殺人依頼――ジャパン・江戸

■ショートシナリオ


担当:三ノ字俊介

対応レベル:2〜6lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 3 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月16日〜09月21日

リプレイ公開日:2004年09月29日

●オープニング

 ジャパンの東国『江戸』。
 摂政源徳家康の統治する、実質の日本の主都である。政治色の強い都市で、帝の都(みやこ)である『京都』よりも精力的な都市だ。
 だがそんなことよりも、人々の関心はその日の生活に向いていた。なにぶん、人間は食わなくてはならない。平民の暮らしはあまり裕福とは言えず、毎日ちゃんとご飯を食べるのも大変だ。
 そして市井の犯罪は、もっと深刻だった。

『成木屋の伝衛門を殺して下さい』
 日本橋の川原にそういう立て看板が立てられたのは昨日である。そしてその立て札の下には、女性が一人懐剣で自害していた。作法を知っていることから見て武家の女性と思われたが、その正体は分からなかった。
 女性は無縁仏として葬られ、後には看板とその看板に打ち付けられていた袋が残された。役人が中身を改めると、そこには金10両が入っていた。

「今回の依頼は、江戸の化粧問屋から来てるわ」
 そう言ってキセルをくゆらせたのは、冒険者ギルドの女番頭、“緋牡丹お京”こと、烏丸京子(からすま・きょうこ)である。漆を流したような黒髪が艶やかしい妙齢の女性で、背中には二つ名の由来となる牡丹の彫り物があるという話だ。
 京子がキセルを吸いつけ、ひと息吐いた。紫煙が空気に溶けてゆく。
「依頼内容は、成木屋の伝衛門という商人の命を守ること。成木屋は化粧道具で有名な商人で、京都から仕入れた高級化粧品で商いをしているわ。ただこの伝衛門は3代目で、今までとは違い市井の人々にも買える様な安い化粧品を売っているの。白粉や紅や‥‥まあ、たいていのものは扱っているわ『京拵え』とか言って流行ってるやつね」
 そこで、京子が肩をすくめた。
「もっとも、今江戸のお薬所の内偵が入っているらしく、この店も危ないんだけど。江戸近くで作っている化粧品を京で作っていると偽っているという噂でね」
 京子が言う。
「本題はここから」
 京子が、表情を改めて言った。
「くだんの伝衛門に、日本橋の川原で殺害依頼が出ていたの知ってる? あの橋の下で女が自害したってやつ。その時に回収された金子が、役所から無くなったのよね。そして手紙が一通残されたわ。『委細承りまして候(そうろう)――ミコト』。以前あたしが扱った事件で、まんまと暗殺を成功させた暗殺者が、また出るってわけ」
 タン!
 京子が、キセルで火箱を叩いた。火球が、灰の中に転がる。
「今回の依頼は、伝衛門の命を守ること。キズ一つつけちゃだめ。そして、ミコトとかいうヤツを捕まえてちょうだい。いい?」

●今回の参加者

 ea0030 玖堂 火織(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2233 不破 恭華(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea4364 天薙 綾女(32歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea5209 神山 明人(39歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5344 永倉 平九郎(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6216 ミハイル・ベルベイン(22歳・♂・ナイト・エルフ・ロシア王国)
 ea6354 小坂部 太吾(41歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6356 海上 飛沫(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea6357 郷地 馬子(21歳・♀・志士・ジャイアント・ジャパン)
 ea6358 凪風 風小生(21歳・♂・志士・パラ・ジャパン)

●リプレイ本文

殺人依頼――ジャパン・江戸

●成木屋
 成木屋は江戸近郊で作られている化粧品を『京拵え』と偽り、それを安価に売りさばいているらしい。その他にも、裏では高利貸しなどを行っているらしく、泣きを見ている人間は結構居るようだ。
 つまり成木屋の伝衛門という人物は、叩けばホコリの出る人物なのである。

