●リプレイ本文
大日本昔話・鶴の恩返し――ジャパン・江戸
●鶴の恩返し
鶴の恩返しの話は、おそらく読者諸賢は全員知っていることだろう。
あるところに、チルチルとミチルという仲の良い兄妹が居ました、というくだりで始まる物語である。
ごめん、うそ。
冗談はさておき、鶴の恩返しである。
人間の姿に化けた鶴が、恩返しのために人間の若者の所へ嫁ぐというアレである。鶴は機(はた)を織り、若者に恩返しをするという物語だ。
結末は、鶴の正体を看破してしまった若者の元を、鶴が去ってゆくという悲劇である。あまり明るい話ではない。
だが、若者が鶴に織ってもらったという反物は実在し、そして高額で取引されている。そして邪(よこしま)な目的で鶴を捕まえようと言う者も、確かに存在するのだ。
今回の事件は、その『誰か』が好事家に鶴を売った、というのが実情らしい。個人なのか組織なのかは分からないが、そのような化生を狩り、商売にしている者が居るということである。
この事実だけ見ても、事態は深刻だ。なぜならヒューマノイドとそれらクリーチャーの関係に、波風を立てるような事態だからだ。しかも今回は、一方的に人間が悪い。なんらかのタタリや報復があっても、おかしくない状況である。
そして、事が起きてしまってからでは遅いのだ。
今回この依頼を受けたのは、次の冒険者たち。
華仙教大国出身。ジャイアントの武道家、風月皇鬼(ea0023)。
ジャパンで活劇役者を生業とする冒険者。江戸では実力者に数えられ、その技も冴えている。だがなぜか最近獣耳を付けるのを趣味にしているようだ。あまり似合っているとは思えないのは筆者だけだろうか。
ジャパン出身。人間のくノ一、久遠院雪夜(ea0563)。
天真爛漫でドラスティックな少女忍者。今回は鶴を助けるという大義名分を得て活き活きとしている。料理を趣味にしているが、その腕前はまだまだ開発の余地ありのようである。なぜか下着はノルマン製。
ジャパン出身。人間の浪人、平島仁風(ea0984)。
他人に厳しいうんちく屋。しかし自分は礼儀作法や典範などが大嫌いというワガママ浪人。そんなことでは仕官の道は遠いぞ。とりあえず酒飲んで脱ぐのはヤメレ。今回は、ファルク・イールン(ea1112)の1名の支援を受けて出陣。
ロシア王国出身。エルフのファイター、ヴァラス・ロフキシモ(ea2538)。
すでに拙著の報告書では常連になりつつあるが、『エルフは優雅で洗練されている』という先入観を完膚なきまで叩きのめしてくれるバーサーカーエルフ。今回は件の『白雲母織り』を目当てに参加。つくづく俗物である。
イギリス王国出身。人間の神聖騎士、カイ・ローン(ea3054)。
敬謙なジーザス教徒で正義漢。悪は許さず約束を堅守する、神聖騎士の鑑のような青年。青い装束が目印だが、今回は秘匿性をかんがみ武器や扮装を変えている。後の洗濯が大変だ。今回はウェントス・ヴェルサージュ(ea3207)の1名の支援を受けて出陣。
ジャパン出身。パラの忍者、九十九嵐童(ea3220)。
赤毛の気分屋で、考え込む時に腕を組む癖のある少年忍者。といってもパラだから、少年なのは外見だけで、実は立派な大人。忍びらしく物怖じしない態度は立派だが、時と場合によりけりだろう。暗器のかんざしで武装している。
華仙教大国出身。人間の武道家、神威空(ea5230)。
記憶喪失の武道家。歌うことが好きらしいのだが、これは失った記憶の残滓だろうか? 見かけはクールで超然としているが、内側には熱い魂が轟々と音をたてて燃えているらしい。特に今回のような非道な事件は許しがたいところだろう。
ジャパン出身。人間の志士、雪切刀也(ea6228)。
16歳の若さにして、すでに『まったり』の領域に達しているのんびり少年。決めるときは暗器の風車でびしっと決める。茶室とか居室とかの、落ち着いた場所に居つく傾向がある。落ち葉の下のテントウムシみたいである。
