大日本昔話・猿蟹合戦――ジャパン・箱根
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■ショートシナリオ
担当:三ノ字俊介
対応レベル:2〜6lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 44 C
参加人数:10人
サポート参加人数:4人
冒険期間:11月07日〜11月14日
リプレイ公開日:2004年11月16日
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●オープニング
●ジャパンの事情
極東の島国、ジャパン。
表面上は神皇家の統治する封建君主国家だが、その実は超多数の封建領主が乱立し、派閥を作り互いにけん制しあっているプレ戦国時代国家である。
ジャパンを統一するのは誰か? と問われれば、江戸の源徳、京都の平織、長崎の藤豊あたりが濃厚だろうと答えられる。それ以外の領主たちは、月道を含めた地政学上、いろいろと不利だ。奥州には大国があるが、これもぱっとしない。というより、手を出すタイミングを逸して状況を静観しているような感じである。
この微妙な緊張をはらんだ十数年の平和の間に、個々の勢力は着実に力を付け、戦争準備を行ってきた。いまや状況は膨らみきった風船のようなもので、何かひと刺激あれば簡単に激発してしまうだろう。それが火山の噴火なのか隕石の激突なのかはわからない。ただ何かの拍子に『それ』が起きたとき、事態は風雲急を告げる、ということになるはずであった。
とは言っても、そんなことは庶民たちにはあまり関係無い。市民たちは日々の生活に追われており、ちゃんと三度の食事を取るのも大変である。
そして様々な揉め事は、冒険者ギルドに持ち込まれるのだ。
「今回の依頼は、小田原藩藩士、蟹江幸之進(かにえ・こうのしん)という若いお侍さん――子供と言ってもいいわね、から来てるわ」
そう言ってキセルをくゆらせたのは、冒険者ギルドの女番頭、“緋牡丹お京”こと、烏丸京子(からすま・きょうこ)である。漆を流したような黒髪が艶やかしい妙齢の女性で、背中には二つ名の由来となる牡丹の彫り物があるという話だ。
京子がキセルを吸いつけ、ひと息吐いた。紫煙が空気に溶けてゆく。
「依頼内容は、仇討ちの助勢。相手は同じ小田原藩の猿田小文悟(さるた・こぶんご)というお侍。助勢には臼井、蜂谷、栗田というご浪人も参加するわ。相手は総勢50名の侍集団。手ごわいわよ」
単純に、一人あたま3〜4人相当である。
「かいつまんで事情を説明すると、蟹江さんのお父さんが、猿田に謀殺されたということらしいわ。今わの際にその話を幸之進さんが聞いて、仇討ちのご赦免状を申請してこのたび認可されたと言う話。つまり正々堂々、仇討ちが出来るわけ」
仇討ちというのは、武家社会では意外と格式ばった手続きが必要である。ここで書くにはあまりにページ数が足りないため割愛するが、まあ、死に方の典範まで決められている武士には、そいういう手続きもあるということだ。
公儀が仇討ちを許したということは、猿田という武家に対する小田原藩なりの採決なのだろう。裏で何をしているのかは分からないが、閉門を申し渡されてもおかしくないことをやっているような気配があるということだ。
タン!
