●リプレイ本文
羆のリキ――ジャパン・江戸
●冒険の前に
『ヒグマ(洋名ブラウンベア)は、クマの仲間では最大型のクマである。ユーラシア大陸のヒグマは、北はノルウェー、南はフランク、中東にかけて生息しており、ジャパンでは全国に生息している。グレイベアはヒグマの亜種で、毛先が灰色になっているのでそう呼ばれている。
大きな足はかかとも地面につけて歩き、前足には地面を掘り返すのに便利な長い鉤爪がある。ほとんど黒に近いものから、薄茶色やまれに白いものもいる。
ヒグマのオスには体重が400キログラムを超えるものもおり、モンスターとしては非常にタフな部類に入る』
そんな動物知識を披露しているのは、華国風の武闘着を着た女性だった。引き締まった身体に溌剌(はつらつ)とした仕草。まさに元気印であった。
女性の姓名は巴渓(ea0167)。華国の武道家である。
今日、手負いの獣、ヒグマのリキを倒すべく集まった冒険者は次の通り。
ジャパン出身。人間の侍、殊未那乖杜(ea0076)。
華仙教大国出身。人間の女武道家、巴渓。
ジャパン出身。人間の忍者、風守嵐(ea0541)。
ジャパン出身。人間の志士、御蔵忠司(ea0901)。
ジャパン出身。人間の浪人、麻生空弥(ea1059)。
イギリス王国出身。人間のウィザード、ウェス・コラド(ea2331)。
ジャパン出身。人間の僧侶、八幡伊佐治(ea2614)。
ジャパン出身。人間の浪人、夜十字信人(ea3094)。
ジャパン出身。人間の僧兵、冬呼国銀雪(ea3681)。
ロシア王国出身。エルフのウィザード、セシル・フェザーコート(ea4072)。
以上10名。村に着いたのは、夕刻だった。
「よくお出で下さいました」
白髭の、ドワーフのような矮躯の老人が、節くれだった手を揉みながら言う。村長のゴンゾウだそうだ。
早速冒険者一同は、情報収集とリキ打倒作戦(&クマ鍋作り)の準備にとりかかった。
「肉‥‥美味いよな‥‥」
銀雪が、不気味につぶやいていた。
●警備開始
「やっこさんも、生きようとしていただけだろうにな。人の勝手な都合で命を奪うというのも、酷い話だ。ま、引き受けた以上は容赦無く殺らせてもらうさ。下手に情を移すとこちらが殺られる」
見張りに立っていた殊未那乖杜が、誰に言うともなしにつぶやく。
森は広い。また入れ違いで村をリキが襲ったら目も当てられない。
という理由で、一行はリキを村で待ち伏せする作戦に出た。森に縄を張り鳴子と罠を仕掛け、じっとリキが来るのを待つ。時折森の中から何かの気配がするが、獣の多い森ではこの『気配』というものが、さほど当てにできない。
警備の割り当ては、次のようになった。
【昼の警備】
御蔵忠司
麻生空弥
八幡伊佐治
セシル・フェザーコート
【夜の警備】
殊未那乖杜
巴渓
風守嵐
ウェス・コラド
夜十字信人
冬呼国銀雪
『本命』は夜である。クマは昼活動する動物だが、リキは傷を受けて以降、主に夜現れるという情報を、冒険者は村人への聞き込みで得ていた。推察の域を出ないが、リキの体内時計が狂っているのかもしれない。
風守嵐は森と農地の境に高台を施設し、そこで物音に傾注している。鳴子が鳴って一番先に駆けつけることになるのは、おそらく彼だろう。
ウェス・コラドは、終始不敵な笑みを浮かべたまま森を凝(じ)っと見ていた。ウェスの頭の中には、倒したクマの毛皮をどうやって手に入れるかという、なにやら物欲な計算式が組みあがりつつある。
夜十字信人は、愛馬小次郎のそばで有事に備えていた。一朝事あらば、愛馬ではせ参じるつもりでいた。
ナマグサ僧兵の冬呼国銀雪は、自分の魔法で作り出した粥をすすりながら、来るべきクマ鍋に思いを馳せていた。
昼の部の者たちは、今は村長宅でお休み中のはずである。
そんなこんなで、二日が過ぎた。鹿などの獣が罠にかかったぐらいで、何事も無く二十刻ほど経ったその時。
――グアアアアアアアア!!