以上10名。直前で2名の欠員が出たが、最低数は確保できたというところか。
まず彼らは、情報収集から始めた。
●難航する情報収集
外部からの情報収集に、主に当たったのは九十九嵐童である。彼はギルドや建築業者、その他思いつく場所全てにつてを頼り、勝木の屋敷の構造を調べようとしたのだった。
が、お京が『城』と言ったことの意味を、彼は思い知ることになる。城の図面など、それは城主にとっては秘密中の秘密。おいそれと知られるわけにはいかない。
「なんかうまくいかないなぁ‥‥」
かんばしくない調査状況に、一番やきもきしたのは嵐童本人である。意外と手ごわい。それが彼の印象であった。
久遠院雪夜は大工を当たった。それで怪しまれない程度に少しずつ情報を聞きだし、図面をパズルのように組み合わせてゆく。そうすると、なぜか重なったり欠落していたりする部分が出てきた。敷地をはみ出している部分もある。
後で分かったことなのだが、勝木は屋敷の改造範囲をわざと部分的に重なるようにしており、時系列どおりに図面を組まないと全体像が分からないようにしていたのだ。雪夜の調べたところでは、4度も工事の入った床の間などがあった。この方法では、おおよその図面の確保も無理である。
風月皇鬼とヴァラス・ロフキシモは、口入屋を介して勝木の屋敷に用心棒として入った。これは入ってから分かった事なのだが、勝木は10名ほどの用心棒を常時抱えており、腕も立ちそうな顔ぶれで力ずくの攻略は難しく思えた。まあ、それでもやることは変わらないわけだが。
平島仁風とカイ・ローン、神威空、雪切刀也は、救出作戦決行当夜の手はずを整えるのに忙しかった。覆面を用意し姿を変え、馬の隠し場所を確保する。内部からの連絡を待ち、突入の機会をうかがった。だが内部に居るのが皇鬼とヴァラスの脳筋コンビでは、情報収集と言っても程度が知れる。
実のところ、庭の構造ならば、シフールのひとっ飛びでおおよその陣形の把握は可能だった。迷路のように組まれた庭壁や庭堀も、あらかじめ形を知っていればどうということは無い。
それでもそれなりの収穫はある。庭の最深部に蔵があるのだが、皇鬼とヴァラスは、そこへ近づくことを禁止されたのだ。雪夜の情報では、座敷牢を最近新造したという話もある。そこは勝木の腹心しか近づけず、警備も外部の者は置いていない。場所としては有力だ。
「明日の晩、やろうぜ」
調べ始めて6日目、仁風が言った。カイも空も、それに同意する。刀也は少々、思うところがあるようだ。
「勝木の出方が単純すぎる。罠じゃないのか?」
刀也が言う。
「俺が見たところでは、他に方法は無さそうだ。いずれにせよ作戦は変えられないだろう。すでに屋敷に入った連中とは、伝(つて)が無い」
空が言う。シフール飛脚を利用することも考えられたが、内部の人間が外部と連絡を取っていることが知られたら、事に障る。空は望遠鏡をレンタルして内情偵察を試みようともしたが、そもそも望遠鏡が高価希少すぎて借りることが出来ない。陽魔法<テレスコープ>を使ったほうが早いからだ。
「いずれにせよ、これ以上の引き伸ばしは難しいだろう。冒険者ギルドの依頼は、基本的に開示されているものだ。勝木が事態を知れば、さらに手を出しにくくなる」
カイが言った。
それで、話は決まったようなものだった。
●突入
寒い風が吹く深夜。仁風たち突入班4名+支援者2名は、勝木の屋敷の正門前に居た。堅く門扉を閉ざし、何者の侵入をも許さない構えである。
嵐童と雪夜は互いに目配せしあい、嵐童の肩を借りて雪夜が塀を越えた。さすが忍びである。
がこ。
閂の外される音が響くと、扉がもったいつけるように開いた。
「突撃!」
覆面をした仁風たちが、大声を上げながら中に突っ込む。その間に、嵐童と雪夜はどこかへ姿を消していた。鶴を救いに行ったのだろう。