京子が、キセルで火箱を叩いた。火球が、灰の中に転がる。
「蟹江幸之進さんは、まだ10歳の子供。腕も未熟だし場慣れして無いから、はっきり言って足手まといだと思うわ。でもしっかり補助して本懐を遂げさせてあげてちょうだい。以上、よろし?」
●リプレイ本文
大日本昔話・猿蟹合戦――ジャパン・箱根
●当世武家社会事情
武士には、しきたりが多い。
言わずもがなな話ではあるが、あくびの止め方まで典範にあるのはどうだろうか? 馬鹿馬鹿しいかもしれないが、これも重要なことである。お役中にあくびなどしようものなら、悪くするとハラキリなのだ。ちなみに武士の典範によると、あくびは額を上に何度もなで上げて止めるらしい。
ゆりかごから墓場まで。生まれ方から死に方まで。武士の生き方というものは、型枠にはめたような窮屈さを感じさせる。さらに個々の家に家訓やしきたりがあり、まさに『家』社会を構成する武家は、個性というものを殺す、社会というシステムの歯車を製造する一種の鋳型であると言えよう。
そしてそのシステムは、死んだ後のことまで決められている場合もある。
個人の死。それはある意味止めようも無く、事が起きてしまっては手遅れの場合が多い。
だがその故人の役や資産を引き継ぐには、一種のしきたりがかかわってくる。故人が謀殺されたりした場合である。
そのしきたりを『仇討ち』という。故人をの親族や家臣が、故人を殺害した相手を討つのだ。
死んだ人間のことに縛られるのは馬鹿臭い気もするが、それは『しきたり』の一言で済まされてしまう。討って誉れを受けるか、討たずに蔑視(べっし)されるか。中間は無くどちらかしか無い。
そうなると延々と仇討ちの連鎖が起こってしまうが、仇討ちの仇討ちは禁止されているし、それは武士として潔いとは思われない。
だから仇討ちは、後腐れなく行うことができる。君主にとっても、仇討ちの仇討ちが横行して武家社会が崩壊されても困るのである。
だが、仇討ちは守勢側に有利である。仇討ちが許されるのは基本的に1回だけ。その場を守りきって返り討ちにしてしまえば、事は足りる。
だから守勢側の本当の敵は、仇討ちの相手よりも時間と言える。非常時の備えには金がかかる。守勢の手勢に払う賃金に、屋敷の防備。そのほか、こまごまとしたことなどなど。時間がかかればかかるほど、戦費がかさむわけだ。
かといって、仇討ちをする側が無限に時間を使えるわけではない。当然金は減ってゆく一方で、士気も落ちる。家臣が一人抜け二人抜け――そして現在、蟹江幸之進は臼井、栗田、蜂谷の3人の浪人に支えられて、悲願を達成しようとしていた。相手は猿田小文悟という小田原の武家である。
今回、その仇討ちの助勢の依頼を受けたのは次の者たち。
ジャパン出身。人間の女志士、巽弥生(ea0028)。
恐いものを知りすぎている、想像力豊かな巫女少女。お化けや妖怪といったものが大の苦手で、その手の話には過敏に反応する。プライドの高い照れ屋で、ほめられるとテレテレするが、諫言されるとへそを曲げる、ある意味わがまま娘。
ジャパン出身。人間の浪人、山崎剱紅狼(ea0585)。
やられたらやり返すたちで、猪突猛進。とりあえず殴ってから考えるわりには、その事をすぐに忘れるいい性格。あっけらかんとしているようだが、近くには居て欲しくないタイプの人間である。今回は、狩多菫の1名の支援を受けて出陣。
ビザンチン帝国出身。パラの女ウィザード、エステラ・ナルセス(ea2387)。
今回の依頼に、一番乗り気だった一児の母。幸之進に面影を寄せるのは、故郷に置いてきた自分の子供のことか。いい母親ぶりだが、とりあえず行方不明のご主人をぶん殴って連れて帰ることが旅の目的らしい。
ジャパン出身。人間の僧侶、八幡伊佐治(ea2614)。
今回「戦力としてはあてにしないでくれ」と一言断って入ってきた僧侶。まあつまり戦力というよりはチームの回復役的な立場なのだが、男と女では扱いにかなりの隔たりとやる気の差があるようだ。悪いとは言わないが、あからさまなのはどうだろうか今回は、捧徳寺善行の1名の支援を受けて出陣。
ジャパン出身。人間の侍、西中島導仁(ea2741)。
