●リプレイ本文
怨霊退治――ジャパン・箱根
●黄泉返る
万物において、死は絶対のものではない。
ジ・アースにおける、ひとつの法則である。
死とは、単純に『生命が死ぬ』というものから分子運動を停止させられて『物質的崩壊』に至るまで、その形態は様々だ。神も死からは逃れられないと哲学者はいうが、神が具体的に死んだという話も聞かない以上証明できない。自称『神』という新興宗教などのやからはいくらでも死んでいるが。
だからといって、人々が死を恐れぬということは無い。多くの者たちにとって死は絶対的なものであり、まさに『一巻の終わり』だからだ。生老病死。その多くを、人々は『まだ』克服しては居ない。
しかし『まだ』とも言える。僧侶の魔法には死者を生き返らせる力があり、癒しの御術(みわざ)も数多くある。ごく一部の条件に関して、死は絶対的なものではなくなっているのだ。
そしてまた、死は『かりそめの死』という面も持っている。死後の世界、いわゆる『あの世』があるかどうかはわからないが、死してなお起き上がり、『負の生命力』とも言える力で生きている存在も、確かにあるのだ。
例えば、死人憑き(ズゥンビ)がそうである。例えば、吸血鬼(ヴァンパイア)がそうである。彼らには彼らの『法』があり、彼らの理論でその生命を謳歌しているのだ。それが通常の全生物に対する天敵としての存在だとしても、彼らに迷いは無い。彼らは『生きている』のだから。
だが、その生命をいたずらに生み出している者が居る。それは具体的な脅威となって小田原藩領内に出現し、箱根湯元へと向かっているのだ。その結果は、推して知るべし、である。
その、今回の死人退治の任に就いたのは、次の者達。
ジャパン出身。人間の浪人、山崎剱紅狼(ea0585)。
喧嘩っ早くて猪突猛進。やられたらやり返すが信条だが、やったことはすぐに忘れる都合のよい性格。逆を言えばやられた事は忘れないたちなので、敵に回すと厄介かも。義理人情に厚いことも、裏を返せば執念深いということになる。ただそれは、必ずしも悪徳というわけではない。
ジャパン出身。人間の女志士、狩多菫(ea0608)。
愛国主義者で正義漢。義理人情に厚く自分に正直。これだけ書くとかなりの美徳を持っているようにも思えるが、その実はまだあどけない表情を見せるあっけらかんとした少女志士。結婚適齢期なので、その辺の噂が気になる元気な18歳。
ジャパン出身。ジャイアントの僧兵、六道寺鋼丸(ea2794)。
家事や料理を一通りこなす、子守を生業とする巨人僧兵。料理を振舞うのが大好きだが、その味は並み程度。馬鹿正直のニブチンでいつもニコニコ笑っているが、色恋沙汰だととたんにキャラクターが変わる、ある意味二重人格者。無意味にさわやかななのは人徳か。
ジャパン出身。人間の志士、日向大輝(ea3597)。
実年齢14歳ながら、童顔のため10歳ぐらいにしか見えない少年志士。子ども扱いされるのを嫌うが、外見が子供なのだからしょうがないところではある。だめ押しで甘いもの好きときているから、さらに拍車がかかっている感じだ。最強願望あり。
フランク王国出身。パラのクレリック、フィール・ヴァンスレット(ea4162)。
すでに江戸に知れ渡る名声を持つ葬儀屋。とんでもない方向音痴で何も無い所でよく転ぶラブコメ属性満載の美少女だが、無理無茶無謀無策な性格は立派な社会不適格者。その言動は冒険をこなすごとに大きく変遷しており、最近はかなりキ印な方向に向かっているようだ。
ビザンチン帝国出身。ジャイアントのファイター、マグナ・アドミラル(ea4868)。
老年で老練なレオン流正統剣術者。自称剣士で実は暗殺を生業としている物騒なオヤジ。剣技はすでに達人の領域に達しているが、攻め一辺倒なので守勢に回るととたんに弱くなる。クールなようだが、実はかなりの熱血漢。
ジャパン出身。人間の忍者、死先無為(ea5428)。
筆者が今までマスタリングしてきた中で、もっともマスタリングしにくいキャラクターの一人。忍者は地味で没個性化し、周囲に溶け込むことが信条だが、本当にそうされるとおじさんは困ってしまうわけだ(苦笑)。だが行動はまともで隙は少なく、あとは技能をあげればかなりの人物になれるだろう。
