な点は見られない。それが風小生の顔に、不信となって現れる。
「そこまでにしておけ」
それを、小坂部太吾が止めた。かねてからの、打ち合わせどおりだ。
「皆、驚かせてすまなかった。この中に暗殺者は紛れ込んでおるかもしれんから、少し試させてもらったんじゃ」
密かに発動させていた<インフラビジョン>を解きながら、太吾が言った。彼の目にも、なんら異常は見られない。
――もしかしたら、まだ来ておらぬのかもしれぬな。
太吾が思う。ミコトは今回、期日を指定していない。それは逆に、いつ来るか分からないということなのだ。長期戦か短期決戦なのかもわからない。それは、待ち受ける者たちにとっては、果てしなく不利である。
が、元より不利は承知の上。一週間待ってこなければ、次の当番の冒険者が来る。そういうことになっている。その前に、成木屋に公儀の手が入ってどうにかなってしまう可能性もあるが。
「オラにも似合う化粧品みつくろってくんろ」
店子に向かって、馬子が言う。剣は持ってもやはり女、ということだろう。
●見張り
ミハイル・ベルベインは、伝衛門の寝室を借りそこで寝泊りしていた。ミコトが狙うのは、おそらく夜である。警護が手薄になる時だ。気を張り聞き耳を立てて、眠るふりをしながら周囲を探る。針の落ちる音だって聞き取れそうだった。
神山明人は、その天井裏に潜んでいる。相手はおそらく、同業の忍者。ならば、進入路はおのずと限られてくる。出来れば幸運な出会いでありたい(ミコトが女らしいので)と願う明人であったが、その願いはかなうだろうか?
そのころ伝衛門は、離れの茶室に居た。同伴しているのは、不破恭華と天薙綾女である。不寝番をするつもりなのだ。
ちなみに茶室という場所は、入り口が狭く一つしかない。作りも頑健で、取り篭りには向いている。これは篭城戦の構えなのである。
――それにしても、伝衛門は女性が自害するほどのことをしたわけか?
そう心の中で思ったのは、恭華であった。果たして何が起きたのか? 冒頭にも書いたが、成木屋は叩けばいくらでもホコリが出る商いをしている。恨みの一つ二つ買っていても、おかしく無いのだ。
その辺の裏は、気になったのか綾女も取っていた。そうしたら、伝衛門の犯罪未満な事件がわらわらと出てくる。このような限りなくブラックに近いグレーな人物の警護など、正直本身を入れて行う気にはなれないのだが、今回の事件は『江戸で刺客依頼を成立させないこと』というのが目的である。このさい、伝衛門の悪行については、目をつぶったほうがいいだろう。あとは司直に任せれば良いのだ。今回の事件で伝衛門のことは大きく取りざたされ、注目を集めている。ほうっておいても、自滅するのは必至だ。
――ミコトちゃ〜ん♪ 出ておいで〜♪
永倉平九郎が、屋根の上で月をバックにしながら、屋敷を見下ろしている。高い所が好きなこの忍者は、いつもこんな調子である。
そんなシフトを敷いて、5日目。そろそろ伝衛門が焦れてきた。このところ刺客を警戒して、商いにも出ていない。家に居てばかりでは、仕事にならない。あるいは、誰かの狂言か? そんなことまで考えてしまう。
伝衛門がそんな事を言い始めたとき、それを諫める人物が居た。ずっと木の上で寝ていた(本人否定)玖堂火織である。
「ミコトの目的は、伝衛門さん、あんたの抹殺だ。今外に出るのは、自殺行為だぜ。どうせならもう数日、待ってみようや。そのほうが面倒が無くていい」
後半はかなり自分本位な言い方になっているが、正論である。
そしてさらに2日が過ぎ、翌日は交代という日になった。それまで、何も起きなかった。『維新組』が張っていた店の奉公人たちにも動きは無い。どうやらミコトの動きは封じられたかに思われた。
「成田屋の喜兵衛さんがおいでになりました」
その日、伝衛門に来客があった。懇意にしている呉服問屋の主である。
「これは物々しい警備ですなぁ」
喜兵衛という人物は、体積が伝衛門の倍ぐらいありそうな恰幅の良い人で、人を値踏みするようなまなざしが気に障る人物だった。
客間にほとんどの警護の者を据えた伝衛門の状況に、喜兵衛が言う。
「今日は陣中見舞いに来たんですよ。これは西洋菓子の『かすてーら』です」
そう言って、喜兵衛が包みを差し出す。それは恭華が受け取り、中身は綾女が検(あらた)めた。茶色い皮の黄色い菓子が入っているだけで、何も無い。ただし、毒見は必要かもしれない。
「おや‥‥蚊が‥‥」
チクッ!
喜兵衛がそう言うと、伝衛門が腕を押さえた。蚊に刺されたという感じだ。
だが、冒険者は総立ちになった。
「伝衛門さん、傷を見せて下さい!」
血相を変えて、飛沫が言う。その瞬間、図体とはまったくかけ離れた俊敏さで、喜兵衛が外の障子に向かって駆け出していた。
「ミコトです!」
誰かが声を上げた瞬間。障子を破って何かが庭にまろびでる。変装を解くと、それは忍びの姿になった。おそらく<人遁の術>である。
「動くな」
そこに、火織と平九郎が立っていた。
「僕らは玄人で、何よりも依頼の完遂が目的なんだ。あんたにも都合はあるだろうけど、死にたくなかったら言う通りにして欲しいね」
平九郎が、構えながら言う。
「こういう形であってみたくなかったな」
明人が、その場に降り立ちながら言った。
「まあ、これも仕事だ。あきらめてもらえないか?」
ふっ。
ミコトが、薄く笑ったような気がした。その瞬間!
づどおおおおおおん!
ミコトの身体が、爆発した。
「しまった、<微塵隠れ>だ!」
平九郎が言う。自爆して目をくらまし、そしてどこかへ瞬時に移動する忍法。それをこのタイミングで、一瞬で使用するとは!
――伝衛門はっ!!
伝衛門は、頓狂な顔をしていた。事態の推移に、ついてゆけないようである。
「寺院へ!」
早駕籠が呼ばれ、伝衛門は冒険者たちと共に寺社へと運ばれた。伝衛門の腕に、もう傷は無い。いや、見えない。
治療は、迅速に行われた。<リカバー>がかけられ<アンチドート>が唱えられた。
だが、3日後。
「伝衛門が死んだわ」
“緋牡丹お京”こと、烏丸京子が言った。
「死因は病死。高熱を発して、全身真っ青になって死んだそうよ」
この時代にはまだ名前も無いが、敗血症という病気がある。身体の中で雑菌が繁殖し、死に至る病だ。ペニシリンなどの抗生物質でおおむね治癒できるが、そのようなものはこの時代に無い。
――やられた‥‥。
このジ・アースにおいて、病気を治せる手段は、あまり無い。病毒は、身体に入ってしまえばそこまでなのである。
ミコトは、そのことを知り尽くしているようだった。
後日、奉行所に投げ文が入れられた。そこには伝衛門の悪事が、いろいろと書き連ねられていた。おおむね、綾女が調べた通りである。伝衛門は、悪人だったのだ。
成木屋には役人が入り、すぐに潰れた。伝衛門の悪事は表の事と成り、そして周囲の者たちも奉行所へ引っ張られていった。
――やった。
江戸の市民に、何か異様な熱気がたまっていた。伝衛門の死とミコトの行いを賞賛するような熱気。
恐れていた事態は、現実のものとなった。
【おわり】