身体を鍛えることが好きなトレーニング侍。口癖は『臥薪嘗胆臥薪嘗胆』かも。ツッコミ気質で何かにつけツッコミが多いが、当人は真面目なつもり。誰かに必要とされるために生きており、今はその『誰か』を探している最中。どうやら今の君主では不服らしい。今回は、李雷龍の1名の支援を受けて出陣。
ジャパン出身。パラの忍者、九十九嵐童(ea3220)。
パラらしくあまり物事を深くは考えない、楽観主義で気分屋な忍者。どんな突発事態にも落ち着いて対処できるあたり人物の大きさを伺えるが、考え込むととことん考え込むのは良くないかも。今回は忍者らしく、工作員として活動。門扉の開放をもくろむ。
ビザンチン帝国出身。ジャイアントのファイター、マグナ・アドミラル(ea4868)。
ジャイアントというとあまりアタマを使わないタイプの人種に見えるが、この男についてはそれは当てはまらない。年齢分の経験を活かして作戦を組むその手腕は元来の知力の低さを補ってあまりあるだろう。でも肉体派だが。今回は、ルーラス・エルミナスの1名の支援を受けて出陣。
ジャパン出身。人間の女侍、神楽聖歌(ea5062)。
おっとりしていて自分のペースを乱す事の無い女性。マイペース過ぎて世知辛い他の者に出番を奪われがちだが、それでも一番おいしい場面には出てくるある意味おトクな性分。そんな彼女でも今回ばかりは出番が多数あるだろう。なんと言っても相手は50人。
ジャパン出身。人間の志士、雪切刀也(ea6228)。
クールな容貌の割にはお人よしな志士。茶室のような落ち着いた空間を好み、そういう場所に入り浸っているタイプ。じじむさいとも言うが、それを否定しない達観したものの見方は出家者に通じるものがあるかも。
ビザンチン帝国出身。ジャイアントのナイト、バーク・ダンロック(ea7871)。
明朗快活であけっぴろげ。表裏無く細かい事は気にしない、ある意味ジャイアントらしい、無地の素焼きの壷のような人物である。かといってデリケートなわけではなく、その行動はいっそ豪胆と言っていいだろう。今回は《オ−ラアルファ−》での一発を狙う。
以上、14名。蟹江たちを含めれば18名の戦闘集団である。ただし蟹江幸之進はまだ10歳の子供。戦力と見るかは意見が分かれるところだろう。
ともあれ、依頼は成立した。あとは全力で、蟹江君の後押しをするだけである。
●情報戦
「猿田と蟹江の猿蟹合戦、知ってるかい? 江戸からの道中、蟹江が雇った冒険者を見たよ。それがもう傑作で、ヒョロい侍やらアホ面丸出しのジャイアントやら、以前ギルドで依頼が流れたらしいが、切羽詰っていたんだろうなぁ、驚くほど雑魚ばかり!」
酒場で名調子でそう謡っているのは、八幡伊佐治である。いつもの僧衣を町民の服に変えて、噂話を流している真っ最中であった。ちなみに『ヒョロい侍』は西中島導仁で『アホ面丸出しのジャイアント』はバーク・ダンロックのことらしい。いや、筆者の推測だが。
討ち入りの日に向けて、冒険者たちは着実に準備していった。
導仁は猿田の屋敷前で駕籠を待ち伏せ、路にひざを折り頭を下げ、挨拶を願った。駕籠に対してそのような作法は、主家筋の駕籠に対してしばしば行われる。作法どおりに行くのならば、相手は駕籠から顔を出して氏素性を問うのが礼儀だ。
「そこもとはどちらの家に成る者か」
駕籠の窓を半開きにして、猿田らしい人物が言った。老齢の人物で、顔は出しても目が向いていない。
「拙者、分家筋の小役なれば、お名前をお知らせする必要もございません。猿田様にはご機嫌麗しゅう」
「さよか」と言って、猿田が窓を閉じる。その時、導仁はその目に猿田の横顔を焼き付けた。後、その横顔の似顔絵が作られて、重要な役割を果たすことになる。
九十九嵐童は屋敷の絵図を手に入れるために方々を歩き回っていた。しかしさすがに時間的に制約が多すぎる。また理由も無く秘密裏に、大工から間取りを聞き出すことは難しい。
そこで嵐童は頭を早々に切り替え、高所から屋敷の偵察を行うことにした。こんな時ジプシーが居たら遠見の魔法でなんとでもなるのだが、とりあえず高所であればどこでも良いということで、裏山の竹やぶの竹の上に上がった。眼の良い嵐童なら、それでほぼ事は足りた。
「庭に壁‥‥そして堀‥‥いかにも急ごしらえって感じだな」