イギリス王国出身。人間のウィザード、ゲレイ・メージ(ea6177)。
好奇心旺盛な刀剣フェチ。そう書くと一般から逸脱した人物に見えるが、それ以外の行動はかなりまとも。イギリス出身だが着実にジャパン文化に感化されつつあり、楽器は尺八、酒はどぶろくという状態。でも尺八は吹けない。
ジャパン出身。人間の女志士、南天桃(ea6195)。
育ちのよさそうな顔立ちをした女性志士。おっとりしていてマイペースだが、事件とあればかなり目端の利く行動を取る、別の一面を持っている。世話焼きでとかく色々なことに首を突っ込みがちだが、冒険者としてはわりと人格者。
ジャパン出身。パラの忍者、天城火月(ea7545)。
一見女の子のような外見をしているが、立派な少年忍者。といってもまだまだ駆け出しで、逃げ足以外あまり取り得は無い。でも忍者は逃げるのが商売なので、それはそれで正しい修行をしてきたと言えるだろう。<微塵隠れ>はかなり目立つが。
以上、10名。戦隊としては立派なものだ。一応の取り決めで、指揮ははマグナ・アドミラルが取ることになった。年長者は、こういう時にこそ物を言ってもらいたいものである。もっともそんなことを真面目に言ったら、世界のリーダーはエルフになってしまうが。
●箱根山探索
箱根七湯は、東海道ではかなり知られた湯治場である。そこは今、小田原藩の藩士が防備を固めている。ついでに関所も閉鎖された。混乱に乗じて不法入出国をする者を封じるためである。
この措置は、志士の南天桃からの要請だ。彼女の見るところ、この事件を起こした黒幕はまだ箱根、あるいは源徳家康の領内に居る。
「まずは、死人の補足が必要である」
マグナが冒険者ギルド提供の、箱根界隈の地図を広げて言った。あいにくとジャパン語は読めないが、自らの経験で培った山岳に関する土地勘を活かして、陣を敷く場所を選定する。
彼の作戦は、ごく単純なものだ。敵の通りそうな場所に罠を張り、敵の動きを阻害し皆で包囲殲滅する。相手が死人憑き程度ならば、造作も無い。
ただ怨霊には物理的攻撃が効かないので、先に潰すか何かしなければならない。まあ、マグナ曰く「準備は念入りに、行動は臨機応変で、戦況に合わせ対応を変えて行くと良いだろう」とのことなので、大きな問題にはならないはずだ。
偵察には、忍者の死先無為と天城火月、そしてクレリックのフィール・ヴァンスレットが志願した。順当なところであろう。
「死者が目的を持って行動‥‥いつかの妖狐襲来のようで面倒ですねぇ」
道々、無為が漏らした言葉である。それに対し火月は、「そんなこと言わずに、小田原の人のために働こうよ」と返した。まあ、彼の真意が奈辺にあるかはわからないが、とりあえず人の為に働くことは良い事である。フィールは我関せずである。
ちなみにフィールは、小田原藩から乗馬の達人を一人借りて、その背に乗っていた。彼女自身が、乗馬が不得手だからだ。
四人は、件の村への道を急いだ。道は深い森林の中の隘路で、あまり人通りは無さそうだった。いっそ獣道と言ったほうがいいかもしれない。
「臭う‥‥死臭だ」
フィールが言う。風上は左側の森の方である。四人はかすかな死臭を頼りに、進行方向を修正した。無為とフィールは馬を連れていたが、やむなく放棄した。帰りに拾えるよう、木につなぎ、小田原藩の馬師に後を頼む。
「見つけたよ」
樹上に上がっていた、火月が言った。
――うああああ。
それは、地獄の底から響く怨嗟の声だった。死人のうめき声。聞いているだけで背筋に怖気が走る。
「怨霊も居ますね‥‥」
木陰に身を隠しながら、無為が言う。
死人の群れは、森の中をおぼつかない足取りで進んでいた。進行速度は、マグナが予想していたのよりも、はるかに遅い。森の木々が、邪魔をしているせいであろう。
怨霊はそのような邪魔とは無関係に、ゆっくりと中空を漂っている。時折木の枝葉をすり抜けて、ほぼまっすぐに進んでいた。
「‥‥‥‥」
三人は息を殺し、それらが通り過ぎてゆくのを待つ。しかし火月が、思わず怨霊の一体と目を合わせてしまった。
「まずっ!!」
怨霊が一斉に動くのと火月が忍術を唱え始めるのは同時だった。
「うっ!」
怨霊の一撃を受けて、火月がうめく。同時に、火月の忍術<微塵隠れ>が発動した。
ずがーん!!