 今回、この成木屋伝衛門も警護を受け持ったのは以下の冒険者たち。

 ジャパン出身。人間の侍、玖堂火織(ea0030)。
 刀剣マニアで寝起きが悪く、面倒くさがりで腰が重い。そしてモンスターに対しては容赦が無い。と書くと、いわくつきの性格破綻者にしか見えないが、任務に対しては彼なりに忠実な男である。
「あー、かったりぃ‥‥早く帰って寝てぇ‥‥」
 おいおい、フォローさせろよ。
 ジャパン出身。人間の女浪人、不破恭華(ea2233)。
 竹串を口にくわえた、ほう髪の女剣士。小さな身体に豊満な胸を抱えたクールビューティー。しかし、その実はかなりの情熱家。きっと熱烈な恋愛結婚をするんだろう。温泉が好きらしく、箱根へはよく足を向けるようである。
 ジャパン出身。人間の女志士、天薙綾女(ea4364)。
 前回ミコトにしてやられた、冒険者の一人。といっても任務自体は成功し、その後依頼人が時を合わせて病死したというだけの話なのだが、心にしこりが残っていたようである。今回は事件の裏を取りにかかっている。
 ジャパン出身。人間の忍者、神山明人(ea5209)。
 女好きの美形好き。クールでストイック『ではない』煩悩忍者。欧州では有名な、砂漠の国の王室のようなハーレムを作るのが人生の目標という、ある意味割り切るべき所で割り切った人物。人それを『開き直り』という。
 ジャパン出身。人間の忍者、永倉平九郎(ea5344)。
 こちらも、高い所が大好きで行動原理は『興味本位』という破戒忍者。刃で心を殺すと書いてシノビと読むが、彼はまったく忍んでない。現れるときはもちろん高いところ。それも落ちたら3回ぐらい死ねるぐらいの場所である。そのため戦闘になると出番が遅い。降りてくるのに時間がかかるから。
 ロシア王国出身。エルフのナイト、ミハイル・ベルベイン(ea6216)。
 自分を真に必要としてくれる主君を探す、青年騎士(といっても実年齢は57歳だが)。差別が嫌いで、自分が差別されることには特に耐えられない。というのも、封建君主制度に組み込まれる騎士階級は本来『人間』の取るべき姿だからだ。エルフである彼が、何ゆえ人間のシステムに身を置くことにしたのか、興味は尽きない。
 ジャパン出身。人間の志士、小坂部太吾(ea6354)。
 『維新組』という集団に籍を置く、壮年の志士。気は若いつもりだが、年齢が口調に出る。おおらかで懐も深く、言うことは荒っぽいが一、抹の優しさがにじみ出る性癖。今回この『維新組』という集団からは、他に三人がこの依頼に参加している。
 ジャパン出身。人間の女志士、海上飛沫(ea6356)。
 グループ『維新組』所属の女志士。品行方正で上品な顔立ちをしているが、やることは結構過激で行動力はある。水系精霊魔法の使い手で<アイスコフィン>を使う。
 ジャパン出身。ジャイアントの女志士、郷地馬子(ea6357)。
 強い奥州なまりで、田舎育ち丸出しの『維新組』女志士。地系精霊魔法使いで、その外見は男に見間違われることもしばしば。白くてふわふわしたものをつい追いかけてしまう奇癖あり。
 ジャパン出身。パラの志士、凪風風小生(ea6358)。
 『維新組』の風の精霊魔法使い。パラらしく表裏の無い率直な性格をしており、機嫌の良いときには鼻歌を歌っている。今回はあらかじめ、店に奉公人として入室。ミコトの裏をかくために、忍び込んでいる。