作戦はこうである。仁風たちが正面から攻めて敵をおびき寄せ、そして嵐童と雪夜が鶴を助ける。皇鬼とヴァラスは、陽動班の攻撃に呼応して騒ぎを起こす。具体的には、用心棒たちに後ろから斬りかかるわけだ。
「何奴!」
さっそく、騒ぎの元がやってきた。警護の武士だ。彼は瞬殺せずに、盛大に敵を呼び出してもらわねばならない。
「俺達ゃ強盗だぁ! だから、えーっと、その‥‥取り敢えず、『白雲母織』よこせオラ――!!!!」
仁風が吠えた。神聖騎士のカイが、『強盗』という言葉にちょっと嫌な顔をする。覆面でわからないが。
さて、その声でぞろぞろと人が出てきた。勝木の用心棒集団である。皇鬼とヴァラスの顔もある。
「殺れぐはぁっ!」
リーダー格らしい用心棒が、奇声をあげた。言葉を発したとたん、ヴァラスに背中から斬られたのだ。
「ムハハハハ、実はこのヴァラス様もあちら側の味方なのだよォ〜〜んッ!!」
後事の事を考えない態度は、いっそ潔い。皇鬼も行動に出た。<ストライク>で、用心棒を事実上行動不能にする。
乱戦が、始まった。
●蔵の用心棒
「向こうはうまくやっているみたいだね」
雪夜が、天井を伝いながら嵐童に向かって言う。
「あれがそうかな?」
嵐童が、庭の中央にある離れを指して言った。屋根から見下ろすと、庭は堀と壁で迷路状になっており、正面突破はかなり難事に思える。忍者である二人に救出を任せる今回の作戦は、基本的に正解だろう。
基本的には。
嵐童と雪夜が壁の縁を伝ってほぼ直線状に離れに向かっていると、突然嵐童の足元から鋭い槍の突きが来た。<バックアタック>を持っていなければ。そして回避術に長けていなければ、致命の一撃に近かった。
「避けたか」
声がする。男だ。二本差しの浪人風で、着流しに雪駄という扮装である。男は槍を持っており、足元から嵐童を狙ったのだ。
そう、基本的に今回の作戦は、成功だったと言える。ただ一つ、もっとも手ごわい敵が、鶴の元にいる事を除けば。
正直、忍者の二人の戦闘能力は、たかが知れている。逃げる事が得意な分、それはやむをえないことではある。
「ここはボクが!」
雪夜が、<疾走の術>を唱えた。速度と跳躍力が上がり、総合的に回避力が増す。一時的なものだが、嵐童のための時間稼ぎならばなんとかなるだろう。
「頼んだ!」
嵐童はそう言い、その身軽さを活かして一気に迷路の内部へと突入する。もちろん壁の上を走って、最短距離を疾走した。
「<開錠の術>!」
ガキン!
蔵の頑丈な南京錠が、嵐童の忍術で音を立てて外れる。
中は、情報通り座敷牢になっていた。太い木の格子の中に、鶴が一羽いる。嵐童は再び<開錠の術>を使用し、格子戸を開けた。
「助けに来た。今のうちに逃げるんだ」
ばたばたと音を立てて、鶴が中から出てきた。そして蔵の門扉をくぐると、一声感謝するように鳴いて、空へ飛び立った。
ぴゅ――――――――っ!!
合図の口笛を聞き、刀也は下がり時を悟った。風車の暗器を追っ手に投げつけ、下がらせる。
「さらばだ!」
そして、一斉に引いてゆく。
「ありゃ、終わっちまったか」
遊ぶように雪夜と戦っていた浪人者が、ぼけたように言った。
「ねぇちゃん、逃げな。仕事は終わりだ」
そう言って、男がきびすを返す。背中に般若の刺繍が見える。かなりの傾(かぶ)き者のようだ。
雪夜は、術の効果のあるうちにと、その場を逃げ去った。
「うむ〜、『白雲母織り』が欲しかったのにヨぉ〜」
ヴァラスが、後からぼやいた。もっとも、そんなことを悠長にやっている暇などなかったが。
ただ、収穫はあった。嵐童が織りかけの白雲母織りを入手して帰ったのだ。それを換金し、一同はそれなりの収入を得た。これぐらいの役得はあっていいだろう。
事件は終わった。もしかしたら、彼らの元には鶴が恩返しをしに来るかもしれない。そのときは、それなりに笑顔で迎えてやろう。
一同は、そう思った。
【おわり】