爆発が、箱根山の空気を揺らす。運がよければ、陣を張っているマグナたちの所へも響くだろう。
フィールと無為は<微塵隠れ>で逃げた火月を確認すると、自身は重い荷物を投げ捨てその足で逃げ出した。フィールは威嚇と牽制のために一発<ディストロイ>を放ち、怨霊を引き寄せる。その背を、5体ほどの怨霊が追ってゆく。魔法の支援無しでは、嬲り殺されるのがオチである。
無為とフィールは小一時間ほど逃げ続け、道へ出ると馬を再確保し、そして走らせた。背には怨霊のうめき声。予定通りに事が運んでいなければ、彼らの身が危ない。
無為たちは、懸命に馬を走らせた。
●小田原藩箱根湯元最終防衛ライン
さて、こちらは湯本付近。
マグナの陣頭指揮の下、簡素ながら着実に陣は形成されつつあった。足を引っ掛ける程度の罠しか無いが、死人を転ばせるぐらいは可能だろう。
「用意は整ったのである」
マグナが言う。そこに、急報が入ってきた。無為たちが怨霊を連れてこちらへ向かっているというのだ。箱根お得意の、駅伝を使ったらしい。今回小田原藩は、かなり冒険者に協力的である。
一同は、戦闘準備に入った。主な戦力はマグナ・アドミラルを筆頭に、山崎剱紅狼、六道寺鋼丸、日向大輝。狩多菫とゲレイ・メージ、南天桃は魔法による援護だ。
「呪文、行くよ!」
菫が、精霊魔法の呪文を立て続けに唱える。<バーニングソード>に<フレイムエリベイション>。前衛の四人に魔法の効果が行き渡ると、菫の魔力はほとんど尽きた。
ブヒヒン!
馬が駆け込んできた。その上からフィールがすばやく飛び降りる。そして無為も合流した。
「来るぜ。あまり時間は無ぇ」
フィールが言った。無為は馬を全力で走らせたためか、疲労で青息吐息であった。修行が圧倒的に足りていない。
――うああああ。
苦鳴をあげる青白い透けた人影が迫ってきたのは、その時だった。
「戦闘開始である!」
マグナが吼える。
「昼間っから出てくるンじゃねぇ! 夜の墓場で宴会してろ!」
剱紅狼が、燃える剣で怨霊を斬り付けた。背骨を削るような悲鳴が、周囲に響き渡る。
「死人なら、大人しく成仏してろぃ!」
返す刀でもう一撃。それで怨霊は、かなりのダメージを被ったようだった。
「死んじゃっても元気な人達だねぇ〜?」
菫が、残り少ない魔力で矢に<バーニングソード>をかけて射る。台詞は不謹慎だが、対応は真面目だ。
「悪いけど‥‥箱根のお湯は生きてるみんなの楽しみなんだ。死人のみんなは成仏してもらうよ!」
鋼丸が、燃える六尺棒を振り回す。時に<リカバー>などで仲間を癒し、よく貢献した。
「死者に鞭打つようなことはするなって教わったけど、動いてる死者はどうなんだろうな」
大輝が、燃える刀を振り回しながらつぶやく。大振りの<スマッシュ>で怨霊を叩き伏せ、次の目標を探る。
「<ウオーターボム>!!」
ゲレイ・メージの呪文が完成し、水弾がはじけた。巻き込まれた怨霊が2体、苦鳴をあげる。
「まったく、どこのどいつがやったんだ!?」
「真っ当な脳みそを持ったヤツじゃないことは確かだな」
ゲレイの言葉に答えを返したのは、フィールであった。彼女自身は、<ディストロイ>を連発して怨霊を一匹葬っている。
「<アイスチャクラ>!!」
桃は手に氷輪を生み出し、それを怨霊に投げつけた。それはよく怨霊に命中した。効いている。
「もう人では無いですね〜。さよならです」
桃が言う。
結局、怨霊5体を殲滅するには、冒険者総がかりでなければならなかった。魔力もほぼ使い尽くした辺りで、なんとか最後の一匹を葬る。
その後、火月が誘導して連れてきた死人憑きを殲滅できたのは、翌日の夜明けになった。
●その後の調査
「結局、何も分からないのであるか」
マグナが言った。
戦闘が終わったあと、一同は十分な休養を取り、問題の死人が発生した村を検分した。
村人は、死人に襲われて全滅。小田原藩の藩士が総出で、死者がこれ以上起き出さないように死体を火葬にしている。おそらく、この村は小田原の地図から消えることになるだろう。
「ボクの調べたところじゃ、起き上がった死体は墓場のものだったことぐらいかな。わかったことといえば」
フィールが言った。
「多分、同じような事件は、また起こると思います」
桃が言う。
「余りに作為的過ぎて、ツッコミ所満載ですから。多分僧侶だと思うのですが‥‥その意図がつかめません」
桃が言った。
そう、何が目的なのか。それが分からない。作為的なものを感じるが、手段は分かっていても何を目的に死者を甦らせたのかがわからないのだ。箱根や小田原の関にも、何も引っかからない。事件が解決した以上、あまり関所を塞いでおくわけにもいかないので、結局真犯人も捕まらずじまいであった。
「ま、次があるだろう」
剱紅狼が言う。
「その時、ふん縛ってやりゃあいいさ」
剱紅狼が、酒盃を傾けながら言った。
とりあえず、事件は解決である。今は全員欠員無しで、無事に済んだ事を喜ぶべきであろう。
そして、冒険者達は次の冒険へ――。
【おわり】