 以上、10名。多いか少ないかは、読者諸賢にご想像いただきたい。
 とりあえず一同は、隠密の風小生を除いて伝衛門の警護の段取りを行った。

●脅し作戦
「さて、この中に暗殺者がいるかもしれません」
 奉公人たちは全員集められ、いきなりそう切り出された。言ったのは海上飛沫である。
「馬子さん、刀を。本物の暗殺者であれば、このぐらい避けるでしょう」
 ジャイアントらしく体格で威圧しながら、郷地馬子が刀を抜く。それに、息を飲む気配がいくつもした。
 ――呼吸が乱れない人は居ないな‥‥。
 その様子を、息を殺して奉公人に化けている凪風風小生が、精霊魔法<ブレスセンサー>で探る。呼吸一つ乱さない人物がいれば、それは変装しているミコトである可能性が高い。
 しかし実際のところ、10名ほどの奉公人や番頭たちは、それなりに呼吸を乱しており不審な点は見られない。それが風小生の顔に、不信となって現れる。
「そこまでにしておけ」
 それを、小坂部太吾が止めた。かねてからの、打ち合わせどおりだ。
「皆、驚かせてすまなかった。この中に暗殺者は紛れ込んでおるかもしれんから、少し試させてもらったんじゃ」
 密かに発動させていた<インフラビジョン>を解きながら、太吾が言った。彼の目にも、なんら異常は見られない。
 ――もしかしたら、まだ来ておらぬのかもしれぬな。
 太吾が思う。ミコトは今回、期日を指定していない。それは逆に、いつ来るか分からないということなのだ。長期戦か短期決戦なのかもわからない。それは、待ち受ける者たちにとっては、果てしなく不利である。
 が、元より不利は承知の上。一週間待ってこなければ、次の当番の冒険者が来る。そういうことになっている。その前に、成木屋に公儀の手が入ってどうにかなってしまう可能性もあるが。
「オラにも似合う化粧品みつくろってくんろ」
 店子に向かって、馬子が言う。剣は持ってもやはり女、ということだろう。