尋常ではない、獣の叫び声が響いた。それから100呼吸ほど時間が経って、今度は鳴子が鳴り出す。
ザン!
嵐が、枝を蹴った。木々を伝って、森の深部――鳴子の鳴った場所を目指す。
――いた。
嵐が思う。
そこに、巨大なクマが居た。左目に、折れた矢を突き刺したままの巨獣。
ヒグマのリキである。
リキは、苦しんでいた。傷は膿み蛆がたかっている。それは恐怖より先に、哀れみを感じる姿だ。
ピュ――――――――――ッ!
嵐が、合図の指笛を吹いた。
「来たか!」
快哉をあげたのは渓である。渓は飛び起きると、眠っている昼の班を起こしに行った。
「おらっ! 起きろ! リキが出たぞ!」
ゲシゲシッ!
村長宅の居間で寝ている仲間たちを、文字通りたたき起こす。
「う〜ん、まいはに〜」
ぶちゅー。
――ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
村に、悲鳴が響いた。お世辞にもかしましいとは言えない。
こちらもナマグサ僧侶の伊佐治が、渓に抱きついて口付けたのだ。
ドカン!
すごい振動音が響いた。渓の<ストライクEX>の拳撃が、まともに伊佐治に入ったのだ。伊佐治は重傷を受け、悶絶した。おそらく、もう戦力にはなるまい。
そうこうしているうちに。
「肉が来たぞ」
銀雪が、御蔵忠司と麻生空弥、セシル・フェザーコートを連れに来た。渓もそれに続く。
伊佐治は一人、真っ黒な残骸になっていた。
●リキvs冒険者
「はっ!」
嵐の手裏剣が、リキの毛皮に刺さる。しかし、どの程度効いているかは疑問だ。<ポイントアタック>を修得していれば狙い通りに目をつぶすことも出来ただろうが、無いものはどうしようもない。
そこに、御蔵忠司らがやってきた。
「可哀想だけど‥‥村人を守らないと‥‥」
忠司が言う。村人はかねてからの打ち合わせどおり、戦闘中は外に出ていないはずである。
そして狙いをすまし、短刀を投げつけた。リキは痛みに、少しだけ吼えた。
「‥‥お前の力を‥‥『れーぞん・でーとる(存在意義)』を見せてみろ!」
麻生空弥が吼え、馬にムチを入れた。突撃。しかし<チャージング>を修得していないので、勝手がわからない。結局、空弥の攻撃はクマに体当たりを仕掛けるにとどまった。
「<ライトニングサンダーボルト>!!」
セシル・フェザーコートの魔法が、リキを灼(や)く。地道に、しかし着実にダメージは行っている。ウェス・コラドのプラントコントロールも、リキの動きを阻害しよく効いていた。
「カワイソーだとは思うが‥‥こっちも仕事でね。おとなしく死んでくれ」
ウェスが言う。
殊未那乖杜はオーラ魔法で支援を行ったあと、接近戦に入った。しかしリキの両手攻撃を受け、ベアハッグに捉えられる。
「うおおおおおっ!」
万力で締め付けられるような力に、乖杜はうめいた。
「破!」
渓が、そこに一撃を加えて乖杜を開放させた。先ほどのショックからは立ち直っているようである。
夜十字信人は、足を止めようと必死に攻撃していた。どちらかというと乱れ撃ちになっている。狙い撃ちするには技量が足りない。
「肉!」
冬呼国銀雪が、槍で着実にダメージを与えてゆく。リキは吼え、暴れ、啼き、苦しんでいた。倒してやるのが慈悲とも思えた。
「破っ!」
ドゴン!
渓の<ストライク>が、リキにとどめを刺した。
●クマ鍋
煮立った出汁に山菜ときのこ、そしてクマ肉を入れて煮込むだけ。灰汁が出るので丁寧にすくい、仕上げに塩をひとつまみ。
リキは死後解体され、クマ鍋となって村人の腹に収まった。ちなみに調理をしたのは、夜十字信人だった。銀雪もほかの冒険者も、喜んで食していた。これがいくばくかの供養になれば幸いである。
かくて、事件は解決した。
放置された伊佐治の件を残して。
彼は冒険者が去るまで、ずっと残骸のままだった。
【おわり】