猿田の屋敷を一望した、嵐童の感想である。結局猿田が蟹江の動向を掴んでから、それほど時差があるわけではないのである。用心棒といった、口入屋に一口入れれば数十人集められるようなもの以外は、そんなに驚異的な状況とは思えなかった。
足りないのは、屋敷の内部図面である。隠し通路に隠し部屋。可能性を上げてゆけばキリが無いが、出たとこ勝負でも問題は無さそうだった。
●討ち入り
「さて、まいろうか」
巽弥生が、巫女の扮装のまま言った。他の者も、思い思いの装備で来ている。冒険者が武家を主張する必要は、基本的に無い。要は蟹江幸之進ら4名が、蟹江家の仇討ちであることを主張してくれれば良いのだ。
18名は夜明け前、夜陰にまぎれて猿田家の門前に進んだ。馬は無し。そして手はずどおりに、正門と裏門に分かれる。
正門前に残ったのは、次の者たち。
九十九嵐童。
巽弥生。
山崎剱紅狼。
西中島導仁。
エステラ・ナルセス。
八幡伊佐治。
狩多菫。
李雷龍。
ルーラス・エルミナス。
臼井次郎。
蜂谷勝弘。
そして、蟹江幸之進。
エステラと菫、雷龍、ルーラスの4名は、基本的に幸之進の護衛だ。
裏門へは次の者たちが向かった。
マグナ・アドミラル。
神楽聖歌。
雪切刀也。
バーク・ダンロック。
捧徳寺善行。
栗田仂。
以上である。
まずエステラが、精霊魔法《ブレスセンサー》をかけて内情を探る。
「呼吸はざっと50ぐらいです。動いているのは10ぐらいで、あとは寝ているんじゃないでしょうか」
絵図と照らし合わせながら、敵の配置を皆は確認した。主な者は3箇所の客室に泊まっているようで、寝室の周囲に5名、警邏に2名、待機3名というシフトのようだった。
寝室と思しき場所は、屋敷の中央である。そこに動かぬ呼吸がひとつ。おそらくは猿田であろう。そこだけ人の呼吸が極端に少ないので分かったのだ。エステラは、この呼吸に特に注目していた。
「じゃ、いってくる」
嵐童が、剱紅狼の肩を借りて塀の向こうへと跳び消えた。
しばらくして、「ぎい」と音がして門が開いた。嵐童がかんぬきを外して扉を開けたのだ。
ピュ――――――――――ッ!!
嵐童が口笛を吹くと、裏手の方から爆発音が響いた。おそらくバークが《オ−ラアルファ−》で門扉を吹っ飛ばしたのだろう。伊佐治があらかじめ噂を流していたので、敵の注意は裏手に向いているはずだ。
「おっしゃぁ! 斬って斬って斬りまくるッ! 明日の朝日を拝む気の、ねぇ奴以外は退いて去れッ!!」
剱紅狼が、得物を抜きながら言う。その頭を、エステラが小突いた。
「まず、幸之進さんの口上が先よ」
正々堂々の仇討ちであることを、まず知らさねばならない。
「我は蟹江家家人臼井次郎! 亡き主君の仇を討つため参上した次第! 夜分の非礼は承知の上、無礼つかまつる!」
臼井が口上の延べた。蜂谷がもう一方の隣の家に口上を述べている。内容は大体同じだ。
両隣の家からは「承知」の返事が帰ってきた。さらには、夜闇を照らし出す提灯の明かりまで掲げられた。正々堂々の仇討ちならば、手を出さずとも助勢するのが武士の礼儀である。
戦いは長くかかった。正門をエステラらが守り、裏門をマグナが守る。炎とオーラの付与を受けた武器で、弥生や剱紅狼、導仁らはよく戦った。
「此処から先は一歩たりとも通さぬぞ! 我が剣の一撃、受けてみよ!!」
マグナは身体を張って、敵の攻撃を受け止めていた。
「貴方の相手は、私がします」
侍の一人に向かって、聖歌が切り込む。フェイントを交えた攻撃は、よく当たった。
『蟹田の坊やが冒険者を雇ったが、前回よりも高い報酬に釣られただけの、ただの雑魚』
雪切刀也が、流した噂である。実のところ、かなり効いているようだった。敵は少数、そしてぼんくら集団と思い込んでいた猿田の者たちは、彼ら蟹江勢のすくれたる腕前に後悔する間も無く沈没していった。
やがて。
「猿田小文悟! 討ち取ったり!!」
快哉が上がった。血なまぐさい戦場にその姿が似合うかどうかは別にして、幸之進が猿田の首級を挙げたのだ。
かくて、箱根を騒がせた仇討ち騒動は終了した。一同は賞賛と、あるものは『五十人斬り』の名を手に、冒険を終了したのである。
【おわり】