●見張り
 ミハイル・ベルベインは、伝衛門の寝室を借りそこで寝泊りしていた。ミコトが狙うのは、おそらく夜である。警護が手薄になる時だ。気を張り聞き耳を立てて、眠るふりをしながら周囲を探る。針の落ちる音だって聞き取れそうだった。
 神山明人は、その天井裏に潜んでいる。相手はおそらく、同業の忍者。ならば、進入路はおのずと限られてくる。出来れば幸運な出会いでありたい(ミコトが女らしいので)と願う明人であったが、その願いはかなうだろうか?
 そのころ伝衛門は、離れの茶室に居た。同伴しているのは、不破恭華と天薙綾女である。不寝番をするつもりなのだ。
 ちなみに茶室という場所は、入り口が狭く一つしかない。作りも頑健で、取り篭りには向いている。これは篭城戦の構えなのである。
 ――それにしても、伝衛門は女性が自害するほどのことをしたわけか?
 そう心の中で思ったのは、恭華であった。果たして何が起きたのか? 冒頭にも書いたが、成木屋は叩けばいくらでもホコリが出る商いをしている。恨みの一つ二つ買っていても、おかしく無いのだ。
 その辺の裏は、気になったのか綾女も取っていた。そうしたら、伝衛門の犯罪未満な事件がわらわらと出てくる。このような限りなくブラックに近いグレーな人物の警護など、正直本身を入れて行う気にはなれないのだが、今回の事件は『江戸で刺客依頼を成立させないこと』というのが目的である。このさい、伝衛門の悪行については、目をつぶったほうがいいだろう。あとは司直に任せれば良いのだ。今回の事件で伝衛門のことは大きく取りざたされ、注目を集めている。ほうっておいても、自滅するのは必至だ。
 ――ミコトちゃ〜ん♪ 出ておいで〜♪
 永倉平九郎が、屋根の上で月をバックにしながら、屋敷を見下ろしている。高い所が好きなこの忍者は、いつもこんな調子である。
 そんなシフトを敷いて、5日目。そろそろ伝衛門が焦れてきた。このところ刺客を警戒して、商いにも出ていない。家に居てばかりでは、仕事にならない。あるいは、誰かの狂言か? そんなことまで考えてしまう。
 伝衛門がそんな事を言い始めたとき、それを諫める人物が居た。ずっと木の上で寝ていた(本人否定)玖堂火織である。
「ミコトの目的は、伝衛門さん、あんたの抹殺だ。今外に出るのは、自殺行為だぜ。どうせならもう数日、待ってみようや。そのほうが面倒が無くていい」
 後半はかなり自分本位な言い方になっているが、正論である。
 そしてさらに2日が過ぎ、翌日は交代という日になった。それまで、何も起きなかった。『維新組』が張っていた店の奉公人たちにも動きは無い。どうやらミコトの動きは封じられたかに思われた。
「成田屋の喜兵衛さんがおいでになりました」
 その日、伝衛門に来客があった。懇意にしている呉服問屋の主である。
「これは物々しい警備ですなぁ」
 喜兵衛という人物は、体積が伝衛門の倍ぐらいありそうな恰幅の良い人で、人を値踏みするようなまなざしが気に障る人物だった。
 客間にほとんどの警護の者を据えた伝衛門の状況に、喜兵衛が言う。
「今日は陣中見舞いに来たんですよ。これは西洋菓子の『かすてーら』です」
 そう言って、喜兵衛が包みを差し出す。それは恭華が受け取り、中身は綾女が検(あらた)めた。茶色い皮の黄色い菓子が入っているだけで、何も無い。ただし、毒見は必要かもしれない。
「おや‥‥蚊が‥‥」
 チクッ!
 喜兵衛がそう言うと、伝衛門が腕を押さえた。蚊に刺されたという感じだ。
 だが、冒険者は総立ちになった。
「伝衛門さん、傷を見せて下さい!」
 血相を変えて、飛沫が言う。その瞬間、図体とはまったくかけ離れた俊敏さで、喜兵衛が外の障子に向かって駆け出していた。
「ミコトです!」
 誰かが声を上げた瞬間。障子を破って何かが庭にまろびでる。変装を解くと、それは忍びの姿になった。おそらく<人遁の術>である。
「動くな」
 そこに、火織と平九郎が立っていた。
「僕らは玄人で、何よりも依頼の完遂が目的なんだ。あんたにも都合はあるだろうけど、死にたくなかったら言う通りにして欲しいね」
 平九郎が、構えながら言う。
「こういう形であってみたくなかったな」
 明人が、その場に降り立ちながら言った。
「まあ、これも仕事だ。あきらめてもらえないか?」
 ふっ。
 ミコトが、薄く笑ったような気がした。その瞬間!
 づどおおおおおおん!
 ミコトの身体が、爆発した。
「しまった、<微塵隠れ>だ!」
 平九郎が言う。自爆して目をくらまし、そしてどこかへ瞬時に移動する忍法。それをこのタイミングで、一瞬で使用するとは!
 ――伝衛門はっ!!
 伝衛門は、頓狂な顔をしていた。事態の推移に、ついてゆけないようである。
「寺院へ!」
 早駕籠が呼ばれ、伝衛門は冒険者たちと共に寺社へと運ばれた。伝衛門の腕に、もう傷は無い。いや、見えない。
 治療は、迅速に行われた。<リカバー>がかけられ<アンチドート>が唱えられた。

 だが、3日後。
「伝衛門が死んだわ」
 “緋牡丹お京”こと、烏丸京子が言った。
「死因は病死。高熱を発して、全身真っ青になって死んだそうよ」
 この時代にはまだ名前も無いが、敗血症という病気がある。身体の中で雑菌が繁殖し、死に至る病だ。ペニシリンなどの抗生物質でおおむね治癒できるが、そのようなものはこの時代に無い。
 ――やられた‥‥。
 このジ・アースにおいて、病気を治せる手段は、あまり無い。病毒は、身体に入ってしまえばそこまでなのである。
 ミコトは、そのことを知り尽くしているようだった。

 後日、奉行所に投げ文が入れられた。そこには伝衛門の悪事が、いろいろと書き連ねられていた。おおむね、綾女が調べた通りである。伝衛門は、悪人だったのだ。
 成木屋には役人が入り、すぐに潰れた。伝衛門の悪事は表の事と成り、そして周囲の者たちも奉行所へ引っ張られていった。
 ――やった。
 江戸の市民に、何か異様な熱気がたまっていた。伝衛門の死とミコトの行いを賞賛するような熱気。
 恐れていた事態は、現実のものとなった。

【おわり】